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Re, DS  作者: SIOYAKI
第五章 邯鄲に歩を学ぶ
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第73話

今回も日常回。

◇聖王歴1339年風ノ月42ノ日


 冷気を孕んだ風が吹き抜ける町の中を、少年少女は歩いて進む。今も刻まれた戦火の痕は、しかしあの日に見た程ではない。


 倒れた家屋や崩れた設備の復旧こそされてはいないが、瓦礫の撤去は終わっている。更地となった場所には既に、工事現場の骨組みが出来上がっていた。


 僅か四日で、町を一つ復興させる準備が整っている。一部の家屋だけではなく、町の全域がだ。


 優れた視力でそれに気付いたヒビキは、驚きと感心の混じった声を漏らす。例え異能の存在があるとは言え、こんなにも物事は早く進むものなのかと。


「復興、早いんだね」


 作戦会議が行われのは昨日の昼過ぎ。その後に警戒態勢への移行指示があったことを考えれば、実質的に二日と半日でこれだ。


 建築現場の詳細など分からぬヒビキにも、これが異常な速度だとは分かる。故に驚く少年に対し、アンジュは何でもないことのように返した。


「ま、討魔が精兵って言われる理由の一つだな。何でも出来るタイプが揃ってるから、こういう仕事も早いのさ」


 討魔師団は軍に於ける役割上、様々な知識や技術が求められる。各地を転戦する以上、現地で仮設の駐屯地を設営する技能なども必要とされたのだ。


 故に一流の職人や建築芸術家などと比すれば質には劣るが、無骨で頑丈な物を手早く用意することに関しては彼らの右に出る者も多くはなかった。


 戦士としては無論のこと、工兵としても医師としても調理師としても、専門家には劣るが何でも出来ると言うのが討魔師団の構成員が精兵と言われる理由の一つ。


 軍事行動を行う上で必要となる技術の全てを、誰もが一流かそれに準ずる域で納めている。聖王国軍でも最優秀者だけが所属を許される師団と言うのは、決して名前負けした称号ではないのだ。


「……城壁の上、兵士の数は意外と少ないね」


 だが、そんなエリート兵も数を今は減らしている。町の復興工事を一度止め、城壁や見張り台で警戒に当たっている者らの数は明らかに少なかった。


「全員が同時に働いている訳じゃない、ってのもあるんだろうけど。不殺を貫いたリアムと違って、大魔女なんかは容赦なく消してたでしょうし」


 交代で勤務に当たっているのだとしても、余りに少ない数にヒビキは嘆息しミュシャも口を開く。二人が出会ってから、今日で丁度40日。余りに短い期間で、余りに多くの出来事があった。


 殺されなかったとは言え、その傷で動けない兵士も居るだろう。存在そのものが嘘にされてしまって、産まれて来なかったことにされてしまった兵士も居る。北の傷は、決して軽い物ではない。


「あー、それもあるけど、元々、北に居る討魔師団って数が少ないんだよ。本来の師団員は、大部分が中央に残ってんだ」


 そう納得する二人に対して、軽く髪を掻きながらアンジュが補足する。確かに相次ぐ被害も大きいが、兵の数が少ない理由はそれだけではないのだと。


 言われて小首を傾げた二人に、アンジュはどう説明したものかと一瞬悩んでから音を紡ぐ。彼女が語ったのは、先ず前提となる情報。一般的には余り知られていない、聖国軍の内情だ。


「聖王国軍の内情って、お前らどの程度知ってる?」


「僕は全然」


「お姉さんも、そんなには。厳密に言うと国でなくて、王に仕える集団ってこと。んで、三将軍ってトップの下に、東西南北の四師団と王守に花形の討魔っていう六種類の師団があるってことくらい」


 聖王国の国軍は、国家元首である聖王直轄の軍事力である。理屈としては各地の貴族が有する領兵と同じ、特定人物の私兵とも言える集団だ。


 当代の聖王が任命した専任騎士。初代の聖王が従えた三騎士の故事に因んで、選出された三名が将となり組織を作り上げる。それが聖王国軍なのである。


 故に三将は、聖王の独断で人事を行って良いことになっている。とは言え余程の問題がなければ、前王が任じた三名が次の代でも将となるのが慣例だが。


「ま、それと参謀部ってのもあるんだけど。大体、ミュシャの認識で合ってるよ。んで、六師団にはそれぞれ別の役割があるんだ」


 聖王の騎士である三将軍は、基本的には武辺の者らだ。例外こそ稀にあれど、戦闘能力の高さを当代の王に評価されてその地位に就く。


 それ故に政略や軍略に不得手であったり、人に寄っては王族の近衛騎士を兼任するが故に王城から動けなかったりと、その多くが人手を必要とした。


 そうした流れで今の形へと発展した聖王国軍は、三人の将の下に参謀部と六師団を置いている。三将に献策を行う相談役が参謀部で、三将に代わり現場で動くのが六師団である。


「基本的には字面の通り、中央大陸の各方面を守っているのが東西南北の四師団。王守は王都やその周辺と王族を守るのが役目で、残る討魔師団は国内外で遊撃をするのが仕事だな。有事に際して、即応するのが役割って訳」


 東守師団、西守師団、南守師団、北守師団。この四つの師団は名前の通り、中央大陸を四方を守る為の軍団である。常に各方角の中枢付近に陣を構え、常時警戒に当たるのが彼らの役目だ。


 対して王守師団は、王都や王族、そして王の直轄領や財産を守るのを役目としている。基本は国の首都に陣を構え、平時は王族や貴族を相手にするのだ。


 その性質上、王守の団員には相応以上の品格が求められる。時代によっては無礼打ちすら珍しくはない、前線とは全く違う形で危険な立場の師団であった。


 そして残る最後の一つ、討魔師団。魔を討つと言う名の通り、人魔大戦の折に鉾としての役割を求められて設立されたと言う軍団だ。


 補給も満足に行えない最前線に赴き、人の世を守る為に戦い続ける。求められたのはその為に必要な技能と戦闘能力で、それこそが聖王国軍でも最強と言われる所以であった。


「ん? 討魔師団が即応戦力なら、何でシャルロットさんって此処に居るの?」


 基本的には聖王国の領土内にて、過酷な訓練を行いながら有事に備える。そして必要とあらば、世界中の何処にでも行くと言うのが遊撃戦力でもある討魔師団の役割だ。


 故に戦時においては最も頼りとなる討魔師団ではあるが、平時においては基本的に無駄飯食らい。


 しかし使い道がないからと、他の師団に合流させておく訳にもいかない。何時に戦乱が起こるかも分からないのは世の常だ。特に今は、内乱の危機にあるのだから。


「……気付いたか」


 となれば今こそ、即応戦力である討魔師団は聖王家が動かせる場所に居ないといけないのではないか。そう疑問を呟いたミュシャに、気付いたかとアンジュは首肯する。


 そう、シャルロット・ブラン=シュヴァリエは本来、この北方大陸に居てはいけない人物なのである。北で一番真面そうな人なのに、何やってんのとミュシャは目を丸くした。


「シャル姉は、その気になれば雷速で動ける。だから何処に居ても、有事に際して動けることは変わらない。表向きにはそんな理屈で、普段は親父の傍に居るんだ。因みに普段は討魔師団の人員に訓練しててな、親父の秘書業務をやってるのは非番の日とか休日とかだったりする」


「詭弁じゃないの、それ? と言うか、休みなさいよ。休日は」


 即応戦力となる筈の師団長が王国の辺境に居る現状に、突っ込みを入れたミュシャへとアンジュは返す。実際、シャルロットの行いはグレーラインだ。しかし、情状酌量の余地はあるのだと。


「来た当初は、そりゃ親父も色々言ってたさ。けど実際、グレーラインではあるけど完全な違反じゃないし、親父を一人にしとくのもな。あの人、駄目な時はとことん駄目だし。昨日も見たろ? あれを数倍にしたくらいに、こっち来た時は酷かったからさ」


「あー」


 一つに島流しになった雷将関連の問題。市井の人気も高い彼に万が一があれば、民心は大きく荒れて治安は低下する。それを思えば、彼を支えられる人材と言うのは必要だった。


 それに元は三将軍が動きやすいように、と作られたのが王国軍である。将軍の認可が必要な要素は多くあり、王守が空将と連絡が取れると言っても、雷将とのホットラインもあるに越したことはない。


 故にシャルロット・ブラン=シュヴァリエが北方大陸に居るのは、他の師団長と参謀部も認めていることではあった。


「あと、私の関係者ってのもあるからさ。シャル姉は私に近過ぎる。睨まれてんだよ、王室とか貴族院からとか」


 更に言えば、クリスとアンジュの立場が立場だ。第二王位継承者とその養父。王室からも貴族院からも邪魔とされる彼らと、シャルロットは親密過ぎた。


 その気になれば、アンジュを錦の旗に第三勢力を作れてしまう。故に国内に留まるだけで警戒されて、動き難いと言う理由もあったのだ。


「それって平気なの? ほら、偉い人の命令で、師団長を辞めろって言われるとか」


「寧ろ、私はさっさと辞めちゃえばって思うけどね。公人として支えようとするから無理も出るんだし、私人として支えるのに専念すれば良いのに」


 相応に恩のある仲間の身内が、仲間の立場の所為で国の上位者達から睨まれている。その事実を知ったヒビキは、何処か言い辛そうにしながらも問い掛ける。


 そんなヒビキの言葉に続けるように口を開いたミュシャは、寧ろ辞めてしまえとバッサリ切る。

 軍の花形のトップに立てる人物なら、身の振りようなど幾らでもあるだろう。それに支えることが一番したいなら、それに専念するべきだろうとも。


「辞めさせられる危険は、なくもないけど少ないって所か。基本的には、六師団長は上司の三将軍が任命するもんだし。現役が辞めたいから後任に譲って、略式で三将が追認ってパターンもあるけど。どっちにしたって、外部勢力の意志だけで如何にか出来るもんじゃねぇ」


 六師団長の人事権を有するのは三将軍と現役の師団長のみ、通常は外部勢力の介入で退任されることはない。


 例外はオードレの時のように聖教と貴族院と言う二つの大勢力から圧力を受けた場合だが、それだって書類上はオードレ自身の自主的な退役と言う形に成っている。


「んで、逆に辞めちまえって意見に関しては、シャル姉は結構背負うタイプだからさ。責任感重いんだよ、あの人」


 辞めさせるにしても、最後には本人の意志表示が必要となる。逆に言えば退役するだけならば、極論本人の意志一つで行える話ではある。


 だからそう。退役を選ばず、討魔師団の長を続けているのはシャルロット自身の意志に依る選択であった。


「私も正直、シャル姉は軍を辞めた方が良いとは思うんだよ。緊急要請で出動した先で報告の十倍の敵が居たり、現地の領主から渡された糧食に毒が混ざってたりってことも多いって話も聞くしさ」


「うっわ、嫌な話。でも、そりゃそっか。王国軍って確か、貴族院への牽制も兼ねた強制捜査権と逮捕権も持ってた筈だし、領地を好き勝手荒らされる貴族から見ても邪魔者でしかない訳よね。王室が干渉してこないなら、潰そうとしてくるのもまあ納得だわ」


「でも、辞められないって言うんだよな。実際、シャル姉が辞めるとアヴェーヌさんを軍内で牽制出来る人が居なくなるしさ」


 現状、聖王国軍は窮地にある。それも当然、彼らは本来は聖王の私兵集団。王の意志の下に振るわれる鉾と盾なのだから、担い手が居なくなれば錆び付き壊れるばかりであるのだ。


「アヴェーヌさん? その人が何か問題あるの?」


「東守の師団長で、本人は不器用な感じだけど良い人だぜ。唯、母親がモラン公の妹らしくてさ。親を裏切れないから、公爵派閥として動くことしか出来ないって明言してる人」


「なーる。要はシャルロットさんが、その人が軍で好き勝手出来ない重石になっている――と背後に居るモラン公に認識させておきたい訳だ」


「そういうこと。実際はどうあれ、な。モラン公を納得させる名分って奴を、アヴェーヌさんは必要としている訳で。その一つが、シャル姉だからさ」


 現六師団長の実力は、東守討魔南守西守王守北守の順と成っている。

 師団長最強のゴーティエ・バルべ・オジェ・アヴェーヌが、王位継承権第三位のモラン公に逆らえないと言うのが問題であった。


 空将がエリーゼ姫に軟禁されており、辺境に追放された雷将が沈黙している現状。あわよくば国軍を取り込めないかと、モラン公が動いているのだ。


 モラン公からの接触が増えたことで困ったのが、当のゴーティエ自身である。

 母は大事だし、叔父には逆らえない。それでも仲間は大切だから、と悩んだ彼が名分にしたのがシャルロットの存在であった。


 最もバレてはならない聖王国軍の弱所を如何にか隠して、他に納得させる言い訳がゴーティエには浮かばなかった。


 結果としてシャルロットに対して仕掛けられる暗殺や謀略が増えたが、謝罪するゴーティエに対し仕方がないとシャルロットも返す。


 次の王が決まれば、こうした問題も解決する。王に仕えるのが軍の存在意義であるから、どちらが王に成っても恨みはないと。


 モラン公が王となれば仕方がないから、退役して家庭に入るかと微笑み嘯くシャルロットにゴーティエは唯頭を下げた。当時はこれ程に長引くとは、双方ともに考えていなかったのだ。


「とまあ、そんな訳でな。シャル姉は中央に居たら不味いけど、影響力だけは残しておきたい。ってことで、本国に居る討魔の副長であるレイモンさんと北守師団長のユルリッシュさんに討魔師団の大部分は預けてんだよ。だから元々、少ないの」


 そう。全ての問題は、聖王の不在と言う一点に収束する。逆説、強き王が立てば諸々の問題はそれだけで解決し得るのだ。


 それは聖王国と言う国家の構造的な話であろう。王権の強さが故に、王の不在がこれ程に影響してしまっている。


 或いは暗黒期に王として立った聖剣王の時代と同じく、もっと世界全土が破滅的な状況であったのならば話はまた違ったか。

 他の者らには力があるのに、王だけが居ないからこその今とも言える。


 余裕があるから、人は手を取り合えない。真綿で首を絞めるように、水面下では情勢が悪化し続けていたとしても。余裕があると思えてしまうから、人は手を取り合えてはいなかった。


「因みに余談だけどな。聖王国軍で今一番大変なのは、ユルリッシュさんだって聞くぜ」


「さっき言ってた、北守師団って所の団長さんだよね」


「ああ、元は一兵卒だったのを、親父が参謀部に引き入れて、統率力が高いって分かったから師団長になった人なんだけどな。指揮官や文官としての能力が一番高い師団長だから、他から色々と頼られてるんだと」


 三将軍が不在な聖王国軍は、指揮系統にも問題が起こっている。元は三将の為の組織であるのだから、それも当然と言うべきか。


 参謀部と六師団長は、指揮系統がそれぞれ独立している。組織図にすれば縦に分かれている二つの部門を、如何にか繋げているのが参謀部長も兼任している北守師団長の手腕だった。


「具体的には?」


「王守のガティネさんは外交担当だから、一部の親衛隊以外の全部隊の指揮権をユルリッシュさんに預けてた筈。んで、シャル姉も副長を補佐に付けてるとは言え、師団の三分の二を渡してて、南守のマノンさんも書類仕事を全部押し付けてて、全軍の補給とか人事考査とか給与面のあれこれも全部担当してるんだっけな。参謀部の纏め役も、ユルリッシュさんがやってるって話だし」


「その内、過労死するんじゃない。その人」


 元参謀部上がりで個人としての戦力は低いが、軍略政略の両面での専門家である北守師団の団長ユルリッシュ・アルトー。

 彼は下級貴族に見初められた未亡人の連れ子と言う微妙な立場から、雷将に見出されて出世したと言う異例の人物でもあった。


 西の生まれ故に聖王国民と比して遥かに劣る身体能力に、家族仲は良いとは言え連れ子と言う立場。それらの理由で軽んじられていた彼にとって、雷将クリスは大恩人だ。


 そんな雷将に恩を返せる機会と言うこともあって精力的に活動しているユルリッシュだが、虚弱な西方人と言うことに目を瞑っても業務過多。


 しかしそんな彼の代わりになる人物はおらず、それ所か彼の仕事を増やす者ばかりと言う事実が、今の聖王国軍の末期感を如実なまでに表してもいた。


「その分、外向きの対応はガティネさんが全部やってるし、各師団間の調整や問題解決は主に西守のテシエさんがやってるからさ。……それでも、ユルリッシュさんが一番大事な柱で、一番脆い場所でもあるってのは確かだろうな」


 現状の聖王国軍を回している主柱と言えるのは、北守師団のユルリッシュで間違いない。彼に万が一があれば、その時こそ組織は瓦解し軍は機能しなくなるだろう。


「ま、誰が居なくなってもヤバい感はあるんだけどな。シャル姉はモラン公の抑えだし、ガティネさんが居ねぇと干上がるし、テシエさんが居なくても回らなくなる」


 ならば他の者は居なくても問題がないのかと言えば否で、六師団長の殆どが替えの効かない人材と化している。


 そんな中で敢えてユルリッシュに次ぐ重要人物を挙げるとすれば、王守師団長のロザリー・ギーズ・ギレム・ガティネであるか。


 ロザリーは伯爵家の令嬢と言うユルリッシュとはまた違う意味で異色の立場を有するが、故に貴族政治と言うものに軍部で最も詳しい人物であった。


 過去にオードレ・ダグラスに救われ、彼女に憧れて軍部に入り、コネを駆使して今の地位に立ったと言う女。


 戦士としての実力はユルリッシュに次ぐワースト二位。師団長としては最低限と言う程度だが、彼女の強みはその政治力と社交性にある。


 軍隊と言うものは金食い虫だ。平時においても戦時においても、生産性と言う物がない。故に王の私兵である聖王国軍は、聖王不在の今に資金面でも本来は危機にある。


 それを解決しているのがロザリーだ。王室や政府や議会に根回しを行い資金を提供させ、聖教や西方と言った外部勢力にも一部で通じて資産を上手く運用し、聖王国軍を成立させているのが彼女であった。


 もしもユルリッシュに何かがあれば、早晩にも聖王国軍は纏まりを失い組織として機能不全に陥るだろう。

 もしもロザリーに何かがあれば、資金難に陥る聖王国軍は兵糧攻めに合うかのようにゆっくりと機能を停止するだろう。


 師団長で最も弱いこの二人こそ、今の聖王国軍で最も重要な柱である。そして彼らは同時に、聖王国と言う国にとっても重要な柱でもあった。


 この混乱の中で聖王国民の死亡率がまだ低いのは、聖教と聖王国の奮闘で辛うじて防げているからなのだから。彼らが倒れれば、国に致命的な被害が起こり得るのだ。


「名前挙がってないけど、マノンって人は?」


「唯の脳筋」


 どうあれ、現状の聖王国軍と言う組織が歪であると言う事実に変わりはない。そして既に限界が見え始めてもいる。それも無理はないことだろう。


 元よりこれ程王が不在になるなど、軍は想定すらしていないのだ。だと言うのに、聖王が居らねば本来成り立たぬ筈の組織を、王の没後十二年にも亘って維持してきた。その現状の方が、奇跡的とすら言えるであろう。


「うん。色々あるみたいだけど、お姉さん的に結論は一つ。終わってるわね、聖王国軍」


「反論したいけど、出来ねぇな。実際、王様の私兵集団が、王様不在な状況で回る訳がないんだよなぁ」


 そんなことを取り留めもなく話ながら、町の中を行く少年少女。暫く周囲を回った後で、冷やかす露店もないのだから、そろそろ戻るかと拠点を目指す。


 取り残された避難民や兵らの気配がする政庁。嘗ての城跡へと戻って来た彼らは一つの音を耳にする。その音に一番最初に気付いたのは当然、基本となる性能が隔絶している少年だった。


「これ、歌?」


「ああ、そう言えば、避難が遅れてた人達の中に酒場の歌手が居たらしくてよ。んで、折角だから兵の慰安を兼ねて、城内の広間で歌って貰う予定とか親父が前に言ってたような」


 何処からともなく聞こえて来る音。それが歌だと気付いたヒビキが呟けば、身内から情報を仕入れていたアンジュが答えを返す。


 民間人の多くが既に西や中央へと避難を終えた北方だが、それでも誰も彼もが逃げ切れたと言う訳ではない。東国に敗れ軟禁されていた人も、多くはないが確かに居た。


 そんな中に酒場の歌姫が混ざっていたのは何の因果か。ともあれ残った兵らの士気を高める為、娯楽として用いるのも悪くはない。雷将はそう判断し、正式な依頼を行ったのだ。


 斯くして城内の一角にて、行われているコンサート。主演が酒場の歌姫ならば、舞台も即席。大劇場のそれには、決して届かぬ程度の物であろう。そんな事実はきっと、誰もが端から分かっている。


「良い歌、だね」


 けれどヒビキが語ったように、これはきっと良い歌だ。技術の洗練は甘く、専用の機材などもなく、石材で出来た城壁は音の反射で曲を不和へと近付けてしまう。


 それでも、その歌には想いが籠っていた。兵らに一時の安息を与えようと言う想いが、そして歌うこと自体を楽しむ想いが、傷付き疲弊した軍人たちの口元を緩めさせる。


 だからこれは良い歌だ。開かれた広間の扉を前に、響き聞こえて来る音に思う。その表情が余りに優し気だったから、寄り添う少女はふと一つ思い出したのだ。


「そう言えば、ヒビキも確か歌が得意だったんだよね」


「な、何さ。急に」


「ううん、別に大したことじゃないんだけど。一度は聞いてみたいなぁって」


 何処か悪戯に微笑んで、言葉を紡いだアンジュは知る。嘗て彼と心で繋がったが故に、龍宮響希と言う少年が有する他者へ自慢出来る要素の一つが歌唱力の高さであったと言うことを。


 容姿と歌唱力。人であった頃の彼が、幾度も褒められた二つの要素。内の一つが魔性を宿したことにより磨かれたと言うのなら、もう片方も確かに引き継がれているのではなかろうか。


 そうと思ったから、聞いてみたいと口にしたのは素直な本心。其処に僅か混ざるのは、戸惑う少年に対する悪戯心。


 ちらりとアンジュが視線を移せば、ミュシャが似たような笑みを浮かべている。互いに頷きを一つ。それだけで二人は通じ合う。


「それはそう。と言う訳で、お姉さんは交渉でもして来ようかしら」


「何する気?」


「場末の木っ端な歌姫如きとはレベルの違う真の歌姫が此処に居るから、ステージの主役を譲りませんかって」


「ちょ!? 全力で喧嘩売ってるし、無駄にハードル上げないでよ!? っていうか、歌姫じゃないよっ! 僕、男!」


 意地悪そうな笑みを浮かべて、そんな言葉を紡ぐミュシャ。放っておけば宣言通りに行動しそうな気配を感じて、ヒビキは慌てて制止する。


 姫呼ばわりを強く否定する辺りは、男の尊厳とやらが人であった頃より増しているからか。二次性徴も迎えられない軟弱だった時分とは、自認も大きく変わっているのだ。


「あー、親父なら笑って許可しそうだわ」


「待って待って待って!? そもそも大勢の前でなんて無理だよ! 二人の前なら、兎も角さ」


「はい、言質取ったー。と言う訳で、今回のコンサートは、私とアンジュだけが観客の小規模な物で妥協しておくにゃん。大規模なのは、今後に期待ってね」


「何でさっ!?」


 とは言え、気質と言うのはそう簡単に変わるようなものではない。必要とあらばと言う覚悟はあっても、そうでもなければ羞恥が勝る。少年の根は、内向的に寄っているのだ。


 だから如何にか二人を止めようと口を開いて、零してしまったのは明らかな隙。言質を取ったと語る猫人の揚げ足取りに、少年は大きな声で反発する。一体どうしてそうなるのだと。


 口にした瞬間に、じろりと扉の中から視線が集まる。静かにしろよと言う無言の圧に、三人揃って御免なさいと頭を下げた。


 申し訳なさそうに移動を始める少年少女ら。其処から少し離れた場所で薬用煙草を吹かせていた女は、平和だなと深く息を吐いていた。


「んじゃ、場所どうしよっかー?」


「人が余り寄り付かない場所が良いんだよな」


「それと、それなり以上に見栄えする場所ね」


「なら、あそこかな」


 斯くして反論の機を失ったヒビキを他所に、ミュシャとアンジュは話を進める。他人の迷惑にならない場所には当てがあると、先導するアンジュに皆が続く。


 そうして辿り着いたのは、ヒビキとアンジュが出会った場所。透き通った水晶で出来た花が、一面に咲き誇る小さな花畑。風に揺られて空気に溶ける花弁を見詰めて、悪くはないなとミュシャも頷いた。


「あー、この水晶花は確かに映えるかも」


「だろ? 私が作った場所だし、親父の許可とかも態々要らねぇからよ」


 青く透き通った空の下、風が吹く度に花弁が舞って光が反射し淡く輝く。そんな幻想的な場所で、歌を歌って欲しい。少女達は声を合わせて、その要望をヒビキへ向ける。


「そんな訳で」


「さあ、ヒビキ」


「あー、もう。分かったよぉ。下手でも、笑わないでね」


 向けられて、悩んだのは一瞬だ。本気で嫌がったのならばきっと、この二人は諦めてくれるだろう。けれど本気で、嫌と言う訳ではなかったから。


 胸中を埋める感情の半分程は羞恥で、もう半分程は不安であろうか。それが其々、5割と4割。ならば残る1割は、聞きたいと願った少女らに応えたいと言う情であろう。


 だから、ヒビキは歌うと決める。花畑の端に座った少女らの居場所が観客席ならば、数歩離れて振り返ったヒビキの居場所は舞台である。


 そんな舞台の中心で、深呼吸を二度三度。瞳を閉じて心を静めて、不安を一つ振り払う。羞恥を一つ此処に捨てる。紡ぐべき想いは、残る情だけで十分だ。


「それじゃ、歌います。曲は、多分ミュシャもアンジュも知らない物だから、曲名は省くね。響希や恭介が、好きだった歌」


 言って、少年は音を紡ぐ。心からの想いを込めて、その歌を響かせた。


 音の出だしは緊張からか、少しだけ音程がずれていた。それでも気にならぬ程に、純粋に歌う声が良い。


 天使の歌声と言う物がある。変声期を迎える前の、美しく清らかなボーイソプラノ。嘗ての龍宮響希の声は、正しくそれだ。男に成れない少年の声音は、不浄が一切ない物だった。


 今のヒビキはどうかと言えば、基本は然程変わらない。中性的、或いは少女的と言える変声期前の声。されどその音は、単に清らかなだけではない。今の彼は、内に不浄を宿している。


 その容貌が穢れを混ぜたことで色気を増したように、その天使の声にも今は深みが増している。心癒される透明感と無邪気な響きに、人を魅了し堕落させる色気が伴う。そんな声が、今の彼にはあったのだ。


「へぇ」


「凄い」


 そんな音だけで周囲を魅了する少年の歌は、彼が慣れてきたことでより一層に磨かれる。緊張による硬さが解けて、音程のずれも一切なくなる。


 大切な少女らに聞かせたいと言う想いの中に、自分が歌うことを楽しむと言う想いも混ざる。楽しんでいると分かるから、見ている方も楽しくなるのだ。


 少年は歌を響かせる。愛する人らに、見知った者らに、多くの命に、世界の全てに響き渡らせんとばかりに。


 魔術の類は使っていない。闘気の類も使っていない。だから真実、この音が世界の全てに届くことはないだろう。されどこれは、きっと魔法だ。


 出なくばどうして、透き通った羽を持つ蝶が、雪に隠れてしまいそうな白い小鳥が、大地を歩く四足の獣が惹かれるようにやって来ようか。


 花に留まり、木々の枝に降り立ち、花畑を囲むように身を横たえる。そんな無数の命を前に、ヒビキのソロコンサートは続く。晴れた青空の下、輝く時間は美しかった。


 そんな時間も、しかし永遠には続かない。命が好む歌を響かせていた少年は、数分程で歌い終える。数秒余韻に浸った後で、カーテンコールを示すかのように微笑み一つ頭を下げた。


「本当に上手いじゃない。コンサートのチケット代でぼったくっても、文句が出ないレベルじゃないかしら」


「うん。凄く、良かった。感動をちゃんと言葉に出来ない、自分が恥ずかしくなるくらい」


「そ、そんなに褒められると、恥ずかしいよ」


 弾かれたように、返される拍手喝采。先ず最初に立ち直ったミュシャの拍手に釣られる形で、息を飲んでいたアンジュも拙いながらも想いを伝える。


 快活な少女から向けられる例えがあれだが最上級な称賛と、頬を染めた少女から向けられる淡い感情が混じった称賛。

 それらを恥ずかしそうに受け止めて、ヒビキははにかむように微笑んだ。


「と言う訳でアンコール! もう一曲、行きましょう!」


「うん。私も、もう一度、聞きたいな」


「え、ええっと……ええい、もう此処までくれば皿までだ。何度でも、歌ってやろうじゃないかっ!」


 そしてこれで終わりかと言えば、そうなる程に場の熱は冷めていない。アンコールと両手を叩いて囃し立てるミュシャに、恥ずかしそうにしながらも意見を合わせるアンジュ。


 二人の少女から熱い視線を向けられて、少し目を逸らせば周囲の小動物らも似たような様子。言葉が分からずとも伝わる気持ちに、こうなればとことんまでやってやるとヒビキは大きく息を吸い――


「――っ!?」


 歌を紡ぐその前に、少年の気配が不穏を孕んだ。意識が切り替わる。愛する大切な者らに向ける善意から、忌むべき外敵へと向ける悪意へと。


 周囲を囲んでいた動物たちは即座に異常を感じ取り、千路に乱れて走り去る。その不穏に合わせるかの如く、北の空が黒く染まり始めていた。


「ヒビキ?」


「……ごめん。今回は、此処までみたいだ」


「まさか、もう?」


「うん。アイツが目覚めた」


 北を見る。一見すれば晴れ間が雲に覆われていく、雨が降る前を思わせるような自然な変化。されどその真は、その雲の全てが魔物だ。


 空を埋め尽くさんと言わんばかりに、現在進行形で増えている。目覚めた魔王の波動を浴びて、あらゆる魔物が活性化し、あらゆる魔物が新たに産まれる。世界の終わりが、近付いていた。


「オードレ」


「ああ、こちらは任せておけ」


 北を睨み付けていた少年は、花畑に程近い城壁に背を預けていた女に向かって視線を向ける。名を呼んで続く言葉は口にはしない。それでも意図は伝わった。


 煙草を吹かせていた女は、任せておけと一つ頷く。ならば彼女とのやり取りは、それで十分に過ぎるだろう。同じく頷きを返してから、ヒビキは少女達へと振り向いた。


「ミュシャ。アンジュ。それじゃ、行ってくる」


 特に気負うことはない。ソロコンサートを行う前の方が、よっぽど緊張していたと言える程の自然体。そんな少年は、まるで少し出歩くと言うかのような声音で告げる。


 ちょっと出かけて、直ぐ帰る。原初の魔王など、世界の危機など、その程度で打破してみせよう。

 そうと告げたヒビキを前に、立ち上がった少女達は互いに目で合図してから声を揃えた。


『行ってらっしゃい。頑張って!』


「うん。そっちも、ね」


 それは宛ら、仕事に出掛ける家族を毎朝見送る時にも似た声音。心配や不安はない。帰って来るのが当たり前だと信じているかのような、そんな後朝の別れに見合った言葉。


 気負うことはないと決めた少年に合わせた言葉に見送られ、嬉しそうに相好を崩した少年は一言だけで答えとする。そして身を翻すと表情を引き締めて、大地を強く蹴り付けた。


 北へ。目覚めた原初の魔王の下へ。己の為した所業と罪に、己の手にて清算を。大地を蹴って、空気を蹴って、少年は空を飛翔し北へと向かう。


 斯くして、北の地に於ける最後の戦いが幕を開こうとしていた。






【聖王国軍の六師団長】

〇シャルロット・ブラン=シュヴァリエ

 討魔師団長にして、雷将クリスの二番弟子。現在23歳と言う若さで、師団長としての実力も第二位。

 国の権力者からは睨まれており、罠や謀略の対象となりがちだが今の所は何とか回避し続けている。


〇ユルリッシュ・アルトー

 北守師団長にして、参謀部長。西方産まれの人物なので、戦闘能力は師団長最弱。一般兵にも負ける。

 軍師や参謀としては優秀で、彼の指揮する部隊は同格の師団長でも倒し得る。とは言え安定して倒せるのは師団長第三位のマノンまでで、シャルロットやゴーティエクラスになると厳しい。英雄級は無理。


〇ゴーティエ・バルべ・オジェ・アヴェーヌ

 東守師団の師団長。ユルリッシュとは同期。六師団長最強で、三将軍相手でも防戦ならば可能な人物。

 武人肌の性格であり、普段は軍も母も裏切らない範囲で行動している。仲間の師団長たちには、いざとなれば親を取るから頼ってくれるなと事前に伝えているくらいには不器用な男。


〇ロザリー・ギーズ・ギレム・ガティネ

 王守師団の師団長。人当たりの良い笑顔を浮かべていることが多い美女だが、その実は綺麗な顔が歪む姿を見るのが大好きと言う腹黒悪女。けれどオードレに向ける好意は、それとはかなり違った純粋な物。なのでオードレ相手の時だけは交渉も甘々になるがその都度、ドー姉が罵倒混じりに双方が得をする内容に修正していたりする。


〇セラフィン・ポール・テシエ

 西守師団の師団長。40代の男性で、六師団長では最年長。雷将や刀将の上司をやっていた時期もある歴戦の兵。西方に領土を持つ伯爵家の当主でもある、落ち着いた印象を受ける穏やかな男性。

 理想的な軍人とも理想的な貴族とも言われる人物であり、40を過ぎても女っ気一つないことだけが難点だと言われている人物でもあるが…………


〇マノン・ニノン・リヨン

 南守師団長。脳筋の猪武者な女の子。特技は突撃。趣味は突撃。破城槌として使うなら、突破力は六師団長で最高なので悪くはない。単純一途で馬鹿な子だが、「分かんない、助けて」で頭の良い人に相談は出来る。頭の良い人が負担で死にそうなのには気付かない。そういうタイプ。

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