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Re, DS  作者: SIOYAKI
第五章 邯鄲に歩を学ぶ
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第72話

説明と準備の回

◇聖王歴1339年風ノ月41ノ日


 窓から覗く日差しは中天を通り過ぎ、されど斜陽には至らぬ時刻。差し込む光に照らされた応接室の中に、彼ら五人は揃っていた。


 銀に輝く長い髪に、金に染まった二つの瞳。魔性と称するに相応しい程に、女性的で整った容姿をした軍服の少年。ヒビキ・タツミヤ=アジ・ダハーカ。


 肩口で切り揃えた栗色の髪に、猫科の耳と尾を持つ健康的な体形の少女。白を基調とした民族衣装を纏うのは、土の血族である猫人の亜人。ミュシャ・ルシャ。


 美しい金色の髪を耳が出る程度の長さで切り揃え、白銀の胸当てと篭手や具足を装備した碧眼の少女。ビスクドールのような綺麗な顔立ちをした、王家に連なる血筋の少女。アンジュ・イベール。


 彼ら三人は入って来た扉を後ろ手に閉じると、直立していた金髪碧眼の女性。シャルロット・ブランに促され、皮張りのソファに並んで座った。


 腰を掛けると沈み込む柔らかな感触に、一瞬ヒビキは子どものように燥ぎそうになる。

 二・三回体を上下させた所で、周囲からの生暖かい視線に気付いて、顔を真っ赤にした少年は恥ずかしそうに俯いた。


「ん? あれ、もうそんな時間か。御免ね、この書類だけ片付けちゃうからさ」


「……先程ノックに応えていたのは、無意識だったんですか? 先生」


 対面のソファに座っていた無精髭の男、クリストフ・フュジ・イベールは手にした書類に目を通しながらにそう告げる。


 机の上を散らかす無数の書類と目の下に浮かぶ濃い隈から、彼がどれ程に苦心しているかは言葉にせずとも伝わるであろう。


 東国六武衆の襲撃。あの激闘から、まだ僅か三日。この地の領主ともなれば、傷を癒すことに専念する訳にもいかないのは道理。


 襲撃の翌日は皆を休ませ、その次の日からは動ける者らを中心に町の警備と復興を指示。予算や資材の都合もあれば、領主に休んでいる暇はない。


 襲撃を受けたその日の夜から、治療の為に搬送されたベッドの上でも、受け取った報告資料を精査し兵らのシフト作りをしていたことでシャルロットに叱られていた程だ。


 普段は昼行灯を気取っていても、性根は生真面目。他の誰かに余裕がある場面では手を抜くが、誰もに余裕がない時には只管に自分を追い詰めてしまうのがクリスと言う男であった。


「取り合えず、アンジュ達の用件が済んだら、少し休みましょうか」


「え? でもさ、まだやるべきことは山積みだし、あと書類返して」


「駄目です。先生のお陰で、兵らにもまだ余裕があります。この状況で先生が倒れる方が問題ですよ」


 手にしていた書類を横から取られて、右往左往としてしまうクリス。

 明らかに集中力や気力が足りなくなっている様子に、深く息を吐いてからシャルロットは机の上の書類を纏める。


 渡す気はないと言うかのように胸元に抱えたまま、シャルロットはクリスの隣に腰を掛ける。

 その姿を見て、少し困ったように頭を掻いてから、クリスは深く息を吐いた。


 意識を切り替えて、クリスは疲れた顔に笑みを作る。それから、正面の子ども達に向かって問い掛けた。


「それで時間を作って欲しいって話だったけど、一体何の用件だい?」


「えっと、大丈夫、ですか? 今」


「うん。だいじょばないけど、大丈夫さ」


 話を持ち掛けた側としても、心配になる程に顔色の悪いクリスの姿。

 ヒビキは案ずるように言葉を掛けるが、それに返る言葉も本気なのか冗談なのか悩んでしまう類の物。


 これ大丈夫かなと心配になったヒビキは、ひそひそ話をするような声量で左右に座る少女らに問い掛ける。


 そうこうしている間にも、クリスは何処かトリップしているような胡乱な視線で聞いているのかいないのかも分からぬ姿を晒している。


 目元に隈こそあれど適度に休んだことで彼程に消耗していないシャルロットは、額を抑えて嘆息していた。


「どう思う?」


「あー、大丈夫じゃなさそうだけど。けど、伝えない訳にはいかねぇよなぁ」


「北側も事前準備が必要になる話だし、伝えないのはナシよ。本当は昨日一昨日の時点で伝えときたかったのに、時間作れなかったのはおっさんの都合。となれば幾ら疲れて頭が動かない状況だろうと、聞いて貰わないとこっちもそっちも皆が困るってね」


 相談を持ち掛けた少女らには、既に話を通してある。


 元よりそういった頭を使うことが苦手だからこそ、と言う名目も含めて共に居て欲しいと告白したのだ。

 そうと口にしておきながら、己の内だけで問題を抱えておくのはダブルスタンダードが過ぎる話。

 故にあの告白の後に食事を終えて、その後直ぐにヒビキは二人に相談をしていた。


 そして出した結論が、北方政府にも伝えておく必要があると言う物。

 だがしかし、治療と復興で忙しくしていた彼らの手は今日まで空かず、延び延びになっていたと言うのが現状だった。


「あー、おじさん。嫌~な予感が、ひしひしとしてるんだけど」


「奇遇ですね、先生。私もです。それで、どんな悲報なのでしょうか?」


「えっと、正直言い難い話なんですけど、僕が知る事実を皆さんにも共有しておこうと思いまして。……本当は、僕一人で解決出来れば良かったんですけどね。ちょっと難しそうなので」


 重要な話だから、時間を作って欲しい。そうとだけ聞かされていたクリスとシャルロットは、これは厄ネタかと表情を歪ませる。

 とは言え聞かないと言う訳にもいかないと、二人は覚悟を決めて姿勢を正す。


 そして同じく姿勢を正したヒビキが本題に入ろうとしたそのタイミングで、音を立てて扉が開かれた。


「ほう、丁度良いタイミングのようだな。私も話に混ぜて貰おうか」


「オードレ姉さん」


「ドー姉!」


 躊躇いなく入って来たのは、青い髪を後頭部で束ねた軍服の女性。


 右の肩に靡かせる金十字のペリースは、彼女の担う立場を示す為の物。

 世界最大の宗教が聖教会の一員で、表の立場は枢機卿。裏の立場は十三使徒と呼ばれる聖教が誇る最高武力。

 その一角、第二聖典はオードレ・アルマ・カイ・ダグラス=サングフワー。


 部屋に入って来たオードレは椅子に座ることはなく、そのまま扉から少し離れた壁に背を預けた。


 何処か距離を感じるその行動に、おっかなびっくりとヒビキは声を掛ける。


「えっと、オードレさん、でしたっけ?」


 敵には容赦なく煽りや罵倒を加えるが、味方や目上の相手には相応の態度を見せる。混ざったことでそうなった今のヒビキ視点で言えば、オードレは何とも判断に困る相手であった。


 大切な仲間の姉弟子で、相応の敬意を払うべき相手。

 だがしかし聖教と言う亜人を差別する団体の一員で、魔王である自分の敵でもある存在。

 更に彼女の有する聖典からは、あの邪神の嫌な気配を感じてしまうのだ。


 敵として処理するべきなのか、身内として受け入れるべきなのか、何とも悩ましい存在である。


「敬称は要らん。私と貴様は、立場的には敵同士であろうに。いざと言う時にそれでは、こちらの気勢も削がれると言う」


「あ、はい。……分かったよ、オードレ。それに、うん。君も一緒に聞いてくれた方が、説明する手間が省けて助かる」


 そしてそれは、オードレの側も同じく。五大魔王の一角で、聖教徒としては滅ぼさねばならぬ敵。だが可愛い妹分の想い人であり、恩もあれば共感も出来る少年なのだから。


 故にこそ、オードレはラインを引く。いざとなれば容赦なく葬れるように、余り近付いてはくれるなと。あからさまに敬意なんて払われては、情で鈍ってしまうのだと女は言うのだ。


 そんな素直な言葉に対し、少し驚きながらもヒビキは受け入れる。

 己と彼女は敵同士。きっとそれは、互いの立場が故に決して揺るがぬ事実であろう。


 いつかきっと、命を奪い合う。だが、今は優先するべき敵じゃない。だから悪意を向けることもなく、対等の相手として見よう。

 そうと決めた少年に、それで良いと女は一つ返して話を促した。


「先ず、前提として、僕たち五大魔王には、原初の魔王であるアカ・マナフを介した繋がりがあります」


 ヒビキは皆の前で語り合う。それは先にミュシャとアンジュにだけ伝えていた、この今にある現状。それが分かる理由の証明。前提から彼は語り始めた。


「その繋がりから、アカ・マナフの状態を把握出来たり、近くに居る他の魔王を感知出来たりするんです。隠そうと思えば隠せるんで、絶対に分かるって訳ではないんですけどね」


 邪神が生み出した五大魔王。その力の根源とは人の悪意の集合体である瘴気。

 集合無意識の海に溜まった澱こそが根源にあり、それが自我を持った存在こそ原初の魔王であるアカ・マナフでもある。


 故に性質上、全ての人の内にある原初の魔王は、他の四大魔王の中にも存在している。

 全ての魔王は、アカ・マナフを介することで繋がっているのだ。


 だからこそ、望めば互いの感知が出来た。


「唯、第三魔王には身を隠そうとする理性がないので、近くに居れば分かるんです。大魔女アリス・キテラ=ドゥルジ・ナスは、この北方大陸にまだ留まっている」


「それは……」


「はい。北方の危機、と言えるでしょうね。同時に近付いている、アカ・マナフの完全復活。それに際して、アリスとその信者たちも仕掛けてくるでしょう」


 少年少女らの内で、情報交換は既に済んでいる。ヒビキは自身の過去や邪神の存在を少女らに伝えているし、少女らは世界の真実や邪教の暗躍についても話した。


 だからヒビキにも邪教の教主が敵だと言うことは伝わっている。


 あの如何にも人の好さそうな態度で近付いて来たディアナが何かを企んでいるとすれば、動き出すのは今この時を置いて他にないとも分かっていた。


「邪教の奴原、か。原初の魔王復活と言う情報も含めて、何故に分かるとは敢えて聞かんよ。何時になるか、分かるか?」


「正確には、分からない。今日かもしれないし、明日かもしれないし、明後日かもしれない。でも、感じる気配から、そう遠くないと思う」


 明かされた事実を聞いて、クリスとシャルロットは頭を抱えて黙り込む。

 一部は既知の情報なれど、此処で来るとは思っていなかっただけに、悩みの種は余りに多い。


 対して魔王の復活と言う情報すら知らなかったオードレは、己以外が思ってた以上に重要な情報を明かさずにいた事実に眉を寄せるも、しかし今は聞くまいと話を切り替えた。


 切羽詰まった現状で重要なのは、何故どうしてと言う疑問ではなくて何時何が起きるのかと言う事実確認だけ。今はそれだけで十分だと語る女に対し、ヒビキはしかし確かな答えを返せない。


 感じ取れるのは、気配と鼓動だけなのだ。今はまだ、完全復活を遂げてはいない。それは分かるが、だからと言って何時に復活するのかまでは分からない。


 復活した後ならば、それが直ぐにも分かるだろう。故に今は後手に回るしかないのだと、そう語るヒビキの言葉を聞いて、オードレもまた考え込むように口を閉ざした。


「アカ・マナフの相手は僕がします。それが、アイツが復活する原因を作ってしまった僕の責任ですから」


 正直に言えば、リスクが高いとは分かっている。ミュシャにも指摘されてはいるが、効率が悪い行動でもある。原初の魔王は、あらゆる魔の天敵であるのだから。


 それは魔王であるヒビキも変わらない。相性最悪の相手に対し、勝機は薄いと言うのがミュシャの見立て。だがしかし、ならばどうすると言う問いに返せる言葉も猫人にはなかった。


 仮に他の全員で原初の魔王を足止めして、残る敵の全てをヒビキが倒して回るとしよう。

 恐らくはその方が勝率は高く、だからそうすれば邪教の教主らは手を変える。


 北方での決戦を捨てて逃げに回り、西や中央の軍勢とヒビキが潰し合うように仕向けるだろうか。或いは今のヒビキですら勝ち目の薄い、粛清装置を動かして来るかもしれない。


 それらを考慮すれば、こちらも下策を取る方が動きが予測出来る分だけ結果的に良い。

 ヒビキはアカ・マナフと、他の皆が大魔女と邪教徒たちと、戦うのがまだマシだと言う結論に至っていた。


 そうでなくともヒビキとしては、原初の魔王と大切な人達を戦わせる選択肢など選びたくはない。自身が原因であれば尚の事、自分の手で決着を付けたかったのだ。


「皆さんには僕が居ない間に、この町を襲うであろう大魔女とその配下。そちらの相手をして貰いたいんです」


 勝機が皆無となれば隠れ潜んで、暗躍に徹する女が邪教の教主。そんな女が自ら表舞台に立つ機会など、そう多くはない好機でもある。


 今ならば、ディアナ・プロセルピナの首にも手が届くやもしれない。だから作るべき戦場は、五分か六分で敵が優勢となる布陣。それで居て、逆転が狙える状況となる訳だ。


「大魔女の襲来。13年前にあった、大魔女事変を思い出しますね」


「今回はあの時以上だよ。敵には邪教の幹部が追加され、こちらの戦力はあの時以下。オリヴィエもヨアヒムも、オスカー殿や灰被りの猟犬だって居ないんだからさ」


 ヒビキの語りに幼い頃に起きた事件を思い出すとシャルロットが語れば、当事者であったクリスが天を仰ぎながら情けない声音で返す。


 今の戦力と当時の戦力を数字化して語れば、クリスの言葉も成程然り。

 13年前は全盛期のクリスと、ほぼ同等のオリヴィエ。二人を大きく超えるヨアヒムに、今と変わらぬ実力のオスカー。灰被りの猟犬だって、英雄と呼ぶに相応しい実力者だった。


 対して今の戦力は、当時の実力の殆どを残していない手負いのクリス。灰被りの猟犬には実力で劣るシャルロット。当時のクリスと同程度の実力を有するオードレとカルヴィンに、強いとは言え流石にオスカーには届いていないデュランの五人。

 其処にミュシャとアンジュを加えた所で、総力としては13年前に劣ってしまうと言うのも妥当な話だ。


 ならば状況は絶望的か? いいや、否である。

 確かに戦力差を思えば、絶望的とも言えるだろう。

 だがしかし、先と比すれば脅威としては一段以上に低下する。それもまた、間違いない事実であった。


 先に戦った東国六武衆は、世界最強が率いる一騎当千の傑物達だ。

 一人だけでも戦い方次第では、こちらを全滅させ得る特記戦力たち。その上敵の頂点は、世界の全てより強いと言う傑物だった。


 対して此度の邪教徒たちは、凶悪な魔王の蠢動に乗じてお零れを狙う浅ましい餓鬼どもの群れに過ぎない。


 英雄と言う程の力はなく、そして性根の面でもそう呼ぶに相応しくない負け犬たち。彼らは強者ではなく、厄介な羽虫に過ぎぬのだ。


 とは言え、それで相手を軽んじられるかと言えば別の話。


 六武衆を強力な獅子や狼の群れとすれば、邪教の幹部は病原菌を宿した蚊や蠅だ。

 勝利し制覇した後で、土地に病毒が撒かれていて、勝者は皆狂い死にましたとなっても可笑しくないのが邪教との戦いであるのだから。


「想定される敵は、具体的には分かっているのか?」


「そこからは、私がお話させて貰いますにゃん」


 情けない声を漏らす師を放置して、女傑は冷たい声で問い掛ける。重要なのはこちらの戦力だけでなく、彼我の戦力差の方であろうと。


 言われて敢えて軽い言葉で答えたミュシャは、立ち上がるとヒビキの肩を軽く叩く。

 頷いたヒビキは影を伸ばすと、中からホワイトボードを取り出した。


 因みに預かっていたヒビキは知らないが、このホワイトボードは北の備品である。

 それを何食わぬ顔で盗んでいたミュシャは、同じくパクったマーカーでボードに情勢を記入していく。


「先ず確定は、うちの糞みてぇな先生。邪教の教主、ディアナ・プロセルピナ。それとその夫でもある、夢幻のアダムね」


 無駄に高い画力と速記力でデフォルメしたディアナの似顔絵を描き、その横に死んだ魚のような目をした男の顔を並べる。

 この二人はセットで動くだろうと言うのが、ミュシャの読みである。


 騙されていた期間が長いとは言え、それでも付き合いの長い師のことだ。

 彼女の優先順位は明らかで、先ずは自身と夫の生存を優先する。


 その上で、より他人が困ることを安全地帯から行って来ると言うのが女の特徴なのである。


「この二人はセットで動くと見て間違いないわ。あの生き汚い先生のことだもの。よっぽど自分の負けはないと確信した状況でもない限り、手元に大魔女か夢幻のどちらかは控えさせておく。この大一番ともなれば、より信頼出来る方を目の届く範囲に置くでしょうよ」


 そうであればこそ、彼女たちは行動を共にする。ディアナはアダムを自身の護衛として侍らせたまま、基本的には戦場付近で高見の見物と洒落込むだろう。


 故にミュシャはホワイトボードに描いた二人の顔を丸で囲むと、その右端に初手は見物・安全第一とメモ書きのように記していく。


 あくまで初手が見物だけで、放置されたと分かれば好き勝手にされるだろうとも。


「んで、先生の性格から初手は見に徹すると思う。自分に戦力を集中されたら直ぐに逃げ隠れ出来るようにしつつ、逆に放置されたら好き勝手に暗躍出来るように、それがディアナ・プロセルピナの予測出来る行動パターンって所かしらね」


「面倒だな。放置は出来んが、優先的な討伐も難しい」


 呆れが混ざったオードレの言葉は、場の誰もが思ったことであろう。


 ディアナ・プロセルピナと言う女は、強いは強いが、其処まで極端に強力な力を持っている訳ではない。


 単純な強さならば、英雄級にも届かぬ準英雄級。クリスやオードレは無論、シャルロットでも一騎打ちならば安定して数度は殺せる。

 だが厄介なことに、数度殺しただけでは意味がないのだ。


 夢幻のアダムも同じく。単純な戦力を数値化すれば、総合的にはディアナと同程度。

 悪辣な呪詛や不死性を除けば、師団長の最上位と同程度の実力でしかない。


 だからこそ、彼らは害虫のように面倒なのだ。潰そうと思えば簡単に潰せるが、潰しただけでは終わらない。下手を打てば、感染する病のような何かを残していくことだろう。


 真っ当な手段では殺し切れず、素の実力は低くても嵌れば英雄や魔王すら追い詰める程の病毒を持つ。

 それこそが邪教の幹部たちであるが故、唯々只管に面倒で厄介で碌でもないのだ。


「次、大魔女アリス・キテラ=ドゥルジ・ナス。これは多分、向こうの先鋒になると思う。邪教側の最強戦力でもある訳だし、細かい制御が効くような存在でもない。となれば爆弾みたいな扱いで、敵陣に放り込んで相手の反応を見るのに使う。先生なら、きっとね」


「矢面に立つのは大魔女、ですか。討伐することは、可能だと思いますか?」


 次いでミュシャは、ホワイトボードの上に絵を描く。丸で囲った教主と夢幻から少し離れて、白の上に描かれたデフォルメは赤い嘘吐き童女の顔。


 大魔女アリス・キテラ=ドゥルジ・ナス。原初の魔王アカ・マナフや悪竜王であるヒビキと並ぶ、強力な力を有する五大魔王の一角。間違いなく、邪教の有する最高戦力だ。


「大魔女は強い意志の籠った力程、嘘にするのに時間が掛かるようになる。おじさんの心威で、嘘にされるまでに掛かる時間は大体0.5秒から1秒の間くらいかな」


「だとすると、この場であれに通る技を持つのは師だけだな。私の切り札も小さな技を重ねて高火力にすると言う仕組みである以上、嘘にされる前に致命傷を狙うのは難しいか」


 魔王を倒すことは出来るのか、と言うシャルロットの問い掛けにクリスが情報を開示する。13年前の戦いで大魔女を撃退した決め手はクリスの心威であった。


 空将と刀将が時間を稼いで、クリスの心威が大魔女を傷付けたのだ。

 しかし直撃した筈の一撃は、大魔女が直撃を認識してから直ぐに効果を失った。


 その効果を失うまでの時間が、一秒以下の僅かな数瞬。その後直ぐに嘘にされ、傷は付けている途中で消えてしまったと言う訳だ。


 しかし直撃したのは確かであり、一瞬で消えたとは言え、瞬きの間は掠り傷が刻まれたのだ。


 指先を切った程度の痛み。とは言え痛みと言うものに慣れていなかった大魔女は、涙目になって退散したと言うのが当時の顛末である。


 二人の協力を得て行った、認識外からの攻撃。それでさえ、一秒以下で大きく減衰されて直撃には至らない。しかしそれでも、確かに攻撃は当たっていた。


 その経験からクリスは、相手の認識していない決死の覚悟で放つ大火力ならば、大魔女にも攻撃が通る場合があると分かっている。


 それでも要求されるハードルは、常人どころか英雄にも達成が難しいものであろう。


「アリスの嘘は認識した後で嘘にしてるから、認識されない攻撃なら通り易くはあると思う。だからオードレが素の火力で、魔王の体に傷を付けられるのなら通せるんじゃないかな?」


 確実に通るのは、この場においてはクリスの心威のみ。そう考えた方が良いだろうと判断したオードレに、ヒビキが魔王同士の共鳴で得た知識を用いて補足説明を行う。


 他の魔王は分からぬが、直接繋がるアカ・マナフと隠すと言う理性がないアリス・キテラの能力ならば、その全貌も分かるのだ。


 だからこその言葉に、オードレは一つ頷き剣を抜いた。


「……ふむ。試してみるか。許せよ、悪竜王」


「痛っ、何すんのさ」


「許せと言った。魔王の強度など、私は知らんのだ。しかし此処にはお前と言う魔王が居るのだから、試すのが最も手っ取り早い話だろう」


 そして、剣を鞘に納める女傑。一体何時に切られたのか、辛うじて目で追えたのはヒビキだけ。

 その張本人は薄く切られた手の甲から滲む血を、もう片方の手で拭き取り半眼で相手を睨む。


 せめて事前にやると言ってよと頬を膨らまれる少年の手には、もう傷跡など残っていない。


 目を細めながらにその傷を見やるオードレは、己の切り札が通るかどうかを思考する。結論は、状況次第と言う物だった。


「しかし、掠り傷程度か。第二顕彰なら通るか? いや、際どいな。可能性はゼロではない、と言う程度に思っておくのが妥当か」


「……一応、言っておくけど、普通に殺しても、アリスは自分の死を嘘にして蘇るからね」


「本当に厄介だね。それ、事実上、撃破不可能なんじゃないかな」


 邪教の幹部らがそうであるように、五大魔王もまた全てが異なる形での不死を体現している。真っ当な手段では撃破不可能。それこそが、万魔の頂点に位置する者らだ。


 原初の魔王アカ・マナフ。その不死性は、知的生命体の悪意と言う彼の本質が支えている。人間が一人でも生きている限り、アカ・マナフは滅ぼせない。


 傷付けても直ぐに戻るし、殺し切っても直ぐに復活する。何らかの方法で世界から追放しても、永久に封印しても結果は同じだ。


 アカ・マナフと言う存在が世界から消えた時点で、次のアカ・マナフが新たに産まれて来てしまう。人を滅ぼす、と言う以外の方法では絶対に消し去れないのが第一魔王である。


 大魔女アリス・キテラ=ドゥルジ・ナス。全てを嘘に変えてしまい、あらゆる嘘を真実に変える第三魔王。彼女はその性質上、例え殺害に成功してもその死を嘘にして蘇生する。


 対抗手段は二種類。ミュシャの持つ目のような嘘を暴く力で、蘇生の嘘を消し去り再殺する。或いは炎王やヒビキのように圧倒的な出力で、その嘘ごと強引に殺し切ってしまうこと。


 悪竜王ヒビキ・タツミヤ=アジ・ダハーカ。彼の不死性は他の魔王とは毛色が異なり、単純に殺し難いと言うだけだ。殺し切るのは、現実的ではないと言い換えても良いか。


 真面な攻撃が通らぬ身体性能に、一度受けた攻撃は学習して耐性を獲得すると言う機能。

 傷を与えても瘴気を消費して直ぐに治るし、その再生限界だって一万回以上と言う異常な数値。


 一度だけとは言え消し飛ばされても肉片の一つから復活出来る上、それら回復の制限数すらも自身の時間を回帰させることで全回復させてしまうと言う反則。悪竜王は殺せないのだ。


「私の目なら、アリス・キテラの嘘は破れる。同じ戦場では出来て一度だけ、だろうけどね。一度だけなら、アイツが吐いた嘘を暴いて、真実を晒すことが出来るわ」


 そんな魔王の不死すらも、状況によっては崩せる目を持つ少女。ミュシャ・ルシャがそれを皆に明かす。

 彼女の有する天空王の瞳であれば、アリス・キテラの嘘を暴くことは可能である。


 しかし彼我の実力差が余りにも大き過ぎるが故に、虚構看破が行えるのは日に一度だけ。

 同じ戦場で二度目はなく、暴ける嘘は一つだけ。その一度とて、発動に詠唱が必要な以上、成立させるのは難しい。


「となると、おじさんの心威を当ててから、ミュシャちゃんがそれを本当にするか」


「或いは其処の猫娘が嘘を暴いた瞬間に、私が切り札を当てるか。それで撃退だけなら、確実に行えそうだな」


「まあ、それに加えて私が詠唱している間、私を守ってくれる護衛戦力が要る訳だけどね」


 結論として、大魔女の撃退は条件さえ整えればほぼ確実に行える。

 対して撃破を目指すのならば、不可能ではないが非常に厳しいと言うのが結論だった。


「一応、理屈の上では私が嘘を暴いた瞬間に、この場の全員、っとヒビキ以外の全員ね。その全員で最大火力を同時に叩き込めば、もしかしたら大魔女を殺し切れるかもしれないわ」


 嘘を無効化する目と、人類でも最高峰の火力。それらが揃っている現状ならば、或いは撃破も狙えなくはない。


 そうでなくともアリス・キテラに戦力を集中すれば、撃退までなら確実に出来る。

 その程度には光明が見えていて、しかし敵はアリス・キテラ一人ではないのだ。


「でもそれは当然、先生も読んでいる筈だし。全員揃ってアリス・キテラに挑めば、その隙を突かれて暗躍される。逆に半端に勝てる程度の戦力だと、アリス・キテラは先ず倒せない」


「ちっ、本当に面倒な連中だ。うんざりするよ、邪教の奴原には」


 この場の全員で大魔女に挑む、となれば邪教の幹部らが野放しになってしまう。

 自由を得た彼らが何を仕出かすかと言えば、正直言ってミュシャにも予想はし切れない。


 一番嫌な場面で背を切られるか、己の楽しみを優先して逃げ回りながら兵らを相手に遊び回るのか。

 どうあれそんな自由を許すのは、弱い所を狙って下さいと直接言うような物だ。


 敵視点で見れば厄介な能力を持ちながらも、戦力的な意味では隙に当たるミュシャ。彼女にとっては、それこそ他人事とは思えぬ危機だ。


 己が敵の側ならば、先ず真っ先に自分のような奴は潰すのだから。

 知略や策謀と言う点では自身を上回る師が、それをしないと考えるのは甘えであろう。


「次に予想出来るのは、町を襲う魔物の群れね。闇の魔王が復活することで、周囲の魔物も活性化する。前回の人魔大戦を超える数が、人界を襲うことになる」


「一応、初手で僕がある程度は削る心算だけど。アカ・マナフとの戦いが始まったら、流石に気を配れなくなると思う」


 思わず浮かべた悪い想像を首を振って払った後、ミュシャは話を戻してホワイトボードに絵を増やす。


 左に邪教の幹部。右上に大魔女。左下に書いたのは、デフォルメされた魔物の群れ。


 万魔の創造主であり、統率者である原初の魔王。彼が復活すれば当然、その配下らは活性化する。個体毎の力や凶暴性も増すならば、単純に数だって増えていくことだろう。


 古き神話に語られる、天も地も海も全てが魔物に満たされたと言う絶望的な光景。

 それが再現される可能性は非常に高く、そしてそれらの排除にヒビキは最低限の協力しか行えない。


「残った領兵と討魔師団の人員から、体調が万全に近い者らを町の外壁に配置しましょう。六武衆には良いようにされましたが、これでも精兵揃いです。数が多いだけの魔物相手なら、ある程度の時間稼ぎは可能です。……出来れば私も、そちらの指揮に回るべきなのでしょうが」


「いや、魔王アカ・マナフが復活したなら、魔物の群れに際限はない。魔王が倒れるまで延々と復活と増殖を続けるのだから、どれ程の戦力を割いても時間稼ぎにしかなるまい。安定する範囲なら、なるべく配備する戦力は減らすべきだ。お前を防衛に充てるのは、現有戦力を考慮すれば余りに惜しい」


「一先ず部隊ごとに纏めて、基本は其々の部隊長に任せるのが無難かな。勿論、いざとなれば互いに助力出来るように、配備の位置やどこまで防衛するのかなんかは、吟味する必要があると思うけどね」


 襲い来る魔物の数は、真実無限の数と成る。際限なく増え続ける津波を前に、消耗戦を行っても意味がない。魔王の影との戦いで、それは嫌と言う程に分かっているのだ。


 一般兵を中心とした数と広域結界で波を止めている間に、一騎当千の英雄達で魔王の影を撃退する。そうしてこれ以上数が増えなくなった所で、少しずつ魔物を間引いていく。


 それがこれまでの人魔大戦で得た経験則からなる常道で、恐らくは今回もそれ以外に術がない。

 違いとなるのは、先の東方との戦いで広域結界は停止している代わりに、英雄の役割を悪竜王が担ってくれると言う点か。


 邪教の者らが暗躍するのは何時ものことだが、此度の大戦においては常と異なり人類同士が団結出来ていない。前線を支える為に英雄を割く程の余力は、今の北にはないのである。


「予想される戦力としちゃ、これで全部か?」


「少なくとも、末端の邪教徒は居ないと思うわ。居ても大した意味がないもの。数が欲しければ、原初の魔王や大魔女がどうとでも出来る訳だし。だから懸念すべき伏兵は、他の幹部が居るかどうか」


「有名どころなら、貪欲辺りか。もしも奴が居るなら、デュランに囮でもさせるべきだったかもしれんな。町の周囲を無防備に歩かせれば、直ぐにも喰らい付いて来ただろうに」


 魔王同士の繋がりがあっても、ヒビキに分かるのはアカ・マナフとアリス・キテラの事のみ。教主の動きを予想は出来ても、ミュシャは邪教の内実と現状を知らない。


 故に彼らに想定出来る敵戦力はこれで全て。伏兵の一人は居るだろうとは思えても、その伏兵が誰かまでは断言が出来ない。オードレの言う貪欲とやらを、警戒しておくのが精々だ。


「因みに十三使徒側の戦力はどうなの? 期待して良かったりする?」


「デュランとカルヴィンは遊撃だ。いざと言う時には動くが、基本的には私以外の助力を期待するな」


「了解。まあ、遊撃戦力は計算外としといた方が、ある意味先生の裏を掻き易いと言えなくもないから、ありっちゃありか。これなら勝てる、って相手が思った所で横から殴り付けて貰うのが今回は最適解な訳だし。直前まで意志疎通が出来ないのは、一長一短あるけどね」


 現状の手札を考えれば、敵に対抗出来るかはギリギリと言った所。

 残る十三使徒が全面的に協力してくれるのならば、それは大きなメリットであると言えるだろう。


 しかし合流すれば敵に動きを読まれやすくなると言う欠点も存在するが故、敢えて独自に動いて貰うと言う方法論にも一定以上の理は存在する。どちらがより良い策となるかは、蓋を開けてみねば分からぬ話だ。


 故にミュシャもその理を認め、敢えて追及することはない。

 知らなければ暴かれることもない。オードレもそれが分かっていて、此処で得た情報を同胞らに共有する気はなかった。


 情報を共有する為に連絡を取ろうとすれば、それを切っ掛けに繋がりを悟られる。

 危険を承知で伝える程の事実かと言えば、知らずともに仲間たちならば動いてくれると言う程度の信頼はある。


 故に此処で連絡を取ることは、無用なリスクにしかならない訳だ。


「んじゃ、話を纏めるわよ。先生と知恵比べして、勝てる自信は私にはない。けど今回は、互いの札がある程度分かってる状況だし、初手の動きくらいは読めている。だから敢えて、それに乗る。相手に都合の良い盤面を作って、逃げると言う選択肢を奪うわ」


「詰まりは端から相手を確殺出来る布陣は駄目、ってことだよな。んじゃ、具体的にはどうするよ?」


 ホワイトボードを背に両手を叩いたミュシャは、これまでの話をそう纏める。

 アンジュが補足するように呟いた通り、万全な布陣は逆に己達の首を絞めてしまう。


 大魔女に全力を注いだり、逆に邪教の幹部らを狙い撃ちにしようとすれば、ディアナ・プロセルピナは打つ手を変える。

 本来の手筋よりも凶悪で、悪辣な光景を彼らに見せ付けて来る事だろう。


 逆に言えば敢えてこちらが隙を晒せば、それを挑発と受け止めて、分かった上で乗って来る。対等な場面であれば、己の教え子には負けない。そうした自負もあるからだ。


「大前提、私は大魔女戦には参加出来ない。ワンチャン大魔女を討伐出来る状態にしちゃうと、先生は絶対に乗って来ないもの」


 邪教の最大戦力である大魔女は、ディアナにとっても簡単には替えが効かない戦力だ。

 万が一にも倒される可能性があれば、当然動かし方を変えて来るだろう。


 ミュシャ・ルシャが居れば、大魔女が倒されると言う万が一が起こり得る。

 逆説、ミュシャが居なければアリス・キテラは討伐出来ない。ディアナは確実にそう考える。


 故にミュシャが居なければ、大魔女は囮として町の中で大暴れをするだろう。


 それはそれで厄介ではあるが、しかし相手の最大戦力が分かりやすい場に居続けると言うのは大きなメリットでもあった。


「それに、先生の思考をある程度とは言え、トレース出来るのは私だけよね? 他の人達に、何処かに隠れたディアナ・プロセルピナを探し出せる自信はある? 私はあるわよ。目を使えば、確実に見付けられるって自信がね」


 更にもう一つの問題点が、初手は高見の見物に徹するであろうディアナを見付けられるのがミュシャだけだと言う点だ。

 本気で隠れた邪教の教主の思考を追えるのは、この猫人だけなのである。


 天空王の瞳を使うのならば確実に、そうでなくとも時間を掛ければ高確率で、ミュシャはディアナを見付け出せる。

 討伐は愚か接敵さえも難しいと言う悪辣な女と、確実に戦える盤面を作れるのだ。


 となれば皆の意見は一致する。ディアナ・プロセルピナの対策に、ミュシャ・ルシャを充てるのは確定事項だと。


 魔物の軍勢は兵らで足止めして、ディアナの追跡にはミュシャを充てる。となれば残る問題は、他の戦力をどう配分するかだ。


「ディアナ相手に、ミュシャちゃんは必須って訳ね。となると、護衛の戦力も必要な訳で、大魔女相手はおじさん一人で足止めするのが無難かな」


「正気ですか、先生? 今の貴方が一人で、と言うのは自殺行為ですよ!」


「あと、戦力的にも論外。さっきから窮地になるとうちの糞な先生は一旦退いてから、手の内変えて来るから読めなくなるって言ってるじゃん。これだから仕事し過ぎて頭が回ってないマダオは」


「……酷いなぁ、二人とも。頭動いてないのは、自覚あるけどさ」


 生真面目なクリスが己一人で大魔女を足止めすると語り出せば、感情と理屈の両面から即座に否定されて項垂れる。


 実際、クリス以外の全員でディアナを倒そうとするのは論外な手段だ。

 余りにも過剰戦力過ぎて、ディアナは真っ先に逃げ出し手を変える。


 ある程度動きが予想出来る状況でなければ、師と腹の探り合いなど出来る筈もない。

 故に下策にも過ぎるだろうと、ミュシャは罵るのであった。


「勝てるか分からないくらいの戦力ならば、奴は逃げないのだな。猫娘」


「うん。まあ、そうなるけど」


「ならば話は簡単だ。私と、そうだな。アンジュビュルジュ、お前も来い。この私が、貴様ら小娘どもの面倒を見てやろうではないか」


 必要となるのは、ディアナ・プロセルピナがギリギリ逃げない程度の戦力。

 となれば、クリスとシャルロットとオードレを組ませることは出来ない。


 だが三人の内の誰か一人とミュシャ・ルシャならば、恐らくディアナは逃げ出さない。

 そう判断したオードレがアンジュの名も呼んだのは、大魔女相手の方がより危険だと判断したからでもあった。


「ドー姉と一緒に戦えるの!」


「あー、やっぱりそうなるわよねー。戦力的には、多分ギリ先生逃げないわ。あの人、私とアンジュのこと舐めてるだろうし、十三使徒を討ち取る好機と見てくれるとは思う」


 ディアナはミュシャとアンジュを侮っている。


 ミュシャは目と頭脳こそ厄介なれど、戦力的には足手纏いでしかない。

 アンジュも実力的には邪教の幹部らより下で、ならば隙の一つとあの女は見るだろう。


 となればその二人を庇いながら、戦うであろうオードレを討ち取る絶好の好機なのだ。


 聖教会の切り札である十三使徒の中でも、上澄みの側に位置する女傑。

 それを排除出来るチャンスならば、ディアナであっても多少のリスクは飲み込む。ミュシャはそう判断していた。


「けど聖教徒と戦場を共にするとか、ちょっと背筋が寒くなってくるのよね」


「はっ、無用なことを案ずるな。悪知恵が働くだけの薄汚い亜人など、私がその気になれば既に首が地に落ちている。その程度、その狡からい頭で十分に分かっていように」


「頭で分かっても、心が納得しないとかそういう話なのよ。後、その毒舌何時まで続くの?」


「多分ずっと続くぜ。私やシャル姉相手でもあんま変わんないし、これもドー姉の味だと思って早く慣れた方が良い。それにドー姉語を一般語に翻訳すると、これでもミュシャのこと褒めてるぜ。頭が良くて結構やる奴だなってさ」


「囀るなよ、小娘ども。纏めて切られたいのか、阿呆」


 理屈の上では問題がなくて、しかし感情面では納得出来ない要素が多い。


 故に項垂れるミュシャに向けて、下らんと鼻で笑って毒を浴びせるオードレ。

 そんな二人と異なって、共に行動することになったアンジュは嬉し気だ。


 それは姉と慕う相手と共に戦えると言う事実への歓喜であり、そして戦う敵が憎むべき家族の仇であると言う事実への高揚でもある。


 頼りになる姉弟子に支えられながら、信じられる仲間と共に怨敵を討つ。この状況に、昂らぬ道理もないのだ。


「それじゃ、僕が大魔女の足止めをしている間にシャルちゃんは兵の指揮を――い、いや、うん。分かってるから、皆して怖い顔しないでよ」


「ちょっとおっさん? 一人で抱え込んで、足止めも出来ませんでした~ってなるのが最悪なんだけどぉ?」


「それに魔物の群れへの対策は、討魔と領兵に任すってさっき言ったばっかじゃん。何言ってんだよ、親父」


「大魔女の足止めは、私と先生の二人で行います。先生が変なことをしないように、しっかりと見張っておきますので安心して下さい」


 そんな中でまたクリスが世迷い言を口にし掛けて、周囲からの冷たい視線を受けて沈黙する。


 自分の命より兵の安全を優先するのは立派ではあるが、この状況で選ぶ道としては悪手と言う他にない。


 冷めた目と呆れた目で見やる少女ら以上に、生暖かい慈愛の目で見詰めて来る二番弟子や何も言ってくれない一番弟子の方が心に来る。

 力なく脱力するクリスはそう感じつつ、深い息を吐くのであった。


「と、取り合えずさ。これで戦力配置の相談は十分って訳だよね?」


「ええ、そうですね。現状で取れる手段の中では、悪くない布陣だと思います」


 深い息を吐いた後で、冷たい空気を払拭しようとクリスは語る。その発言に真っ先に言葉を合わせたのは、当然彼の二番弟子である女。


 シャルロットは今一度、彼我の戦力を頭の中に浮かべて比較する。

 敵は侮っているのだろうが、妹弟子も決して弱くはない。

 故にひっくり返せる可能性は十分にあると言うのが、彼女の見立てであった。


「一騎当千の六武衆と異なって、邪教の幹部の実力は劣る。厄介な特徴こそ有していますが、単純な実力ならばアンジュより一回り上と言う程度。六武の先将との戦いで一皮剥けた今のアンジュなら、それでも相手の方が上でしょうが、絶対に勝てないと言う程の大差はない」


「相手が舐めているのなら、それこそが隙と成り得るだろう。未熟者のお前でも、私の役に立てる好機と言う訳だ。餌を恵まれた痩せ犬のように、精々必死に食らい付いてみせるが良い」


「シャル姉、ドー姉。……うん。頑張ってみる」


 二人の姉弟子からの保証と叱咤を受けて、アンジュは強く頷いて見せる。

 既に覚悟は定まっている。怨敵との戦いを前に、迷う理由などはないのだから。


 対して迷う理由を持つミュシャは、そんな三人を見詰めて静かに思う。しかし思った内容を、口にすることはなかった。


 だからその光景に、口を開いたのは彼女ではない。


「……巻き込むことに、皆さんは何も言わないんですね」


 もう一人、思う所があったのはこの少年だ。ヒビキの視点で見れば現状は、その大半がヒビキの行いで起きてしまったこと。


 其処に何も思わない程に、恥知らずにはなりたくない。だからこそ彼は問うのだ。何を言われても、受け止める覚悟を胸にして。


「あー、うん。まあ、出来れば戦って欲しくない気持ちはあるけどさ。ほら、今復興中で、逃げ場ないでしょ?」


「それに邪教徒は悪辣です。六武衆とは異なって、降伏を受け入れてはくれない。我々が負ければ、皆が例外なくその被害に遭うでしょう。死ぬより苦しい目に遭ってしまう。道は他にないのです」


 そんなヒビキの様子を察しながらも、クリスとシャルロットが口にしたのは少しズレた解答だ。君を責める気はないと言葉にせずとも伝わる態度に、ヒビキも言葉に迷ってしまう。


 だからこそ、ヒビキの気持ちを軽くしてみせたのは続く女傑の言葉である。


 優しさ故に指摘しなかった二人と異なり、その女にとってヒビキは敵。向ける情など何一つとしてないのだから、彼女にとってこれは単なる事実である。


「はっ、それにだ。悪竜王。貴様は巻き込むと言ったが、思い上がるなよ。万魔との戦いは、全ての人が負うべき義務だ。これはお前の戦いに私達が巻き込まれたのではなく、私達全員の戦場が同じ場所だったと言うだけの話なのだ」


 巻き込んだと勝手に沈み込むのは、上から目線の思い上がりに過ぎないのだ。舐めるな、侮るな、馬鹿にするな。そう告げる女の目を見返して、ヒビキは素直に頷いた。


 責任を感じなくなった、とは言えない。そんな風には成れないし、成りたくもない。だが、そういう考え方もあるのだとは理解した。


 そんな相手に対して、謝罪なんて侮辱と大差がないだろう。


「ま、そういう訳ね。責任云々言ったら、私だってあるんだし。今更そういう言葉は言いっこなしにゃん」


「そうだよ、ヒビキ。私は言ったよね。君と一緒に居るって。迷惑掛けてよ。巻き込んで。互いにそうするのが、一緒に居るって言うことでしょ」


「ミュシャ、アンジュ、皆。ありがとう」


 だから、口にするべきは感謝の言葉だ。そんな言葉に返る反応は、皆其々に違っている。それでも今は、皆が同じ方向を見ている。そんな風に、思えたのだった。


「さってと、今決められるのは、このくらい? 後はもう、出たとこ勝負にしかならないでしょ」


「そうですね。兵らには復旧作業を一旦止めて、警戒態勢に入るようにと私から伝えておきます。なので先生は、早く寝て下さい。あの日からずっと、徹夜してるって知ってるんですよ」


「あー、えっと。もう少し片付けておきたい仕事が――あ、いや、何でもないです」


「馬鹿な師は、シャルロットに任せておけば良い、か。ならば私は……おい、アンジュビュルジュ。再会した時にも思ったが、貴様随分と怠けていたようだからなぁ。この私が直々に、また稽古を付けてやっても良いぞ」


「うげ、ドー姉のスパルタ稽古」


「と、普段なら言っている訳だが。残念ながら、いつ敵が来るかも分からん状況だ。命拾いしたなぁ、馬鹿娘」


「ほっ――て、痛い、痛い痛い痛い。頭ぐりぐりしないでよ、ドー姉」


 話すべきことを終えたからか、皆が何時もの調子に戻る。危機的状況は迫っていて、何時に起きるか分からない。それでも気負うことはなく、彼らはその時を待つ。


「取り合えず、今は解散だね。皆、ゆっくりと身を休めておくこと。いつ、敵が来ても良いようにね」


 クリスが音頭を取って手を叩き、どの口がと一部の女性陣は思いつつも、皆がその言葉に頷いた。


 今はもう、他に出来ることはない。故に出来ることが増えた時、為すべきことを為せるように。今一時は、微睡みの時を過ごすのだった。






総合力で言えば東国六武衆の方が上ですが、邪教も厄介さなら負けてないよと言う話。

最適解を選べば、邪教は「じゃ、ルール無用な!」と返して来る上にルール無用となると面倒臭さが跳ね上がると言う仕様です。


実際、ヒビキはアカ・マナフと相性が悪過ぎるので、戦闘始まるとそれ以外に気を配れなくなる今回の盤面は結構下策寄りです。


最適解は多分、アカ・マナフの相手を十三使徒の誰か(カルヴィン単独放置が最良)に任せてヒビキは遊撃。他メンバーが足止めしてる敵を、ヒビキの酷使無双で順繰りに確固撃破していくこと。

とは言え、それをやるとディアナがルール無用になるので、実際には今回の策以上に状況を悪化させちゃうんですけどね。負けると確定したら、全力で嫌がらせに走るのが邪教の教主ですから。


なので炎王と朧と言うトップ二人をヒビキが請け負った前回と比べると、ヒビキがアカ・マナフ相手に手一杯な今回は難易度がちょっと上がっているかもしれません。

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