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Re, DS  作者: SIOYAKI
第四章 死して後已む
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第52話

十三使徒VS六武衆②


 初手は様子見から、堅実に詰めて趨勢を手繰り寄せる。そんな戦運びを好む者がオードレならば、この場に居る男の性根は真逆だ。


 気が合わないのは、趣味や主義主張だけではない。同じ聖十字を掲げる男は、戦闘開始の合図が如くに神より授かった奇跡を行使した。


「聖典顕彰――荒れ狂う獅子の法則」


 獅子の鬣を思わせる男の金髪が、吹き上がる黄金のエネルギーに靡いて揺れる。

 溢れるエネルギーは一般人にも視認が出来る程に強固となって、男の両手を小手のように覆い隠した。


 行くぜ、と一言。気と聖術による二重の強化で膨れ上がった身体能力。その脚力に物を言わせる形で大地を蹴り付け、獣の如くにカルヴィンは跳ぶ。


 荒々しい動作による上からの強襲。唯早く、唯強く。それは正に、獣の道理に他ならない。


「えらい元気やなぁ。まるで獣や」


 そうとも獣の道理なら、武芸の粋を極めた彼らが劣る道理もありはしない。


 確かにカルヴィンの身体能力は、覚醒した修羅に等しい。如何に高い技量を持とうと、簡単には捌き切れない程の暴力だろう。されど対する六武衆は四席の技量は、東の中でも最上位に程近い。


 体幹の揺れ動きと初動に用いたエネルギーの量を一瞥で見抜き、瞬きにも等しい時間で敵が現れる場所を予測する程度は息をするように行って見せる。それだけの技巧を、子龍は有する者だった。


「せやけど、獣に負けてまうようじゃ、怒られるんよ。僕」


 故に三歩、軽く動くだけで躱せてしまう。さすれば、本来は対処の難しい筈の上空からの急襲は、白銀の刃を前に致命の隙を晒すだけとなる。


 着地したカルヴィンが次の動作を行う前に、その首目掛けて子龍の刃が軽く振るわれる。

 それはまるで吸い込まれるように、男の命を奪わんとして――金色に輝くその波動に弾かれた。


「はっ、端から技巧で、テメェらに勝てるだなんざ驕ってねぇよ」


 まるで分厚い壁に切り掛った時のような感触に、弾かれた子龍は目を丸くする。その動揺を隙と見たか、カルヴィンは膝を軽く屈めて大地を蹴った。


 そして連撃。右の拳を、左の拳を、獣の如くに大きく振るい追い立てる。咄嗟に剣で受け流そうと動いた子龍は、しかし黄金の光が両手に移ったのを認識するや即座に後退へと判断を切り替えた。

 

「なんや、厄介やなあ。その光、刃が通らへんやん」


 嵐のような猛攻を前にしながら、微風の中を散歩するような足取りで退く。そうとしながらも、子龍は動きの隙間を的確に見抜いては的確な斬撃を返しと置いた。


 直進する中、唐突に進行方向へと差し込まれる刃。それを認識する度にカルヴィンの動きは僅か停止して、彼を守る金色の光の位置が変わる。その光景に無敵の絡繰りを見抜いた子龍は、笑みを浮かべて言葉を紡いだ。


「けどま、あれやね。えらい固い鎧や名刀と思えば、大した苦労もせぇへんな」


 光の守りが限定的な物ならば、対処は決して難しい話ではない。少なくとも、六武に名を連ねるような実力者であれば。


 事実、攻め続けていながらもカルヴィンの側には決定打がなく、攻められ続けている子龍の側には余裕の色さえ見て取れる。


 舐められていると、獅子を思わせる男は歯噛みし吠えたてた。


「テメェらは、どいつもこいつも――随分と舐めてくれるじゃねぇかよっ!」


「あらら、折られてもうた」


 怒号と共に、進む先に置かれた刃に向かって突進。本来ならば首を取られているであろうが、しかしカルヴィンには黄金に輝く無敵の守りが存在する。


 首を狙ったその刃は、押し込まれる首によって亀裂を入れられ砕けて折れた。そして輝きの位置が即座に変わる。首を守るための光が一瞬後には、大振りに振るったその右腕に。


「はっ、そのまま死になっ!」


 黄金に輝くカルヴィンの右腕が、子龍の腹を確かに撃ち貫いた。


 されど――


「うわー、やられたわー。なんてな」


「な、体が霧に変わりやがった!?」


 黄金の拳が貫いた男の腹部が、そのまま霧となって霧散する。

 自身の肉体の一部が気体と化している子龍は平然と、笑いながら折れた刃を振り下ろした。


「僕は怠惰に耽る徳無僧。知っとるか? 徳無僧は野槌になるんよ」


「意味、分かんねぇこと言いやがってっ!」


 即座に黄金の光を移動させるが、今度は間に合い切らずに顔を切られる。薄く左の瞼が傷付き、流れた血が目を潰す。


 剣が折れていなければ、物理的に失明していたであろう斬撃。カルヴィンは舌打ちすると共に大地を蹴ると、距離を取って治療の神聖術を行使した。


「この程度なら、治せるが――」


「あらら、そんな逃げ腰にならんと。ほらほら、鬼さんこちら。手の鳴る方へ」


「舐め腐りやがってぇ! ドタマに来るぜっ!」


 左目の視力を戻してから、構えを取り直したカルヴィン。そんな彼を嘲るように、霧から身を戻した子龍が手を叩く。


 童子を相手取るような敵の煽りを受けて、苛立ちを叫びながらもカルヴィンは思考を回す。


 心を熱く怒らせながらも、思考は冷たく回す。それが出来る適正こそが、カルヴィン・ベルタン=クールドリヨンが有する最大の武器でもあるが故に。


(肉体変異。それが野郎の心威とやらか。厄介だな、俺の無敵と被りやがる。互いに攻撃無効とくるかよ)


 以前の王都での交戦以来、東国六武衆との戦闘が起きることは事前に分かっていた。ならば当然、調べられる情報は既にある程度抑えている。


 中央では余り知れ渡ってはいないが故に限界もあったが、それでも直接見聞きした情報と合わせれば敵が神威法と言う特殊な技術を切り札としている程度のことは分かっていた。


(だが、利はこちらにあるな。野郎は詠唱をしていねぇ。なのに使えるってことは、俺とやり合う前から発動していたってこと。消耗戦なら、連戦してる相手の方が遥かに不利だ)


 神威法の発動には、本来は詠唱が必要となる。それをしている素振りすら見せていないのに、能力を行使したと言うのならば話は簡単。


 今発動したのではなく、今まで解除をしていなかっただけ。東の側は連戦による疲労もあると考えれば、有利なのはカルヴィンの側である筈なのだ。


(なら、敵には焦りがある筈だ。頭に来るような挑発は、俺に攻めさせる為か? 穴熊決め込まれる方が、野郎にとっては厄介って所か)


 カルヴィンの導き出した結論は、子龍の芯を突いていた。事実として、子龍が発動している二つ目の心威「深山で人喰う徳無僧」は消費が重い。


 死に瀕すれば無尽蔵に闘気が増える修羅とは言え、普段は当然限界もある。自傷では修羅覚醒が発現しないことも踏まえれば、持久戦こそ子龍が最も避けたいものだ。


(だが、持久戦を避けたいのは俺らの側も、だ。確かにこの野郎は持久戦に持ち込めば倒せるだろうが、先にこっちの仲間が参っちまう。デュランやあのクソ女は兎も角、雷将のおっさんはもう長くは持たねぇだろ)


 しかしカルヴィン達、聖教の側も持久戦を避けたいのが本音であった。


 あくまで彼らは増援で、彼ら三人だけで敵を倒し切れるとは思っていない。雷将の生存は、絶対に外せない要因の一つだ。


(それに、敵の親玉が後に控えている。なら、リスクの一つや二つは飲み込まねぇと話になんねぇか)


 それに、カルヴィンは知っている。あの日、中央大陸は聖都で行われた六武衆の宣戦布告。その場に彼も確かに居たのだ。


 故に東国の王がどれ程に人間離れしているか。自分たちに勝ち目があるのかなど、痛い程に分かっている。


 だからこそ、あの男が動き出す前にその配下は潰しておきたいのである。


「ふぅ、はぁ……」


 一つ息を吐いてから、冷静な思考で結論付ける。至った思考は自身の趣向と合うもので、故に息を吐いてから、ニヤリと笑ったカルヴィンは再び大地を蹴り付けた。


「行くぜ、おっらぁぁっっっ!!」


 接近して、大振りの一撃。あたかも何も学んでいないと思わせるが如く、振り下ろした拳は輝かない。


 それに子龍が気付いたのは、霧化で交わして反撃を放った直後。振るわれる一撃を輝く胴で受けながら、空いた左手を子龍の顔面へと叩き込んだ。


「――っ。少し舐めとったわ。実体化の瞬間を狙えるくらいの、腕はあるんね」


 実体のない相手との戦いでは、相手が実体を伴った瞬間を狙えば良い。ある意味王道と言うべき対策で、カルヴィンは子龍の霧化に対処したのだ。


「流石のテメェも、攻撃の瞬間には隙が出来る。攻撃と防御、二つを同時に、完璧に熟すのは簡単じゃねぇだろ」


 光を纏っていない一撃でも、一流の域にはある打撃。頬を張らせた子龍は距離を取ると、折れた歯を吐き捨ててから口にする。


 黄金の力を防御に振り切って、カウンターでのダメージ狙い。挑発に乗ったと見せかけて、随分と面倒な手を取る物だと嘆息した。


「せやね。爺様や朧ちゃん辺りなら、余裕で熟せるんやろうけど。流石に僕には、しんどいわ」


 これで下手な反撃は封じられた。無敵の光を貫く術はなく、カルヴィンが防御に徹する限り子龍の側にはダメージを通す術がない。


 ならば結果は、互いに望まぬ持久戦――とはならない。そうさせない為に、カルヴィンは光を纏わぬ腕を使って猛攻を続けるのだから。


「おらおらおらおらおらぁぁぁぁぁっ!!」


 輝く光は鎧としてのみ。攻勢は全て己の腕で。そうと徹するカルヴィンが狙っているのは、業を煮やした子龍がカウンターを狙う瞬間だ。


 持久戦に付き合うか、一か八かの勝機を狙うか。持久戦をされたくないと言う内心を隠して、相手にその択を迫る。それこそが、カルヴィンの思惑だった。


「いやぁ、かなわんわぁ。ほんましんどいわ、これ」


 獣の如くに荒々しく、攻め立てるカルヴィンの猛攻を前に下手な反撃は逆効果。動きの隙を見つけても、切り返すことも出来ぬままに防戦一方を強いられる子龍。


 踊るような軽さで後退を続けながら、避け切れなかった打撃は肉体を霧と変えることで回避する。そうして傷を受けることなく戦いながら、観察を続けていた彼は語り動いた。


「せやけど読めたわ。しんどいんは、僕だけやないね」


「あ゛ぁ?」


 数度の攻防。その中で小さく笑った子龍は、引き続けていた場所で敢えて一歩を前に出る。

 突き出された拳が霧となった胸元を貫くように虚空に踊り、体幹が崩れた男の腕を子龍が掴んだ。


 危害を加える心算はなくとも、体に触れた時点でカルヴィンの無敵は効果を発揮する。

 まるで焼け爛れるような痛みを触れた掌に感じ、腕を引こうとしても微動だにしない異様さに子龍は軽く舌打ち。即座に手を離して殺気を当てた。


「く――っ、うぉっ!?」


 向けられた余りにも濃厚な殺意にカルヴィンが思わず怯んだ瞬間、右の足を使って男の軸足を大きく崩す。

 黄金のオーラに覆われていない部位はあっさりと崩されて、カルヴィンの体は回るように転がされる。


「成程成程、やっぱしな。君の無敵化。強い能力やけど、意外と穴は多くある」


 子龍は更に転がり落ちる男の心臓に向かって刀身の折れた刃を突き刺そうとして、しかしそれは流石に通らない。


 無敵の力に弾かれて、更に砕けたその刃。目視で確認するより前に、逆撃が来る。


 地面に付いた手を軸に、態勢を崩したままにカルヴィンは蹴りを放つ。

 されどその動きに直前で気付いていた子龍は、カルヴィンの一撃が放たれる瞬間には既に届かぬ位置にまで移動していた。


「無敵にしてられる部分は一部だけ。認識外の攻撃には一手遅れるし、的確に必要な場所だけを必要なタイミングで強化する集中力やって必要や。なら、それ。一体いつまでもつんやろうなあ」


 笑いながら言葉を紡いで、周囲に溶けるように子竜は気体化する。


 警戒を露わに構えるカルヴィンの後方から、或いは時には頭上や眼下から唐突に迫る刃。予想をさせぬ襲撃を前に、今度はカルヴィンが翻弄される。


 時折混ざる濃厚な殺気が、しかし迫る武器とは異なる方向で発生すると言うのも性質が悪い。子龍の持つあくどさに、カルヴィンの疲労は募っていく。


 即死に至る脳と心臓を常に保護しながら、何処から来るかも分からぬ攻撃の度に意識する場所を切り替える。


 対等以上の相手を前に、その行為だけでもストレスだ。どうしても一手遅れてしまう動作を強引に間に合わせる行為は、酷く集中力を必要とするものだ。


 薄く淡く増えていく傷こそが、カルヴィンの限界を確かに証明していた。


「は――っ、安い言葉だ」


 それでも、カルヴィンは嗤って嘯く。安い言葉だ、安い挑発だ、と。そう語る男の瞳に怯えの色は欠片もない。


 時間を掛ければ、この相手に己は勝てる。その思考は今も一切揺れてはおらず、ならば最大の下策とは焦りから失態を犯すこと。


 時間を掛けた結果、仲間達が詰められる可能性は十分にある。だが最悪は、この相手に己が敗れることなのだ。そうとなれば業腹だが、後のことは他の二人に任せるとする。


 気に入らない女だが、オードレは自身と同格。デュランに至っては、己よりも一枚上手だ。あの二人が子龍以下の相手に遅れを取ることはない。素直にそう、信じることは出来たのだから。


「いつまで持つか、だと? いつまででも、だっ! 俺のミスに期待してんなら、そのまま頭の悪さを晒してろ! テメェの死骸を踏み付けて、精々馬鹿めと嗤ってやるよっ!」


 数多の掠り傷を刻まれながらも、高らかに語るカルヴィン。その視線の先にて、気体と化していた子龍が肉体を元に戻す。


「強がり、と言い切るんは気楽やね」


 厄介、と言うよりは面倒だ。この状況を、子龍は内心でそう断じる。なまじ一方的に攻撃が出来ている所為で、修羅の特性が一切活かせない。


 今に用いる肉体変化の心威は消耗が大きく、このまま続けていれば先に己が体力切れを迎えてしまうだろう。その時、即死を免れて修羅覚醒を起こせるかは運となってしまう。


 運否天賦を否定はしないが、他の手段が残っているのに端からそれを選ぶは下の下。愚かなことだと思うが故に、子龍は此処に手段を変えた。


「ええよ、その前提で考えたる。やり方、変えよか」


――心威・変性――


「結跏趺坐して禅定せよ――大野槌」


 詠唱は、なかった。しかし、軽く笑った子龍は折れた刃をその場で振るう。すると刀身が解けるように糸に変わり、周囲を軽く切り付けた。


 能力が変わった。その事実を前に、カルヴィンが目を見開く。一体どういうことだ、と。その動揺を見て嗤う子龍は、隠すことなくあっさりと答えを示す。


「神威法の第二階梯、心威変性。心威の発動を解除せんで、他の心威と切り変える技。同時発現は出来ん辺り、所詮は小技。立派なもんじゃあらしまへん」


 一体何を、と警戒していたカルヴィンは目を丸くする。糸が削り取った道路や家屋の建材が、糸に取り込まれるように同化していくのだ。そうして数瞬後には、子龍の手の中には元の巨大な大太刀が収まっていたのだから。


「ちっ、折れてた剣を直しやがったかよっ」


 神威法の第二階梯は、己の心より生まれる力の性質を意図して歪め改竄すると言う高度な技術によって成る。だが、その難易度の高さに反して、得られる効果は詠唱破棄と言う地味なもの。


 故にこの技術の本質は、神威法への理解を増やすと言う点にある。第二階梯に至っただけでは得られる利は少ないが、第三階梯以上に進む為には必須となる。そんな技術こそが、心威変性。


「外は極まれば内にも届き、内は極まれば外に溢れる。想は至れば実と変わらず、実は至れば想と変わらぬ」


「あ? んだ、説法かよ」


「そうかもな。……内外想実。その本質は、結局全部同じもの。色と空に違いなんてないように、見方が違うだけなんよ」


 気の性質や心の持ち様。それを僅かに変えるだけで、内は外へと溢れ、想は実と同じと化す。

 それは宛ら、コインの裏表。見ている面が異なるだけで、本質が一枚のコインであることは変わらない。それこそが、神威法の真実。


 二種類の心威を得た者が、その真実を言葉ではなく心で理解することで使用可能となる。神威法の第二階梯とはそういうもので、それが行えることが子龍とそれ以下の席次の者との違いであった。


「ほな、説法は此処まで。そろそろ、行こか」


 ふっと息を吸い込んで、子龍が一歩を自ら踏み出す。前方への跳躍と共に身の丈を超える刀を振るう。振るわれた刃をカルヴィンは右手の甲で受けて弾くが、直後に刃の形が変わった。


「なっ!」


 細く長く伸びた刃は、まるで地を這う蛇のような挙動で蠢く。一度弾いた筈だと言うのに、背後から舞い戻って来るのは弧を描くような形状に変わったから。


 迫る刃を振り払う為、身を翻したカルヴィンの眼前で蛇の牙は三つに分かれる。額と喉と心臓を狙う、獣の爪のように歪んだ刃。殺意に溢れた一撃に、カルヴィンは背を冷やしながらも対処し切る。


 膝を屈めて脳天への一撃を回避して、オーラを纏った両手で喉と心臓を狙う刃を受け止める。故に空いた背中に向けて、子龍は嗤って刃を一刺し。


「前だけ見てたら、あかんよ」


「ち――っ、テメェっ!」


「質量の総量さえ同じなら、結構融通効くんよ。これ、便利やろ」


 背に深々と刺さった小さな短刀が齎す熱と痛みに、舌打ちしながらもカルヴィンは後退する。


 相手の動きに付いていけていないと自認して、先ずは追撃を躱して落ち着く為にと。


「足元、お留守やで?」


「うぉっ!?」


 退いた直後に、着地した地面が抜けて穴となる。底の深さこそ大した物ではないが、態勢を崩すには十分過ぎる罠。


 それに足を取られ、態勢を崩した途端に聞こえる轟音。咄嗟に地面に片手を付いて頭上を見上げたカルヴィンが目にしたのは、周囲の家屋が崩れ落ちて雪崩のように迫る来る光景であった。


「僕、変えられるのが武器だけなんて言いました?」


 先に建材を抜き取る際に、既に代替品として仕込んでいた自身の心威。その断片を元の形に戻したことで、周囲にあった家屋は形状を保てなくなったのだ。


 津波と例えるには小さくも、確かな脅威と言える質量攻撃。されどそれは本命ではなく、カルヴィンの認識を妨げる為の目晦まし。


 煙が漂う中で子龍は、弓へと変えた太刀に矢を構える。


「く――」


 そして、放つ。迫る壁や屋根瓦を払い除けていたカルヴィンは、その脅威に気付くも僅か時間が足りない。矢の先端が肉を抉って、赤い鮮血が埃に混じった。


「――そがぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 されど、それで終わる程にカルヴィンも浅くはない。如何にか挟み込めた右手の掌を矢で貫通させながらも、脳天にまでは届かせずに防ぎ切る。


 傷口が広がるのも意に止めず、矢を引き抜いて拳を握る。痛みに怒りを滾らせながらも、両手にオーラを纏わせた獅子は咆哮と共に前へと跳んだ。


「イキリやなぁ。そない力入れんと」


 子龍の出した新たな心威は、汎用性という点においてカルヴィンを圧倒する。


 その手札の数と幅広さを思えば、時間と余裕を与えることこそ下策と言えよう。そう判断を改めたカルヴィンは、我武者羅な突撃を開始した。


 拙速の方が巧緻に勝るのだと言わんばかりのその行動を、子龍は鼻で笑って弓から刃に戻した武器を振るう。


 まだ届かぬ位置で振られた刃が、軌道の途中で鞭となって伸びる。触れる面が大きいからこそ、放置は出来ぬと舌打ちしたカルヴィンは左手でそれを掴み取る。


 直後、金のオーラに押し負けた鞭がぐちゃりと潰れた。握り潰したそれを投げ捨てて、再び接近を開始するカルヴィン。その身に向けて、飛んで来たのは三本の苦無刀。


 一体何処から、と問い掛けるような余裕はない。上半身に二本、下半身に一本。的確に正中線上を狙う飛来物に舌打ちしながら身を捻る。


 転がるように地面に倒れ込んだカルヴィンの頭上を三本の鉄の刃が通り抜け、立ち上がろうと地面に付いた掌は地盤の沈下に巻き込まれて沈み込んだ。


 直後、空から落ちてくる無数の矢。咄嗟に立ち上がることを諦めて、地を転がりながらそれを躱す。だがその先に、既に刃を置いているのが子龍の手腕。


 地面から唐突に突き出している刃を目視した瞬間に、カルヴィンは舌打ちをして左手を地面に叩き付けた。突き出た刃が砕け散り、その反動で飛び起きるように立つ。


 既に降り注ぐ矢の雨は回避不能。故にオーラで覆った両手で頭部と心臓のみを防御して、残りはその身で甘んじて受ける。


 舞い散る埃の中に混じった赤色が、大きく量を増していた。


「ちっ、くそっ! コロコロコロコロコロコロコロコロ、尻軽みてぇに変えやがって! やりにくいにも程があるっ!」


「せやろ。君、こういうんは苦手そうやしね」


 粉塵が晴れて、姿を晒す。獅子を思わせる男は既に満身創痍。全身から夥しい血を流す彼を見やる糸目の男は、反して未だに無傷に近い。


 カルヴィンと子龍。その実力は確かに近いが、それでも明確に後者の方が上である。傍目に見てもそうと分かる光景に、当事者が気付かぬ訳もなく。


 忌々しいと舌打ちしつつも、カルヴィンもそれを認めていた。


「それに、こっちの方が、体変えるよりコスパええねん。リアム君の程やないけど、今の残る気の量でも、明日の朝までは余裕で持つな。そんで、君はどないや」


「ち――っ」


 小さくなった小太刀を回して、絡め取った空気中の塵埃を鉄へと変えて取り込んでいく。数回程の回転で、三尺近い長さに戻した太刀を構える子龍は笑って告げる。


「いつまでも続けるっていう言葉、撤回しなくてええん?」


「舐めやがってぇっ!」


 明らかな挑発。馬鹿にしたような言葉を受けて、カルヴィンは歯噛みし怒りに吠える。


 確かに事実として、時間切れが早いのはカルヴィンの側である。聖典の使用には、聖術と同じく信仰力を消費する。


 事前に神へと祈った分だけ、貯めておける力が信仰力。それでも溜め込める量には個人差があり、カルヴィンのそれは決して多くない。


 無敵の守りを発動したまま、身体能力の強化や傷の治療を並行で行い続ければ――夜が更けるよりも前に底を尽きるのは明白だった。


「言っただろうが、何時までだって、続けてやらぁっ!」


 されどカルヴィンは、だからと諦めるような殊勝な精神をしてはいない。強がって嘯いて口にしたのが虚言であっても、維持出来る間に成し遂げたのならば真実と同じになるのだから。


 雄叫びと共に大地を蹴り上げ、再びの突撃を開始する。脳死の愚行にも思えるが、さりとて他に術を考えている時間もない。


 それに伏せた札とて、限りがある筈なのだ。ならば使い切らせてしまえば良いと、そう考えて男は駆けた。


「せやろな。君は何時まででも、食らい付くんやろうね。それは分かっとる。舐めてはへんよ」


「なら、今やってるのは何だってんだよっ!」


 獅子の疾走を前にして、手にした武器の形を忙しなく変えながら子龍は後退する。

 距離を詰めさせぬようにと徹する彼は、カルヴィンの言葉を唯の強がりだとは思わなかった。


 自分が彼の立場なら、意地でも食らい付いて維持して見せる。そうと断じることが出来るからこそ、自分に出来るならば他者にも出来る。そう信じることも出来たのだから――


「そんなん、唯の布石や」


「あ? がっ!?」


 故にこれまでの全てが単なる布石。その本命は、今此処に。


 子龍の眼前に迫っていた、黄金の手が動きを止める。獅子の疾走は途切れ、カルヴィンは胸の辺りを抑えながらに蹈鞴を踏んだ。


「気付いとった? 僕の武器、大きかったの最初だけやろ。さっきも言った通り、全体の質量は変わらんのよ。一度に制御出来るんは、常に定量と決まっとる。なら、減って戻さんかった分、一体どこに行ったんやろなぁ」


 俯いて、立っていられず膝を付く。開いた口から溢れ出たのは、無数の小さな鉄の混ざった大量の血液だった。


「げ、はっ。く、そ……」


「答えは君の体の中。空気に溶けた僕の刀の切っ先が、肺の中で元に戻った気分はどないや?」


 内臓破壊。心威を切り替えた瞬間から、子龍が狙っていたのはこれだ。


 カルヴィンの聖典が有する最大の欠点。認識外の攻撃として、これ以上の物などない。己の腹の中を常時理解している人間なんて、この世のどこにもいないのだから。


「君の無敵の弱点は、一部分にしか効果がないこと。手を無敵化、で両手が無敵化するみたいやけど。頭と腹の中、みたいな融通は効かん。それに切り替えは任意で行う訳やから、意識の外は隙だらけってことやね」


 蹲って血反吐を吐き続けるカルヴィンに向かって、ゆっくりと近付いた子龍はまるで息をするように自然と振り上げた刃を静かに振り下ろした。


 これにて、終わりだ。余りにも自然過ぎるが故に不自然にさえ思える動作で振り下ろされた斬撃は、当然の如くに身動き出来ぬカルヴィンの首を落とすであろうと――否。


「だからっ! 舐めんなって、言ってんだろうがぁっ!!」


 溢れる血を全て、怒声と共に吐き出したカルヴィンは再び動き出す。大地に付いていた両手をバネに後ろに飛んで、口元を拭うこともなく今度は前へ。肺を中から切り裂かれながらも、男が動けた理由は一つ。


「予想の内やな。大方、肺を無敵にしたんやろ。或いは、内臓一纏め?」


「お、らぁぁぁっ!」


「どちらにせよ、他の部分は素のまま。なら、後は技量重視の実力勝負。それやと、君には負ける気せぇへんなぁ」


 ボロボロになった肺を無敵に変えて、その機能を強制的に動かし生を繋ぐ。肺の中にある刃で傷付かなくなった臓腑を、治療の聖術で癒しているような余裕はない。


 残る信仰力は聖典の維持と肉体強化に全振り。これまで以上に倍率を高めて、狙うは短期決戦による勝利。こと此処に至って尚、勝利を諦めないその意志に子龍は笑った。


 そして、刃を一振り。袈裟に振るわれた斬撃を、しかしカルヴィンは躱さない。敢えて肩で受け止めて、血肉や骨を切り裂かれる。だが、無敵となった臓腑を前に、刃は肉の途中で動きを止めた。


 ニィと笑ったカルヴィンが、懐に入って拳を振るう。少し驚いたように目を開いた子龍は、しかし楽し気な表情に変わって手にした刃を捨てた。


 互いに無手。獣のような動作で振るわれるカルヴィンのアッパーを、子竜は水のように流れる動きで受け流す。

 そして空いた上体に、連続で叩き込まれる子竜の掌底。しかしそれさえも意に留めず、握り締めた左手を強引に差し込むカルヴィン。


 されと一枚上手はやはり六武の側か、その一撃を片手で受け止めた子龍は、そのまま掴んで投げ飛ばした。


「が――げ、ふっ」


「うーん。よう気張りますな。けど、そんな動きじゃ、僕らに六武には届かんで」


 大地に落とされ、肺に残っていた血が口腔をつく。未だ諦めずに立ち上がろうとするカルヴィンだが、彼も確かに理解していた。


「くっ、そ。……良いぜ。認めてやる。このままじゃ、俺に勝ち目はねぇ」


 咳き込み血を吐き、口元を手の甲で拭う。カルヴィンとて英雄級。聖教の切り札は伊達ではなく、この世界でも上から数えた方が早い実力者ではある。


 それでも、純粋な武芸に関して言えば東国六武衆こそ人の頂点だ。故に聖教のトップであってもその技術は、比べてしまえば一歩も二歩も劣ってしまう。


 無敵と言う守りを表立っては使えぬ現状、このまま続けた所で勝ちの目は万に一つも存在しない。怒りと屈辱に満ちた心に反して、冷静な思考で彼は断じた。


「ふーん。意外やね、降参するん?」


「いいや、違うね。見せてやんだよ、俺の切り札をっ!」


 此処はもう、温存など考えてはいられない。秘中の秘。最後の切り札を使うべき場面であるのだと。


「聖典の顕彰は、あくまでも聖典を開いているだけに過ぎない。担い手に選ばれた者なら、誰にだって出来る簡単な行為だ!」


 立ち上がった男は、ばっと音を立てて右手を胸元へと当てる。心臓に掌で触れるようにして数秒、臓腑より引き抜いたのは黄金に輝く書物であった。


 体内に入っていたとは思えぬ程に、大きく分厚いハードカバー。宝物のように豪奢に飾られたそれこそが、大いなる神が聖教徒に贈った祝福。この世で最大の神秘である、聖典と呼ばれる秘宝であった。


「だが真に聖典の力を使い熟せた時、発現する力は担い手の意志に応じた形に変わるっ! そいつを、その身で思い知れっ!!」


 取り出された書が宙に浮かび、風もないのに一人でに開いてページを捲り始める。捲れる度に落丁して、外れたページが淡く輝く光に変わってカルヴィンを包む。


 神秘的な光景に、伴う威圧は途方もない物。焔の王の圧力に慣れていた子龍ですら、咄嗟に身動き出来ずに見逃してしまう程に。息すら忘れる程の荘厳な気配が周囲を満たす。


 それも当然、祈りに応える書が内包するのは神の力だ。カルヴィンや子龍を始めとする、この世界の頂点に位置する人間達。それが足元にも及ばぬ程に、強大な力がその書には内包されていたのだから。


「第二顕彰――不滅なるは獅子の咆哮(レルアバド・アサド)っっ!!」


 黄金の輝きが一際強く、輝いた後に収まる。その時には既に、カルヴィンの姿は変わっていた。


「正真正銘、これが俺の切り札だ」


 その身に纏うは、全身鎧。足の爪先から頭頂までを覆うのは、黄金に輝く甲冑だ。駆動域すらないのでは、と思える程に全身を硬く覆っている。だと言うのに平然と動くのは、一体如何なる不条理か。


 顔の部分を覆うのは、獅子を模した黄金の兜。目と口の部分だけは露出しているが、其処が穴とは誰にも思えないだろう。

 ギラギラと輝く瞳や口元を覆っているのは、先までに見せた無敵のオーラと同じ物であるが故。当然の如く、子龍も察する。その鎧の中は隙間なく、黄金のオーラに満たされているのだろうと。


「行くぜ」


 言葉を紡いで、大地に踏み込む。早い、と認識が如何にか間に合う速度。それを前にして子龍は、咄嗟に身を引きながらも心威を用いる。


 ほんの一瞬前まで、子龍が立っていた場所。其処に巨大な穴が開いて、黄金の獅子を飲み干さんとする。威圧の中でも、唯見ていただけではない。そう思わせる男の策略は、しかし。


「温ぃな」


 当たり前のように、カルヴィンが空中を駆けて抜けたことで破綻する。何もない虚空を地面のように蹴り付けて、迫るカルヴィンを前に子龍の二の矢は間に合わない。


「――っ。今の君はっ!?」


「全身無敵だ! 落下と言う事象も、ありとあらゆる概念すらも、今の俺には通じねぇっ! 荒れ狂う獅子を、止める手段なんざねぇんだよぉぉぉっ!!」


 故に、その一撃は防げない。如何にか身を捩って躱そうとする子龍の腹に、打ち込まれた獅子の拳。それは宛ら肉食獣が爪で獲物を引き裂くように、子龍の血肉をごっそりと奪い取る。


 胴の三分の一程を抉られながらも、傷口を片手で抑える子龍は追撃を躱す為に距離を取る。右の拳に続いて放たれた左の拳は空を切るが、その衝撃波だけで塵屑のように子龍の体を吹き飛ばした。


「か――はっ。ああ、痛い痛い痛いなぁ」


「腹に大穴が開いてそれかよ、テメェ。いかれてんなぁ、おい」


 吹き飛ばされて地面を転がった子龍は、近くに落ちていた自身の刀を拾って立ち上がる。

 臓腑を幾つも取り零しながらもヘラヘラと笑うその姿に、薄気味悪さを感じたカルヴィンは兜の中で顔を顰める。


「それに、んだよ。その傷で、闘気が増えてやがるだぁ?」


「修羅の特性やね。あかん、楽しなってきたわ」


 流れる血が気の操作によって、本来繋がる先にある血管の内へと戻っていく。無残な断面を晒している血肉が、過剰な再生能力強化によって蠢き膨らみ塞がっていく。


 余りにも悍ましい光景。だがそれ以上に恐ろしいのは、それだけの傷を負った子龍が心底から楽しそうに笑っていること。


 幼い子供が新しい玩具を手にした時のように、キラキラと澄んだ瞳で笑って語る。これが、修羅だと。


「ちっ。だが、どんだけ強化されようが、もう時間の問題だ。今のテメェに、俺に対する有効打なんざ一つもねぇ。順当に圧倒し摺り潰せば、それで仕舞だ」


「……くふ、ふふふ」


「何が可笑しい」


「いいや、別に。唯、気になってなぁ。さっきから、動きは最小限。さっきまではなかった、降参させようとする発言。……君、何をそんなに焦っとるん?」


「ち――っ」


 血に濡れて今にも倒れそうなのに、生き生きと語る子龍の言葉にカルヴィンは舌打ちする。気付かれたかとカルヴィンが理解した直後、両者は揃って大地を蹴った。


「成程、確かに時間の問題やね。その全身無敵、消耗激しいんやろ。そうでもないと、端から使うとけば済む話やもんなぁ」


 片やカルヴィンは前方に、片や子龍は後方へ。全く同時に距離を取り、故に維持される彼我の距離。


 だが苦虫を嚙み潰したような表情をした黄金の獅子が、状況の違いを明らかに示していた。


――心威・変性――


「深山で人喰え――徳無僧」


 そして、子龍の心威が切り替わる。攻めに適した武具変質の大野槌から、守りに徹した自己変質の徳無僧へと。


「さぁ、我慢比べの鬼事や。僕が潰れるのが早いか、君がそれ維持出来なくなるのが早いか。勝負といこか、十三使徒」


 瀕死による強化。修羅覚醒が起きた今、時間は子龍の味方となった。


 溢れる修羅の闘気は戦いが終わるまで尽きることはなく、輝かしい黄金のオーラはもう長くは維持出来ぬのだから。


「三度目や。一体何時まで、もつんやろうなぁ?」


「決まってんだろ。テメェが無様な屍、晒してくたばる後までだっ!」


 三度、両者は逆方向へと走り出す。逃げる者と追う者と、その戦いは形を変えて続くのだった。






差別主義者なカルヴィン君は、言動は小物臭いが内面はかなり冷徹なタイプ。口で言う程に相手のことを見下してはいないし、その言動も8割くらいは相手に軽く見られる為に敢えてやってること。


子龍君も雷将戦で見せたように真向から最強の技をぶつけ合おうぜと言いつつ、自分は霧になって相手の必殺技を不発させようとするタイプなので、実は似た者同士だったりします。

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