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Re, DS  作者: SIOYAKI
第一章 後悔先に立たず
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第5話

幕間前編。

◇聖王歴1339年風ノ月4ノ日


 無数の獣が森を駆ける。影を出入りする黒き狼の名は、ブルナジェズ。ギルドにおける危険度評価はEランク。

 影を渡るその異能こそ厄介ではあるが、一匹ずつなら完全武装した冒険者ならば問題なく倒せてしまう、そんな程度の弱い魔物だ。


 されど群れた黒狼は、数が揃えば脅威となる。E判定なのも片手で数えられる程度の時に限った話。増えて群れれば当然、その危険度は引き上げられる。


 二桁を超えれば、その危険度はDランク。冒険者ギルドにおいての等級判定は、同ランクの冒険者が安全に倒せることが判断基準。故に獣の討伐には、Dランク以上の冒険者達が当てられた。


「はっ、マジでどんだけ増えてやがるよ。十や二十ならともかくよ、この数はDランクの俺らがやる仕事じゃねぇぞ」


 半身を土に埋めたまま、真下から強襲してくる黒狼の牙。その鋭い一撃を鉄の盾で受け止めながら、痺れる腕に毒吐く鉢巻の男。


 赤毛の彼が思わず弱音を漏らしてしまう程には、彼らを取り囲む影は多い。目算でも五十を超える。一瞥では数え切れない程に、黒狼の群れは多勢である。


 比すれば彼らは、無勢と言えよう。赤毛の男に背を預けて、並び立つ影は二人分。青み掛かった銀髪の女が、冷や汗を流す男の愚痴に笑って告げた。


「さってねぇ。日頃の行いじゃないかい、ウルソン。酒と博打は控えろって、聖教の主様が言ってんのさ」


「はっ、娼館通いが趣味の筋肉女には言われたくねぇな。お前に比べりゃ、遥かに品行方正なんだぜ。ゾラさんよぉ」


 ゾラと呼ばれた筋肉質の女は、大振りのダガーを構えて腰を落とす。軽口を交わしながらも油断はせずに、己達を囲みながら駆け回る影を追う。


 傷に塗れた褐色の肌を晒す事からも察するように、彼女の本領は遊撃戦。足を止めている現状は好ましくはないのだが、さりとてこれ程に分厚い敵陣に切り込める程の技量もない。


 敵が数匹だったのならば、駆け抜け擦れ違いざまに切り裂けた。されど尽きぬ波を前にして、下手に踏み込めばその肉の津波に飲まれるだけだ。


 故にこうして、趣味ではない防衛戦を強いられている。荒い息と共に襲い掛かって来る獣をウルソンが盾で受け、其処に隙が生じればゾラが脳天に刃物を突き刺す。そうして少しずつ、減らしていくのが現行での最善手。


「マシって何処が? 男女同権論者(フェミニスト)のあたしより、あんたの何処が上等なんだい」


「はっ、てめぇのそれはただの両刀趣味(バイセクシャル)だろうが。俺は、ほら、これでも、敬虔な聖教徒なんだぜ。毎週教会に行ってるしさ」


「この間、巨乳の亜人に鼻の下伸ばしていたアンタがねぇ。ってか、教会行ってんのも、どうせシスター目当てだろ。良い感じにデカいもんな、アイツ」


「そりゃ当然。神様の事を拝むより、女の膨らみ拝んでた方がよっぽどご利益があらぁなっ!」


 敬虔な聖教徒が聞けば激憤するであろう下品な冗談を交わしながら、盾で牙や爪を受け止め刃物を脳に突き刺していく。一匹一匹減らされていく黒狼に、しかし焦りの色はない。


 冷たい黒色の瞳は見抜いているのだ。肩で息をする男も女も、群れを壊滅させるような脅威ではないと。まるで嗤っているかのような唸り声を上げながら、森の奥より次から次に数を増やしていく。


 ウルソンとゾラの背筋を冷たい汗が流れる。彼らは所詮、Dランクの冒険者。一人前と呼ばれる実力は確かにあるが、一流と呼べる域には未だ届いていない者たちだ。


 だから冗談の応酬でも混ぜなければ、この窮地に体が硬直してしまう。己自身を鼓舞しているのだ。そうとも、戦う意思がまだあるならば、現状は絶望するにはまだ早い。


「下品な物言いはどうでも良いけど、射線を開けろよ。デカいの、行くから」


 Dランク冒険者パーティ“トゥリコロール”。その最後の一人が、両の瞳が隠れる程に伸ばした金髪で、顔を隠した魔術師の青年。


 己自身を庇う為とは言え、至近距離で品のない言い合いをする。そんな仲間達に苛立ちながら、魔力を生成していた青年はその杖を黒狼の群れへと向けた。


「焔よ、逆巻け。風よ、燃え上がれ。広がり、溢れろ。我が敵を討て。発動(Exit)――――逆巻く炎嵐(Burn Storm)!」


 吐き出された呪は四小節。力ある言葉は瘴気より生成された魔力を原動力として、集合的無意識に干渉し人の認識する世界を歪める。


 多くの者が其処に炎があると思うなら、其処には確かな炎が生じる。そんな空想を魔力によって顕現させる法こそが、魔術と呼ばれる技法である。


 左右に大地を蹴って、射線を開けた男女の丁度中間点。杖の先より発生した業火を伴う暴風は、無人となった空を焼く。


 吹き付ける炎風の射程は、凡そ前方10メートル。扇状に広がりながら、逃れようとする獣たちを飲み干し燃やし尽くさんと荒れ狂う。


「ふぅ、これでようやく、形勢逆転かな。全く、四小節を使うことになるなんて、想定外の出費だよ」


 森の木々に延焼して、広がっていく火事被害。その光景を見詰めながら、魔力の元たる生命力を失った魔術師は疲れた表情で小さく呟く。


 これだけ派手に燃やしたならば、あとは残敵処理程度で済むであろうと。しかしそんな魔法使いの見通しは、今のこの森においては甘いと言わざるを得まい。


「……いいや、まだのようだよ。もっかい気合を入れ直しな、バルナべ」


 杖の先端に輝く宝石が赤く染まっている事実に嘆くバルナベに、斥候役を担当することも多いゾラは否定の言葉を突き付ける。彼女の有する感知のスキルに、確かな反応があったのだ。


 故に警戒を崩さないゾラに続いて、僅か遅れながらも迎撃態勢を整えていたウルソン。其処から更に遅れてバルナべも意識を切り替えようとするが、それよりも早く窮地が其処に到来した。


【Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa】


 思わず耳を抑えてしまう程に、甲高く不快な気分にさせる音。腐臭にも似た濃厚過ぎる獣臭は、否が応でもその存在を他者に刻み込む。


 唯々不快な感覚を周囲に撒き散らしながら、大地より這い出て来る醜悪。焼け焦げた炎の中に現れたのは、6メートルと言う体躯を有する巨狼。


 その形状は、ブルナジェスに酷似している。されど明確な違いもあり、それは達磨のように失われた手足であり、異様に膨らんだ腹部であり、大量にある乳房でもある。


 名を、ブルドナヴォーダ。ブルナジェスの犠牲者の慣れの果てとも言われるこの怪物が有する性質は、一言で言えば母体である。彼女は日に千の仔を産む、悍ましい魔物であった。


「おいおい、マジかよ。そりゃ、ブルナジェズが多い訳だわ」


「ブルドナヴォーダ。基本はCランクだけど、深夜帯に遭遇した場合はBランク扱いだっけ。これは死んだかな」


 ウルソンが頭を抱え、バルナべが嘆息する。その理由は単純、この魔物はブルナジェズという黒狼の魔物を産み落とす母体である。


 一昼夜で千匹。ブルドナヴォーダが子を産み落とす速度であり、故に発見が遅れれば遅れる程にこの魔物は危険度を増す。時には町の一つ二つ、落とされると言われる程だ。


 幸いなのは、生まれる子らは一定数を超えれば共食いで勝手に減っていくことだろう。千匹の内、一夜を超えられるのは十か二十と言われる程。


 故に朝方から日中であれば数が少なくCランクとなり、夜更けに遭遇すればBランク相当。それでも最高でもBランク、それ以上にはならないとされる。そんな魔物こそが、このブルドナヴォーダ。


 ブルドナヴォーダの動きは鈍い。四肢がないから、這うようにしか動けない。まるで母体に、それ以外の機能など不要と言わんばかりに。


 そんな怪物が蠢く度に、その肥大化した腹部より、泥のような影が零れ落ちる。地に落ちると共に影は巨大な黒狼と化して、歓喜の産声を上げる。


 周囲の子供が減ったから、影が出来やすい場所に出て大量に産み始めた。そんなブルドナヴォーダの周囲には、既に先の倍を超える獣の数が。


 凡そ86秒に一匹。その繁殖速度よりも多いのは、母体の中に予め産まれていた黒狼が隠れていたからである。黒狼を運ぶキャリヤとしても機能しているのだ。


「諦めるのが早いんじゃないかい、バルナべ。アンタの切り札を使えば、どうにかなるんじゃないの」


「五小節魔術のこと言ってる? 無理言わないでよ。僕がここに来てから、どれだけ魔力を使ったと思ってるんだ」


 周囲に子を増やし続ける母体を遠巻きにしながら、ゾラがバルナべに問い掛ける。彼らにとっての切り札は、五小節という詠唱を必要とする大魔術。


 魔法は詠唱が増えれば増える程に、威力を上昇させるという特徴を持つのだ。四小節で10メートルを焼く炎なら、その一つ上でどれ程のものか。


「魔力を作る、生命力がそんなにない。制御に必要になる、集中力ももう持たない。あと――」


 それだけの強力な力は当然、相応のデメリットを有している。その内一つは、詠唱が増えれば増える程に、魔力の消費と制御難度が跳ね上がることだろう。


 五小節魔術ともなれば、一流と称される魔術師でも相応に疲弊する程の物。切り札扱いとは言え、Dランクの冒険者に過ぎない魔術師に、使えるだけでも凄いのだ。


 バルナべと言うDランク冒険者にとって、適正は三小節の魔術だ。四小節でも多分に背伸びしていると言うのに、五小節など万全でなければ発動すら難しい。


 そんな魔力と集中力の不足と言う現状以上に、大きな問題も一つある。それはバルナべが握る大きな杖の先端。赤く染まった宝石が、限界を迎えていると言う事。


「触媒がヤバイ。いつ羽化してもおかしくない」


「……おいおい、マジかよ」


「う、羽化って、ちょ、冗談じゃないわよ」


「冗談でこんなこと言わない」


 バルナべの言葉に、ウルソンとゾラの顔から血の気が失せる。それは羽化と言う現象こそが、魔術の有する最低最悪のデメリットであるが故。


 魔術の原動力となる魔力とは、魔物が有する瘴気と人の生命力を混ぜ合わせて生成される物である。故に魔術師は瘴気を発する、触媒と呼ばれる道具を必要とする。


 触媒となる候補は複数あるが、最も簡単な物が魔物の一部位。肉片や骨、眼球などの一部を生きたままに持ち歩くこと。


 瘴気とは生きた魔物でなければ作り出せぬが故に、特殊な加工をして生かしたまま。そうであるが故に、触媒が暴れ出すと言う危険がある。


 術者の生命力を吸い取って、触媒となった魔物が復活すること。それを羽化と呼ぶ。

 対して触媒の発生させる瘴気に汚染され、術者自身が魔物になること。それを堕落と呼ぶ。


 魔術師とは常にそうした危険と向き合い続けなければならない存在で、そも長期戦や消耗戦には酷く弱い生き物なのだ。


「そもそも魔物相手に、魔術は通りが悪いんだ。何せアイツらの原動力って瘴気や魔力だからね。精霊術で浄化する方が効率的だ」


「なら何で精霊術を覚えようとしないのよ、アンタは昔から」


「無学だね。魔術師は精霊に嫌われる。同時に修めた所で、中途半端になるだけさ。そも僕が魔術を学ぶのは戦うためじゃなく、世の真理というものを研究する為で――」


「長々と話してないで、少しは俺を手伝えよ!? あぶ、あぶっ!? あぶぶぶぶっ!!」


 常に自滅と隣り合わせだからか、或いは既に出来る事がないからか、窮地にあっても平然とした態度で持論を展開し始めるバルナべ。

 そんな彼にウルソンが文句を零しながら、盾を巧みに用いて迫る爪を受け止める。生まれたばかりの子らの動きは鈍いが、しかしそんな物は救いにならない。


 数が、多かった。視界に入るだけで、先の十倍は超えている。母体から這い出して来る黒狼は、今まで隠れていた個体か今に産まれてきた個体かも分からない。


 最大でも千匹。そんな常識とも言える基礎知識だけが頼りであって、しかし救いにはならない回答。此処に獲物が生きている以上、共食いは先ず発生しない。となれば時間経過と共に、敵の数は増えていく。


「……ちっ、次から次へと。頭を潰す暇すらない」


 男が受け止めて、女が仕留めると言う先までの対策。それが飢えた子らに対しては成立しない。津波の如くに次から次に、後先を考えない獣が迫る。死んでも死んでも次が来るのだ。


 刃物を刺そうと腕を伸ばせば、その瞬間に腕を持っていかれるだろう。故に構えたまま仕掛ける時を見失っているゾラの前で、それを察したウルソンは盾を構えたまま大きく踏み込む。


 シールドバッシュ。盾を使った体当たりで数匹纏めて吹き飛ばせたのは、生まれたばかりで足の弱い個体が混ざっているからか。宙に浮かんで腹を晒した獣に目掛けて、ゾラは胸元から取り出したナイフを投擲した。


 深々と刺さった刃物にぎゃんと鳴き、しかし反応はその程度。平然と起き上がって来る黒狼の姿に、リスクを抱えてでも踏み込んで仕留めるべきだったかと女は舌打ちする。敵は一匹も減らせず、寧ろ今も増えている。


「僕らじゃ無理だ。諦めよう。撤退は……」


 悟り切ったバルナべは、現状を明確に理解していた。数匹纏めて襲い掛かって来るだけで、ゾラは迎撃が真面に行えなくなってしまう。


 五匹以下なら纏めて吹き飛ばせるウルソンでも、十匹を超えれば抑えるのが難しくなり、圧が二十を超えれば受け止め切れずに押し潰されよう。


 そんな状況で、数を蹴散らせるバルナべが燃料切れ。無理をすればもう一度くらいは三小節魔術を放てるが、それでは母体どころか黒狼の群れを消し飛ばすにも足りていない。


 そしてそんな無理をすれば十中八九、新種の魔物が増えてしまう。それも仲間達の間近でだ。先ず真っ先にバルナベが食われて、至る結果は全滅だ。果てに食われる相手が、変わる程度の意味しかない。


「出来ない、ね。あれと追い掛けっこして、勝てるとは思えないわ」


「……全く、罠師(マエストロ)は何をしてるんだか。都市壊滅級の魔物相手は、上位冒険者や英雄様の仕事だろうに」


 ブルナジェスの移動速度は、時速にして70キロ前後。一般的な狼より一回り早い程度であるが、厄介なのは影の中を走れると言うその性質。


 障害物が障害とならないのだ。巨木や大岩を素通りして、追い掛けて来る飢えた獣。如何にスキルや魔法で筋力を強化したとしても、逃げ切れると言う道理がない。


 ブルドナヴォーダが出て来た時点で、脇目もふらずに逃げ出すべきだったのだ。今更にそう気付いても、もはや全てが遅かった。


 獣の牙と爪の圧が増していく。襲い来る怪物達を盾で防いで、吹き飛ばす事も出来ずに追い詰められて、ウルソンは泣き喚くように叫んだ。


「罠師の旦那ー! 早く来てくれー!」


 そんな中で遂に、度重なる襲撃に耐え兼ねたのか、鉄の盾が砕けて散った。罅割れていたとは言え鉄を嚙み砕いた獣の牙は、既に使いものにならなくなっている。


 だが、それでも獣たちは構わない。何せ彼らには数があるのだ。一匹二匹が再起不能となった所で、数百という数が残る以上、青褪めた表情の冒険者たちに為す術などない。




 故に――何かが為せると言うのなら、それは彼ら以外の者だ。


「おいおい、教えたろうが…………冒険者たるもの、最期まで無様に足掻けってさ」


 声と共に、光る粉が周囲に撒かれる。黄色をしたその粉に触れた瞬間、獣たちは痛みを叫ぶように後退した。


 直後、音もなく彼らの体が崩れていく。バラバラの肉片へと変わる黒狼たちの血で濡れるのは、ピアノ線にも似た細い糸。


【Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!】


 糸は何時からあったのか、黒狼の母の体すらも無数の数で縛っている。まるで縛られたハムのように、身動き一つ出来ないブルドナヴェーダ。


 ゆっくりと血肉に食い込む細い糸は、新たな仔を産み出すことさえ許さない。閉じ込める質量が増える度に、より深く血肉を破って色に染まる。


「魔物とは言え、女性を無駄に苦しめる趣味はない。次の一手で終わらせるとしよう」


 巨大な魔物を縛り上げる、銀の糸を辿った先。目を凝らせば僅かに見えるのは、森と同色の外套を纏った男。


 ミネティスリーゴ。色代わりの衣と呼ばれる外套は、僅かな生命力を消費することで文字通り色を変える魔道具。


 その機能を解除しながら、彫りの深い顔立ちをした男は呪を紡ぐ。それは世界を歪める術ではなく、世界へ助力を望む術。


「土の精よ、我が声に応え、大地の刃を此処に示せ――――ソル・ランス」


 生命力を対価に、世界に満ちる精霊と言う力に助力を乞う。そして得られる結果とは、任意に起こせる自然現象。


 三小節の精霊術が引き起こすのは、瞬間的な大地の隆起。捕らわれた獣の真下から、突き上げる隆起の先端は槍の如く。


 ならば当然の帰結として、動けぬ獣は串刺しに。6メートルの体高を、貫通する程に巨大な土の槍。それは更に無数の鏃を生やし、内より獣を蹂躙する。


「Hasta la vista, señora」


 男はその姿に背を向けて、指をぱちんと一度弾く。瞬間、槍は黄色に輝いて、光に飲まれた獣の母は叫びと共に消えていく。


 精霊術による浄化。Bランク相当の魔物をあっさりと打ち破り、救出された三人の下へと歩み寄る男こそ、北の地における最強の一人。


「おぉっ! 旦那! 遅いっすよ!」


「さっすがAランク冒険者。うちの野郎どもとは違うねぇ。抱かれたいくらい、良い男だ。今度どうだい」


「……諦めるなって、合理的じゃないよ」


 罠師(マエストロ)コルテス・イルデフォンソ。世界全土でも四人しかいないAランク冒険者の一人にして、北方大陸にいる冒険者達の頂点。


 彫りの深いラテン系の顔立ちをした彼は、口々に言葉を掛けてくる三人の姿に苦笑する。整った髭を指でなぞりながら、後輩たちへと苦言を呈した。


「ウルソン、先ずは助けられたことを恥じろ。バルナべ、離れていたとは言え俺が居たんだから、時間を稼げばどうとでもなっただろ。ゾラは、……まぁ悪くない誘いだ。こっちこそ、と返しておくぜ」


「ちょ、旦那、ゾラだけは止めた方が良いっすよ!?」


「……ああ、うん。ゾラに手を出すと、後悔することになると思うよ。割と真面目に」


「どういう意味だい、野郎ども!? ってか玉の輿のチャンスを邪魔するんじゃないよ!!」


 女好きを公言しているコルテスは、誘われたなら応えるのが礼儀とばかりに誘いを受ける。


 そんな偉大な先達に、必死になって止めようとする後輩たちの心に嫉妬はない。あるのは唯々純粋な心配だけ。


 男として終わるぞと、言われて黙ってられないのは紅一点。喧々諤々と始まるやり取りに、罠師は苦笑を深くした。


「ところで罠師。アンタ、どこ行ってたの? 僕らにここら辺は任せるって言って、一人でさ」


「おいおい、バルナべ。旦那にその物言いは不味いだろ。……まあ、気になってんのは俺もだけどよ」


「別に構わん。単に少し嫌な感じがしたんでな、先行して幾つか狩ってきた」


 噛み付くゾラから逃げるため、バルナべが問い掛ける。疑問に思っていたのは、罠師が何処に行っていたのかと言うこと。


 今回の探索隊のリーダーを任されながら、この場は任せると言って離れていたのだ。その間に襲われた身としては、成果の中身は気になる所。


 聞かれるのも当然だろうと、罠師は腰に下げていた袋を外して投げる。口の開いた収納の魔道具から、転がり出すのは魔物の首だ。


「これ、ブルドナヴェーダの首ですか。こんなに」


「ああ、さっきので四匹目。軽く見ただけだが、あと三匹は居たな」


 それも一匹分ではなく、三匹分の首である。罠師の語りが事実なら、更に三匹。合計で七匹のブルドナヴェーダがこの森に潜んでいた事になる。


「……こんなこと、あり得るんですか?」


「普通はない。同じ群れでも、共食いを起こすのがブルナジェズだ。ブルドナヴェーダがこんなに居れば、縄張り争いでもっと数を減らしてないとおかしい」


「それが起きてないってことは、これ人為的なものなんじゃないの」


「だろうな。誰かが森の奥でブルドナヴェーダを養殖してやがったって訳だ。更に言えば、他の魔物も増やしている可能性があるな」


 二十年前、終焉の地に魔王が君臨していた頃ならばいざ知らず、現在のシャーテリエは北部でも数少ない初心者向けの狩場であった。


 深部に踏み込まなければ、駆け出しの冒険者でも早々危険な目には合わない。その程度の魔物しか出現しないのが、この森だった筈なのだ。


 人気の少ない場所だから、ある程度魔物が繁殖するのは不思議ではない。だがCランク以上の魔物が、こんなにも繁殖するのは不自然である。


 ましてや本来は縄張り意識の高い魔物なのだから、此処まで増える訳がない。そんなあり得ない状況に、出した結論は人為的な物であろうということ。表情を強張らせる三人組に、コルテスは立ち上がると背を向ける。


「一体誰が、何のために」


「そいつはこれから、下手人に聞くとしよう。なぁ、居るんだろ?」


 視線を感じる、だから自然に問い掛ける。そんなコルテスの姿に、気付けず疑問符を浮かべていた三人はすぐさま顔色を一変させた。


【ほぅ、気付いておったか。流石はAランクの冒険者じゃな】


「いや、半分は勘だよ。アンタが出て来なければ、恥を掻いてたのは俺だろうな」


 声と共に、生じたのは闇だ。逢魔が時の銀世界に、染み出す墨汁のような闇。その内より聞こえしは、老人のようなしわがれ声。


 濁った血のように赤い光が、瞳があるべき場所に浮かんでいる。肌はなく、肉もない。あるのは骨とその身を覆う豪奢なローブ、そして不釣り合いな程に粗雑な獣毛のフードのみ。


「生きた、骸骨。見てるだけで、気持ちが悪くなる奴だね」


「骨が、喋ってやがる。アイツも魔物か? けど、人語を話す魔物?」


「……いいや、あれは魔術師だ。堕落した、元って前置きが付く奴だろうけど」


 その異形は、知性を持つ魔物。嘗ては人であった慣れの果て。バルナべには良く分かる。堕ちた魔術師であるのだと。


【堕落、堕落か。カ、カカカッ! 呵々々々々!】


「……何がおかしいんだい、ご老人」


【いや、なぁに。元から高みにおる訳でもなかろうに、堕ちたと語る傲慢な姿が滑稽なだけよ】


 瘴気の混じった、腐った臭いの息を吐く。骨しかないというのに、一体どんな仕組みで呼吸をしてると言うのか。


 そんな怪物は、嫌悪と侮蔑に満ちた視線を人間たちへと向ける。そうともこの不死者は、人間全てを憎んでいる。


【人は汚い。人は醜い。魔物の方が、遥かにマシだ。そう思わんかね、冒険者】


「同業の友人に言わせれば、その醜さがあるからこそ美しさが愛おしいそうだけど……俺としちゃ、考えたこともない話だね」


 人は醜いと、その言葉を否定はしない。コルテス自身、西での冒険者同士の競争に嫌気が差したから北に逃げてきた人間だ。


 上を目指すために、高みに至るために、犯罪すれすれの行為を繰り返す同業者を多く見たのだ。人間不信を拗らせるには十分過ぎる。


 それでも、それが全てじゃない。この北の地を逃げる先に選んだ理由は、皆が必死になって生きているから。


 二十年前まで魔王に支配されていたこの大陸は、人が生きるにはまだ厳し過ぎる。だがだからこそ、此処が良いのだとコルテスは笑う。


「飯が食えて、酒が飲めれば十分だろうに。暇があるから、余裕があるから、そんな余計なことに目が行くのさ」


【ほぅ、余計なことだと】


「そうだろうさ。こんな場末で世を憂いた所で、それが一体何になる。時間の浪費だ。余計や余分と言わずに何と言う」


【……ふん。この儂を前に、良く吠えた】


 今日を生きて、飯と酒と女を買えば懐が寒くなる。その程度で十分だろう。それ以上の余分があるから、余計なことを考える。


 醜いだとか美しいだとか、そんな議論はどうでも良いのだ。雪の中で冷え切った体を、暖かなベッドで休ませる。そんな小さな幸福に、勝るものなどないのだから。


 笑って構えるコルテスに、不死者は怒りを募らせる。余裕など、余分など、生前は終ぞ得られなかったもの故に。


【この世に人間など要らぬ。全てを滅ぼすその前に、先ずは貴様の命から喰らってやろう】


 怒りを示す、動く白骨。異様な気配を放つ怪異を前に、青褪めて動けぬ三人組。そんな彼らを背に庇いながら、コルテスは両手をポケットへと。


 完全に指先を隠したその独特の姿勢こそ、罠師と呼ばれる彼の戦闘態勢。英雄の域に指を掛けている男が、最初から全力で挑まねばならない。そう感じる程に、骸の魔術師から感じる圧は強い。


 睨み合う両者。人類の上澄みに位置する実力者達の戦いは、こうして幕を開くのだった。






【TIPS】

魔術の詠唱は長くなればなるほど、難しく高度になる。

精霊術の詠唱は短ければ短いほど、難しく高度になる。

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