第4話
今回は短め。
嘗て、この世界には悪しきモノの王が居た。
ソレが何時頃現れたのか、正確には残っていない。
ソレが何処から現れたのか、もう誰にも分からない。
邪なるモノ。善を否定するモノ。第一魔王アカ・マナフ。
魔王は世界の果てに現れた。強大なる悪意を以って試練と騙り、星の海さえも瘴気で満たす。
瘴気に触れたモノは異形と化した。動植物は魔に変じ、隣人が怪異に堕ちていく。唯それだけですら、酷い恐怖であったであろう。だが、唯それだけでは済まなかった。
生まれし化外は悪を望んだ。生まれし魔物は凌辱の限りを尽くす。隣人を恋人を嘗ての親子を、嬲り殺して世界を嘆きで満たしていく。
彼の王は嗤う。彼の化外らは哂う。人は嘆き怒り憎悪し、その悪意に抗った。されど悪意は終わらず拭えず、憎めば憎む程に、世界は闇に堕ちていく。その果てを、人は地獄と言うのだろう。
そんな地獄の奥底で、されど人は希望を捨てなかった。人々は星の意思であり、自然の触覚である精霊の王に希う。
いと高きモノよ。その聖なる御力を以って、これら化外より我らを守り給え。契約は交わされ、人は魔に抗う力を得た。
気が遠くなる程に長き戦乱の果て、星の内側へと始まりの魔王は封じられた。されど魔王は滅ぼせない。それは人に悪意があるから。
魔王を恐れ魔王を憎み魔王に怒りを向ける限り、始まりの魔王は不滅である。故に人という種が滅びぬ限り、魔王は幾度でも蘇る。
世界に満ちた爪痕は、どれ程の時が経とうとも消え去る事はないだろう。魔は人の裏側である故、人ある限り拭えないのだ。
◇
北の北の北の果て。星の最奥に封じられた魔王は、ある日突然甦りました。
魔王は語ります。悪いことをする人が居る限り、私は決して滅びない。
魔王は語ります。人の心の中に一欠けらでも悪い心がある限り、何度だって甦る。
暗い暗い雲が世界を覆います。悪い怪物達が暴れ回り、沢山の人が涙を流しました。
人は涙します。誰か助けて欲しい、と。
人は涙します。どうかこの魔王を倒して欲しい、と。
人は頼みます。誰か助けて欲しい、と。
人は頼ります。嘗て魔王を封印した聖なる剣ならば、きっと魔王を倒せる筈だ、と。
そんな願いが届いたのか――光と共に、彼は現れました。
此処とは別の場所、此処とは違う時。異なる世界に生きる彼は、人の嘆きを前に剣を執りました。
聖なる剣を手に、人々の願いを背に、勇者は旅立ちます。その傍らには、白い聖女と雷の聖騎士と草臥れた賢者。
彼らは世界を旅します。聖なる御国を旅立って、四の精霊の御許へと。向かう途中で、多くの人と出会います。
勇者は大きな国の中心で、飄々と流れるような男に出会います。
風のような男は言いました。
理由がないのに、人助けなんて馬鹿らしい。必死になって助けても、割に合わないだけだろう。
勇者は答えます。
助けない理由も僕にはない。手を伸ばせば届くのならば、真っ直ぐに僕は手を伸ばす。他でもない僕が、僕自身を嫌わぬために。
斜に構えていた流れる男は、呆れながらも感心します。真似できない生き方だと笑いながらも、旅立つ勇者を手助けしました。
勇者は東の地で、恐ろしい修羅と出会います。
恐ろしい修羅は言いました。
さあ剣を執れ。特に理由はないが、戦いたいのだ。今直ぐ叩き潰してやろう。
勇者は答えます。
戦う理由なんてないのなら、僕は剣を持ちたくない。けれど僕は貴方に負けない。必ずや逃げ切ってやる。
恐ろしい力を持つ修羅を相手に、勇者は知恵で立ち回ります。いつまで経っても倒せない勇者の姿に、遂には修羅も諦めました。
勇者は桃の花が咲く場所で、微睡む者と出会います。
微睡む者は提案します。
貴方はきっと成功する。けれど、本当に大切なモノだけは掴めない。だからもう進まないで。足を止めて眠りの中で、どうか幸せになって欲しい。
勇者は語ります。
貴方の優しさは分かるけど、今はまだ止まれない。今日は休んで足を止めたら、明日の朝には歩き出そう。最期に何も掴めなくても、前に進む事は出来るから。
微睡む者が見せる夢の中で、勇者は感謝を伝えます。夢は朝には覚めるもの。だから夜明けと共に、勇者は歩き出しました。懐かしい友達の姿を目に焼き付けて、辛く厳しい道を進むのです。
幼き勇者は世界を巡ります。
多くの出会いと、多くの別れを繰り返して、勇者と聖剣は強くなっていきました。
海を渡る海賊と肩を組み、荒ぶる闘王と拳を交わし、古き墓守と約束しました。
そうして長い長い旅路の果て、とても強くなった勇者は遂に魔王と対峙します。
戦いは七日七晩続きました。
諦めそうになり、心折れそうになり、それでも勇者は戦いました。
勇者の剣が輝きます。
その空色の輝きは、人の持つ希望の結晶。
人間の悪意から生まれた魔王に届く、唯一つの聖なる剣。
多くの人との触れ合いが、多くの人と繋いだ絆が、その輝く剣を生み出します。
えい、やぁと一振り。聖剣が魔王を切り裂きました。光の剣を前に、魔王は遂に倒されたのです。
魔王は語ります。悪い事をする人が居る限り、私は滅びない。
魔王は語ります。人の心の中に一欠けらでも悪い心がある限り、何度だって甦る。
長き時の流れの果て、その時お前は居ないのだと。
勇者は言いました。甦るなら、何度だって倒して見せる。
勇者は言いました。聖なる剣を握れるのは選ばれた誰かじゃなくて、心に勇気を持つ者なのだと。
だからきっと、次も勇者が魔王を倒す。魔王を倒せる人間は、何時か悪意だって克服できる筈だ。
魔王は笑いながら、消えていきました。
勇者は戦いの終わりを知り、聖なる剣を大地に突き刺します。
魔王の瘴気が渦巻く北の地は、光輝く力によって浄化され、漸く人が住める場所になりました。
けれど悪いモノ全てはなくなりません。それを失くしていくのは人の意志なのだから、勇者はそれに期待して北の大地を後にしました。
聖なる剣を置き去りにして、勇者は王国へと戻ります。
もう悪い魔王は居ないのだから、伝説の剣は必要ないのです。
魔王を打倒し、国へと凱旋する幼き勇者。
誰もが笑いながら、夜明けの日を喜びました。
誰もが歓喜の声と共に、勇者の偉業を称えました。
一番大きな国の王様は語ります。
私の後を引き継いで、この国を導いて欲しい。
勇者は語ります。
約束があるから、僕は帰らないといけない。
共に旅をした雷の騎士は語ります。
我が友よ。これからも一緒に、この国を守っていこう。
勇者は語ります。
大切な友よ。僕には国よりも守りたい人がいるから、帰らないといけないんだ。
共に旅をした草臥れた賢者は語ります。
素晴らしき人よ。君のお陰で、人をもう一度信じていこうと思えた。だからどうか、共に小さな子らを守っていこう。
勇者は語ります。
素晴らしき友よ。貴方ならばもう大丈夫。だからどうか、まだ駄目な子を守るため、僕を行かせて欲しいんだ。
共に旅をした、白き聖女は語ります。
正しき勇者。愛しい人。どうかこの世界に残って欲しい。どうか傍に居て欲しい。
勇者は語ります。
美しい聖女。君の気持ちは嬉しい。けど答えられない。僕は帰らないといけないから。
誰が引き留めても、誰が何を与えようとしても、決して勇者は受け取ろうとはしませんでした。
大切な友達との大切な約束があるから。約束は絶対なんだ。
幼き勇者はそう告げて、何も受け取らずに去って行きました。
元の世界へと戻っていく彼を、誰もが涙を堪えた笑顔で見送りました。
これが、勇者キョウの物語。
最も新しい、世界に刻まれた御伽噺。
キョウちゃんの伝説は、吟遊詩人たちの手によって盛られてます。
七日七晩も戦うとか人類の域を出てないキョウちゃんには不可能だけど、何か二・三日の死闘とかより一週間戦い続けたってことにした方が格好良いから仕方がないことですよね。




