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Re, DS  作者: SIOYAKI
第四章 死して後已む
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第48話

雷将VS第四席。


 倉庫街にて行われる攻防は、城下の前で起きた戦いと似た形で進んでいた。即ち雷を纏う神速の斬撃に対するは、縮地を交えた流麗な太刀捌き。


 幾度となく金属音が鳴り響き、火花を散らす二人の男に手傷はない。息を合わせて舞うように、互いの位置を入れ替えながら、二振りの刃を叩き合う。


 クリスの振るう和刀を、受け止めているのは子龍の振るう大太刀だ。身の丈よりも大きな刀を器用に操り、音の三倍と言う速度を捌き続ける。


 剣の技量は間違いなく、子龍の方が上であろう。だが、互いが強化に用いる気量は同程度。故に雷光は闘気による守りを貫いて、子龍の体を痺れさせる。故にその動きには、僅かであるが澱みが存在していた。


「かなんなぁ、体痺れんで」


「そういう割には随分、余裕そうだけど、ね!」


 軽い言葉を交わしながら、同時に刃を躱し合う。幾度も繰り返される斬撃の舞は、身体の麻痺も伴いクリスの側がやや優勢。


 だが、所詮は誤差だ。運否天賦で入れ替わる程度の優勢で、しかも敵手は未だ全力ではない。そうと分かるからこそ、クリスの表情に余裕はなかった。


「そんな大振りな武器を、随分とまあ器用に使い熟す物だよ」


「そやろ。こんなんは得意やねん」


 彼我の状況。何より明白に示すのは、互いが浮かべた表情の差だ。言葉は軽いが眼光は鋭く、表情も硬くなっているクリス。そんな彼に対し、六武の男はへらりと笑う。


 産まれつき鋭い視線を除けば、彼の表情には本気の色がない。焦りは一切見えておらず、明らかに底を隠していると読み解けた。


(分かってはいたが、厳しいな。中々、隙を見せてはくれないか)


 刃鳴り火花が散る攻防を続けながら、クリスは静かに思考を巡らせる。本来戦場で考え事など隙にしかならぬが、本領を取り戻しつつある雷将と言う男にそれは該当しない。


 体に流す電流が、適宜動作を修正するのだ。故にその思考が、行動に与える悪影響などは殆どない。


 無論、思考の分だけ無駄に闘気を消費するが故に、影響は全くないと言う訳ではない。それでもクリスが思考を止めない理由は、自分たちが置かれている状況を窮地と認識してるからであった。


(北の牙が防がれた時点で分かってはいたが、既に我々の勝機はゼロに等しい。仮に私が最速で目の前の彼を倒せたとしても、残りは五人。全て倒さんとする高望みには、一体どれ程の奇跡を重ねることが必要だ?)


 先には強がって口にした、倒すと言う言葉。その実現自体も困難ではあるが、それ以上に今後を思えば思考も自然と暗くなる。


 20日の鍛錬で取り戻せた実力は、多めに見ても四席である子龍と同程度。最大戦力が上から四番目と互角では、北の牙による敵の消耗も見込めぬ以上、北方側に勝ち目はない。


 シャルロットもコルテスも、クリスより実力面では劣るのだ。東国六武衆を相手にすれば、時間稼ぎが出来るかどうかというところ。そして増援はいつ来るか、そもそも来れるのかどうかも分からない。


 ならば早急に、かつ最小限の被害でこの場の決着を付けるのが最善。だがしかし、敵は先に敗れた五席より上の四席。無理攻めすれば、その瞬間にも首が取られるのではないかと言う懸念もあった。


(肉を切らせて骨を断つ覚悟で、無理にでも攻め込む。それを選ぶには、相手の底が知らないのが怖い。無理をして順当に討ち取られました、では余りにな。だが、時間を掛ければ掛ける程、こちらの消耗が激しくなる、か。悩ましいな)


 状況は悪い。最善手が果たして、存在しているのかも分からない。故に懊悩に答えは出せず、迷いは判断を鈍らせるばかりである。


 剣の振りや体捌きに迷いが出ていないのは幸いだが、だとしても無様に過ぎる思考回路。弱くなったものだ、とクリスは内心で自嘲した。


(……懊悩し、結論を出せない。無様だな。所詮は付け焼刃、か。多少はマシになったとは言え、心も体もあの頃とは程遠い。私は未だ、錆び付いたままだ)


 衰えていたのは、何も肉体的な要素だけではない。鉄火場から長く離れたことで、判断力や精神力も低下している。


 先の一戦から鍛え直したとは言え、全盛期の能力を取り戻せた訳ではないのだ。勇者と共に戦った、三将揃って戦った、あの日の強さは戻っていない。


「なんぎやね、君も。下手を打ったら、わやにされてまう。そやから、安易には踏み込めへんのやろ」


 雷速で切り込むクリスの一撃を、曲芸のように回した大太刀で受け止め流してから子龍は嗤う。


 短期的には優位に立ちつつも、攻め崩せぬことに焦り始めているクリスの内心は彼に悟られていた。


「けどまあ、せきもんあるんやん。もっと急がんでええん? しぶちんなことしてへんで、本気で来たらええのんに」


「……そうだね。君達を相手に、賭けの一つや二つもしないで勝てるだなんて考えている方が失礼かっ!」


 子龍に言われ、クリスも遅まきながら腹を括る。無理攻めすれば取られるかもと、そう考えて縮こまっているようではどの道勝ち目はないのである。


 追い詰められて後がないのが北の側なら、端から全力全開で。後先考えぬ特攻を、六度繰り返せば良いだけのこと。


 そうとも懊悩する必要などはない。元より北の勝利とは、その先にしかないものなのだ。


「行くぞっ!」


 全身に雷を鎧と纏う技、雷翔天衣。シャルロットが最後の切り札と伏せた物と同じく、されど本家本元たるクリスのそれは彼女とは僅か異なる。


 大地を一歩駆ける度に加速するのは、雷翔一迅と呼ばれる技法が故に。超音速域での戦闘で、精密な動作を可能とするのは体内に電流を流す雷翔導体と言う技故に。


 クリスは雷翔天衣を纏いながら、他の技も併用することが出来た。無論、その分だけ消費は重くなるが故に、余りやりたい手段ではないのだが。この状況でそんなこと、言っていられる余裕はない。


「しんどいわぁ、さっきより痺れんで」


 時速にすれば、凡そ36000キロか。音速の十倍近い速度でクリスは突撃し、斬り付けて反撃を受ける前に退くと言うヒットアンドアウェイを繰り返す。


 雷将にとっては十八番と言うべきその戦い方に、初見ながらも平然と対処してみせる子龍も流石と言うべきか。追い込まれつつも、直撃だけは避けている。


 まるで来る場所が事前に分かっているように、刀を置いて軽く流すと受け切れなかった衝撃を流す為に数歩よろけるように移動する。


 それを可能としているのは、類稀な武才と経験則による未来予知にも等しい目利き。視線と足運びで位置を特定し、呼吸音でタイミングを見極めているのだ。


 闘気による強化と物理干渉で、些細な要素も落とさず対処し切る。言葉にすれば容易くとも、理屈を語れば常軌を逸しているとしか思えぬ行動。


 されどそれを子龍に向かって言ったのならば、彼は笑ってこう答えるだろう。東国六武衆に名を連ねるのならば、この程度は出来て当然の飯事だろうと。


「雷のせいで刃も通らんし、どないしたもんかなぁ」


 しかしそれ程の技量を以っても、全力を発揮した雷将を前にすれば防戦一方。彼が纏った雷の鎧は、返しの刃程度では抜けない程に重厚だ。闘気の強化を貫く雷は、それが伴う熱だけでも鉄を溶かしてしまいかねない。


 意識を多少集中して、刃に流す闘気の量を増やして、鎧貫きの要領で穿てば抜けるだろう。だが、それには先ず足を止めねばならない。


 そんな行動など、この超音速戦闘中に行えば良い的になるだけだ。故に子龍は、受け手に回らざるを得なかった。


 そして、受け手に回っただけで対処できるような状況でもない。攻防を繰り返す度に、余波として撒かれる雷。


 それだけでも、子龍の体は消耗していくのだ。このままではじり貧かもしれないと、和装の男は嗤いながら太刀を振るう。


 雷を纏った斬撃を流されたクリスは、先と同じように追撃はせずに後方へと跳躍する。


 そうして再び、大地を強く踏み込んで――前へと跳躍する瞬間、ふうと深く息を吐いて力を放った。


「――――っ!?」


 直後、クリスが出現したのは子龍の背後。コマ落ちのように途中の経過を省略して出現するその技法は間違いなく、東国六武衆が得意としている縮地法。


 使われるとは思ってもいなかったそれを前に、子龍の予想は当然外れる。驚愕に目を開いた彼が振り返る前に、踏み込みの勢いのままにクリスがその刃を振るった。


 斬、と言う音と共に血飛沫が舞う。袈裟に刻まれた傷痕は、この戦闘が始まって最初のクリーンヒット。


 だが、しかし――


「くっ、浅い、か」


 僅かに、浅い。斬り付けられ、困惑しながらも、子龍は被害を減らす為に動けたのだ。


 咄嗟に大地を蹴って退いた男の背に、刻まれた傷は致命にはまるで遠かった。


「いやー、びっくりしたわぁ。君も縮地、使えたんね」


「東で、学ぶ、機会が、あったんだよ」


 荒れる呼吸を整えながら、クリスは苦い気持ちで言葉を返す。嘗て学んだ縮地法は、世界全土に干渉すると言う性質上、兎に角消耗が重いのだ。


 鍛え直して再び使えるようにしたとは言え、消耗を軽くすることなど出来ていない。闘気の元となる生命力が落ち込んでいる以上、その負担は無視出来ない。


 フルマラソンを全力疾走で駆け抜けたかのような体力消費に、展開していた雷の鎧すら崩れ始めていた。


「でも、全く、困ったよ。どうやら、勝負勘も鈍っていたらしい」


 今のクリスでは、一度でも縮地を使えば疲労を隠し切れなくなる。そうなると分かっていたから、決め手の一つと伏せていたのだ。


 理想を言うなら、心威である破山剣との併用こそが最適解ではあった。だが今の攻防に詠唱を挟むような余裕はクリスにはなく、猛攻をいつまでも続けることは出来ぬから、仕方がないと妥協した。その結果がこれである。


 全盛期ならばきっと、今の一撃に決め手となるだけの威力を期待することが出来ただろう。


 だが想定していたよりも敵は強く、想定していたよりも己の力は劣化していた。故にこうして、千載一遇の好機は去ったのだ。


 次は縮地を用いても、今回のように意表を突くことは叶わないだろう。せめて雷の剣があれば、そんな風に思ってしまう己の弱さに苦笑を漏らして、クリスは大地を蹴り付ける。


 駆けるその身に纏うのは、一陣の雷と体内電流。残った生命力を振り絞り、再び彼は疾走した。


「そやったら、もう止めたら?」


「いや、そういう訳にはいかないさ。立場があってね。やらないといけないのが、辛い話さっ!」


 雷が走る。だが、その速力は先の半分にも届かない。となれば当然、先の速度に慣れ始めていた子龍は容易く対処する。


 斬撃が受け流された。電撃が闘気の守りを抜けなくなった。隙を突いて返される刃が、頬や額を掠めるようになった。


 僅かな血を流しながら、クリスはそれでもと歯噛みし力を振り絞る。


(動け、動け、動け、動け! もっと早くだ! 今に限界を超えないで、一体何時に超えると言うっ!)


 闘気とは生命が持つ力を、戦うと言う意志によって練り上げたもの。その性質上、精神状態に強く左右されるもの。


 故に早くと、強く思えば速度は上がる。更には生存に必要な機能を制限すれば、その分だけ生命力は絞り出せるものでもある。


 故により早くと言う意志を強くしたクリスは、停滞し始めた己に喝を入れることで限界を超えた加速を始める。


 少しずつ少しずつ、加速し続けた男の動きは再び嵐を思わせる猛攻へと。


「ふ~ん、えらい気張りはるやん。僕はほっこりしてもうて、たいがいなんぎしとるんやけど」


 雷の嵐を前にして、鷹の目を細める男は小さな刃を振るう。へらりと浮かべた笑みを揺るがせぬまま、小太刀を使ってクリスの剣撃を捌いていく。


 速力に特化した今のクリスでは、付随する雷程度では闘気の守りを貫けない。となれば眼前の攻防は、先の焼き直しにもなってはいない。


 追い詰められているのは、限界を超えて加速し続けている男の方だ。


「そやから、もう終わらせよか」


 だから、そう。もう終わらせようと子龍が笑みを深めた瞬間になって漸く――クリスはその異常に気付けた。


(武器の長さが、おかしい? 明らかに彼の全身より長かった太刀が、何であの大きさに――まさかっ!?)


「喰らえ――大野槌」


「――っ!?」


 それはまるで、先程の攻防の意趣返し。突如背後に出現した刃が、クリスの背を襲う。


 咄嗟に身を翻した彼は浅いとは言えぬ程度の傷を負い、どうにか命を拾って地に転がった。


 そのまま即座に立ち上がって、構え直す雷将の顔に余裕はない。焦燥を張り付けた彼の視界の内に、未だ子龍の姿はある。


 それは即ち、六武の四席は縮地を用いてはいないと言う証明であった。


「あらら、外れてもうた」


 軽く告げる子龍の立ち位置は、先程から一歩たりとも動いてはいない。唯、クリスの背後に唐突に刃が出現したのだ。そしてその刃は、今も彼の背後にある。


 振り返らずに視線を向ける。空中に今も浮かぶ刃は、先端部だけが虚空から唐突に出現したようにも見える。


 されど目を凝らして見れば、周囲に霧のような物が浮かんでいるのにも気付けることだろう。


 その霧は、子龍の手にした小太刀の先端から続いている。彼が曲芸のように小太刀を回すと、まるで糸で巻き取るように刃の先端へと浮かんだ刀身が戻っていく。


 数度の回転を経た後には、子龍の握る小太刀は大太刀に戻っていた。


「……おじさん、目が悪くなったのかな。君の武器が、変わってるように見えるんだけど」


「これ? 僕の心威やわぁ」


 互いの足元を流れる血で赤く染めながら、浮かぶ表情は真逆の色。疲弊と困惑の色を隠せぬ表情のクリスに対し、子龍は楽し気にペン回しのように刀を回しながら続ける。


 回る度に、彼が手にした刀の形は変わる。長くなったり短くなったり、細く鋭くなったかと思えば太く厚く変じている。


 正に変幻自在のその在り様。それこそが彼の心威。“結跏趺坐する大野槌”の能力だ。


「武器の形を変えるだけ。質量は大本から変えられへん。単純だし、不便なとこもあるけど、慣れるとけっこうおもろいで」


「一体何時から、心威を詠唱していたんだい? そんな隙、なかったと思うんだけど」


「何言うとるん。そんなん、最初からに決まっとる」


 神威法の存在には、クリスも最大限の警戒をしていた。使うタイミングを間違えなければ、一手で状況を逆転させてしまう切り札も作れるからだ。


 戦闘中に詠唱していれば、彼は残った体力を使い切るとしても全力で止めに動いただろう。だが実際には詠唱は聞こえず、故に使われる前にと。それも決着を急いだ理由の一つ。


 詠唱を破棄されると言う心配はない。クリスが東で学んだ時、神威法の詠唱を破棄する為に必要となる条件を聞いたことがある。


 世界に語り掛ける必要がある神威法。その第一階梯である心威解放ですら、詠唱を破棄する為には第四階梯相当の技術や闘気が必要になると言う。


 第四階梯“真威解放”。其処に至った者は、千年を超える歴史を持つ六武衆の中にもまだ居ない。当時の一席であった武鋼ですら、至れなかったと言う高み。


 故にそれを武鋼より確実に下の席次を持つ子龍が使って来る筈もないと、そう決め付けていたが故にクリスは誤解したのだ。


 出来ないからあり得ないと切り捨てた。代替手段の有無を、考えようともしなかった。それこそが、彼の失敗であり驕りと言えよう。


「攻め込む時間が分かっとって、準備してへん訳あらへん。僕の心威は軽い。リアム君ほどと違うけど、それでも一週間は維持できるんよ」


「……は、そっか。そりゃ、当然だ。勝手に、事前準備してるのが僕らだけだと思ってた。傲慢だね、全く」


「そや、反省せなあかんえ」


「ああ、本当にそうだ」


 詠唱の破棄は、技量の所為で使えない。だが戦場で長々と詠唱をしていれば、妨害されるのは当然のこと。となれば、戦う前から準備をすれば良いだけのこと。


 策を練って、罠を仕掛けて、戦いに備えていたのは北方政府だけではない。攻め込む東国六武衆もまた、事前に相応の手札を揃えていたのである。


「ほな、行くで」


 そして、攻防の立ち位置が入れ替わる。子龍はその場で一歩踏み込み、物理的に届かないであろう距離から刺突を放つ。


 成人男性よりも巨大な野太刀は、そのまま細く長く伸びて馬上槍の形へと。彼我の間合いを塗り潰す質量を、クリスは如何にか膝を曲げて回避する。


「後方注意や」


 身を屈めて躱した槍が、途中で圧し折れ形を変える。二ヶ所に走った亀裂から、鉄の鎖が現れ繋がる。その形状は三節根に程近い。


 変じた形は運動エネルギーの流れに従うように、身を屈めた男の背中に向かって襲い来る。それが到達する前に、クリスは前へ向かって駆けた。


 雷を纏って加速する。敵の武具の間合いの内に踏み込んで、神速で斬り付けることが出来るのならば圧倒的に優位ではある。本来ならば。


「なら、こうしよか」


 伸び切っていた三節根が途中で割れる。長大な柄と刃先が地に落ちて、子龍の手に握られた残った柄が形状を刃と変えた。


 脇差サイズの短刀を、にやりと嗤って迫るクリスの眼前へと向ける。そして、刃が伸びた。


 間合いを塗り潰して伸びる刃が、クリスの眼前へと迫るのだ。


 眉間へ迫る死の恐怖。雷速は直線的にしか動けず、このままでは自ら串刺しとなってしまう。となれば一歩を挟んで、移動先の向きを変えるのが妥当な所だ。


 だが妥当な判断で、相手に時間を与えて良いのか。一瞬の悩みに対する決断は否。これで決めると断じたクリスは、右手を刀から離して小楯の替わりに使う。


「――っ」


 掌に食い込む刃の痛み。それに歯を噛み締めて耐えながら、白刃を掴んで受け流す。


 踏み込みの速度は落とすことなく、そのまま擦れ違うように斬撃を。


「警戒せいで、いろうたらあかんで」


 放つ前に、触れた刃が形を変える。銀色に輝く縄がクリスの右手を這うように拘束して、蛇の頭部を象った先端がしゃあと鳴いた。


 それを理解したのが先か否か。どちらにせよ、対処など出来ぬタイミングで子龍が動く。拘束する縄へと変わった刀の柄を、片手で天高くに放り投げたのだ。


 身動きの自由に取れない空中へと、投げ飛ばされたクリスは視認する。両手を自由にした子龍が、先程自ら切断した根を拾い、弓へと形を変じさせた瞬間を。 


「んでもって、飛び道具やらはどないやろ」


 そして教本に載せたい程に、見事な体裁きで弓を引く。流れるような所作から放たれた矢は、真っ直ぐに落下を続けるクリスの下へと飛来した。


 それを迎撃せんとクリスは刃に雷を集め、両手で握り振るわんとする。余り自由の効かない状況で、如何にか間に合わせようとする動き。


 それを見た子龍は、笑みを深めて言葉を紡いだ。


「喰らえ――大野槌」


「が――っ!?」


 子龍の言葉と共に、右手に絡み付いていた縄が形を変えた。茨のように生えた棘が血肉に深く突き刺さり、そして爆竹のように破裂したのだ。


 右手が内から砕かれ、熱を持って痛む。激痛に苦悶の声が漏れ、クリスの動きが鈍ってしまう。


 だと言うのに迫る矢は当然止まることはなく、このままではその脳天は貫かれよう。


「お、おぉぉぉぉぉぉっ!!」


 故に歯噛みし、纏う雷を強くする。後先考えぬ全力で、左の手に力を集めて剣を振るう。


 果たして間に合った、と言えるのか。鏃にぶつかる剣は刃筋が通っておらず、盾の代わりとなってその脅威を逸らすのが精一杯。


 眉間を狙った鏃は逸れて、男の蟀谷に浅くはない傷を残して遠ざかる。その対価と言わんばかりに、弾かれた剣は宙を舞って地に落ちた。


 からんと乾いた音を立て、間合いの外へと落ちた剣。一手で回収出来ぬ位置に置かれたそれを横目に見ながら、着地したクリスは流れる血を拭うこともなく呼吸を整える。


「手元を離れても、形と性質だけは変えれるんや。地味そやけど、地味に厄介やろ?」


「はぁ、はぁ、はぁ……ああ、嫌になる程、有効だよ」


 動くは動くが、満足には動かせそうにない右腕。焼け爛れ血に塗れた腕に、食い込んだ破片を取り除きながらクリスは返す。


 傷だらけの男は追い詰められており、対する敵は闘気を回して付けられた傷を治してしまっている状態。どちらが優位か、最早問うまでもない状態だ。


「もう、君も限界みたいやな。このまま、終わってまうん。それでええん? 君は、さ」


「何、を……」


「手札を隠したまま、勝とうとして負ける。君、この状況に心のどっかで納得しとるやろ。僕を舐めるんも、大概にしいや」


「――っ!」


 このまま消耗戦を続ければ、順当に子龍が勝つだろう。こうなった理由は地力の差、と言う訳ではない。実力自体は伯仲していた、とまでは言い切れずとも大差はなかった。


 鈍った体。落とし切れなかった錆。足りない武具。理由を挙げれば幾つも要因は見付かるだろうが、子龍が一つ最も大きな物として挙げるのは意識の違い。


 この男は、心のどこかで死にたがっている。


「君、本当はもう死にたいんやろ。丁度良い死に場所だと、だから切り札を使わなかったんや。いざとなったら誰かの身代わりとなって、割って入れる余裕を残す為」


 武人は剣を重ねれば、互いの心情を理解出来るとも言う。心を武器にする神威法の使い手ならば尚のこと、刃に色濃く宿ったそれを理解する。


 クリストフ・フュジ・イベールは終わっている。嘗て友をその手に掛けたあの日から、ずっとずっと死にたがっていた大馬鹿者だ。


 それでも友の忘れ形見のために、生きることを選んで来た男。その荷も下ろせるようになった今、心の何処かで生まれていたのだ。これで終わっても良いと、そんな気持ちが。


「それに、何やよう分からんけど、君が死ねば上手く良く。そないな算段も、あるんやろ?」


「――っ」


 言い当てられた。その心中は、筆舌にし難いものがある。


 そうとも、東国六武衆に対する勝ち目が皆無となったその時から、クリスの中には敢えて負けると言う選択肢も浮かび始めていたのだ。


 此度の東国六武衆の襲来。それに対し中央が徹底抗戦を命じ、クリスらに撤退を許さなかった最たる理由は北方に邪魔者が居るからだ。


 アンジュビュルジュ・レーヌ・ルゥセーブル・ロスとクリストフ・フュジ・イベール。聖王国内で覇権を奪い合う両勢力から、厄介者として扱われていたのが彼ら二人である。


 エリーゼ姫もモラン公爵も、王位継承者であるアンジュの存在を消したがっている。それが出来ぬのは、雷将クリスと言う庇護者が居るから。


 下手に潰しに掛かれば彼が暴れる。それを恐れたからこそ、王国に戻らぬことを誓わせた上で中央から遠ざけると言う対処をしていた。


 それでも、隙あらば消したいと考えていたのが彼らである。故にそんな彼らにとって、今の北方の窮状は正に天祐。


 そのまま死ねば良し。死なずとも消耗すれば良し。そんな思惑で徹底抗戦を命じたのだとは、クリスも既に気付いていた。


 だからこそ、北が消耗し切る前ならば、此処でクリスが倒れると言うのも選択肢としては有りなのだ。クリスとアンジュが居なければ、北の兵らは撤退を許される。


 娘は少年に託し、自身はいよいよとなれば殿となって皆を逃がす。それこそが、死力を尽くして勝利を目指しながらも、心の何処かでずっとクリスが考えていた策であった。


「そないな夢のない奴には、負けとぉないなぁ」


 その策を見抜いた男は、余りに夢がないと罵倒する。敗北を想定している時点で、そいつは既に負けているのだとも。


 そうとも、彼我の違いは武才の差でも、経験の差でも、武具の違いでも断じてない。終わっても良いと言う性根の奴に、負けてやる道理なんて一つもないのだ。


 六武衆は第四席たる子龍には、一つの夢がある。故に、子龍はこう語る。夢のない奴には負けないと。そしてこうも語るのだ。お前はそれで良いのかと。


「……死にたい、か。ああ、そうだね。それは、否定すれば、嘘になる言葉だ。あの日から、私は何時だって、それを望まない日はなかった」


 告げられたクリスは、力なく自嘲する。語られた言葉は何一つ、否定できない真実であったから。


 クリストフ・フュジ・イベールは終わっている。嘗て友をその手に掛けたあの日から、ずっとずっと死にたがっていた大馬鹿者だ。


「ああ、そうだろう。此処で娘達を逃がした後、弟子を庇って終われるなら。それを望んでいないと言えば、そんな言葉は嘘になる」


 生きるのが辛かった。終われないのが苦しかった。必死になって世を救った所で、身の回りの何も救えなかった愚かな男。そんな己に、何の価値も見出せなかった。


 だから将としての立場を利用して、領主と言う立ち位置に甘えて、終わる為に此処に残った。


 そう言われても、決して否定出来ない面もある。幕引きには、過剰に過ぎる程の舞台であるから。


「けど、それだけじゃない」


 それでも、と男は否定する。死にたいと言う願い。その指摘された歪さの、全てを否定することは出来ない。


 それでも、それだけではないのだと彼は口にする。


「君は夢、と言ったね。うん。確かにそうだ。こんな私にも、夢と言えるものはある」


「へぇ、それは?」


「なに、男親なら、誰もが夢見るであろう単純なものだよ」


 血塗れの手に闘気を流して、しかし治癒の速度は遅い。戦闘生命として産まれた修羅とは異なって、唯人であるクリスの体は簡単には治らない。


 だから軍服の袖を破って、テーピングのように巻き付ける。ゆっくりと掌屈と背屈を繰り返して、動くことを確認してから地に転がった剣を拾い上げる。


 そして鞘に納めると、追撃もせずに居た子龍に向かって笑みを一つ零して告げた。


「娘の花嫁衣裳を見るまで、死ねないよねぇって話さ」


「……なんや、君にもええ夢あるやん」


 本当はもう、生きることは辛いけど。それでも、それだけではない。唯一つ残った宝物。その行く末を見守りたいと願うのは、嘘偽りの混ざらぬ想いだ。


 脳裏に過ぎる、共に過ごした日々の記憶。あの日に少女を救ってくれた少年が、この先も一緒に居てくれると言う安心感。


 それだけでも満たされていると言うのに、全く我ながら欲が深いものだなと笑ってクリスは構えを取った。


「せやったら、折角やし比べよか。僕の夢と君の夢、どっちが上か。勝負といこ」


「ああ、そうだね。私の切り札。貫き通せば、私の勝ちだ」


「せやね。僕が耐え切れれば、君の負けや。ほな、試してみよか」


 そんな男の姿に、子龍は楽し気な表情で提案する。さあ、次の一手を最後にしようと。己の想いの全てを賭けて、目の前の相手を唯倒すために。


 子龍は刀を回しながら後退すると、敢えて心威を解除する。大太刀に戻った武器を手にしたその姿は、いざ尋常にと言わんばかりの潔さに満ちていた。


 同じく後ろに下がって距離を取ったクリスは、ゆっくりと数度の深呼吸で呼吸を整える。そして両者は示し合わせたように、同時に心の形を詠唱し始めた。


――外功実行・以って我は心威を示す――


――内功実行・以って我は心威を示す――


 両者の間を、潮の香りがのった一陣の風が吹いて抜ける。腰に付けた剣の柄に傷だらけの手を添えて、半身となったクリスは居合術の姿勢を取る。


 対する子龍は血糊を払うように大太刀を振って背負った鞘に納めた後、両手の親指と人差し指で輪を作り、右手を胸の前へ、左手を垂らして来迎印の形を作る。


――庭中有搗石、以劍指之、石即中断――


――菩薩未成仏時、以菩提為煩悩。或有解脱与煩悩以為因縁。生執着故――


 印の形に、一瞬の警戒。神威法とは心を世に示す物。精神の持ちようによって、効力を変える物である。


 詠唱の中に動作を混ぜれば、心威の効果を補強出来る。印自体に意味はない。そんな力があると思い込むこと。そこに意味はあると考えること。それが重要なのだ。


――是なるは破山之剣。唯一振りしか振るえぬが、寶山さえ断ち切る光芒の刃――


――仏法を一向名利のために学し、妄執の薄らぐこともなく、おだやかなることもなし僧――


 故に、これより子龍が出す技こそが彼の全力。そうと受け取って、クリスも同じく全霊を振り絞るかの如くに闘気を練る。


 勝とうが負けようが、この一撃で全てが決まる。そうと理解したからこそ、悔いは欠片も残さぬように。全てを賭けて、眼前の敵を切るのだ。


――この身は剣にして鎧。遍く民草の明日を守る為、雷霆の如く全ての悪を断ち切る者――


――一人他界し、夢に告げて曰く。我は野槌といふものに生まれたり――


 笑みを消して、真剣な表情で睨むクリス。その反応を察してか、笑みを深めるだけで返しとした子龍。


 互いの詠唱は佳境にあり、今更に異なる行動を取る余地はない。まさに今、両雄の戦いは終わりを迎える。


――斯く在れと定めたこの身、この心は最早迷わず。故にこの剣閃は誰にも防げず、全てを断ち切り捨てるだろう――


――化外と成った愚かな僧よ。化外と産まれた愚かな我よ。無様な生しか得られぬならば、せめて涅槃を夢に見よ――


 さあ、これにて最期。此処に生死を分かつ、決着を付けよう。


――心威・解放――


「宝山庭石一切等価――」


「深山で人喰え――」


 覚悟を胸に燃やし、大地を縮めて剣を抜き放たんとするクリス。

 鋭い瞳を一つ開いて、深めた笑みを刻んだまま、それを待ち受けようとする子龍。


 両者が正に交錯する、その刹那――第三者が、割って入った。


「無様」


 音の直後、最初に落ちて来たのは一本の打ち刀。明らかに安物の数打ちと分かるそれが頭上より落ち、クリスと子龍が進まんとしていた先の大地に突き刺さる。


 半歩手前。あとコンマ一秒でもずれていれば、命を奪ったであろう地を抉る刃。その冷たさに体を震わせる暇もない内に、次なる変化が状況を変える。


 一体何時から其処に居たのか。年老いた白髪の男がクリスの眼前に立っており、その事実を彼が認識するよりも早く、クリスの腹へと老人の掌底は打ち込まれていた。


「が――っ!?」


 血反吐を吐いて、クリスの体はゴミのように吹き飛ばされる。

 幾つもの家屋を巻き込んで倒壊させながら、クリスは瓦礫の中へと倒れ込んだ。


 その姿を、冷たく見据えている着流しの老人。まるで舌打ちでもするように、一瞬表情を歪めた男はゆっくりと歩き出す。


 呆気に取られた様子でその背を見詰めていた子龍は、ふと正気に戻ると不満気な口調で苦言を零した。


「えー。武鋼の爺様、何してくれてるん?」


「……ああ、子龍君。申し訳ありませんが、彼の首は私が貰います」


 冷食系の着流しに身を包んだ、筋肉質な白髪の男。名を、六武衆は第三席、武鋼。炎王に敗れるまでは東の頂点であった、齢三百を超える老人だ。


 外見の年齢は、60かそこらか。衰えを一切見せない無骨な肉体を誇る老人は、子龍に振り返ることもなく答える。


 好々爺染みた笑みと共に告げる声には、言い知れぬ熱が籠っていた。


「いやいや、何言うてるん? いけずなこと、せんといてや」


「無粋は承知。ですが、許せないのですよ。彼は私の武を穢した」


 三席と四席。数字の上では一つ違いでしかなくとも、子龍自身が良く分かっている。三席から上は別格だ。己はこの老人には勝てないと。


 修羅にとっては力こそが正義。強さこそが全て。とは言え、そんな修羅の流儀を前提としても、決着に割り込むと言う武鋼の行いは無粋である。


 故に苦言の正当性と言う点では、子龍の言こそが正しいと武鋼自身も認めてはいた。だが、しかし、だとしても許せないのだ。


 無粋であれど、誇りを穢されたのならば否はない。不出来な弟子は、ここで殺そう。それこそが、この老人が動いた理由。


「最初はそう。若人の戦いを、見守るだけの心算だったのです。ですが、ねぇ」


 再び子龍に背を向けて、地に突き刺さった刀を引き抜き、歩き出す武鋼。


 瓦礫を押し退けてクリスが起き上がるのを待つかのように、その足取りは緩やかで、その表情は柔らかで、しかしその目は笑っていない。


「クリス君? 味覚がありませんね、君」


 唐突に、武鋼はそんな言葉を口にする。瓦礫の中から息も絶え絶えに這い出して来るクリスは、その言葉に目を見開いた。


 何故、と思う血に塗れた男。彼を見下ろす冷たい視線とは裏腹に、燃えるような熱が籠った言葉を武鋼は続ける。


「それだけではない。聴覚や触覚にも異常がある。内臓も幾らか、機能が落ちています。その所為で、体幹はズレ、反応にも遅れが出ている」


 ゆっくりと歩み寄りながら、遠く目算して下した判断を一つ一つと音に変える。クリストフ・フュジ・イベールは、全盛期とは比べ物にならぬ程に弱体化している。


 その原因は、戦場から離れていたことだけじゃない。腕が鈍っているのも、武具が不足しているのも事実。


 だがそれ以上に、ストレスから来る五感の異常。それらを始めとする体調不良こそ、錆び付いた男の最大の弱所であったのだ。


「腕が鈍った。感覚が衰えた。肉体が重病人のそれ。そして相応しい武具もない。何もかもが、嘗ての君から劣化している。……総じて、無様。実に見苦しい」


 嘗て、武鋼は勇者の口車に乗せられて、眼前の男を鍛え上げた。


 才の不足を時間で補ったこの老人にとって、己が手ずからに育て上げた弟子と言うのは等しく糧だ。


 師が弟子を育て、弟子が師を育てる。そのために彼は、己が技術を躊躇なく他者へ教授する。


 武鋼は教育者としての能力も非情に高い。僅かな時間で体調を見抜き、将来どうなるか予知に等しい精度で予測出来る観察眼。


 言葉巧みに己の意図を伝え、相手の長所を引き出す指導力。自身の才覚が足りぬが故に、才無き者に教えることが最も上手い。


 そんな男である彼は、この世界で最高の指導者と断言しても過言ではないだろう。だが一つ、彼には悪癖とも言える欠点。教育者としては致命的な陥穽も有していたのだ。


「今の君と言う存在は、師である私の恥そのものだ。私が態々鍛えたというのに、その無様。嘆かわしくて、腹立たしくて、思わず八つ裂きにしてしまいそうになる」


 彼の目には、教えた時点で教え子がどこまで行けるか視えてしまう。精度は九割を超えるであろう、その予測。外れたことは殆どなく、故に外れた時に彼の感情は酷く揺さぶられる。


 それがプラスの方向でも、マイナスの方向でも問題となるのだ。


 予想を超えて成長をした相手を見ると、つい試したくなってしまう。予想を大きく下回った相手を見ると、つい殺したくなってしまう。この今に感じているのは、内の後者だ。


 クリスの才を思えば、こんな低劣な形に留まる筈はなかった。彼が真摯に鍛錬を重ねていれば、もっと高みに至れていた。だと言うのに、これは何だ。


 己が教えた筈のことを、殆ど守れていない無様。こんなものを育ててしまったと言う、羞恥にも似た情。


 東の武術はこの程度だと喧伝しているかのような、そんな無様な腕前は正に武鋼の武を穢している。


 故に、老人はこの男が許せぬのだ。


「その見るに堪えへん相手とやりおうとった僕の立場、のうない?」


「いえいえ、子龍君はまだ若い。今後に期待が持てますよ、子龍君はね。子龍君は」


「あ、はい。……うわっ、これ、爺様ぶち切れとるわ」


 教え諭す教師のように柔らかい口調ながらも、言葉の節々に隠し切れぬ怒りが滲んでいる老人。


 その圧力は怒りの矛先が向いていない子龍すら、揶揄し切れずに黙ってしまう程である。


 怖いから触らないでおこう、と子龍が一歩退く。武鋼はその様子に視線を向けることすらせず、ゆっくりと刀を持ち上げる。そうして、袈裟に振るった。


「ぐ、く、はっ」


「立ちなさい、クリス君。凌ぎなさい、クリス君。まだ、その首を落とされたくはないのなら」


 速い、と言うよりも巧い。意識の隙間を擦り抜けるような斬撃が、クリスに向かって振るわれる。


 慌てて両手で地面を押して、地を転がるようにクリスは躱す。のたうち回るようなその姿を、武鋼は静かに見下ろしていた。


「確かに、君にも事情があるのでしょう。ですが、私が剣を仕込んだ教え子が、こんなにも無様を晒すだなんて許せません」


「は、ははっ。相変わらず、ですね。武鋼殿」


 よろよろと起き上がるクリス。口内に溜まった血を吐き捨てて、荒れた息を整える。


 そうしてから、力なく笑うクリス。そんな情けない姿を前に、武鋼は頭を抱えて深く溜息を吐いた。


「私は今、とても後悔しています。そんな無様を晒す前に、貴方は殺してあげるべきだった」


「……そう、ですか、ね。……かも、しれませんね」


 呆れた視線で告げられた言葉に、クリスは何も言い返せない。死ぬべきだったと言われれば、確かにそうだと心の何処かで納得出来てしまうから。


 人生に絶頂のタイミングがあるとして、クリスのそれは魔王との決戦の時か大魔女との戦いの場か。どうあれ、既に過ぎ去った話である。


 落ちぶれた雷将は、何時だって後悔ばかりを抱えていた。


「死にたいと、何で、こんな男が生きているのだ、と。ですが、それでも、思うのですよ。生きてて、良かった、とも」


「ふむ」


 そうとも、彼にも夢はある。細やかで、何処にでもありそうな、そんな夢が。今更に、そんな夢を見ることが出来るようになった。


 だからそう。生きていて、苦しいばかりではあったけど。何時だって、死んでしまいたかったけど。それでも、今は、生きていて良かったとも思えるのだ。


「そう思うのは、余りに遅いのかもしれません。今更にと、どの顔でと、言われれば否定は出来ません。ですが、だからこそ――生きている限りは、足掻きますとも。そうでなければ、それこそ誰にも顔向け出来ない!」


 花開いたように笑う、友の忘れ形見の姿を想う。彼女を救ってくれた優しい魔王とその仲間の姿を脳裏に浮かべる。


 辛い現実は変わらずとも、その想いは勝利を目指す理由になる。胸の中で燻って、前を目指す原動力にはなってくれるから。


 戦おう。この老人が動いた時点で、もう勝ち目なんてないけれど。戦おう。死んでも良いと言う理由じゃなくて、その最期まで胸を張っていられるように。


 己に言い聞かせるように、強く強く言葉に示す。それしか出来ない無様な男は、だからそれを此処に為す。


 震える足で立ち上がり、感覚の鈍い手で刃を握り、息を整え刀を構えた。


「……成程、些か後ろ向きではありますが、まあ悪くはないでしょう。ならば、見限るのには早いと。ええ、では、こうしましょう」


 傷付いた体で構え、足りない闘気を満たすために命を燃やし始めた男の姿。それを静かに見定める武鋼は、此処に一つ結論付けた。


「死力を尽くしなさい。この場で貴方を鍛え直します。それでも見るに堪えぬなら、その首そのまま落としますので、そのお心算で」


 赤点は取り消し、されど評価は未だ落第寸前。ならば、死力を尽くして限界を超えれば辛うじて生き延びれるかもしれない。その程度の試練を無数に与えよう。


 十や百ではまるで足りない。千や万でも我慢が効かない。数え切れぬ程の死地を潜り抜けることが出来たのならば、この恥でしかない弟子の生存を許してやっても良いだろう。


 途中で挫けると言うのなら、その時は即座に斬って捨てるのみ。


 かくして、戦いの相手は代わる。六武衆は第四席に追い詰められていた雷将は、嘗て勇者達と共に挑んでも勝てなかった先将との戦いを余儀なくされた。






「あーあ、武鋼の爺様にとられてもうた」


 一人残された子龍は嘆息する。激昂している武鋼には余り干渉したくなく、更には今の弱り切った雷将を二人掛かりと言うのも過剰戦力が過ぎる話で趣味じゃない。

 さりとて、胸に宿る沸き立つ熱情。修羅特有のそれは、不完全燃焼が故に獲物を求めて燻っている。誰でも良いから殺したいのだと、飢えて飢えて腹が空くのだ。


「ほな、他の皆はどないしとるんやろなぁ」


 目の前の獲物は喰えない。ならば他の獲物を狙うのは当然の流れ。子龍は闘気を周囲に広く薄く流し、音や気配を察知する。膨大な生命力を消費して行われた探知により、男は不動のままにまるでその場に居るかのような正確な情報を入手していた。


「うわ、姫ちゃん、しょーもな」


 自身と同じく敵対者たちと戦っている仲間たち。その姿を捉えた直後、思わず呟いてしまったその言葉。

 仲間に対する物言いとしてはどうかと一瞬悩むが、直ぐに仕方がないと自己肯定。だって流石に、あれはない。


 相手は明確な格下で、公方姫乃は格下殺しだ。初手から本気で戦えば、苦戦だってしない筈であろうに。何故、反撃を受けているのだ。

 油断と慢心から隙を突かれ、雑魚を相手に良いように振り回されている。武鋼が激怒していないのが不思議なぐらいの無様さだが、それでこその姫乃だと思えてしまう辺りも救いがない。ああ、アイツはああいう奴だったな、と。


「んで、リアム君の方は、楽しそうに鬼事遊びか。どないしたもんかなぁ」


 霧に満ちた繁華街の只中で、雑兵の群れを蹴散らしているリアム。霧の中に隠れ潜む罠師を探すその姿は、鬼事と言うよりかは隠坊か。

 単純な武力で言えば、罠師は討魔の師団長より下であろう。しかしより厄介そうで、より楽しそうなのがどちらかと言えば、子龍をして甲乙付け難いと言うのが実情だ。


 そしてどちらの戦場も、もう間もなく決着の時を迎えるだろう。師団長も罠師も、六武を倒せる者ではない。出来て時間稼ぎであり、唯一勝てる可能性のある男は六武の先将に捕まっている。故に楽しめる時間は、もう余り長くはないのである。


 悩んでいる暇はない。故に子龍は暫し思考した後、結論を出して一つ笑った。


「きーめーた。ほな、行こか」


 そうして彼は、この場を後にする。北と東の戦争は、既に趨勢が決しつつあった。






【六武衆の皆に聞いてみました。貴方は彼・彼女をどう思いますか? ~by四席編~】

第一席「誇るべき臣の一人だ。己にはこいつに、夢を見せてやる義務がある」

第二席「可哀想な子。とは言え、人のことを言える立場ではないのだし。私が言っても、傷の舐め合いにしかならないのよね」

第三席「ナイス修羅! 中々に良い感じの修羅で素晴らしい! 惜しむらくは、もう少し開き直って欲しい所ですかね! 総じて、90点くらいです!」

第五席「悪友。偶に一緒に飲みに行ったりする相手。人の皿の料理を勝手に取ったり、人の唐揚げだけにレモンやマヨを勝手に掛ける癖に自分のには掛けねぇ所は許せねぇ」

第六席「忌々しい奴だ。私を下に見て、それを隠そうともしないのだからな」

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