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Re, DS  作者: SIOYAKI
第四章 死して後已む
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第47話

シャルねーは尽くすタイプ。


 シャルロット・ブラン=シュヴァリエと言う女は強い。雷将の二番弟子にして、彼の後継とも言われる女は聖王国の内でも上から数えた方が早い位置に居る。


 そも、雷将の扱う戦術戦法が強力なのだ。雷にも迫る速度で動き回り、掠っただけでも体を痺れさせる放電を周囲に放つ。そこに剣の技量も混ざるのならば、対処は必然として難しくもなろう。


 だと言うのに、届かない。それは女が弱いからではなく、強い女より更に強い相手が敵だと言う、余りにも単純故に覆せない理由がために。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 全身に雷を纏いながら、裂帛の気迫と共に踏み込むシャルロット。音速の二倍と言う速力で放たれた細剣の一撃は、瞬きする間もなく間合いを詰めて突き刺さる。


 それが本来至るべき流れであるとすれば、これは一体如何なる道理か。剣の接触が一瞬後、甲高い音の直後に異常は起きる。振るった銀閃が水に流れる葉のように流されたのだ。


 闘気で強化した刃が触れ合った直後、姫乃が腕を軽く回す。まるで空手の回し受けのように、腕より短い長さの刀で細剣を巻き取り回して逸らしたのである。


「疾――っ」


 驚愕に、震えているような余裕はない。接触した金属面から雷が流れている筈だが、痺れた素振りも見せない公方姫乃は流れるように動きを止めない。シャルロットのレイピアによる斬撃を受け流した後、生まれた彼女の隙を狙って刃を振るう。


 浮いた上体。首元に迫る死の刃。迫る窮地を前にシャルロットは、背筋に走る悪寒に耐えながら踏み込んでいた足に闘気を流す。


 物理干渉により運動エネルギーを軽減させて、泳いだ上体を強制固定。更に其処に雷の精霊力を流し、動かぬ筈の体を無理矢理動かす。


 急停止からの急旋回と急加速。体に幾つも無理を重ねて、シャルロットは如何にかその死を回避した。


「ちっ、浅いか。面倒な」


「はぁ、はぁ、はぁ」


 それでも、回避出来たのは紙一重。喉に浅く刻まれた刀傷の痛みが、彼我の実力差の明白な証左。


 更に負担はそれだけでなく、殺し切れなかった負荷による膝の痛みや闘気の消耗による疲労は既に無視出来ない程。


 どうしても荒れてしまう呼吸を、如何にか落ち着けながらシャルロットは剣を強く握る。


 何故に雷の麻痺が通らぬのか、問うまでもない。闘気による肉体強化だ。物理法則さえも改竄可能な闘気を用いて、自身に与えられる悪影響を強引に跳ね除けているのだろう。


 それが分かって、しかし対処の手立てがない。闘気による強化を貫くためには、同じく闘気による強化が必要不可欠。だが質と量の双方で負けている以上、闘気を競い合うのは自殺行為と言えたのだ。


「闘気による強化。質も量も私より多く、洗練された技量に至っては比較にもなりませんか。……これで一番下と言うのが、全く以って性質が悪い」


 再度、告げよう。シャルロット・ブラン=シュヴァリエと言う女は強い。三将軍に次ぐ六師団長の中でも二番手に位置する実力者であり、刀将が不在の今、単純計算でも王国で四番目に強い女である。


 だが、対する公方姫乃はそれより強いのだ。第六席とは言え、他国であれば間違いなく一・二を争える実力者。


 誰も彼もが英雄級と、その言葉は安くない。玉石混交ではなく、彼ら彼女ら六人は、誰も彼もが玉なのだ。


 強者と呼ばれる存在は世界各地に相応に居る。中央の三将軍。聖教の十三使徒。西の猟犬に南の風守。A級の冒険者に、嘗ての勇者たち。悪しきモノらも含めれば、五大魔王に三大魔獣、邪教の三幹部も凶悪だ。


 個として見た時に、六武衆にも勝る者らは居るだろう。軍として見た時に、その総合力に比する者らも居るだろう。


 だが、玉しかいない。弱兵が居ない勢力は彼らだけ。下限値の高さ。質の高さと言う一点で言えば、この六人こそが世界最高。


 故に六席ですら最上位。全人類を上から数えて、両の指が折れ曲がる前には名が挙がる。そんな、軽く見るなど決して出来ぬ女であるのだ。


「一番下、か。本当に随分と、安く見られたものだなぁっ!」


 攻勢が入れ替わる。姫乃が大地を蹴った瞬間に、彼女はシャルロットの眼前へと到達する。単純に早い訳ではない。速度で言えば、亜音速が精々だろう。


 ならば何故、シャルロットが反応出来ぬのか。簡単だ。彼女は距離を縮めたのだ。縮地と言う歩法。闘気による干渉によって、彼我の間にある物理的な距離を縮めた訳である。


 流石に世界規模での干渉は六武衆でも一瞬が限界、とは言えその一瞬で十二分。縮めた世界が戻る際の反発力を利用して、間合いを零にしてしまう。既に此処は、敵の間合いだ。


「く――っ、一迅・三歩」


 振るわれる短い刃が、再びシャルロットの首筋へと。同じ場所を狙うのは、侮辱されたと怒る女の示威行為。


 その刃が到達する直前に、彼女は歯を食い縛って雷の力を振り絞る。速度を音速の二倍から八倍に引き上げて、迫る女の刃から如何にか逃れた。


 されど一度逃れただけで、女の攻め手が緩むことはない。雷のような軌跡を残して後退を続けるシャルロットを、コマ落ち映像のように空間を跳びながら姫乃が追う。


 一瞬で追い付かれ、迫る刃を必死に躱す。その度に雷を周囲に振り撒きながら、されどその攻防は一方的だ。この状況、窮地にあるのは常にシャルロットの側であった。


「時間の問題だな、これは」


 姫乃は悟る。振るう刃が届かぬ理由は二つ。世界全土に影響を与える縮地は流石に消耗が激しく、一呼吸分のインターバルが必要となる。


 そして出現した直後、姫乃が刃を振るうまでにも僅かではあるが隙が出来る。世界がどのように縮まるのか予測が出来ず、微妙な誤差を調整せねば刃を振るえぬからだ。


 この二つの要素が故に、雷に等しい反射速度を有する今のシャルロットは辛うじての対応が出来ている。逆説、その二つの要因に雷速級の反射が揃って漸く対処出来るレベルなのだ。


 だからこそ、この均衡は長く続かない。反射速度の加速は、雷を纏う速度強化の副産物。本来は常時展開するようなものではなく、踏み込みの瞬間など必要に応じて用いる技。常に纏うのは、負担が大きいのだ。


 瞬間的な発動に限れば、シャルロットの最高速度は音速の百倍をも超える。しかし常時発動となれば、負担がないのは音の四倍まで。今行っている八倍以上の速度強化は、文字通り血を吐くレベルの負荷を己に掛けてしまう。


 既に荒れている呼吸が、口元から流れる一筋の赤い血が、明白なまでに女の限界を示していた。


 だと言うのに、速度を緩めることは許されない。シャルロットが唯一姫乃に勝るのが、この速力であるのだから。雷による反射速度の向上が失われれば、その瞬間にもシャルロットは敗れるのだから。


 しかし本来想定されていない運用を限界を超えて続けた所で、結果は破滅で揺るがない。姫乃が見做した通り、この状況が崩れるのは時間の問題。


 そう遠くない内に、シャルロットの闘気が尽きるか体が壊れる。力を維持出来なくなれば、末路は余りに明白だろう。


「だが、それで時間を稼がれると言うのも、聊か以上に癪ではある。攻め手を少し変えるとするか」


 和甲冑の女は口の端を歪めて嗤う。脇差を逆手に、追い掛けるのを止め、直立状態で片手印。不完全な形だが、右手が示すそれは地蔵の印。


 先の襲撃。その敗北は記憶に新しい。姫乃がこれより何を為す心算なのか、シャルロットに察することが出来ない筈もない。故に、罠と分かれど乗るしかなかった。


――外功実行・以って我は心威を示す――


「心威! させませんっ!」


 公方姫乃の心威、袈裟地蔵は極まった格下殺しだ。一定以下の実力者を問答無用で自殺させると言う心威に対し、彼女より明確に弱い者は抵抗すら行えない。


 シャルロットの実力だと、抵抗出来るかどうかは微妙なライン。無防備に受ければ先のように耐えられないが、恐らくは全力で防御に徹すれば即死だけはせずに済むだろう。


 だが、そうとなれば自殺の強制に耐える為、闘気を割かねばならなくなる。速力に全力を注いでいる現状でもこれなのに、更に追い詰められればどうなるか。


 闘気の防御以外にも対策は一つあるが、それは余り使いたくはない。故、シャルロットは全力を振り絞って妨害に動く。多少の損害は許容してでも、これを止めねばならないと。


――神鬼助持、菩提不退、有求皆従、業道永除――


「はっ、足掻け足掻け! 無様に足掻け! この私が、お前を裁いてやろう!」


 姫乃は詠唱を続けながらも嘲笑を浮かべて音を紡ぐ。神威法における詠唱とは、心で紡ぎ世界に示すもの。口や喉を動かして音にしなくとも、意志さえあれば詠唱は行える。


 故に詠唱の妨害は難しい。例え口を塞ごうとも、喉を貫こうと、彼ら彼女らは心威を発現させるだろう。詠唱を妨害する為には、それを行おうとする意志自体を挫かねばならぬのだ。


 即ち、意識を奪うか命を奪うか。大きな痛みを与えることが出来れば或いは、それでも妨害が可能かもしれない。


 だがそのどれを選ぶにしても、今のシャルロットには敷居が余りに高かった。


――我、六道輪廻を巡る者。クシティ・ガルバの名の下に、汝ら衆生を解き放つ者――


(詠唱が、止められないっ! こんなにも、差がありますかっ!?)


 振るわれる短刀。脇差を逆手で握るのは、明らかに利き手ではない左手だけだ。だと言うのに、シャルロットの刺突が捌かれる。


 雷を纏った突撃は流されて、返しの刃を慌てて躱す。詠唱を阻む為に大きくは離れず、着地の直後に直ぐ様突撃を再開するがやはりそれも防がれた。


 限界を超えて攻勢を続け、既に額には大粒の汗を浮かべているシャルロット。対する姫乃は余裕を崩さず、嘲笑を浮かべて見下し続ける。


 明らかに本気ではない、そう感じさせる敵手の動き。だと言うのに覆せぬ程の実力差に、シャルロットは内心で歯噛みする。


 されど悩んでいる間などないと、彼女は幾度も大地を蹴った。


――未だ道半ばにあれど、十王が真理を此処に示さん。色に満ちた苦界より、空と成るを救いと知れ――


 大地が砕ける。シャルロットの踏み込む度に亀裂が走る城壁を前に、女達は切り結ぶ。明白なのは互いの表情と、互いの足元。


 踏み締める度に大地の形状が変化しているシャルロットに対し、姫乃は周囲を一切傷付けていない。踏み付けた草花ですら、元気に咲き誇っているのである。


 互いの足元の光景は、両者の体に蓄積されていく疲労と同じだ。未だ無傷に等しい姫乃に対し、シャルロットは既に限界であった。


――罪深き者らよ、首を垂れよ。我が身を裂いて、腸を捧げよ。我はお前たちを裁きたいのだ――


 そしてそこまで身を削っても、騎士の女では詠唱を止めることが出来ない。実力不足。その四文字が重く圧し掛かる。


 それでも、と加速した女の突撃。雷の一閃を半歩身を引き、上体を反らすだけで姫乃は躱す。


 黒い髪が数本空に散って、ニヤリと嗤った女はその意志を此処に示した。


「さあ、これで仕舞と行こうか」


――心威・解放――


「衆生を救えや――袈裟地蔵!」


「く、うぅぅぅぅぅぅっっっ」


 周囲一帯に衝撃波のような力の波が放たれて、シャルロットの足が止まる。自分の身を刺そうとする右手を必死に左手で抑え、呼吸を数度落ち着かせる。


 全身に気を巡らせて、それでも耐え切るのは難しく、気付けば女は膝を付いている。許しを乞うように頭を地に付けて、如何にか自死の衝動を抑え込むだけで手一杯。


 そんな姿を晒すシャルロットに余裕はなく、しかし相対する女はそうではない。心威を使っている間も、公方姫乃は自由に動けるのだ。


 故に彼女は蹲ったシャルロットへと、ゆっくりと近付いていく。


「まだ耐えるか。ならばこのまま首を取るか、ああ、それとも、もう少し圧を高めてやろうか」


「ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!?」


 女の言葉と共に、止まっていた腕が動き出す。必死に抑え付けていると言うのに、手にした細剣を逆手に握り直した右手が少しずつ腹を割いていく。


 銀の刃を赤が伝う。腸が少しずつ見えていく痛みと恐怖の中で、歯を食い縛りながら抵抗するシャルロット。必死の形相で耐える彼女の下へと、嘲笑う姫乃が辿り着く。


「我が裁定は、円状に広がり周囲一帯を満たす自死の波動。距離を広げれば広げる程に、密度が減る。強制力が下降するのだ。ならば逆説、距離を狭めればどうなると思う?」


 シャルロット・ブラン=シュヴァリエは強い。だが、公方姫乃はそれより強く、姫乃の心威は格下殺しだ。


 圧倒的に下ではない為に数秒数分、多少の時間は耐えられよう。だが格下である事実は変わらず、ならば耐え続けるなど不可能だった。


「喜べ、貴様如きに此処まで力を使ってやるのだ。光栄に思い、そのまま死ね!」


 溢れた血が大地に溜まり、小さな水溜まりを作り上げる。深く刺さった刃を握り締めたまま、まるで首を垂れるように崩れたシャルロット。


 その末期の表情を見て嗤おうと、考えたのかは分からない。嘲るような笑みを浮かべたまま、公方姫乃は右手を伸ばす。


 その顎に手を添えて、覗き込む為に持ち上げた直後――姫乃は瞠目した。


「な、が……っ!?」


 雷が迸り、赤い血が虚空を彩る。鞘から引き抜くように、自らの腹を割いて刀身を晒した刃が銀に輝く。


 その細剣は浅くではあるが、確かに姫乃の顔に傷を付けていた。


「――っ! 私の、顔に傷をっ!!」


「……は、はは。戦士にとっては、勲章でしょう? 私の姉弟子なら、そう言って、強がって見せますとも」


 傷付けられた顔の左半分を片手で抑えて、数歩後退した姫乃は怒りと屈辱に燃える瞳で女を睨む。


 背筋を凍らせるような悪感情を一身に浴びながら、シャルロットはふらふらと立ち上がった。


 心威の影響は未だある。気を抜けば自死してしまいそうな状況で、動けた理由は唯の一つ。


 使いたくはなかった切り札。雷将より学んだ技の一つであり、シャルロットに許された唯一つの対抗策を用いたのだ。


「雷翔流戦法、防之型弐、雷翔導体。本来は微弱な雷を体内に流すことで、精密動作の精度を高め、反射神経を強化する技ですが、こうした応用にも使えます」


「……自死の衝動には抗えんと知って、自己の行動を完全に自動化したか!?」


「その通り。思考が死を求めるならば、思考を行動から切り離して戦えば良いのです!」


 再び雷を纏って、大地を駆けるシャルロット。腸が見え隠れする程の重症を負っているのに、そうとは思えない程にその動きはスムーズだ。


 されどそれは、やはり何時までも続くような物ではない。単純な出血や闘気の大量消費による疲弊だけではなく、雷翔導体による自動戦闘と言う解自体が破綻しているためのこと。


 本来は微弱な電気を一瞬だけ流して、あらゆる状況に即応する為の技である。それを常時発動すれば、神経系に掛かる負担は並大抵の物ではない。


 体力が尽きるか、気量が尽きるか、失血死と神経崩壊による自滅死のどれが果たして早いのか。既に彼女は、火の付いた蝋燭。何れ燃え果てるモノである。


「騎士や戦士などを語る、下等な輩風情がっ! この私に、此処まで手を煩わせるかっ!!」


 対する女は顔の半分に傷を負ってはいるが、致命傷には程遠い。その傷とて溢れ出る闘気による治癒能力強化で、既に塞がり始めていた。


 片眼がまだ見えない為に、シャルロットの攻勢を前に守勢に回ってはいる。だがもう直ぐに傷が塞がり両目が見えるようになれば、戦況は直ぐに逆転しよう。


「下等、ですか。これでも、対等以上には、見ている心算、なのですが、ねっ!」


「それが、侮辱だと言っている!」


 雷の刺突が、脇差によって流される。されど其処でシャルロットは更に踏み込み、流された刃を回して斬撃へと。


 見えない左目の側から斬り付けられて、咄嗟に刃で迎撃する。レイピアと脇差を用いた、変則的な鍔迫り合い。二人の女は、息が掛かる程の至近で言葉を交わす。


「私は、陛下に滅ぼされたとは言え、東を統べる将軍家の系譜だぞ! 生まれながらの支配者なのだ! 貴様らなどとは、流れる血の価値が違っている!」


「似たような事を言う貴族の方は、中央にも幾らか居ますが意外ですね。東の修羅は皆、戦士の気質を有していると聞いていたのですが」


「直接戦うことに飢えている、餓鬼のような連中だけが修羅ではない! 我ら東の貴人は、より大きな視野での争いを好む! 国を奪い、数百数千の民を摺り潰す! その濃厚な美酒に比すれば、命を直接奪うことなど三文以下の安酒よ! 特に、貴様ような弱者が相手では、な!」


「…………」


「そう。貴人が直接奪う命にも、貴人の命を奪う者にも、相応の価値と言う物が必要なのだ! そして貴様に、その価値はないっ!」


 公方姫乃は、現六武衆の中で一番最後に加わった女だ。嘗ては東の地を治めていた一族の末娘として生まれ、箱庭の中で愛でられながら貴族の遊びに耽っていた。


 支配者として落第と断じられ、炎王に一族郎党が滅ぼされた今もその気質は変わらない。気位が高く、王を除く全てを内心で見下している。そんな女が、公方姫乃なのである。


「故に不敬だぞっ! とっとと腹を切らぬか、阿呆がっ!」


 姫乃にとって、対等以上と認めているのは王だけだ。同胞である六武衆でさえ、野蛮な趣味を持つ俗人扱い。或いは役立つ従者程度の認識なのである。修羅ですらない別大陸の者など、人間以下の猿扱いだ。


 故にこそ、彼女はシャルロットを許せない。自身よりも圧倒的に弱い、取るに足りない弱者。選ばれた血筋ではない、修羅ですらない、下等な生き物。


 だと言うのに此処まで食い下がり、あまつさえ貴き己に血を流させたのだ。断じて許せるようなものではない。


 自身の油断や慢心を悔いるより前に、他者に責を問うのは戦士の資質ではないのだろう。されど資質も資格もなくとも、女は修羅の貴人である。


 数千年単位で煮詰まった血は、優れた武の才として発露している。故に鍔迫り合いと言う天秤は、姫乃の側に傾いていく。


 押し込まれていくシャルロットの、勝機は更に薄まっている。閉じられていた左目も、既に開かれていたのだから結果は明白。


 だが、それでも――


「言いたいことは、それだけですか」


「何?」


 だからどうした、とシャルロットは返した。


「確かに私は、碌な産まれではない。物心付いた頃から、スラムの片隅で震えていた。ゴミを漁って浅ましく生きた女だ。貴女のような貴人とは、流れる血の価値は違うのでしょう」


 血筋を誇る女に対し、シャルロットは自嘲の混じった声音で返す。生まれが悪いと否定されれば、彼女は是としか返せぬ身であるが故。


 父を知らず、母を知らず、物心付いた時には既にゴミの中。日々の飲食にも困りながら、ゴミ箱を漁って得たカビだらけの毛布に包まる日々。


 そんな小さな所有物さえ、同じようなスラムの人間に襲われ何度も奪われた。夜風に晒され傷だらけで震えて泣いた経験も、一度や二度の物ではない。


 それでも、女は生きた。その結果として偶然に、倒れていたアンジュを助けた。二人で寄り添い過ごす半年程度の時間の中で、彼女は家族の暖かさを知ったのだ。


 そうして共に過ごしている内に、彼女を探していた雷将に拾われた。その背に憧れを見た女は、鍛え上げて此処まで来た。生まれを思えば望外な幸運だと、彼女自身が一番理解している。


「けれど、だからこそ! 勝るものもあるのだと、此処に証明してみせるっ!」


「忌々しい奴だ。血に価値がないと自認しているなら、猶更に疾く自害して果てるが道理であろうに!」


 だからこそ、痛みには慣れている。苦痛に耐える経験は、目的を果たそうとする執着は、目の前の女に対し明確に勝る物であろう。


 故に負けぬ。まだ、負けられぬ。勝ち目がなくとも、師が勝利を掴むまでは耐えてみせる。それだけの覚悟を以って、シャルロットは吠えた。


 気迫と共に全力を費やして、押し負けていた剣を押し返す。バチバチと輝く雷光が、周囲の大地を削り砕きながらも力を示した。


「ち――っ」


 力押しで、姫乃が押し負けたと言う訳ではない。此処は一度引いた方が、相手が無駄に消耗する。そう判断しただけである。


 そう己に言い聞かせながらも、しかし逃げた事実は変わらない。誰よりも気位が高いが故に、自分を騙せず東の修羅は舌打ちした。


「だが、底が知れたぞ、師団長。その自動戦闘、パターンは余り多くないな」


 されどそれを飲み干して、冷静になってみれば状況はまた変わる。距離を取って睨み付けて来る姫乃は、既に雷翔導体の欠点を見抜いていた。


 事前に設定した通りに、神経に流した電流で体を自動的に動かす。その性質上、パターンには限界がある。選べる手札は限られるのだ。故に既に、動きは見切られ始めている。


「そして、動作と動作の間に、若干の硬直が見える。その隙、私が見逃すと思うなっ!」


 更に最大の欠点が、設定した動きを終えてしまえば次の動きを選ばなくてはならないこと。思考が体を動かす一瞬があり、その一瞬には袈裟地蔵の影響を受けて体が硬直する。


 長く硬直していれば、自決の強要に耐えられない為か硬直時間は非常に短い。脊髄反射に等しい速度で、シャルロットは次の行動を選んではいる。


 だが、それでも、一秒以下でも確かに止まっているのである。その僅かな硬直は、しかしこの領域の実力者にとっては、十度は致命を叩き込めるような明確な隙であったのだ。


「これで終わりだ。この私の手を、此処まで煩わせた事、冥府の底で懺悔するが良い!」


 シャルロットの体が止まる。その一瞬に、縮地を用いて接近した姫乃が剣を振るう。上段よりの斬撃は、まるで腹いせのように、シャルロットの顔へと迫っていき。


 その頭蓋が断ち割られる、ほんの刹那――


「雷翔流戦法、防之型参、雷翔天衣!」


「が――っ!?」


 爆発するような雷光が迸り、姫乃の体が宙を舞う。崩れ掛けた城壁を巻き込んで、女は瓦礫の底へと沈む。


 その姿を確認する余裕もない程に消耗しながら、額から血を流すシャルロットは荒い息を整えながら呟いた。


「ぐ、は、はぁ……雷を、鎧と纏う技。雷翔導体との切り替えが間に合うかは、賭けみたいなものでしたが…………やってみれば、意外といけるものですね」


 雷翔天衣。闘気を用いて、雷の精霊を呼び身に纏う。攻防一体の鎧とする強力な技だが、クリスならば兎も角、シャルロットの腕前では他の技との併用が出来ない物。


 故に最後の伏せ札として、此処まで隠して来たのである。勝利を確信し油断し切った相手が舌なめずりをした瞬間に、全力全霊で叩き込んでやる為に。


 その女の思惑は、完全に嵌り成果を出した。砕けた瓦礫に埋もれた姫乃は、軽くはない傷を負ったであろう。


 だが、しかし、それでも致命傷には程遠い。


「ぐぅぅぅっ! おのれぇぇぇっ、この、また、私に、傷をぉぉぉぉっ!」


 激情のままに瓦礫を吹き飛ばし、全身から膨大な気を周囲に撒き散らしながら立ち上がる。


 体中に付いた傷から血が流れてはいるが、どれも致命どころか重症と呼ぶにも足りない浅い傷。


 公方姫乃は未だ健在。対するシャルロットは既に、全ての札を切り終えていた。


「私を傷付けて良いのも、私を殺して良いのも、私がこの手で殺したいのも、あの男だけっ! 彼だけなのだ! 貴様などでは、ないっ! だと、言うにっ!!」


「雷翔流戦法、防之型弐、雷翔導体」


 怒りを天高く吠え、激情のままに動き始めた姫乃。その姿を視認したシャルロットは、今にも手放したい意識を繋ぎ止めながら死力を振り絞る。


 三度の雷翔導体。既に見切られた技ではあるが、今の頭に血が上った状態ならば数分程度は耐えられようか。そう思考して、シャルロットは苦笑した。


「……これだけ布石を重ねて、漸く与えた被害も致命には程遠く、稼げた時間も僅かなもの、か。本当に、嫌な気分になりますね」


 遠い。油断し切った相手に、徹底的に対策を重ねて、運にも恵まれたと言うのにこの様。


 怒り狂った姫乃がもう一度冷静さを取り戻せば、その瞬間にもシャルロットの命は終わるだろう。


 そんな絶体絶命の状況で、それでもシャルロットは諦めない。過程に予想外はあれど、最初からこうなることは分かっていたのだから。


「ですが、勝てないのは端から承知。私の役目は時間稼ぎ。だから、もう暫く、この捨て石に付き合って貰いますよ!」


 生命力を闘気に変える。寿命が、生命が削られていると分かる嫌な感覚。それと引き換えに、纏う雷が一際美しく輝いた。


 咆哮と共に地を縮め、剣を振るう六武衆。その切っ先へと自らも剣を打ち当てながら、シャルロットは死地の只中で踊り続ける。師の勝利を、心から信じて。






姫乃ちゃんは慢心して、圧倒的格下に足を掬われるタイプ。



【六武衆の皆に聞いてみました。貴方は彼・彼女をどう思いますか? ~by六席編~】

第一席「誇るべき臣の一人だ。気持ちは嬉しいが、それ以外の情は抱けんな」

第二席「弄ると楽しい同胞。単純一途で可愛いわよね」

第三席「まあ、及第点ですかな。色々と足りていませんが、今後に期待です。60点」

第四席「姫ちゃんはまあ、姫ちゃんやし。しょーもな、じゃないと姫ちゃんじゃないんよ」

第五席「趣味は合わねぇが、組む相手としちゃ悪くねぇと思うぜ」

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