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Re, DS  作者: SIOYAKI
第三章 同じ轍を踏まない
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第43話

世界の真実。


 雲に覆われた暗い空の下、身を震わせる理由は吹き込む冷気だけではない。崩れ落ちた遺跡の壁を背に、ディアナ・プロセルピナは笑みを浮かべたまま。


 睨むように向き合うミュシャ・ルシャの言葉に、大きな反応を見せたのは彼女ではなくもう一人。武器を構える事すら忘れたまま、アンジュ・イベールは問いを投げる。


「世界を、繰り返している、だ? 一体、何を言ってるんだよ。ミュシャ」


「半分くらいは推測だけど、的外れだとは思わないわよ。証拠は、幾つかある」


 時間回帰。それも全世界規模で、数億年単位を繰り返している。そんな言葉を大真面目に言われれば、普通は相手の正気を疑うものだろう。


 或いはあり得ないと返して終わるか、いずれにせよ真面に取り合うべきではない話。だと言うのに、あり得ぬと一笑に伏せない理由は彼女も何かを察してはいたからだ。


 何かがおかしい。何かがある。この今に至るまでに見せられた過去の記録の数々は、そう察するには十分過ぎる物だった。


「一つはこの遺跡。過去しか視えない機構で、未来としか思えない事象が視えたこと。詰まり、私達がこれから体験することは、既に過去で起きたことなのよ」


「そ、それは……異能が上手く機能してなかった、とか。過去は過去でも、時間の流れが違う並行世界だとか。そうだよ、だって私は、……私には、あんな答えは出せなかった」


「ウジャトが機能していない、は前提が狂うから今は除くわよ。んで、時間の流れが違う並行世界ってのも同じ、それならそうと答えを出せる。私の目は、そういう物よ」


 天空王の瞳の本質は、知りたいと望む答えを得る力。虚飾を暴き真実を知ると言うのは付加要素のような物であり、その本質はアカシックレコードへのアクセス権だ。


 世の原初より発生し、あらゆる知識が存在する場所。アカシックレコード、或いはアーカーシャの海。そこに干渉し、視界内の情報と記録情報を比較。目で視た対象の正しい情報を導き出す。結果として、虚飾を暴いている訳である。


 得た情報から自身の頭脳で推測し、推測した情報の成否を判別することで疑似的な未来予知も可能ではある。とは言え本質的には鑑定スキルの亜種のような物であり、その消耗も相まって使い勝手の悪い代物だ。


 だが、だからこそ、その瞳で視て答えが出たと言う事実が重要なのだ。ミュシャの目で視て分かったと言うことは、事象自体はアカシックレコードに記載があったと言うこと。もしも並行世界や遥か遠い異世界での出来事ならば、そうと示すか或いは不明と返すのが彼女の異能であったのだから。


「ウジャトは正常に機能した。私達が視たのはこの世界の過去だ。そこまでは間違いがない。けれど、視た映像の中には未来に起きるとしか思えない情報もあった」


「……だから、私達は繰り返している、と? でも、それは、ちょっと突拍子もないっていうか、突飛もない発想じゃないか? それに、あの映像。映ってたのは、私達だけど私達とは違っただろ? なら、多分ただ繰り返しているだけじゃなくて――」


「それで? その些細な違いは何か、大局に影響を及ぼすの?」


「え?」


「確かに、あの私達と今の私達の内面には、確かに差異はあったわ。けど、それが大局に影響を与えている? ううん。多分、大きな流れは、何一つとして変わっていない」


 ウジャトの力に疑いの余地がなく、事実として先に視た映像が過去に起きた事象であるのならば。確かに人の世は、同じことを繰り返していると言えるのかもしれない。


 それに対する反論も論として成立し難くなり、ならばとアンジュが口にしたのは確かにあった差異について。映像に映っていた自分達は、今の自分達とは内面が違っていた。ならば、単純な繰り返しではないのでは、と。


 そんな言葉に、無情に返されるのは否定。多少の差異があったとしても、それは果たして大筋にどれ程の影響を与えているのかと。言われてしまえば、否と言う言葉は返せない。


「だってそうでしょう? 私がヒビキを異性と見るか、家族と見るか。其処に違いがあったとして、出来る差異はアンジュとの関係性の違いくらいでしょ。それにしたって、直ぐに妥協点を見出すわよ、私なら。貴方の方は、何か変わるの?」


 今のミュシャは、死んだ妹の影をヒビキに重ねている。故に彼に向けているのは、異性への恋愛感情ではなく身内への親愛感情。だがもしも、妹であるミミ・ルシャの死因が違えば結果は変わっていたであろう。


 そして死因の変化は、十分あり得たであろう事態だ。彼女の妹は、生まれつき病弱だった。そしてあの時も、軽い風邪を引いていた。仮にそれを拗らせて、更に賢者の襲撃が遅れていれば、ミミは死人になる前に病死していただろう。


 もし、そうなればその時は泣いて悲しむだろう。だがその後で、良かったと安堵した筈だ。死んだ後も傀儡とされ苦しみ続けるよりは、ずっとマシな死に方だったと。


 そしてそんな結論に至ったならば、ミュシャ・ルシャは今程に家族への情を拗らせていなかった筈だ。そしてそんな自分なら、救われた男に恋愛感情を抱くのも十分にあり得るだろう。彼女はそう自己を分析する。


 自己分析で導き出した、もう一人の己の行動を予測する。そして出した結論が、大筋は今と変わらないと言う答え。変える理由も、変わる要素も、どちらもないのだと結論付けてミュシャは問う。そっちはどうだ、と。


「……多分、変わらない。もう少し、私に決断力があったとしても、私の力じゃ変えられないから」


 アンジュは彼女程に、分析力が高くはない。故に映像の中の己がどうして、今の自分と異なる内面を有しているかは分からない。だが、多少の違いがあった所で、彼女の望みが果たせるかと言えば否であろう。


 アンジュビュルジュの願いは、仇討ちだ。過去の己から全てを奪った、憎き怨敵を打ち倒すこと。問題となっていたことの一つは、誰を恨めば良いのか分からなかったと言う点。


 直接手を下した養父である雷将か、軍に指示を出した宰相か、祖父の死に乗じて家族を殺した公爵か、それらを止められなかった王家か。少なくとも唆した黒幕である邪教の教主は討つとして、何処までを恨むべきなのか。


 幸福に成って欲しいと願う人々を裏切って、恋慕う少年から距離を取って、そこまでして為そうとする覚悟が今のアンジュにはない。だがそれがあったとして、彼ら彼女ら怨敵達を討てるかと言えば否。


 苦笑した後で自ら首を出してきそうな雷将を除いて、他の怨敵候補は誰も彼もが難敵だ。内の三人、宰相と公爵と王家に手を出そうものならば聖王国の全てを敵に回す。軍部の六団長にも勝てないアンジュの力では、逆立ちしようと届かない。


 内面が多少違っても、否内面が異なるからこそ、その辺りはシビアに考える筈である。となればまだ動き出すことが出来ずに居て、大きな変化は齎せていないと見るべきだった。


「そう。大局は変わらない。僅かな差異は、誤差にしかならない。それは繰り返しと、一体何が異なるのか」


 多少の差異はあれど、大きな流れは変わらない。倒れるべき者は倒れるべくして倒れ、勝者も敗者も未来永劫変わらない。勝者と言う役を、敗者と言う役を、見えない糸に強制されて演じるだけ。果たしてそれに、一体何の価値があると言うのだろうか。


「それと、私が繰り返しと断言する最大の理由は、あの手記データにあったこの研究所の目的ね。その目的が既に達成されていた。それこそが、彼らが絶望した理由だと仮定すれば、話の流れとしてはすっきり通るでしょう?」


「タイムリープ。その果てに救いを求めたけど、端から世界は閉ざされていた。これまでやってきたことも、これからやろうとしていたことも、全部無駄だったと示された訳か」


 未来永劫に繰り返し、自らを高め続けることが出来れば世界は救える。嘗てこの遺跡を作り上げた先人達は、そう考えて研究を進めていた。


 しかしその最中で、彼らは知ってしまったのだ。全てが無駄だったと言うことを。彼らが何もしなくても、端から世界は閉じている。全ての足掻きも、最初から筋書きで決まっていたことだった。


 そうと知ってしまったこと。そうと判断せざるを得ない情報の数々。それら全てが、当時を生きて未来を望んだ人々にとっては絶望だったのだ。


「これが、私の答え。ミュシャ・ルシャの出した解答です、先生」


 身を翻して、ミュシャは言う。アンジュもその動きに倣って、少女達は二人で眼前の女へ目を向けた。ナイトドレスの女は嗤う。微笑むように柔らかく、されど侮蔑の色を瞳に宿したまま、嘲笑と共にディアナは返した。


「50点」


「え?」


「赤点は回避しているけれど、それでは合格点は上げられないわ」


 自信満々に告げた答えを否定され、ミュシャは目を丸くする。一体何が違っていたのか、即座に頭を回すが間違った点など思い当たらない。


 ディアナが嘘を吐いている、と言う可能性は考えない。ならばまだ、情報が足りていないのか。そう結論付けたミュシャは姿勢を直し、ディアナはまるで講義を行う教師のように語りを始めた。


「この研究所の研究員達が、絶望した理由は合ってるわ。彼らは誤解したの。貴女と同じようにね」


「誤解、ですか。繰り返している、と言うのが誤解?」


「ええ、これはタイムリープではないの。それらしく言うのなら、ニューゲームプラス。強くてニューゲーム、と言った所かしらね」


 未来に起こるべき事象が、既に過去に起きていた。全ての人々は同じように産まれ、同じように生きて、同じように死ぬ。世界は輪のように閉じていて、内で起きる事象は常に筋書き通り。


 そこまでは事実だ。故にミクロな視点で見た際に、世界は繰り返していると語るのも決して間違いではないだろう。だがマクロな視点で、全体を見た時に分かる。単純な繰り返しとは異なる、その真実が。


「この世界を劇場と捉えると分かりやすいわ。定められた歴史と言う演目を、唯只管に繰り返す演者たち。されど劇場にて踊る演者らは、公演の度に顔触れを変えている。単純に、別人が同じ演目をしているだけなの」


 定められた筋書きは、例えるならば大人気の演目だ。名作と言われる演目は、演じる役者を変えて幾度も幾度も行われるであろう。


 この世界も同じ、役者を変えて同じ演目を繰り返している。であれば、一度目の劇と二度目の劇は同じ劇か? いいや否、同じ役者が演じてもその日その時の状況によって劇とは僅かに流動するもの。まして演者が異なるならば、同じシナリオを元にした劇とは言え、同じ劇とは言えない筈だ。


「貴女が視た、過去のミュシャ・ルシャは貴女じゃない。同じ名前を持ち、同じような育ち方をして、同じように命を終える別人よ」


 そう、役者が違う。内面に差異が出るのは当然だ。同じ名前を持つ親から産まれて、同じ名前を付けられて、同じような環境で育つ。だが、中身が違う。魂が異なっているのだから、全く同じになる筈がない。


 共通するのは、大まかな流れと主要な演者の配置だけ。時には演者の名や見た目すら変わって、しかし気味が悪い程に似たような流れを辿り、悍ましいとさえ言える程に同じ結末へと辿り着く。


「貴女もそう。あの装置が見せたアンジュ・イベールと、今此処に居るアンジュ・イベールは似たような別人でしかない。名前も顔も育ちも全てが同じでも、魂と言うべきものが違っている」


 筋書きを変えないように、大筋は変わらないように、そう動く布石が幾つかある。故に別人でしかない彼女らは、別人でありながら同じように動いてしまう。ミクロの視点で見た時に、違いが分からなくなってしまう程に。


「そんな同じ役を熟す別の演者が、繰り返し繰り返し同じ舞台を演じている。それがこの世界の真実よ」


 ディアナ・プロセルピナは此処に、そんな救いようのない真実を告げていた。


「……それの、一体何が、タイムリープと違うんだっ!?」


 飲み干し、理解する為に一拍を要してからアンジュは叫んだ。背負った巨大な剣を構えて、敵意と共にディアナ・プロセルピナを睨み付ける。


 演者が変わったと言っても、演目が同じならば差異などない。少なくとも演技を強要されている当事者の始点では、どちらも同じことだと言える。


 だってどちらも、どこにも行けない。歩く道が果てまで続くのではなくて、大きな円になっていたなら。それは止まっているのと何が違うのか。


「同じだろ、それ!? 結局私達は、産まれた時から死ぬ時まで決まってて、過去と同じ未来を繰り返すだけじゃねぇかっ!!」


 ならばいっそ、此処でその流れを崩すべきかと。幸いと言うべきか、眼前には怨敵が。倒してはならない理由はなく、討つべき事情ばかりが重なる。


 故に警戒するべきは、敗北と討ち漏らしと言う二つの可能性のみ。そうと断じて、今にも飛び掛かろうとするアンジュ。対するディアナは、嘲笑を浮かべたまま。


 僅かな膠着。その状況を崩したのは、暫く考え込んでいたミュシャだった。


「違い。タイムリープではなくて、ニューゲームプラス。それは、誰にとってのニューゲーム? ……ああ、だからか」


「ミュシャ?」


「疑問には思ってたのよ。原初の魔王の力、ではないわ。精霊王は四人掛かりで、闇の魔王と同等だった。星の化身が全て揃って、人の半分にも届かない。それはまだ、分からなくもないの。当時の文明と、星の衰退を考慮に入れれば、ね。星の力が回復した今も封印が不安定なのは、実行段階で不安定だったものを再構成していないからだと言われれば理屈も通る。でも、でもね。どうしてヒビキは、星の中心で、クロエ様を圧倒出来たの?」


 彼女が口にした疑問は、魔王の性質を知ったからこそ抱いたもの。崩壊し掛けた星の力を束ねても、栄華の極みに至った人の総意には届かない。その理屈はまだ分かる。だが、今の現代は果たしてどうか。


 先史文明は滅び、人類は大きく後退している。自然環境は神代回帰によって原始に程近い頃まで戻り、星の化身たる精霊王たちは過去に類がない程にその力を高めている筈なのだ。


 だと言うのに、その精霊王であるクロエ・グノーメが自身のホームグラウンドと言うべき星の中心で、暴走した悪竜王を相手に一方的な敗北を迎えた。


 悪竜王が強いから? 確かにそれもあるのだろう。だが、彼の少年は生誕の際に起きた問題によってまだ不完全。殻を破れぬ雛に過ぎぬ筈なのに、どうしてそんなに強いのだ?


 精霊王が弱体化していた? 確かにそれもあるのだろう。原初の魔王を封印し、以来数十万の時を唯一人で戦い続けた。心身共に疲弊しているのは当然のことで、封印の維持に力を費やしていれば、真面に戦える状態ではなかったことは明白だ。


 だがしかし、それは悪竜王の側もそうではないのか? 正しく生まれることが出来ないまま、体内にある聖なる剣に力の一部を封印されていた。その状態で、圧倒出来る程に力の差が生まれるものか。


「だって、そうでしょ。今の人間が総掛かりになっても、星を食い潰せるとは思えない。なのにどうして、人の悪意を力の源にする魔王がそんなに強いの? バランスが明らかにおかしいじゃない」


「理由が、あるのか。星の化身が、人の総意に勝てない理由が……」


 魔王が生まれ落ちた場所。彼らの力の大本。集合無意識内にある負の想念。現在の総量は、単純に考えるのならば星の力に勝っているとは思えない。


 それでも事実として大差はあり、その差の説明は理屈を付けられない訳ではない。だが本当にそうなのか、それだけが理由の全てか、そんな疑問が確かにあった。言葉にし難い、不快感のようなものがあったのだ。


「私は西のゲームってそんなに詳しくはないから、ある程度は憶測入るけど。ニューゲームプラスってあれでしょ。一度クリアしたゲームを、次はもっと強い主人公を操作して遊べるってやつ。一部の要素は変わるけど、でもストーリー自体は変わらない。その変わった要素が、人の総意なんだと思う」


「総意の量が、繰り返す度に増えてるってのか? けど、何でそんなことに」


「分からない。分からない。けど……先生の言を真と仮定し、その過程を定義するなら。この世界と言うゲームで遊んでいる、プレイヤーがいるってことになる。そいつの目的が、詰まりは総意を増やすこと。だから、ニューゲームプラスなんだ」


 声は、震えていた。ミュシャは口にした仮定は、狂人の発想と否定されても仕方のないものだ。目の前で嗤う吸血鬼が嘘を吐いていると考えた方が、遥かに筋が通る内容だろう。だが、もしも吸血鬼の言の全てが真実だとすれば、そうと定義する他になかったのだ。


 繰り返される演劇に、ニューゲームプラスと形容するに値する道理はない。演者の視点に、立つ限りは唯の繰り返しにしか成り得ない。だが視点を変えてみれば、話は異なる。演劇を繰り返すことで、誰が一体得をするのかと言う話だ。


 それは役者ではない。同じ役者が演技を繰り返すのならば技術や評判や収入などは増えるだろうが、同じ役者ではないと既に否定されている。


 ならば、監督・劇作家・劇場の運営者。そうした指示を下す側にある誰かにとっては、さあどうだろう。劇を繰り返せば繰り返す程、彼・彼女らは得をする。


「目に見える明白な異常は、星と人類総意の力の差だけ。でも繰り返す度に差が開いていると仮定するなら、その原因は明白だ。閉じた劇場。終わった演目。その役者らは帰宅出来ずに、そのまま劇場に囚われ搾取される。繰り返す度、継ぎ足されているのよ。過去の人類全ての総意が、今の私達の全ての総意へと」


 人の世の総意とは、生きた人間の集合無意識。普遍的無意識とは本来、生者同士の間にある見えない繋がりだ。死して肉体から解き放たれた魂は、徐々に拡散・希薄化する。内の一部は繋がりを介して総意に流れ、時間を掛けてゆっくりと溶ける。だが魂の大部分は、肉体と共に消失するのだ。


 消失する大半は、彼・彼女が人として生き死した時のほぼ全て。総意に溶ける一部は、それ以外。即ち、産まれた時点で有していた生命の力。故に新たな命が産まれる際に、同量が消費されて総意の総量は等価となる。それが本来の理。この世界に最初から、存在していた法則だ。


 だが、その消失する筈の魂を留めたモノが居た。死者の魂を捕らえて薪とし、火に焼べエネルギーと変え、今を生きる者らの総意に継ぎ足す。そうした黒幕が存在していて、そいつは更に世界を繰り返すことで、終わった世界からもエネルギーを回収し、継ぎ足す量を増やしたのだ。


「もしも、黒幕が居るんだとしたら。もしかして、それが狙いかよ。繰り返して、力を貯めることがっ」


 さて、もしもこの仮定が事実だとするならば、その黒幕とは一体誰か。その目的とは一体何か。もし本当に、誰かが強くてニューゲームを繰り返していたのだとするならば。


 それは間違いなく、五大の魔王を生み出したモノ。そして、この世界を、生きとし生ける全てを生み出したモノ。そんなモノ、実在するならばこう形容するよりほかに言葉がないだろう。即ち――神と。


「さあ、ね。けど、そんなことが出来る存在が居るのだとすれば、それは神としか、表現しようのない存在だとは思う」


 ミュシャの導き出した結論に、アンジュもまた顔色を変える。途方もないモノ。途轍もない存在。その一端に触れたような気がして、彼女は言葉を失くし掛けていた。


 世界を閉ざしている神が居て、その目的はエネルギーを集めること。或いは手段に過ぎぬのかもしれないが、その為に筋書きの定まった芝居を自分達は強要されている。


 その結論に至っていたのは、ミュシャやアンジュだけではない。相対していた吸血鬼は、笑みの質を変えると認めるように頷いた。


「100点。私と同じ結論よ。世界は繰り返している。そしてその度に、魔王たちは強くなっているの。生存者の数に応じて出せる出力が変動する、原初の魔王は分かり難い形だけど。他の四柱は明確な形で、次の公演が始まる度に強くなっている」


「魔王は、世界が繰り返す度に強くなる。マジかよ、それ……」


「総意の恩恵を受けるのは、彼らだけではなくてよ。魔術の出力なんかも、回を重ねる度に上がっていくから。……もっとも、逆に枷を増やされる者らも居るのだけれど」


「枷?」


「神威法。貴女も感じているでしょう。総意の束縛。出る杭を許さないと言う意志を。総意が強くなるのだから、当然束縛も強くなるの」


 この世界は閉じている。同じ演目を繰り返す度に、その演目の中で出た死者は地獄と言う炉にくべられてエネルギーへと変えられる。そうして生じた膨大な力の中から、魔王達は世界が再演される度に作り直される。


 果たしてどれ程に繰り返されているのか。既に手に負えない程に強力となった五大魔王。そして周回毎に力を増していく、魔術と言う人の武器。対して総意が強くなれば成るほどに、力を減らしていくのが神威法の使い手たちだ。


「神威法の使い手たちは、総意の力が強くなる度に弱っていく。上限値が削られると言えば、分かりやすいかしら。その性質上、最も悪影響を受けているのは東の武王ね」


 神威法は幾つかの階梯に分かれる。第一階梯“心威解放”己の心を芯とし、変質しやすい自己の生命力を固定化。増幅させて、通常の物理法則から外れた力を発現する技術だ。

 第二階梯“心威変性”己の心の芯、その別側面を認識し心威の効果を変じさせる技術。第三階梯“心威併用”二種類の心威を同時に発動し、維持する技術。第四階梯“真威解放”二種の心威を混ぜ合わせ、常軌を逸した力を発する技術である。


 第一階梯の時点で人の身には余る力だが、到達点である第七階梯“神威到達”に至るまで神威法の使い手はあくまでも人間だ。神に至れぬ身が神に至ろうとすれば、出る杭を打つように人の総意は邪魔をする。


 第六と第七の壁が其処だ。世界中の人類全てを敵に回して、勝てる個体だけが神へと至る。しかもその世界の全てには、過去の演者たち。自分と同じ役の別人も含まれるのだ。今の自分より、明確に強い過去の自分を超えねばならない。それは世界の構造上、決して叶わぬ不可能事象。神威法はそんな構造的欠陥を抱えた技術なのである。


 結果、神威法の使い手達は弱体化している。無論上限値が減っただけであるから、大半の者らには影響はないだろう。だが容易く上限値に到達する炎王と言う怪物にとっては、周回を重ねる度に到達地点が下がると言う弱体化を強いられる訳である。


「炎王は紛れもなく、人の頂点。だからこそ上限値が削れれば、その上限値が彼の限界値となる。……最も、あれはその限界さえも踏破してしまうのだけど、それでも乗り越える際に大きな制限を受ける。それは嘗ての彼にはなかった、明確な弱点よ」


 東の武王は人類の到達点。総意が定めた上限値に至っている怪物。そして、戦いに生き、成長すると言う修羅の性質を彼も持つ。否、修羅の王である彼は、他の修羅より遥かに色濃くその性質が出ている。


 総意の限界点など、容易く乗り越えてしまう。放っておけば正に神の域にまで至って、全てを炎で包んでしまうことだろう。


 だが、だとしても、初期値が落ちているのは明白な事実だ。限界を乗り越える際に、隙が出来るのも確かな事実だ。


 故に――今度こそ、勝てるのかもしれない。


「漸く、魔の手が届くかもしれない。そんな領域にまで、彼は堕ちて来た」


「……成程、先生の目的は」


「炎王の殺害。弱体化を繰り返した今も、あれはまだ、私の手には負えない程に強い。これまでの演目において、全ての魔性はあの王の前に敗れ続けて来た。私も、アダムも、アリスやアカ・マナフ様も――勿論、貴女たちが大好きな悪竜王陛下もね」


 これまでの演目において、魔軍は炎王一人に勝てず敗北を続けていた。五大魔王はあの男一人に敗れ、討ち取られて全滅する。


 無論、魔王に従うこの女や邪教徒達も例外ではない。そんな世界を、何度も何度も繰り返した。結局今に至るまで、唯の一度も万魔は勝てていない。


 過去を視ることが出来る女にとって、それはどれ程の恐怖であったか。何度繰り返そうとどんな対策を取ろうと、必ずや自分達を終わらせてくる絶対の死。究極と言うべき武力を有する闘争の権化。それこそが東の武王であり、彼女の暗躍はその男を墜とす為にある。


「死にたくないの。この私は、此処にしか居ないんだもの。けど、私達では勝てない。あの王は、弱体化した今でも強過ぎる。だから――」


「だから、先生はミュシャ達を利用した」


「ええ。彼に戦う理由を与えたかった。彼に強くなる目的を与えたかった。彼を磨き上げるために、貴女たちを利用した」


 遍く魔性。数多くあるそれらの中で、最低限戦いと言う形になるのは僅か二つ。内の一つは動かない。粛清装置でもあるあれは過去の世界線で一度、炎王に負けて滅ぼされたが故に彼が死ぬまでは隠れ潜むようになってしまった。


 だから、可能性があるのはもう一つ。五大魔王の中でも最強と言うべき力の総量と、成長性を併せ持つ悪竜王。ヒビキ・タツミヤ=アジ・ダハーカだけなのである。彼だけが、炎王に対し勝率を維持出来る。小数点以下、那由他の果てに等しい可能性であったとしても、勝ち目が僅かにでもあるのは彼だけなのだ。


 故に、ディアナ・プロセルピナは暗躍した。全ては成長を果たした悪竜王が、弱体化し切った東の武王を打ち破る。その瞬間を、望み求めたが故に。


「賢者との取引も、彼を死後アンデットに貶めたのもそれが理由。勿論、貴女の部族が滅びたのもね」


 だから、ミュシャ・ルシャは苦しんだ。彼女の家族を間接的に殺したのも、彼女を拾い様々な知識を仕込んだのも、高い確率で彼女が悪竜王が目覚めた直後に遭遇すると知っていたから。


 悪竜王を恐れて彼女が遠ざかり、結果六武衆のリアムにヒビキが拾われると言う世界線もあったのだ。ディアナからしてみれば最悪の展開である。万が一にもそれに至らぬように、ミュシャへの仕込みは念入りにした。


 恐れて尚、悪竜王に縋らねばならぬ理由を。彼の保護者として、守り導く役目を与えるために。アンデットへと変えた賢者を使役して、彼女の身内全てを滅ぼしたのだ。


「アリスを暴れさせたのも、魔剣を使ってアンジュ・イベールを狂わせたのも、全部が全部アジ・ダハーカの成長の為。こちらはまだ芽は出ていないけど、布石としては現状でも十分かしらね」


 だから、アンジュビュルジュ・レーヌ・ルゥセーブル・ロスは苦しんだ。取引相手だったローガン宰相を通じて、ディアナは軍部を動かした。ロス家の旺盛に不満を持っていたモラン公爵が動くことを予見して、介入したのはその程度。


 後は魔剣を当主に持たせるだけで、全ては期待通りに動いてくれた。逃げ延びたアンジュは雷将に拾われ、北方大陸へ。産まれることが出来なかった悪竜の心と触れ合って、彼に執着心と言う物を芽生えさせるに至ってくれたのだ。


 そう。全てはこの時の為に。多くの悲劇も、多くの嘆きも、何もかも。己を滅ぼす武の化身。それに対抗する戦力を鍛える為だけに、ディアナ・プロセルピナは動いていたのだ。


「だから、ね。私のことを助けて頂戴。あの恐ろしい焔の王を、彼の力で倒して欲しいの」


「んなこと聞かされて、頷くとでも思ってやがんのかっ!」


 全ての元凶。全ての黒幕。そう断言出来る女は悪びれもせず、そんな言葉を紡いで来る。余りにも醜悪過ぎる眼前の光景に、アンジュは怒りと共に雷光を纏った。


「全部、全部、テメェの仕業なんだろうがっ!」


「別に私が干渉しなくても、他の誰かがしていたことよ。なら、別に構わないじゃない」


 光と成って大地を蹴って、その大剣を叩き付ける。上から斬り付ける動きに対し、悪びれもせぬ女は片手を動かし障壁を展開した。


 黒い瘴気で編まれた壁と輝く巨大な剣がぶつかる。雷光の一閃は悍ましい光に阻まれて、怨敵の首には届かない。憎悪の視線を一身に受ける女は、しかし嗤って告げるのだ。


「寧ろ、感謝して欲しいわね。本来なら無駄死にする貴女たちを、上手く利用できる環境を作ってあげたのだから」


「ディアナ・プロセルピナっ! この、糞女がっっ!」


 どうせお前たちは、本来の流れでも似たような運命を経て無様に死ぬだけなのだから。その命を有効に使ってやる分だけ、感謝するのが筋であろうと。


 明らかに、人の心のない言葉。常識で考えれば、協力を求める相手に言うべきではない台詞。それを侮蔑と嘲笑を浮かべて、吐き捨てるようにディアナは言う。


 怒りが増す。憎悪が膨れ上がる。一刻も早く、その薄ら笑いを消してやりたいと。だがしかし、その剣は阻まれたまま進まない。それ程に、彼我には力の差があった。


 ディアナ・プロセルピナは最古の魔物の一体だ。闇の魔王が作り上げた腹心にして、言うなれば四番目の大魔獣。それを前にして、安易に戦いを挑める程にアンジュ・イベールは強くない。


 障壁が弾けて、黒い衝撃波へ変わる。後方へと吹き飛ばされたアンジュは纏う雷の性質を変え、磁力を用いて体勢を立て直すと着地する。


 歯噛みしながら睨み付けた先で、女はまるで埃でも払うかのような軽い動作を見せ嗤う。馬鹿にされている、そう感じたアンジュは再び跳び出そうとして。


「待って、アンジュ」


「っ! 何でだよ、ミュシャ! お前は、許せるのかよっ!」


「許せない! 許せる訳がないじゃないっ! あの子のことを考えたらっ、許せないわよ! でも――相手は先生、ディアナ・プロセルピナなのよ!」


 共にある仲間に制止される。先には戦闘速度が故に止める言葉が追い付かなかったが、一度立ち止まったのならば言葉は届く。


 ミュシャは警戒していたのだ。助力を求めているとは思えない師の態度。だが彼女が口にした目的に、嘘はないと感じていた。ならば――


「協力を拒めば、こっちが困るような罠を仕込んでる。だから、明かす必要のなかった事実まで明かして、私達を馬鹿にしてるっ! あの女は、そういう人だっ!!」


「――っ。糞がっ!」


「ふふ。よく分かってるわね。流石は自慢の教え子よ」


 ディアナは何か、隠し札をまだ有している。そもそも勝ち目がないと言うのもあるが、それ以上にもし勝てたとしても更に悪い展開になる。そんな可能性があったのだ。


 故に、今は乗せられているしかない。全ての札が出揃うまで、情報を精査しこちらの勝利条件が確定するまで、この女には手を出さず見逃し続けるしかないのである。


「と言っても、其処まで悪辣な罠はないのだけど。精々が、貴女たちが嫌がっても、そう動くしかない。そんな状況になっている、と言う事実があるだけ」


 苛立ち紛れに吐き捨てて、されど体勢を変えたアンジュ。最大限に警戒しながらも、彼女と肩を並べて話を聞く姿勢を取るミュシャ。そんな少女達を前に、ディアナは言葉を紡ぐ。それは先の続き。この世界の真実だ。


「この世界は、この演目は、間もなく終わる。炎王が産まれ、そして彼が死んだ後。粛清装置が動き出し、世界全てを消し去るの。それが神が定めた世界の終焉」


「……炎王の誕生と死を確定させているのは、それが人類の力を回収する際の最高効率だから?」


「多分、ね。あれ程の傑物を産み落とす為に、世界全ての流れを固定させている。そう言われても、得心する他にないわね。……だから、逆説的に言えば、あれが生まれた後ならば、ある程度の自由はあるの。私が暗躍出来たように、大きな流れの首謀者くらいは変えられる。だってあの王が居れば、結果は変わらないのだもの」


 神が用意したこの世界の演目。定められた筋書きは、もう間もなく終わりを迎える。人の究極足る王が産まれ、彼が天下を制し万魔を排する。


 偉大な王は、世界平和を実現する。王に守られた人々は、繁栄に満ちた未来を期待し充実した生を生きる。そして、そんな人々は、王の死後に滅ぶのだ。この世界の全てと共に。


「私達は炎王に滅ぼされるけれど、貴女たちにも未来はないの。王の死後、粛清装置に全員消される。世界の全ては純粋なエネルギーへと還元されて、神に回収された後に世界は始点に戻ってやり直し。次の舞台が始まるわ」


「なら、炎王って奴に協力して、その粛清装置ってのをぶっ壊せば良いだけだろうがっ」


 ディアナが語る世界の滅び。演目の終焉が近いと言う事実に対し、アンジュは反発するように返す。口にした言葉には、思う所は確かにある。


 東国六武衆に助力すると言うことは、今の家族を裏切ると言うことでもあったから。だとしても、世界の滅亡を前に言っている場合ではないし、目の前の女と組むよりは遥かにマシだ。


「ふふ。果たして、貴女は貴女の家族を説得出来るのかしら。既に炎王との敵対が決した貴女の身内を、或いは見捨ててしまえるの?」


「ちっ。確かに、難しいかもしれねぇけど。それでも、時間を掛ければ、親父やシャル姉なら。……ドー姉は、もっとムズイかもだけど。あの人達も、話が分かんねぇ人でもねぇ」


「時間を掛ければ、ね。残念。その時間がないのよね」


 それでもなるべく身内を裏切らずに、時間を掛けて説得しようと言うのが優柔不断なアンジュらしい考えか。確かにそれが叶うのならば、人間の視点ではそれが一番の選択だろう。されど、それは無理な願いなのだと女は嗤った。


「どういう、こと?」


「炎王は修羅よ。血を好み、屍の山を築き上げる。そうした習性を遺伝子レベルで刻まれた、戦いの為に産まれた人型兵器。その極みこそ、あの男なの」


 ミュシャの問い掛けに、ディアナは返す。修羅とは闘争を求める生き物だ。産まれる前から加工された遺伝子が、彼らを闘争へと駆り立てる。そして、その極みこそが炎王。


 彼は他の修羅よりも、誰よりも強い衝動を抱えている。戦いへの衝動。破壊への欲求。殺戮を望むと言う思考。それらを宿して生まれ落ちた人間兵器。その権化こそ、炎王なのだ。


「修羅にとって、闘争とは食事や睡眠どころか呼吸とさえ同じもの。彼らは殺戮を行い続けなければ、狂気に押し負け壊れてしまう。無理に耐えようとしても、果ては無様な衰弱死でしょうね」


 修羅にとって闘争とは、三大欲求以上に生存に必須の衝動だ。如何なる形であれ、彼らは常に戦いを求めてしまう。無理矢理に抑え込むことは出来なくもないが、多大な負荷を自身に齎す。飯を食わねば瘦せ細り、空気を吸わねば窒息するように、戦わない修羅は衰弱死を迎えるのだ。


 それは他でもない、修羅の王である炎王自身が最も良く知るであろう。だと、言うのに――


「けれど、それなのにあの男は殺戮を拒んでいる。戦いですら、極力避け続けているの。修羅の王と言う、他の修羅より遥かに濃厚な衝動を抱えながら、それに今も耐え続けている。それが己の寿命を削る行いであると分かっていて、ね」


 ある日を境に、王は戦いを拒み始めた。その理由もディアナは知るが、無粋であろうと口にはしない。誰もを見下し嘲弄する女であるが、男女の間の愛だけは馬鹿にしないと決めているから。


 ともあれ、炎王は争いを否定している。それがどれ程に己の精神を追い詰め、己の寿命を削ることになると分かっていながら、あれはその決断を揺るがせない。今正に為す天下布武と言う行いですら、悩みに悩んだ果ての行為だ。


「だから、炎王は永く持たない。もう一年も、その寿命は残っていないの。故に彼は急いている。生きてる内に、世界平和を為さねばと」


 争いしか知らぬし出来ぬ修羅では、それ以外に世界を救う方法を見出せなかった。無理をし続けた結果、自身の命も既に風前の灯火。だから王は、己の命が終わる前に不要な全てを焼くと決めた。この行いを、人類最後の流血にしようと足掻いているのだ。


「一年間、逃げ回ることさえ出来ないのは情けない話なのだけど。……それでも私達が逃げ回り続ける限り、彼の手は粛清装置までは届かない。そうなる前に、彼は飢えに耐えられなくなってしまうから」


 王の寿命は後一年。その間、逃げ回った所で逃げ切れずに捕まり滅びる。それはこれまで繰り返した演目の中で分かっているが、それでも彼女達が逃げ回る限り王の手は粛清装置にまでは届かない。


 この世の誰より、闘争を望む強い衝動を持つ王だ。消耗し切ったその精神は、膨れ上がり続けるその衝動に勝てなくなる。修羅の王として産まれた以上、決して避けられない最後。それを迎えた時に、王は――


「狂った修羅に成り果てる。そうなる直前に、炎王は必ず自決するわ。これは断言。これまでの繰り返し、数億では済まない歴史の中で、唯の一度も彼は狂い果てたことがない。いつだって、彼は万魔を払い世界を統べた後に自決する。粛清装置の存在には気付けずに、世界を救えたと言う錯覚でしかない感慨を抱いたまま」


 自ら、その命を絶つ。自覚している脅威の全てを焼き払い終える迄は、意地と気合だけで己を持たせ続けて。果てに何もかもを救えたのだと満足そうに、己の命を自ら終わらせるのだ。救えた全てを、己自身が終わらせてしまわぬ為に。


「それでも多くの人が最初から彼に従う道を選んでいれば、彼の手は本当に届いていたかもしれないわね。そう信じさせる、何かがある。だから、私が中央の貴族を唆して妨害したのだけど」


「やっぱり、テメェが元凶じゃねぇかよ」


 或いは最初から、人類が一丸となって炎王に従っていれば万魔は倒せた。粛清装置ですら、戦いに持ち込めれば王に敗れる。いいや、王の手は全能の神にすら届くだろう。


 遥か過去、繰り返しが始まったばかりの頃。その過去をディアナは知っている。真に覚醒した炎王を前に、神ですら一度は敗走したと言う過去を。無論、当時の万分の一どころか億分の一以下の力しかない今の炎王では再現すら不可能だろうが。


 それでも、如何にかしてしまえるのではないか。ディアナをして、そう信じさせる何かがある。故に彼女は暗躍し、王の寿命を削り続けていたのである。


「炎王の寿命はもう少ない。彼は己の意志だけで、世界制覇の時までは持たせるでしょう。それだけの気迫がある。けど、其処で止まるの。それ以上には進めない。だから、後に待つのは世界の破滅」


 寿命を削られ切った炎王は、それでも意地で世界制覇の時までは己を持たせるだろう。全ての魔王を討ち取って、天下布武を成し遂げて、其処で男の命は終わる。粛清装置にまでは届かずに、故に演目はそれにて終幕。世界は終わりの時を迎えてしまう。


「仮に彼に全てを伝えて、それを信じて貰えたとしましょう。それでも、粛清装置の首にまでは届かない。あれは炎王に勝ち得るかもしれない二つの内の一つで、逃げ隠れするだけならば世界の誰よりも得意だから。残る王の僅かな寿命を、無駄に浪費させるだけ。やってくれるなら、私にとっても有難いからやっても良いわよ」


 天下布武を彼が為す前に、粛清装置を狙う方向に持ち込むと言うのも難しい。先ず寿命が少なく焦っている炎王を納得させる要素が必要であり、次に逃げ隠れし続ける粛清装置を捕まえる手段も必要となる。


 本気で逃げ隠れに徹した粛清装置を捕まえる為に、一年と言う期間では余りに短い。世界全土を常に観測しているアレは、炎王を以ってしても追い詰めるのに数年は掛かる。それを狙うと言うことは、王の時間を無駄に浪費することに等しいことだ。


 前提条件からして成立が難しく、成した所で根本的な解決には至らない。故にディアナからすれば、寧ろやってくれた方が嬉しいこと。己憎しでそれを選べば、よくやったと拍手喝采して罵倒しながら讃えるだろう。


「抵抗する他国の勢力を蹂躙して、全ての魔王とその配下らを焼き滅ぼして、逃げ隠れする粛清装置を追い掛け倒して、それら全てを果たせたとしても神が残る。神が居る限り、魔王も粛清装置も幾らでも復活する。次の彼らが作られるだけ。そんな状況で、今にも寿命が尽きようとしている炎王に果たして何が出来るのか。いいえ、何も出来ないわ。彼の覇道は、その途中で終わる。それが神の定めた、絶対のシナリオ」


 そう。情勢は既に詰んでいる。ここまで詰んだから、ディアナ・プロセルピナは明かすのだ。他の対策など出来る時間は残っておらず、動き出した者達はもう止まらない。


 東の武王と、彼が率いる修羅の極み達。東国六武衆は世界全てを敵に回して、果てに勝利するだろう。北も西も中央も、世界各国は足掻くも順当に蹂躙されて終わるのみ。


 天下統一の日は近く、世界崩壊の日もまた近い。故に――


「だから炎王を、悪竜王の踏み台にしてしまえば良い」


 ディアナ・プロセルピナは悪辣に微笑み吹き込むのだ。己にとって都合が良く、少女達にとっても都合が良い。そんな未来の絵図面を。


「ヒビキ・タツミヤ=アジ・ダハーカ。彼の力を以ってしても、初戦は必ず負けるでしょう。唯の一度も、悪竜王は炎王には勝てていない」


 これまでの繰り返しの中で、ヒビキは常に敗北を続けてきた。唯の一度も炎王には届かずに、悪竜王は滅ぼされる。それが運命。それが筋書き。だが、だとしても。


「けれど唯一人、最初の戦いで炎王に滅ぼされないのは悪竜王だけ。粛清装置ですら、真面に戦えば必ず滅びる。それ程の怪物を前に、悪竜王だけが生き残れる」


 ヒビキだけが、一度目の戦いでは生き残れる。其処に如何なる理由があろうと、炎王の力を知った魔王が残ると言う事実が重要だ。そしてその魔王が、成長の余地を残していると言うことも。


「勝機があるのは、その先よ。敗北を知り、守りたい者を得て、強く成ろうとした彼が――東の武王に挑んで超える。そんな未来を、私は望むの。そんな未来に、全てを賭けたの」


 可能性は極小だ。万に一つと言うのも言い過ぎだろう。それ程に勝利への道は遠く、されど希望は零ではない。今までの繰り返しよりも強い魔王の力と、成長を続けることが出来る人の側面。それらが上手く嚙み合えば、弱体化を続ける武王になら届くかもしれない。そんな僅かな希望に、吸血鬼は全て賭けたのだ。


「貴女たちにとっても、決して悪い話じゃない。貴女たちが生きている限り、人に味方をしてくれるであろう魔王が誰より強く成れるのなら――或いは世界の終焉すらも、この世界を作った神さえも、踏破出来るのかもしれないのだから」


 黙っていても、最後に勝つのは神である。粛清装置は生き延びて、世界は終焉の後に再演を迎える。だがそれは、ディアナの勝利とは違う。過去が視えるからこそ、女は確かに思うのだ。


 過去の自分は、現在の自分とは違う。ならば未来の自分も、現在の自分とは異なるのだろうと。ディアナは死にたくないのである。今の自分の存続を、女は何よりも望んでいる。


 少女達に全てを明かし、罵倒した理由は半ば趣味。だが残る半分は、そんな罵倒程度で流れるような意志では届かないと分かっているから。となれば損切りを図り、王の寿命を無駄に削ってくれた方が良い。


 炎王の死後、世界が終わるまでの短い間。それだけの平穏を得るか、粛清装置を欺いて生き残る方法を探るか。それも確かに、選択肢としてはある。だがやはり、ディアナが望むのは完全なる自由と安寧。それを齎せる者は、悪竜王以外にいないから。


「ねぇ、ミュシャ、アンジュ。私達、手を取り合えるとは思わない?」


 彼女は微笑み、その手を差し出す。差し伸べられた白い肌を前にして、ミュシャもアンジュも言葉を失った。怒りはある。憎悪はある。だが、未来だけがない。


 既に詰んでしまっている世界の中で、差し伸べられたこの手は蜘蛛の糸ではないのかと。二人の少女は、その発想を否定出来ない。だが、さりとて女の行いは許容出来る物ではない。


 だからこそ、少女達は答えを返せない。口を開けず、黙り込んだミュシャとアンジュ。彼女達の複雑に歪んだ表情を見て、愉悦を満たす吸血鬼は悪辣に嗤うのであった。






【TIPS】

旧版においてディアナが動かなかったのは、弱体化し切った炎王の討伐ルートが判明していたから。

どうすれば倒せるか分かっていたので、大きく動く必要がなかった。なので最低限、倒れていたミュシャを治療したり、アリスにアンジュを魔物化させたり、などの暗躍だけしていたのが旧版ディアナ。


リメイク版では、現時点で炎王の撃破方法が分からない状態。なので見付かって滅ぼされる危険を犯してでも、暗躍せねばとなっていた訳です。



因みに旧版ヒビキの力を100とすると、リメイク版ヒビキはまだ50くらい。大分弱体化しています。

尚、炎王は旧版で99。ループ初期だとその数、500億。どころか、兆とか京とか垓とか超えてました。リメイク版だと初期値で約10万。更にそこから戦闘中にパワーアップしていく、と言うふざけた男です。


あと、炎王の心威の名称で周回数がある程度分かると言う小ネタもあったりします。

炎天朱雀→双翼朱雀→片刃朱雀→焔孔雀 の順で技名が明確に劣化していきます。効果も大きく弱体化していき、現在の片刃朱雀は伸縮自在な炎の剣でしかありません。本来は概念焼却だとか高速飛行とか全域適応能力とかあったんですが、現時点でも大部分がボッシュートされてます。

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おや、邪神さんすでに一度負けた? その邪神さん負け周回結局どうなった? でも邪神さんにとって炎王は予定調和?それとも予想外? 人類全体への試練をただ一人で台無し出来る炎王はどう考えでも試練のテーマと…
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