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Re, DS  作者: SIOYAKI
第三章 同じ轍を踏まない
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第42話

中央にて。

◇聖王歴1339年風ノ月10ノ日


 聖王歴375年に王国の国教に認定され、今では世界でも最大の宗教として栄華を誇る聖教会。この組織には千年以上前より伝わる秘宝がある。


 名を聖典。神が記し、その力を分け与えたとされる秘宝。十三冊存在している聖典は、其々が世界法則を書き換える程の力を持ち、自らの意志で担い手を定める。


 聖典に選ばれた担い手を、聖教会では十三使徒と呼ぶ。神の代行者にして、天の御使い。斯く定められた彼らには、教皇に次ぐ枢機卿の地位が与えられる。


 次期教皇として立候補する権利こそ持たないが、教皇の任命と罷免に口出しをする権限を有するが故に、時と場合によっては現教皇ですらも掣肘出来ない集団だ。


 叙任の条件は聖典に選ばれること。それのみである為、その質は玉石混合。だが、そも聖典が強大な力を有するが故に、担い手と成った時点で既に彼彼女は一線級の実力者を容易く超える。


 そんな特別が十三人も揃うのだ。聖教会の有する最高戦力とは、十三使徒であると断言しても過言ではないだろう。


(だって、言うのに。これは一体、どういうことよっ!)


 王守師団の長を務めるロザリー・ギーズ・ギレム・ガティネは、内心でそう罵倒する。職務中の軍人でありながらも、軍服ではなくドレス姿の女は大した実力者ではない。


 師団長の一角に恥じぬ程度の腕こそあるが、その本領は外交・内政における手腕。何かと理由を付けては自身に利するように、様々な要因を利用しながら生きてきたような女である。


 故に襲撃者の実力を明確に察することは出来ず、だがだからこそ目端が利いて伝手も多い。情報を耳にする早さで言えば、王国軍の中でも頂点とさえ言ってしまえる。


 そんな女だからこそ、襲撃者の実力は分からずとも素性を聞いて直ぐに機転を利かせた。雑兵など壁にもならぬと即座に下げて、幾つか抱えていた札を切って聖都に詰めていた十三使徒の二人を動かしたのだ。


(玉石混交とは言え、十三使徒の上位層は将軍級。うちの師団長二人分以上の実力なのよっ!? ましてや、聖都に居たのは武断派として名高いロードナイト枢機卿とベルタン枢機卿の二人。あっさり勝てて、当然の布陣でしょ、普通ならっ!?)


 ロザリーが実力をよく知る十三使徒は、一時は雷将の後継とまで謳われた女傑オードレ・アルマ・カイ・ダグラス枢機卿のみ。だがその一人だけでも、彼らの特別さを理解するには十二分。


 六師団長でも実力上位の討魔と東守の二人を相手にして、切り札たる聖典を温存したまま圧倒してみせたのだ。三将軍の一角たる雷将に勝るとも劣らないと言う評判は、確かな物だったと得心したのを覚えている。


 顔だけで選んだ側近達を蹴り付け指示を飛ばしながら、ロザリーは爪を噛む。現在この王都でロザリーの目では追えない程の高速戦闘を行っている者らの一人は、そのカイ・ダグラス卿と互角とされるベルタン卿だ。


 両者の不仲は有名な話であり、殺し合い一歩手前の模擬戦を日夜行っているのは少しでも調べれば分かる話。詰まりは師団長に倍する実力者が、苦戦する程に襲撃者は強大だと言う訳だ。それが分かって、雑兵を下げた自己の判断を自画自賛しながら、ロザリーは頭を回す。


(救援が必要! でも、どうする! 王国軍(ウチ)からは出せるのは、私が足手纏いになりそうな時点で殆どいない。王城を守護している空将に救援要請? それ、私の失点になるじゃないの! なら、それより先に積み上げた借りでも清算させた方が良い。聖都の大主教には鼻薬を効かせてるから、他の十三使徒を引っ張ってこれるように話を通すのは決して無理な訳じゃ――)


 自慢の赤毛を掻き毟りながら、配下の兵に用意させた魔道具を動かす。王都北部の大教会近くに配置している部下に緊急事態だと予め決めていた符丁を飛ばして、息を吐こうとした直後に事態が動いた。


 それはロザリーの埒外にあった事象。襲撃者を迎え撃っていた男の一人が幾つもの家屋を巻き込みながら吹き飛ばされて、荘厳なる城の城壁へと叩き付けられる。轟音と共に壁が崩れ、強靭な筈の男が血反吐を流したのだ。


「が――っ、はっ、くっそがぁ」


 獅子の鬣のように逆立った金髪に、鋭い眼光を有する年若い男。所々が破れた青色のカソックに、腰巻代わりに巻き付けている白地のペリースは十三使徒の証明。


 十三使徒は第五聖典、カルヴィン・ベルタン=クールドリヨンは瓦礫を散らしながら立ち上がる。血の混じった痰を吐き捨て、拳で口元を荒く拭ってから構えを取る。その視線の先で、襲撃者は優雅に笑っていた。


「うふふ、あらあらまあまあ。まだまだ元気で、頑張れそうねぇ。でもダメよ。先程から、同じような攻め手ばかり。そんな面白みのない愛撫では、感じる前に飽いてしまうわ」


 二人の襲撃者。その片割れたる若い女は肉感的な体付きで、胸元と肩が大きく開けた桜柄の白い着物を纏っている。見た目も言葉使いも悪く言えば下品とも思える、色香を前面に出した妖艶な美女だ。


 そんな女の開いた指先から、伸びているのは細い糸。五指に纏わり付いているそれは、白い糸から透明の糸もあり、糸自体の細さも微妙にばら付いている。そんな武器と言うには不釣り合いな物を用いて、女は石で出来た家屋を切り刻むのだ。


「言ってろ、イカレ女。六武衆だか何だか知らねぇが、俺を舐めてるツケは必ず支払わせてやる」


 東国六武衆が一人、朧。そう名乗った女の色香に流されることもなく、構えを取り直したカルヴィンは警戒しながら思考を回す。女子供と侮る思想は既になく、業腹ながらも実力で劣っているとは認めていた。


 捕縛も切断も思いのままで、何処から出しているのかも分からぬ程の量を有する糸。それを操る女の技量は男以上で、ともすれば男の知る誰よりも上なのではと思える程。ならば、手札を切るのに否はなかった。


「聖典顕彰――荒れ狂う獅子の法則!」


 カルヴィンの言葉と共に、外気に晒されている彼の胸筋に当たる部位。心臓の近くより、黄金の光が輝く。

 聖典。十三使徒が最高戦力と呼ばれる所以たる秘宝が力が、カルヴィンの体に満たされていく。一瞬で全身に満ちた光はこれまた即座に収束され、男の両手に留まりより強く輝いた。


「あらあら、色が変わったわ。でも、それだけかしら?」


「はっ! そんなもんじゃ済まねぇよっ!」


 両腕に黄金のオーラを纏ったまま、脚力を気と神聖術で二重強化し大地を駆ける。周囲の瓦礫を吹き飛ばしながら、突き進む男に対し女は片手を振るった。


 右の下から左の上へ、振るう動きに応じた糸は濁流の如く。即席の壁となって道を阻むと同時に、そのまま圧し潰すように迫っていく。その壁を前にカルヴィンは笑って、輝く拳を打ち込んだ。


「あら」


 まるで水に濡れた和紙のように、無数の糸が抵抗さえも出来ずに断ち切られる。軽く曲げた五指でそれを為した男は足を止めることもなく、女もすぐさま切り替え動く。


 片手の密度で足りぬと言うなら、次は両手を同時に振り下ろす。上から下へと追随する糸は瞬時に繭のような結界を作り上げ、再びカルヴィンの行く道を遮ってみせた。


「聖典の能力とは、世界法則の改竄! 林檎が地に落ちるように、人が海の底では生きられぬように、当たり前にある物理法則。それと同レベルで、世界の事象を改竄する力っ!」


 されど、足りぬ。獣のような形相で笑うカルヴィンは、やはり容易く糸の壁を破き捨てる。


 それはまるで、浮かんだ物が地に自然と落ちていくように。この今この時においては、カルヴィンの拳を防げないのは絶対的な法則と成っているのだ。


「獅子の肉体とは無敵である! 故、俺に対し、あらゆる攻撃は無意味となり! 俺の攻撃に対し、あらゆる防御は無意味となる! この法則っ、貴様に破ることは出来んぞっっ!!」


 肉体の無敵化。攻防一体のその能力は、あらゆる守りを無価値な物と変えてしまう。無敵と成った腕が容易く糸の結界を食い破り、内に居る妖艶な女に向けて残る腕が突き刺さる。


 血が宙を舞う。笑みと舌打ちは全く同時。笑みを浮かべたまま遠退いていく女に対し、想定よりも浅い感覚に舌打ちしたのは男の側だ。防げぬと分かった時点で、女は後ろへ自ら跳んでいた。故に放った一撃は、必殺には遠く届かなかったのだ。


「あらあら、まあまあ、どうしましょう」


 血を流して後方へと飛びながら、それでも全く衰えない操糸術。無数の糸が散り散りとなってカルヴィンを襲い、内の大半が無敵のオーラによって触れることも許されずに消し飛ばされる。


 されど、やはり笑っているのは女である。住宅街の家屋を盾と扱いながら、糸を繰っている朧の狙いにカルヴィンもまた気が付いていた。眼球、鼻孔、喉、耳孔、水月、金的。この女は、無敵の穴を探しているのだ。


「ちぃっ!」


「うふふ。今、少し血が出たわね。予想通り、無敵なのはその光っている部分だけ。光の移動に掛かる時間は、一瞬だけどほんの少しだけ遅れがある。秒や弾指も掛からないようだけど、刹那を見切れば十分かしら」


「イカレ女が、コンマ以下を合わせてくるかよっ」


 此処に一つ、獅子の法則の弱所が明かされる。無敵となるのは、オーラで覆われた部分のみ。守れない部位は存在しないが、全身を同時に覆うことは不可能な点だ。


 それでもオーラの移動に成れたカルヴィンならば、0.1秒にも満たない時間で守る部位を変えられる。故に本来ならば、警戒するのは面攻撃。それ以外に対しては、大した弱所にはならぬ筈なのだ。


 だが、東国六武衆と言う極まった武芸者集団の前でそれは明確な弱点となる。0.01秒以下の世界で、タイミングを完全に合わせて来れるのがこの朧と言う女であった。


「あとは、こんなのはどうかしら?」


「な――っ? がっっ!?」


 そして、獅子の弱所はもう一つ。本来ならば、それもまた弱所とは言えぬ程度の僅かな隙。されど朧と言う武の極みに程近い修羅から見れば、余りに明確過ぎた隙である。


 ギリギリ視認できる程度の細さの糸が、カルヴィンの体に纏わり付いて絡み付く。ほんの少しでも害意があれば、脅威と認識されて弾ける筈のそれは消えず。その糸を用いて、女は男を投げてみせたのだ。


「うふふ。やっぱり、敵意ない接触は防げないのね。触れるように糸を添わせれば、その光の上からでも糸は絡み付ける。なら、投げ技は通るわね」


「あり、えねぇ。少しでも力を入れれば、無敵の守りに抵触すんだぞ! ガチで触るような力だけで、この俺を投げ飛ばしたってのかよっ!?」


 天地を逆さにされて地面に落とされたカルヴィンは、痛み以上に驚愕で絶句する。無敵のオーラは、確かに敵にしか反応しない。


 されど少しでも傷付くような力が加われば、それは害する物と判断されて弾かれるのだ。本来ならば手で掴む程度の圧でもアウトとなるのだから、それを隙と考慮する訳がない。


 だが、女にとってはそれで十分。羽が触れるような力しか掛けられないと言うのに、その程度の力だけで男の巨体を軽々と投げてみせる程の武術。それ程の技量を、彼女は有しているのだから。


「慣れれば簡単な、呼吸投げの要領よ。相手の力をちゃんと利用出来れば、投げ技に力は要らないもの」


「ぐ、おぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!?」


「あはははは、回れ回れ回りなさいな。回り続けて転がり落ちて、血反吐を吐くのも良い経験よ」


 故にこの結果も当然。絡み付く大量の糸によって、カルヴィンの体は上下左右前後縦横無尽に投げられ続ける。傷付かないだけなど、取るに足りないと言わんばかりに。男の体を数分に渡って投げ回し続けて、女は彼を地に落とした。


「こ、んの、女ぁぁぁぁぁぁっっ!」


「うふふ。足が震えているわね。もう歩くのも大変そうじゃない。この程度で酔うなんて、体幹や三半規管の鍛え方が足りない証ね」


 カルヴィンの体に傷は殆どない。オーラの移動は間に合っていて、直接的な被害はまだ皆無に等しい。されど込み上げて来る吐き気は誤魔化せるような物ではなく、立ち上がった男の歩みは揺れている。その思考力と判断力は、明確なまでに削られていたのだ。


「ほらほら、あんよが上手。けど、歩くだけじゃダメじゃない」


「ぐ、ぉぉおおおおっ!?」


「そんなに隙だらけなんだもの。ついつい切り落としてしまったわ」


 故に、その斬撃を通してしまう。無数の糸の一つが鋼鉄のように硬くなり、男の体を斬り付ける。無敵の光は間に合わず、カルヴィンの右腕は二の腕の半ばから切り落とされた。


「――っ! 癒せ、繋がれ! 主の威光は、未だ絶えぬっ!」


「治療の神聖術、だったかしら。取れた腕を治せるのは、大した腕前ね」


 宙を舞い落ちる己の腕を即座に掴んで、断面を押し当て祈りを捧げる。治療の神聖術によって血肉を繋げ、即座に距離を取るカルヴィン。


 その後を追い、雨が降るように落ちて来る糸が大地を抉る。糸が出すとは思えぬ轟音が辺りに響き、噴煙を跨いで向き合う両者が浮かべる表情は真逆の物。


「でも、足りないわ。もっと頑張らないと、達磨になってしまうわよ。あなた」


「っっっ! くそったれがぁっ! 舐めてんじゃぁ、ねぇぇぞぉぉぉぉっ!!」


 余裕なく睨み付け、吠え立てるカルヴィン。常人ならば震え上がるような怒気を前にして、朧は妖艶に微笑みばかり。彼我の格。どちらが優勢にあるかは、明確なまでに示されていた。


「ちぃっ、カルヴィンですらっ! あの様かっ!」


「おや、余所見をしている余裕がありますか?」


 そして襲撃者は、一人ではない。同じ王都の内側で、男が二人剣を打ち合う。どちらも年老いた姿をしている、初老の域を超えた高齢の男達。


 片や黒いカソックに、白地に金十字の刺繍が刻まれたペリースを肩から掛けた男。見た目の年齢は五十代の前半程だが、実年齢は88歳と言う最年長の枢機卿。


 オスカー・ロードナイト=ミシオネール・イデアル。嘗ては賢者ジャコブと同じ施設で学び、同じ王に仕えた元王国軍人。王の死後は聖教に席を移し、数々の逸話を残す生きた伝説だ。


 対するは六武衆の武鋼。冷色系の着流しを纏った白髪の男は、一見すると六十代程か。老いを一切感じさせない筋肉質な肉体は、その実年齢を知れば目を剥く程の物だろう。


 御年300歳。秘術により延命を続ける老人は、武の頂点に立つ修羅が一人。嘗ては勇者パーティを単独で圧倒し、最後まで敗れることがなかったというもう一人の生きた伝説。六武の先将と言われる男だ。


「く、厄介なっ! 修羅共めっ! 今まで通り、東に籠っていれば良いものをっ!」


「はっはっはっ、引き籠り続けるのにも飽いてしまいましてな」


 鋼と鋼。刃を打ち合う音が響く。互いに握るは、洋の東西異なる種類の刃である。オスカーが両の逆手に構えるは、十字を模るナイトリー・ソード。両手に振るう二刀に、腰から吊るす二刀。計四本の西洋剣は、先史文明の時代に作られた逸品だ。


 微小なナノマシンで作られた刀身は刃毀れを即座に復元し、柄頭に刻まれた召喚の刻印が故に手放しても使用者の意志に応じて戻って来る。現代の技術では再現不可能。正に伝説に名を連ねるに足る、至高の武具の一つと言っても過言ではない品であろう。


 そんな武器と打ち合う刃は、粗雑な仕立ての打ち刀。手入れは行き届いているが、そも使った鉄の質が悪いのだろう。対面する者が持つ伝説級の武具どころか、青空市場に並ぶような流通品にも劣る粗悪品。だと、言うのにだ。


「しかし、あれですな。道具に頼り過ぎですよ」


「ちっ」


 二度三度、打ち合う音が響いた後に圧し折られるのはオスカーの持つ剣だ。刀身を断ち切られたと理解した瞬間に、オスカーは右手に握ったそれを放り捨てる。


 修復を待つ時間的な余裕はない。故に次撃が放たれる前に、予備の剣を鞘より引き抜く。武鋼の握る刃が己が身に届く一瞬前に、オスカーは引き抜いた剣を割り込ませた。


 再びの金属音。涼し気に笑う武鋼に対し、オスカーは背筋を僅かに冷やす。武具の性能には大差がある。だと言うのに、この結果に至るのは彼我の技量にも差があるからだ。


「優れた武器も特殊な異能も、過ぎれば己の腕を鈍らせる。人間なんぞ、首を刎ねれば死ぬのです。ならばどうして、御大層な代物が必要ですか」


「貴様の言にも一理はあるが、基準点が異常であろうっ! 人の首を刎ねるだけなら、貴様の技巧の方が過剰過ぎるわっ!」


 オスカーの握った刃に対し、武鋼は常に刃筋が嚙み合わぬように刀を振るっている。刃がない部分に、必ず当たるように刀を振り続けていた。


 それも、一度目に打ち込んだ場所に、二度目以降は寸分違わず打ち込んでくる。同じ場所に過剰な圧力を掛けられて、オスカーの持つ剣だけが折れるのだ。


 更に数度、金属音が響いて刃が折れる。それが二度も続けば手元の予備はなくなり、ならば隙になるかと言えば否。召喚の刻印に応じて、先に捨てた刃がオスカーの手元に戻る。


 再びの金属音。ほうと声を漏らす武鋼の刃を、呼び戻した刃をクロスさせてオスカーは受けた。ギチギチと生じる鍔競り合いはほんの一瞬、真面にやれば刃が持たぬから後ろに退くのは武鋼の側だ。


「ふむ。剣の振り方は聊か以上に不格好ですが、戦術の組み方は相応ですかね。成程成程」


「上から目線で言ってくれるな、戦狂いっ」


 武鋼が貶す剣の腕とて、オスカーのそれは一流と言うに相応しい物だ。聖教でも最上位に位置する技量の持ち主で、世界全土を含めても上から数えた方が早い域に居る。


 それがこうも打ち合って圧し負けてしまうのは、彼が言うように武鋼の技量が頭抜けていること。そして、両者の戦いに対するスタンスの違い。鍛え方の差が表に出ていた。


「神の光よ、我が敵を撃てっ!」


 接近戦は不利と断じて、距離を取って光の神聖術を矢と放つ。オスカー・ロードナイトは剣の技量、神聖術の知識、闘気術の腕前、聖典の取り扱い、全てを高いレベルで修めた男だ。


 あらゆる神聖術に秀で、特に強敵相手の持久戦を得意とする。彼の想定し、戦って来た敵の多くは巨大な魔物だ。自身よりも大きく強い相手を前に、生き残り隙を付いて打倒する。それは戦士の業である。


「ふ、はっ。この程度では、児戯にしかなりませんぞ」


 飛来する無数の光の矢を、一息二息で切り払って笑う。武鋼は剣の技量と闘気術の腕前ばかり、只管に伸ばしている男である。六武に伝わる神威法ですら、彼にとっては余技でしかない。


 人間なんぞ、剣を振るって斬れば死ぬ。その論理に依って立つが故に、如何に剣を当てるのか、如何に剣を躱すのか、如何に剣の威力を上げるのか。そんなことばかりを磨き抜いた、これは剣士の業である。


「光の盾よっ!」


「温いっ」


 矢を目晦ましに距離を取ろうとしたオスカーに、武鋼は特殊な歩法で一息に切り込む。刃が振るわれる直前に、オスカーが神聖術で作った輝く盾。それをバターのように断ち切って、迫る武鋼の刃は僅か届かない。


 徹底して距離を取る。下手に反撃をしようものなら、何が出て来るのか分からぬのだ。接近戦で劣る以上はそうする他にないと断じて、オスカーは迷うことなく後退する。その判断の速さが故に、武鋼は楽し気に声を漏らした。


 戦士と剣士、彼我の差異は其処にある。剣士の土俵で戦う限り、戦士に勝ち目などはない。それは勇者の師でもあった、オスカー・ロードナイトと言う最上位の戦士でも変わらない。


 だが、剣士に出来ることは剣を振るうことのみだ。接近戦に特化している武鋼には、近付いて斬る以外の手札が存在しない。故にオスカーが戦士の流儀に徹する限り、決着は自然と遠退いていく。


「成程成程。戦運びの手管に限れば、貴方の方が上手かもしれませんな」


「くっ、こうも容易く詰められては、褒められている気はしないな」


「ええ、褒めてはいませんとも。分かっているのでしょう。そのやり方では、所詮は時間の問題だ」


 距離を取りながら、神聖術で防御と迎撃を熟すオスカー。対する武鋼は、迫る光を切払いながら近付いていく。その戦いが千日手になるかと言えば、しかしそれは否である。


 始点の距離が近過ぎる。一度は剣で切り結ぶ距離を取られたのだ。彼我の速力に大差がない以上、逃げに徹した所で追い付かれるのは道理である。更には条件も悪い。オスカーにとって、これは防衛戦。逃げに徹し切ることも出来ぬのだ。


 数度の交差を経て武鋼の刃は、神聖術の盾を超え二刀による防御を貫き、オスカーの肌を浅く切る。顔に刻まれた切り傷は常時発動している自己再生の神聖術によって塞がるも、傷付けられたと言う事実は重かった。


「貴方の戦友が倒れるのが早いのか、私の剣が首に届くのが早いのか。どちらであれ、貴方に勝機はありません」


 戦士としては勝れど、剣士としては劣るオスカー。彼はその技量故に、自身より高みにある剣士を前にしてもそう簡単には敗れない。だが、彼には勝ちの目も殆どない。


 詰んでいるのだ、順当に。双方の能力差故に、敗北を先延ばしには出来ても勝利は見出せない。そんな現状で、しかし敵は武鋼一人ではない。もう一人の敵手に対し、彼の仲間は追い詰められているのだから。


「或いは、貴方も使われますかな。神の残した、聖典とやらを」


 楽し気に告げる武鋼の言葉に、オスカー・ロードナイトは歯噛みする。彼の言う通り、このまま二人だけで戦い続ければ至る結果は敗北だ。聖典を使わない限り、オスカー側に勝ち目はない。


 だが、聖典を使えば勝てるのかと言えば、それも微妙な話だ。オスカー・ロードナイトの有する第一聖典は、十三の聖典の中で最も使い勝手の悪い聖典だ。使い方次第では最良の切り札とも成り得るが、使い方を誤れば捨て札と変わる。


「……聖典は、使えん。祈り願う牡羊の法則は、取り回しが悪過ぎる」


 第一聖典は虎の子だ。聖教における、正真正銘最後の切り札。発動出来れば如何なる道理も覆せる反面、年に一度しか使用出来ず、使い方次第ではその一度も不発に終わる。


 その法則は、年に一度だけ、ありとあらゆる願いを叶えると言うもの。だが願いを叶える困難さに応じて、発動時に消費する信仰力は増えていく。そしてその際に信仰力が足りなければ、願いは叶わず不発に終わるのだ。


 厄介なのは、不発に終わっても使用回数を消費すると言う点。願う前の時点では、どれだけの消耗があるのか使い手にも分からぬと言う点。究極の万能性を持ちながら、最も使い勝手の悪い聖典こそが第一聖典なのである。


 嘗ての大戦においては闇の魔王すら北の大地に封印してみせた至宝ではあるが、現状ではあらゆる理由から使用が出来ない。例えオスカーが道半ばで無残に果てるのだとしても、第一聖典の使用は許されてはいなかった。


「そうですか、残念です」


 語りながらも攻め手は緩めず、踏み込み剣を振るい続ける武鋼。オスカーが聖典を使わぬ以上、彼にとってこの戦闘は既に終わった物である。


 オスカーの体力が切れるか、オスカーが一手ミスするか、朧がカルヴィンを討ち取るか。何れかの事象が起きた時点で、オスカーの命は終わるのだから。


 そう、武鋼は断じた。己達の勝利を、彼らの敗北を、それは最早揺るがぬ結果なのだと――――だが、


「だが、舐めるなよ。六武衆っ! 聖典がなくとも、我らの敗北はまだ決しておらんっ!」


 オスカーは語る。僅かに増えていく血の跡を拭う余裕すらもないまま、それでも彼はまだ負けていないのだと吠えた。


「はて、そうですかねぇ。正当な評価だと思いますよ? 貴方では、私には勝てないのですから」


「俺の敗北を、貴様の勝利と位置付ける。その判断を、舐めていると言っている! 王国が、聖教が、有する戦力は俺だけではないわっ!」


 何故なら此処は、聖王国の首都である。東国六武衆にとっては敵地であり、王国軍や聖教にとってはホームグラウンドなのだ。


 例えオスカーが勝てぬとも、例えカルヴィンが勝てぬとも、戦力と成れるは彼らだけではない。多くの戦士が居る場所で、十三使徒と戦って、その上で無事に帰れるなどと言う道理はない。


「履き違えるなよ、時間がないのは貴様の方だっ!」


「……ふむ。いやはや、成程。そう言えば、此処は敵地でしたなぁ」


 初手で削られてはいるが、ほぼ無傷に等しい王国軍の王守師団。聖都に詰めてこそいないが、近隣には居る他の十三使徒達。首都の北部にある大教会区画にも、戦力は確かに残っている。


 鍛錬を積んだ騎士達が、異端を相手に日夜戦っている審問官達が、王宮の魔術師や神聖術師や精霊術師が、聖なる塔で祈りを捧げている聖女や王族を警護している空将が、この聖都には存在するのだ。


 故に目先の戦場では圧倒していても、大局的に見て窮地にあるのは東国六武衆の側である。それだけは、確かに揺るがぬ事実であった。


「路傍の石が多過ぎて、ついつい忘れておりました」


「言ってくれるなっ、イカレタ修羅がっ!」


「はっはっはっ! 何を言い出すかと思えば、そんな当然のことだとは」


 されどだからと、臆するような武鋼ではない。六武衆だから、と言う訳ではない。優れた戦士だから、と言う訳でもない。唯、彼は修羅故に。


「我らは血に飢え、戦に酔う修羅。正気など、産まれた時より持ち合わせてはいませんよ」


 産まれた時から、彼らは化外。戦う為だけに生を受け、争いの果てに死ぬだけの存在。そんな彼ら修羅達に、正気なんて芽生えはしない。端から狂っているのだから、絶望的な死地こそ彼らの楽土である。


(やばいやばいやばいやばい。あいつら、マジであり得ないっ!? 意味分かんないにも程があるでしょっ!?)


 二人の十三使徒が追い詰められている光景を、遠目に見ていたロザリーは顔色を真っ青に染めながら頭を回していた。


 内心の殆どを罵詈雑言が占めながらも、如何にか理性を保って判断したのはもう手段を選んではいられないと言う事。


(あー、もう。王守なら安泰だって思ってたのにっ、私の任期中にどうしてこんなことが起きるのっ!? くそ、くそ、早く! 伝令は何してるの、使えないっ! 私の指揮下で、十三使徒が欠けるなんて、洒落にならないんだから、早く早く早く~っっ!!)


 必要なのは増援要請。首都を守る任を負いながらも、何をしていたと後で方々から叱責を受けるであろう。だとしても、借り受けた戦力である十三使徒が欠けるよりかは遥かにマシだ。


 既にそう判断してから暫くが経ち、まだ配下達からの連絡は来ない。一分一秒が非常に長く感じる時間の中で、まだかまだかと女は歯噛みし足を揺らす。そんな彼女の判断が形を成す、その前に――襲撃者達が一手動いた。


「しかし、そろそろ飽いてきましたなぁ。聖典を使わぬ以上、後は時間が掛かるだけ。全く以って、こちらは期待外れです。そちらはどうです、朧さん」


「う~ん。うちのチンピラワンコを思わせる子だから、弄ぶのも楽しいのだけど。確かに、愛撫も雑で勢いだけ。そろそろ飽きてしまいそう」


 追い詰められた十三使徒を前にして、跳躍して距離を取り背を預ける。二人の武人が出した結論は、詰まらぬと言う感情論。


 対する男達はどちらも肩で息をしながら、如何にか体勢を整えている。だが、両者共に顔色は悪い。勝利への道筋は、全く見えていなかった。


 だから――


「なら、終わらせますかな」


「ええ、終わらせましょうか」


 東国六武衆の二人は、此処にその本領の一端を示す。飽きてしまった闘争を、一手で終わらせてしまう為に。用いるは彼らが秘奥、神威法。


――外功想行・以って我は心威を示す――


 性質は外の功。法則は想の行。両者共に、抱いた願いは己の内だけでは完結せぬ物。されど世界の全てを探しても、決してありはせぬだろうと言う理想論。


 そのどちらもが、きっと誰もが一度は願うであろう単純な想い。されど誰もが決して願えぬだろう程、真摯に真剣に盲目的に狂信的なまでに、その果てを乞い求めている。


――さも美しき女の身には、(ニシキ)(ウスギヌ)。五色に(オリ)たる(アヤ)を纏い、いと(タオ)やかに步み来る――


――人に隠して奥坐敷(オクザシキ)。表へ出さぬは、影の煩い(ワズライ)――


 その願い。心の芯を、闘氣と混ぜる。本来染まりやすく揺らぎやすい純粋な生命力は、明確な芯を中心とすることで揺らがぬ強固な力と変ずる。


 このまま言の葉を紡がせれば、取返しの付かない状況へと至るだろう。そうと分かって、立ち止まっている男達ではない。彼らは大地を蹴り付けて、その結実を食い止めんと足掻く。


――扨々(サテサテ)、心づよき(オホセ)かな。我、御身を(コガレ)し事、母人(ハハビト)、不便に覚し召し(オボシメシ)――


――則ち魂、(カン)()す。此れ(コレ)肝虚(カンキョ)()り、邪襲(ヨコシマオソ)いて、魂舎(タマシイシャ)()せず。病、名付けて離魂(リコン)()ふ――


 そう、足掻きでしかない。彼我の実力差は大きく、追い詰められた側がどれ程に必死になろうと止められない。返す刀で傷付けられて、無様な後退を余儀なくされる。その願いは止まらない。


――愛しい人よ、どうかお願い。死なないで――


――我は我が身を呪い尽くす。極地に至るその日まで、決して終わらぬその為に――


 女は願った、愛することを。彼女の身近に、愛し愛される男女が居たから。あんな風に、何時か自分も。愛しながら愛されたいと、それは誰もが一度は抱くであろう自然な願い。


 されど女は修羅である。愛してしまえば、それを殺さずには居られない。一度は泣いた。二度は嘆いた。だが、それが十や二十も続くのならば、心を占めるのは諦めだろう。けれどそれでも、今も女は願ってしまうから。


 愛しても、壊れぬ人が欲しい。けれどそんな人は居ないから、愛を返せる人は居ないから、せめて全力で愛したい。愛して愛して愛し尽くして、それで壊れてしまったならば、最期は共に死にましょう。


――されど我は修羅なれば、我が想いは悲恋に終わる。それが定めと言うならば、せめて共に果てましょう――


――肝より別れた魂が、我が身、我が体を形作る。ならば、我が求道に我は不要――


 男は願った、強くなることを。修羅と言う産まれさえも、男にとっては福音だった。誰よりも強く成りたい。誰よりも強く在りたい。それは誰もが一度は思うであろう、されど直ぐに諦めるのが道理な願い。


 しかし男は修羅である。呼吸や食事と同じくらいに、戦いが必要な生物なれば。その願いは実に、その生態に噛み合ったのだ。だから男は戦い続け、その道の半ばで恐れてしまった。寿命による終わり。命が尽きるその時を。


 だから、彼は望んだのだ。その先を、例え己が死したとしても、決して終わらぬ己の求道を。己ではない己が、何時までも己の道を歩き続けるその果てを。


――心威・解放――


「浄蓮に沈めや――絡新婦(ジョロウグモ)


 愛した人を傷付ける、絡新婦の能力。それは愛する者を、何処へも逃がさないためのもの。無数の糸が、街中に出現する。それは即座に網目状の模様を作り、朧の望んだ通りに動き出す。


 この瞬間に、聖なる都は女の巣に成った。道の一つ一つに至るまで、女が望んだ獲物を捕らえ逃さぬ蜘蛛の巣だ。逃げ場はなく、捕らわれたが最後命尽きるまで弄ばれて喰い殺されるが道理であろう。


「死相を映せ――阿遅鉏高日子根(アヂスキタカヒコネ)


 対する男の変化は、小規模だが特異である。武鋼の姿が左右に揺れて、そのまま分かれて二つに増えた。そしてそれでは止まらずに、二人に成った武鋼は四人に。四人が八人、八人が十六人と増えていく。


 これは自分自身を増殖させる、唯それだけの心威である。頂点を目指す道半ばに、寿命で終わることを恐れた老人。彼は故に、自分を増やすことにした。


 少し年若い自分を作って、老いた自分を殺させる。そうした繰り返しの果てに、彼は三百年を生きたのだ。そしてこれからも、それを繰り返すのであろう。命ある限り、道の果てを目指して。


「くそっ、たれがぁぁぁぁぁっ!」


「不味いか、これは……」


 虚空より現れた糸に絡まれ、身動きすら真面に出来なくなったカルヴィンが叫ぶ。十六人の武鋼に囲まれて、逃げ場を失ったオスカーは小さく呟く。


 最早、二人の命が終わるのも、そう遠くない。


「おや?」


「あら?」


 そう。彼らが、間に合わなかったのならば。


「来た来た来た来た! やっと来たぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 聖都を守護する軍の指導者が、打っていた一手。その結実を前に、女は万歳三唱で迎え入れる。蜘蛛の巣と化した王都に向かって、急速に近付く気配。その数は、八つ。


 八人の人物が、決着が付く直前に到来する。此処は東国六武衆にとっての敵地。故に現れた八人は、即ち彼らの敵である。王守師団長が足手纏いにはならぬと判断した、中央側の最高戦力。


 黒のカソックを着た白髪赤目の青年。執事服を纏う口髭の生えた中年男性。紺色の修道服に水色の髪を持つ若い女。目の下に深い隈のある不健康そうな男。爬虫類を思わせる顔立ちをした壮年男性。爽やかそうな笑みを浮かべる青年。神経質そうな眼鏡の男。黒いドレス姿の少女。以上八名、全員が十三使徒の証である白地に金十字のペリースを身に付ける聖教の切り札達である。


「あっは、カルヴィンったら格好悪っ! 捕まってるし、負けそうじゃないっ! よわよわカルヴィン、ざーこざーこ!」


「負けそうになんてなってねぇ! こっから逆転すんだよ。笑ってんじゃねぇぞ、サラっ!」


「わー。顔、こわーい! デュラン、助けてー!」


 糸に囚われているカルヴィンの姿を指差して、ドレス姿の幼子が笑う。十三使徒最年少であるサラ・アルノーの言葉を受けて、犬歯を剥き出して暴れるカルヴィン。


 男が糸を切り裂き自由を取り戻したのを見て、棒読みで叫びながら背後に居た白髪の青年へとサラは抱き着く。そんな子どもの仕草に嘆息しつつも、デュランと呼ばれた青年はその赤い目を敵から離してはいなかった。


「…………真面目にやれ」


「えー、デュランも居るし、筆頭さんに、後ついでのおまけによわよわカルヴィンも居るし、負けないでしょ。こんなの」


 神の奇跡を体現する聖典。その担い手が十人も揃って、負ける筈はない。そう小さな胸を張るサラの思考は、この場に増援として訪れた十三使徒の多くに共通する意識であった。


 自分達が負ける筈がない。聖典に対する絶対的な信頼と、潜って来た修羅場の量からそう断ずる。異なるのは、険しい表情をしたまま黙り込んだアルビノの青年くらいであろうか。


「来てくれたか、お前達っ!」


「ええ、勿論ですとも筆頭殿。十三使徒が第十二聖典ダヴィド・パストゥール=ピオニエ以下、十三使徒七名! 王都の危機に、推参しました!」


 同胞達の姿に歓喜の声を上げるオスカーに対し、眼鏡を掛けた神経質そうな男が声を上げる。如何にも功名心の高そうな彼は、まるで演者を気取るような所作で高らかに言葉を紡いだ。


「既に王守師団の団員より、聞き及んでおります! 東国六武衆なる輩が、我らが偉大なる聖塔と大聖堂を擁する聖なる都に不埒な真似をしているとっ! 愚か者共めっ! 我ら、神の代行者が、神罰を下してくれようっ!!」


「だ、そうですよ。どう見ます、朧さん」


「う~ん。余り食指が動かないわねぇ。聖典の能力次第ではあるのでしょうけど、厄介そうなのは殆どいないわ。私が遊んでいたチョイワルニャンコと、武鋼殿が相手をしていた筆頭さん。それを除けば、あちらに居る白髪の殿方くらいかしら。油断してたら、首を獲られそうなのは」


「ですねぇ。偉そうに口上を述べている方や他の者らの多くは、気量も体捌きも全てが未熟。聖典頼りが目に見えて、何とも萎えてくる連中だ。そんな小手先頼りの弱者などに、負ける道理はありませんなぁ」


「なっ!?」


 増援組の代表を気取るかのような態度のダヴィドに、心底から呆れたと言わんばかりの態度を取る朧と武鋼。眼中にないと貶された男のよく回る舌が無数の侮蔑を紡ぎ出すが、当然の如く六武衆の二人は聞いてすらいなかった。


「どちらが多く刈り取るか、競って遊んでみます? あの三人を敢えて狙わない、とか制限すれば丁度良い難易度かと」


「はっはっは。それだと私か朧さんか、どちらかは死にそうですなぁ。まぁ、その位が丁度良いのかもしれませんが」


 視線が交わる。朧と武鋼、両名をして危険と感じるのは三人だけ。アルビノの青年は静かに息を吐き、獅子の如き男は気炎を上げて、十三使徒の筆頭は静かに思考する。


 オスカーも分かっている。六武衆の二人が出した推測は事実だと。実際に切り結んで実感した実力差から、戦いになるのは自身とカルヴィンを除けばデュランだけであろうと。


(前線を張れるのは、俺とデュランとカルヴィンだけだな。他は斬り合えば、数手と持たず死ぬ。……だが、奴らは聖典を軽視し過ぎている。付け入る隙があるとすれば、そこか)


 単独で足止め出来るのは、先に挙げた三人だけ。デュランとカルヴィンが二人掛かりで挑めば、朧か武鋼の首に迫ることも不可能ではないだろう。他の聖典の援護があれば、どちらかならばほぼ落とせる。


 その間、オスカーがもう片方を足止めし続けることが出来るか。彼が足止めしている間に、二人が六武衆を落とせるか。今後の焦点は其処であろう。そしてその僅かな時間を引き延ばすことが出来るのは、過小評価されている他の聖典達以外にない。


「私をっ、我ら十三使徒を愚弄するかっ!? 教えを知らぬ未開の蛮族がっ!?」


「あらあら、事実を言われてしまったわ」


「はっはっは、確かに我らは蛮族ですなぁ」


 その目論見を、果たして何処まで隠し切れるか。顕示欲が強いであろう他の聖典達が、歩調を合わせることが出来るか。不安は多くあれ、やるしかないとオスカーは構える。


 筆頭のそんな姿に、デュランとカルヴィンは同じく体勢を整える。闘争へと意識を切り替えた三人。その気配を目敏く見抜いて、朧と武鋼は笑みを深めた。こうでなくては、楽しくないと。


「殺したいから殺し、殺したくなくても殺し、血に飢え戦場の中で酔い痴れる。それが我ら、修羅であれば――」


「神の教えも開明的な文化や技術も、修羅には一切合切不要な物。我らは戦いに生き、戦いに死ぬ化外であれば――」


『せめて、血沸き肉躍る闘争に耽るとしましょうや』


 狂乱としか言えぬ形相で笑う二匹の修羅。その表情に気圧されながらも、構えを取り続ける三人。絶句し思考が止まっている七人。


 此処に、東国六武衆と十三使徒の死闘は再びの幕を切ろうとして――その果てを望まぬ男が、其処に姿を現した。


「いや、それは困るな」


 色のない風が吹く。優れた魔術による大気の操作。無色の力を操ることをこの国で、或いはこの世界で最も得意とする男。


 黒き髪に黒き衣の玲瓏な美男子。王国最強の異名を有する男の盲いた瞳は開かずとも、確かに天高くより見下ろす全てを理解していた。


「空将、ヨアヒム」


「王都をこれ以上、騒がせるのは実に困る。此処で退場して貰おうか、六武衆」


 此処に、情勢は逆転した。王国最強の姿を見上げて、六武衆の二人は悟る。あの男は、己達よりも強いのだ、と。故に――


「うふふ」


「ははは」


『あはははははははははははははははははははははははははははははははっっっ!』


 笑う。嗤う。哂い狂う。腹が裂けてしまうのではないかと言う程の大声で、心の底から楽しそうに、彼らは笑い転げていた。


「気でも触れたか、貴様らっ!?」


「気が触れるぅ? そんなの、産まれた時からずっとそう!」


「修羅とは気狂いの名であれば、実に実に実に愚問っ! 漸く楽しくなってきたから、笑っているのですよ! 私達はっっ!!」


 六武衆の側に勝ち目がないのは、空将や十三使徒の側から見ても揺るがぬこと。数も質も負けている以上、惨めな敗北しかあり得ない。


 だと言うのに、楽しそうな修羅達の姿にダヴィドが叫ぶ。気が触れたかと、その問い掛け程に無意味な質問はないだろう。修羅と言う存在は、産まれた時から狂っている。


「ねぇ、武鋼殿。あれ、勝てますぅ?」


「いいえ、いいえ、いいえ! 迦楼羅殿には届きませんが、我ら二人よりは上でしょう。勝てませんよ、勝てませんとも、一騎打ちでは、勝ち目は全く見えませんっ!」


「同意見。二人掛かりなら、何とか? けど、他の十三使徒が許さない! 死地ね! このままだと死ぬわ! ええ、ええ! だから、良い!!」


 二人の修羅の瞳に映るは、僅か気圧されながらも変わらず見下ろす空将ヨアヒムの姿。彼の黒き将が居る限り、朧と武鋼の死は揺るがない。


 一騎打ちでは必ず負ける。二対一でも少し怪しいか。それ程の強さを持つ男は、確かに王国最強と呼ぶに相応しいのだろう。血と戦を望む修羅にしてみれば、最高の馳走である。


「あれを相手にしながらでは、取れる首は六つが限界でしょうかねぇ!」


「あら、意外。六つしか取れないの? 空将は殺せなそうだけど、他の十人は喰い殺して道連れに出来るでしょう!」


「いえいえいえいえ、空将の首を含めて六つですよ! 命を賭してあれを狙えば、残りの半数程は取り零しても仕方ありますまい!!」


「あらあらまあまあ、それは素敵ね! 勝てない相手を狙いつつ、それでも半分以上は持っていこうと言う発想が実に実に素敵だわ!!」


 高らかに、楽し気に、悍ましい言葉を交わす。既に二人の脳内に、生きて帰ると言う言葉はない。


 これが、修羅だ。戦いを前に怯え竦むことはなく、笑いながら死地に飛び込みそのまま死ぬ化外。道の途中で多くの命を食い破って道連れにしながら、誰も彼もを不幸の底へと突き落としてしまう人間外。


 人の形をしているだけで、修羅とは人ではないのである。


「四肢が捥がれ、首が取れても、修羅は止まらず戦い続ける。ならば――」


「ええ、ならば――」


「殺しましょう。壊しましょう。切り捨てましょう」


「我らが命尽きるまで、殺して殺して殺し続けて――共に涅槃へ参りましょうや!」


 怪しく、妖しく、楽し気に、愉し気に、笑い哂い嗤いながら――二匹の修羅は動き出す。


 この地を地獄に変える為。この場を血と屍で満たす為。果てに立つのが、己でなくても構わない。彼らはそういう生き物故に――


「戯け」


 彼らが止まるのだとすれば、それは彼らを心の底から敗北を認めた存在。究極とも言える戦闘能力を有する修羅の王が現れた時だけなのだ。


(なに、あれ?)


 その瞬間に、思考が出来たのはロザリーだけ。爆心地と言うべきその場所から、距離があったから言葉が浮かんだ。唯それだけのことだった。


「忘れるな、馬鹿者どもが。(オレ)が与えた命は、宣戦布告と言ったであろう。本格的な侵攻は無論のこと、自死を許した覚えはないぞ」


 それが現れた瞬間に、発する気配に誰も彼もが圧し潰されていた。闘気の量。実力者ならば自然と感じ取れるそれが、余りにも濃厚で重厚過ぎた。


 星と見紛う程の巨大な闘気。それを感じ取ったのは、戦場に居る実力者だけではない。彼が現れた瞬間に、市政の女子供ですら察しただろう。生き物として、次元が違うと。


(空が、墜ちて来た? 違う、あれは、太陽だ。目にした瞳を焼き焦がして、近付く全てを燃やし尽くす、そんな、人の形をしているだけの怪物だ)


 誰も彼もが膝を付く。誰も彼もが呼吸も出来ず、それから目を離すことすら出来ずに居る。身動きすら出来なくなった、オスカーやカルヴィン達でまだマシなレベルだ。


 他の十三使徒達は息すら出来ないまま、陸に打ち上げられた魚のように喘いでいる。別に、何か干渉された訳ではない。男が生きて、其処に居る。それだけで、死んでしまいたくなる程に怖くなるのだ。


(遠目に、視てるだけ、なのに。呼吸さえ、ままならない。震えが、止まらない。それは、私だけじゃない。あの、十三使徒や、空将すらも――何よ、あの化け物っっっ!?)


 両足を地に付いたまま、立ち上がれないカルヴィンは歯噛みし睨み付ける。片膝を付いたオスカーは、何かを言おうとして言葉に出来ず硬直している。息すら出来なくなったサラを抱き締めて、庇うように背を向けたデュランは既に覚悟を決めている。彼ら以外の十三使徒は、戦いの場にも立てずに壊滅していた。


 そして、空将もまた。夥しい汗を流しながら、空中で硬直している。大魔女と戦い、勇者達の姿も知る王国最強の英雄。そんな彼が、絶対に勝てない。傷一つ付けることすら出来ずに敗北すると確信して動けなくなっている。


 あり得ないと、内心で否定の言葉ばかりが積み上がる。空将ヨアヒムが知る強者。その全ての存在を足して合わせたとしても、目の前に居る人型の太陽の足元にすら届かないのだと感じてしまったのだから。


「叱られてしまいましたなぁ、朧さん」


「ええ、困りましたね。武鋼殿。怒った赤鸞(チールァン)は、結構後まで長引くもの」


 誰もが想う。アレは、何だと。あんな生き物が、存在していて良い筈はないと。人の形をしていることさえ、性質の悪い冗談にしか思えない。その男は、そんな存在だったのだ。


 そんな男に対し気安げに、言葉を投げる六武衆の二人の姿に空将さえ目を剥いてしまう程。一体どういう精神をしていれば、あの太陽を人型に無理矢理納めたような男にそんな態度が取れるのか。


「今更、真剣味を見せろとは言わんがな。与えた仕事も出来んなら、せめて生きて帰る努力程度はしてみろ。阿呆共」


 狂人達の戯言に僅か肩を竦めてから、怪物は一歩を踏み出した。唯それだけで重圧は更に酷くなり、一部の者は吐瀉物を漏らしてしまう程。それさえ気にもせず、怪物は進む。


 怪物は、見た目は人間の形をしていた。短く刈り上げた赤い髪に、服の上からでも分かる程の筋肉量は仁王像を思わせる。黒地の長袍に、赤い陣羽織を纏った壮年期を間近にした年頃の男である。


「さて、待たせたな。中央の者達。(オレ)の臣下の無礼を、先ずは詫びよう」


 赤色に輝く、瞳が一人一人と見詰めて動く。その輝きは、知る者が居れば驚嘆を漏らした色であろう。貴種たる赤。精霊王の全権代行者である証でもあったのだから。


「……お前が、今代の、六武の将か」


「応。己の名は炎王(エンオウ)。修羅の頭よ」


 炎王。如何にか口を開いた空将は、名乗られた言葉を舌に躍らせる。火の精霊王の全権代行者が、炎の王を名乗るとは一体如何なる道理であろうかと。


 ヨアヒムが知る由もない答えは、実はとても単純な物だ。代行者を任じた時、火の精霊王は炎王に正面から敗北している。故に精霊王シュア・ホォロンユエンは、己の全てを超える存在と認め、彼に炎王の名を与えたのだ。


「そう言う貴様が、空将だな。成程、そういうことか」


「……なに、が」


「いや、何。自覚がないなら、語るは無粋。それに、己にとっては些末なこと。どうせ、結果は何も変わらん」


 如何にか口を開けても、言葉を紡ぐのさえ苦しいと言う有様の空将。彼を見上げる赤き瞳は、その裏にある真実全てを察した上で取るに足りぬと断じていた。


 この場にいる全ての者達。十三使徒に空将に六武衆の二人、それら全てを同時に相手にしても炎王は傷一つ負わずに勝てるであろうから。否、この世界の全てを寄せ集めたとしても、炎王一人に届かない。


「しかし、貴様でも、その程度か。(オレ)と向き合うのは、そんなにも苦痛か?」


「くっ」


 赤色の瞳に、失望の色はない。当たり前のことを確かめるかのように、そうとも彼にとってはこの状況さえ当たり前のことでしかない。


 産まれながらの超越者。修羅の中の修羅。遍く修羅の頂点に立つ存在、武の化身である修羅王こそがこの男。東国六武衆の将、炎王なのだから。


「うふふ、まあ、そうなるわよね。私も赤鸞を初めて見た時は、呼吸一つするのも難しかったもの」


「はっはっはっ! 私なんて二度目の対面で、迦楼羅殿に焼かれましたからね! 残機も全部燃やされて、死にたくなければ足掻けなどと。いやー、なんで今も生きてるんでしょうねぇ」


「ふん。慣れたら慣れたで、面倒な阿呆共に成ったがな。……まさかこの程度の命さえ、熟せんとは思わなかったぞ」


 戦いに狂う修羅達が、無条件で従う最強の存在。彼らの血が、肉が、その内にある遺伝子が叫ぶのだ。これぞ我らの王なるぞ、と。


 無論。気狂いである修羅の多くは、王であろうと一度は食らい付いた。それは酷く苦行であって、それでも歓喜を伴う業なれば。挑んで負けて、従ったのだ。


 そうして王は、東を得た。火の精霊王に認められ、その加護を一身に受け、世界の真実を知った。その上で、東を出た王。彼が何を望むのか。


「貴様達は、何が、目的だ」


「天下布武」


 息も絶え絶えに問い掛けた空将の言葉に、返るは淀み一つない四字。炎の王は望んでいる、世界全土を己の支配下とするその時を。


「此度は、あくまでも宣戦布告だ。無用な民の犠牲を、己は好まぬ。故、一度目は宣告だ」


 誰もが絶句した。多くの者達が絶望した。世界中の全てを寄せ集めても倒せぬ最強が、世界の全てを欲しがっている。ならば一体どうして、誰にこれが止められるのか。


「己の臣に代わって、己自らが宣言しよう。我ら六武は、これより為す。我らが武による、この世界の統一を!」


 力強い炎王の宣言に、中央の者らは絶句したまま身動きすら出来ず、六武衆の二人は楽し気に笑い彼の左右に付き一歩退く。


 これが我ら修羅の王だと、声高々に示すかのように。従者の所作を取る両者を従え、炎の王は身を翻す。最早、此処に居る意味はない。


「最初は北だ。そして最後に、この中央を貰い受ける」


 世界の誰にも止めれぬ王は、その覇道によって世界全てを飲み干すだろう。最初は北部。だが、中央が飲まれるのも時間の問題だ。誰もが察している。誰もが理解した。この男は、止められないと。


「首を洗って、その日を待て」


 宣戦の言葉を此処に残して、炎王は王都を去っていく。ゆっくりとした歩みに、楽し気な表情で従う二人の従者達を引き連れて。


 その背が見えなくなる時まで、残された者達には見送る以外に何も出来る事はなかった。







【今回出なかった十三使徒】

〇第二聖典つんでれ

 デュラン、カルヴィンと並ぶ十三使徒最上位。英雄級の一人だが、作劇の都合で今回は出番なし。


〇第七聖典ほも

 十三使徒最強の糞野郎。実は炎王相手に単独で勝機のある唯一の十三使徒だが、敗北の可能性の方が高いので絶対に戦おうとしない。しかも炎王は洞察力も高いので、遭遇するとこのほもは最優先排除対象として狙われることになる。それはほも目線で最悪の展開なので、炎王存命中は決して表舞台に出て来ない。


〇第八聖典れず

 十三使徒としての実力は上位だが、英雄級には届いていないくらい。聖典を持っていない状態でアンジュちゃんと同等くらいの実力なので、東国六武衆の相手は流石に出来るレベルではない。

 まあ、そんなことが関係ないくらいのシリアスキラーなので、こいつが出て来ると高確率で場の空気がギャグになってしまう。そんな訳で今回は出禁。

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― 新着の感想 ―
せめてレズさんを出して下さい。 ギャグすらこなせない十三使徒などただの変人集団よ。 そしてホモさん、なんか正式に邪神さんの手先になって出世した感じ?
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