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Re, DS  作者: SIOYAKI
第三章 同じ轍を踏まない
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第40話

真相

◇聖王歴1339年風ノ月18ノ日


 ゆっくりと白い光の中に景色が解けて、過去の記録がまた一つ終わりを迎えた。

 次の記録が始まる前の、白が続くその一瞬に少女達は息を吐く。


 口に含んだ物を咀嚼して飲み込むように、これまでに見た光景を一つ一つと理解していく。今の世に伝わったものも、伝わってはいない出来事も。


「凄ぇ、な……」


 アンジュの口を突いたのは、そんな子どものように単純な感想。されど向ける意志は、言葉程には簡易ではなく。その色は、確かに瞳に宿っている。


 魔王の本質。精霊王の真実。修羅や亜人の成り立ちや、伝承にある勇者の戦い。余りにも多過ぎる情報量に圧倒されながら、それでも確かに思うのは誰かが重ねて来た想いの重さ。


 綱渡りを繰り返し、それでもと願った誰かの祈り、その果てにこの今は在る。それを知れて良かったと、確かにアンジュは想うのだ。


「けど、何でこれを。誰が一体、私達に見せようとしたんだろう」


 想いに答えがあるのか分からずとも、投げた問いに答えはあろう。少女達が遺跡を訪れたタイミングで、この装置を動かした下手人は居る。


 一体誰が、これらの過去を少女達に見せたのか。その人物は一体、何を目的としてこの記録を見せたのか。まだ断言は出来ずとも、内の一つの答えは二人とも察している。


「分からない。あの声は、先生……ディアナ・プロセルピナだとは思うけど」


 邪教の教主ディアナ・プロセルピナ。過去の記録が始まる前に聞こえた声は、ミュシャもアンジュも良く覚えている女の声であったから。何か悪意が隠されているのではないか、そんな予感は拭えなかった。


「そういや、聞いてなかったけどよ。先生って呼ぶってことは、さ。親しいのかよ、あの女と」


「……恩師よ。今も、慕ってないと言えば嘘になる。あの人にとっての私は、飼い猫みたいな愛玩動物に過ぎないんだろうけど」


「分かっていて、か」


「分かっていても、よ」


「ま、理解出来ねぇ訳じゃねぇ。いざって時に割り切れるなら、あんま深くは突っ込まねぇよ。……偉そうに言える立場でもねぇしな」


「うん、助かる。その時は迷うかもしれないし、後で泣くかもしれないけど、それでも目を逸らす心算はないわ」


 悪意が隠れているのだとすれば、それは如何なる色をしているのか。ミュシャは恩師と慕う女のことを思い描く。己が良く知る師であれば、一体どのような思惑を抱くであろうかと。


「あの人は、何をどうすれば、どう動くのか。そうした見極めが異常な程に上手い人。クロエ様が言った通り、未来を視てるとしか思えない動きをする人。だから、きっと、この光景を見せることで私達に何かをさせたい、そこは間違いないと思う。知らせたい情報があって、それを知れば私達が先生にとって都合良く動く。そんな何かがあるんだとは思うんだけど……」


 ミュシャは頭に手を当て思考を回す。知らせたい情報があり、それを知らせることで少女達の行動を制限したい。それがディアナの思惑なのは、先ず間違いがないだろう。


 だが、その知らせたい情報が既に出ているのか、それともこれまでの記録は前振りでしかないのか。そして知らせた後で、ミュシャ達にさせたい行動が何なのか。それらへの答えは、まだ出せない。


「あー、わっかんないなー。なーんか、今までの所にも引っ掛かる点があるんだけどにゃー」


「引っ掛かる点? んなもん、あったか?」


「点と言うか、何と言うか。ここって特定出来ないんだけど、何か靄ってるって言うか、妙な違和感があるのよね」


「違和感、か」


 それでも僅か、違和感が胸に残っている。これまでの記録の中に何か、前提を覆すような情報が隠れていたのではないかと。


 だがそれが、どうにも曖昧で断言出来ない。何処かに引っ掛かりを覚えているのに、それが何に対してなのか明言出来ずに居る。


 天空王の瞳を使ったのは、些か性急過ぎたかと。ミュシャが悩み始めた所で、輝かしい光は弱くなる。白い光は薄れていく、新たな記録が再生された。


「光が収まる。どうやら、次が始まるみたいだぜ」


「……ん。そんじゃ取り合えず、考えるのは後回しにしときますか」


 揃って姿勢を正して、広がる景色を前にする。変わらぬ自然体のアンジュに対し、ミュシャは驚きでその目を丸くする。広がる光景は、彼女が知るそれに酷似していたから。


 黄昏色に染まる空の下、水晶で出来たその遺跡の名はカシェテーレ。精霊王の力が一時的に消失し、色を無くしたその威容を前に視る。


 色褪せた水晶の關段に、腰を掛けるは少女が一人。過去を視る少女の前で、同じ顔をした少女が空を見上げている。その膝に、眠る少年を抱えたまま。


「泣いてる、の?」


「うーん、どうなのかなー? お姉さんも、よく分かんないや」


 目を開いた少年が問い掛ける。泣いているように見えたから、そんな問い掛けに少女は作り笑いを返す。傍から見れば、無理をしていると分かるのは一目瞭然。こんなにも無様だったのか、とミュシャは少しだけ恥ずかしくなる。


 少しなのは、彼女の心が成熟しているから――ではない。それ以上に、見過ごせない点が既にあったから。その瞳は真剣だ。固く真面目な表情で、ミュシャはその過去を眺め続けた。


「泣か、ないで、なんか、ぎゅって、する」


 小さな手を伸ばして、流れてはいない涙を拭おうとする記録の中の少年。触れる手の暖かさに、少しだけ笑みの質を緩める記録の中の少女。その一瞬を、忘れてはいない。大切だと思える出来事であったから、確かに忘れてはいなかったのだ。


「僕、守る、よ。約束、した、から」


「ヒビキ…………ん、そうだね」


 冷たい風が、沈む夕日の下で吹く。記録の中の少女は、その感情に耐え兼ねたように弱音を吐露した。


「少しだけ、弱音を言わせて。ちょっと、失敗ばっかり、しちゃったから」


 甘い言葉に騙されて、嘘を嘘と見抜ける筈なのに思考停止したまま走り抜けた。結果として後一歩で、祖の積み重ねた全てを台無しに仕掛けた。


 そんな過去を思い出し、見詰めるミュシャも目を伏せる。精霊王の素性と抱いた想いを知れば猶更に、あの行為がどれ程に罪深いことであったのか分かってしまったから。


「ほんっと、何やってるんだろうね。なっさけないな~、にゃはははは」


 乾いた声を漏らして笑う。その姿はあらゆる意味で他人事とは言えなくて、それでもだからこそ目を逸らすのは一瞬だけ。伏せた目を直ぐに上げ、ミュシャはその過去の続きを見た。


「……泣きたい、理由。話せ、ないの?」


「うん、そう。話せないんだ」


「そっ、か」


 少年と少女は語り合う。冷たい空の下で、互いの熱だけを感じながら、彼らは言葉を紡いでいた。


「僕は、ミュシャを、あんまり、知らない」


 少年は言う。少女を知らぬと。それも当然、この時の彼らはまだ出会って数日。隠し事を明かしても居らず、ならば知れる筈がないのは道理だ。


「ミュシャが、泣いて、る理由。言葉に、出来ない理由。僕に、何が出来、るのか」


 そんな関係の相手に対し、己が今に抱いた感情を隠さず語る。純粋無垢な少年は、だからこそ真っ直ぐな言葉を伝えた。


「知らない。知らない。何も知らない。だけど、何かがしたいって、そう思うんだ。だから、教えて、僕に何が、出来るかな?」


 少女の膝から起き上がって、顔を向き合い手を伸ばす。助けたい。涙を拭いたい。その為に、何を為せば良いか分からないから。何をすれば良いのかを、教えて欲しいと少年は言った。


「……ねぇ、ヒビキ」


 対する少女は、瞳を揺らす。今にも溢れて零れそうな雫が揺れて、それでも溢れ出すことはなく、唯彼女は彼に問いを投げ掛ける。


「理由を話せなくても、事情を教えられなくても、本当は何を考えているのか、分からないままでも――私を守ってくれますか?」


「うん。守るよ。君を」


 縋るような、祈るような、少女の問い掛け。それに対する少年の言葉は、一瞬の戸惑いすらもなく。至極当然のことを言うように、彼は肯定の言葉を返した。


「約束する。絶対に、守るから」


 少女が縋り、少年が応じる。そんな一つの約束が紡がれた後、世界は白に包まれる。


 過去の記録は其処で終わりを迎えて、次の記録が始まる前の空白へと彼女達は戻された。


「へー、ほー、はーん。お前ら、んなこと言ってたのかよ」


 少年と少女が交わしていた約束。それを見ていたアンジュは、半眼となって口を尖らせる。自分の知らなかった二人の約束。その関係性に、嫉妬しているのであろうか。不満な表情を隠さずに、ダル絡みでもするかのようにミュシャへ告げる。


「守ってくれますかー、で、守るよ絶対って、はーん。……ズルい。普段はお姉ちゃん気取りの癖に、そっちの方があざといじゃん」


 アンジュ・イベールがヒビキ・タツミヤに抱いている感情は、恋愛感情に属する物だ。だからこそ、己よりも近くに居ると感じる猫娘に対し思う所は当然ある。


 それでも彼女の見る限りにおいて、ミュシャ・ルシャがヒビキ・タツミヤに抱いている感情は親愛に属する物に見えた。家族愛に属する物であると思えばこそ、納得していた面はあるのだ。


 だがしかし、それが演技だとすればどうだ。過去の記録にあるミュシャは、明らかに異性を見る目でヒビキを見ていた。それが少女の本音だとすれば、普段は姉を自称する不審者を気取り己のアプローチを邪魔する癖に、何とあざといのだこいつはと。アンジュはそんな風に思ってしまったのである。


「違う」


「へ?」


 されどそれは違う。真剣な表情を崩さぬままに、ミュシャ・ルシャは断言する。これは己の過去ではない、と。


「私はあの時、ヒビキにちゃんと事情を話した。お願いしたことも、私を守ることじゃない。皆を救ってって、頼んだ筈よ」


「は? いや、でも……」


「それに、空。あの時は夜だった。深夜って言う程遅い時間じゃなかったけど、浮かんでいたのは月だった。日は確かに、落ちてたのよ」


 相違点は多くある。ミュシャがカシェテーレ遺跡を出たのは、もう日が完全に落ちた夜のこと。夕日が落ちていくと言う時点で、明らかに時間軸が可笑しい。


 更に語る言葉の内容も違っていた。少なくともミュシャには、この段階で言葉を濁す理由はなかった。故に彼女は全てを伝えたと言うのに、記録の中の少女は最後まで濁していた。


 そして何より、少年を見詰める目が違う。病弱だった妹と重ねているミュシャにとって、ヒビキは親愛の対象だ。弟妹のように想っていて、其処に恋愛感情は一切ない。


 だが記録の中の少女は明らかに、恋慕の情をその瞳に混ぜていた。親愛の情よりも恋愛の情が強く表に出ていて、だからこそあの少女は自分ではないとミュシャは断ずる。


 どう見てもミュシャ・ルシャにしか見えない記録の少女。それでもその彼女は、過去のミュシャ・ルシャではないのだと。


「じゃ、じゃあよ。何なんだ、これ?」


「分からない。今は、けど……また次が、始まるみたいね」


 彼女達が答えを出す前に、世界を染めていた白い光が弱まっていく。次の映像が始まるのだと、察して二人は口を噤む。


 明らかに、先の映像はこれまでとは違った。ならばこの次の映像もきっと、これまでの過去と比べれば異色の物であるのだろうと。


 映し出されたのは、水晶で出来た花が一面に咲く花畑。思い入れのある場所を見たアンジュが驚きで声を漏らす中、記録の世界は物語を進めていく。


 ぽつりぽつりと雪が降る中、積もり始めた白に染められる花畑で、アンジュに酷似した少女がゆっくりと目を開く。空には巨大な月が浮かんで、少女を見守る少年の髪を美しく照らしていた。


「…………あー」


「あー?」


「くっそ、恥っず!? 何言ってたんだ、私っ!?」


「???」


「忘れろよ! いや、それはそれで何か悲しいっていうか寂しいって言うか! あー、もうっ!?」


「??? アンジュが、壊れ、た」


 それは記憶に新しい語らい。あの日に交わした、大切な思い出となった言葉。そのやり取りに差異はなく、されど既に違いが一点。


 あの日、あの時、雪は降っていなかった。直前まで降り注いでいたのは雨であり、どう考えても花畑が埋まる程に雪が積もっているのはおかしいと。


「なぁ、ヒビキ」


「な、に?」


「私――私達はさ、幸せになって良いと思う?」


「……良い、と、思う、よ」


 そして、語りもずれていく。互いに交わす言葉はあの日、この場面に至る前に終わった筈だった。アンジュには確かに、あの後も少し話したいことはあった。それでも恥ずかしさから口に出せずに居る内に、自称姉を名乗る不審者に妨害されてしまったのだ。


 だからあの日の会話は其処で終わって、なのに過去の映像での言葉は続いている。それが何とも言えぬ程には、気持ちが悪いと感じてしまう。何かがおかしい。何かが違っている。何かがズレているのだと。


「誰かが、言った。生きるって、そういうことだから」


「迷って、悩んで、答えも出せない、中途半端で――それでも、生きているのなら、か」


「ん」


 そうして視ている内に、アンジュは気付いた。記録の中の少女と、己の違い。彼女が少年に向ける視線の色が、己とは違うのだと。


 恋慕の色が、ない訳ではない。だが、アンジュ・イベールがあの日に抱いた色と比べれば薄い。純粋な慕情ではなくて、別の要因が混ざっているように見えた。


「なぁ、ヒビキ」


「何?」


「私は昔、騎士に憧れてた。勇者と共に冒険して、大活躍する聖なる騎士。そんな人に、憧れてたんだ」


「今は、違う、の?」


「どうだろうなぁ。復讐に燃えるなんて、格好良い騎士じゃないだろ? 聖騎士って言えば、国に仕えるものだしさ。だから、故郷を失くしたあの日に、私は夢を捨てたんだ」


 そうして、よく見ていれば察する。自分とは違うけれど、それでもよく似ていると思えたから、その内面も己のことのように察することが出来たのだ。


「国を恨んで、敵を憎んで、夢を切り捨てて……でも、私はそれだけにも成れなかった」


 記録の中の少女は、守られるのではなくて、守りたいのだ。騎士に憧れたと語る少女は、アンジュとは違う。守られたいだけの彼女よりも、心の芯が強いのだ。


 だから同じ経験をしていながら、それでもそんな風に語れてしまう。繋がる心が紡いだ想いに、依存せずに居られている。それが恐らくは、同じ顔をした二人の差異。


「今も、夢を見ているのかもしれない。沢山の人を守って助けて、大活躍する。そんな騎士に、なりたいんだって」


「なら、成れば、良い、よ」


「……簡単に言ってくれるぜ。けど、そっか。成ろうと思えば、まだ成れる、のか」


「ん。遅いなんて、ない。やるか、やらないか、あるのは、それだけ――だって、言ってた」


「伝聞形かよ。微妙に信用出来ねぇなぁ」


 気軽に言う少年の言葉に、呆れたように肩を竦める少女。こんなにも似ているのに、こんなにも遠いと感じる彼女。同じ顔をしている誰かに嫉妬していると、理解してアンジュは顔を伏せる。そんな自分が、情けなかったから。


「全く、人をその気にさせといて、信用出来ないんだから」


 アンジュは目を逸らし、ミュシャは見詰め続けている。そんな少女達の視線の先で、過去の記録は止まらず進み続ける。恥じらう乙女のような表情で、映像の中の誰かは言った。


「責任、取ってよ。信じられるまで、傍に居て。……夢が見れるのか、夢を見ているのか、まだ自覚出来ないの。だから――」


「ん。良い、よ。傍に、居る」


 純粋無垢な少年は、いつものように安請け合い。でもきっと、彼が約束を破ることはないのだろう。そうと分かっているからこそ、記録の中の少女も花開くような笑みを浮かべていた。


「僕は君の、傍に居るから」


「そっか」


 ふわりと風が吹き、雪と水晶の花弁が宙に舞う。雲の隙間から見えた光が、その欠片に乱反射して世界を照らす。


 何処までも幻想的な輝きの中で、少女は立ち上がってくるりと回る。綺麗なカーテシーを一度、見せた後で微笑む少女は確かに告げた。


「ねぇ、決めたわ。私、どう生きるか。どう生きたいか」


「――どう、生きるの?」


「ふふっ、秘密、だよ」


 鈍感な少年は気付けないが、視ていた少女達には分かる。言葉にするならば、貴方の騎士に成りたいとか、貴方の傍で生きていきたいとか、そんな願いであろう。


 気付いていない記録の中の少年は不思議そうに首を傾げて、それを見詰める記録の中の少女はくすくすと笑っている。そんなやり取りを最後に、世界は再び白に満たされた。


 過去の記録が、そうして終わる。後に残るのは、真剣な表情で思考を回す猫娘と、膝を抱えて座り込んでいる白百合の乙女だけである。


「はい、其処のお姉さんよりあざとい奴! 相違点を説明しなさい!」


「……雪は降ってなかった。目が覚めてから、あんなに話してない。あと、夢も、違う。騎士に成りたいだなんて、思ったこともない」


「どちらかと言うと、アンジュってお姫様に憧れてそうだよね」


「は、えっ? な、なんで? もしかして、視たの?」


「はい、ボロ出ましたー。仲間を勝手に視ない程度のデリカシーくらいは、お姉さん持ってるわ。あとアンタ単純だから、視なくても分かるしー」


「ち、違うし、そんなんじゃないし。……普通でしょ、ちょっと綺麗なお姫様に憧れるくらい」


「その年と経験してきた過去的に考えると、普通じゃないっぽいけどにゃん」


 心の底から落ち込んでいるのか、取り繕うことが出来なくなって素を晒しているアンジュ。ミュシャがそんな彼女を少し弄れば、アンジュはうじうじと床にのの字を描き始める。これは重傷だなと天を仰いで息を吐いてから、深呼吸してミュシャは意識を切り替えた。


「で、私達の過去。二人揃って、微妙に違ってたみたいだけど。これ、どう思う?」


「……並行世界の話、とか? 私達じゃない、私達が選んだ道、みたいな」


 真剣な表情で問うミュシャに、顔を上げたアンジュが少し考えてから返答する。明らかに自分達と酷似していて、それでも明確な差異があった記録の中の少女達。


 その差異はしかし、僅かな物であったから。違う世界線での自分達なのだろうと、アンジュはそう考えたのだ。


 例えばそう。蝶よ花よと愛でられた自分と違って、幼い頃から騎士に憧れて鍛錬を重ねていた自分ならばああ成ったのではないかと。


「そだねー。そう考えるのが自然ねー。……この装置が、過去しか映せないって前提がなければなー」


「過去しか、映せない?」


「そ。天空王の瞳で視たから、間違いないわ。これには過去の記録を再生する機能はあっても、並行世界の映像を再生するとか、そもそも映像を編集するとか、そういう他の機能は何にもない」


「……どういうことだよ、そりゃ。なら、何で、私達の記憶と違うんだ」


 だが違う。この機械に、並行世界を映し出す機能などはない。真実を見抜く異能が出した答えは、過去しか映せないと言う物だった。


 だからと断言するミュシャに、アンジュは戸惑いを隠せない。何かがおかしい。だが、何がおかしいのかと。まだ答えは出せない。それでも、確かに答えには近付いていたから。


「分からない。けど、荒唐無稽な話だけど、もしかしたら……」


 その思考を口にする途中で、世界を染める白い光が弱まる。次の映像が始まるのだと悟り、口を閉ざしたミュシャ。アンジュも真剣な表情で、立ち上がってその時を待つ。


 光が納まった後に、広がる景色は見知った物。ミュシャはここ数日、アンジュは十年近く、過ごした地である臨海都市。英雄が守る堅牢な要塞都市が、炎の中に沈んでいた。


「は? これ、コートフォール、か? 何で、燃えて……」


 第二の故郷が、焼け落ちている。幾つもの建物は崩れて瓦礫の山に変わり、町を満たしていた水の精霊の力は異なる色に染め上げられている。


 火だ。炎だ。熱き精霊の力が場の全てを染め上げて、地獄のような様相を作り上げている。そんな光景に、転がる見知った顔の姿に、アンジュは口を閉ざしたままでは居られなかった。


「親父っ!? それに、シャル姉に、あっちは……ドー姉!? 何で、皆、倒れて……」


「同じ服装の二人は多分、教会の十三使徒。それに、あそこに居るのは――」


 雷将クリスが、師団長のシャルロットが、罠師のコルテスが、北方にて名の知られた英雄達が一人残さず倒されている。


 のみならず、アンジュがドー姉と呼んだ女。十字の衣を纏った青髪の女が大地に倒れ込み、似たような服装をした男が二人同じく血に沈んでいた。


 そして、そんな彼らを瓦礫に腰掛け見下ろす影が五つ。和甲冑を身に着けた黒髪の女。肩衣袴を着た鋭い視線の男。着流し姿の老人。肩や胸元を開けた着物の女。


 一目で東の出であると分かる容姿の男女の中に、一人浮いている異国の顔立ちをした亜人。白のメッシュが混じった黒髪に、醜い火傷の痕を顔に刻んだ彼の名を少女達は確かに知っていた。


「狂狼の、リアムっ」


「アイツが居るなら、他の知らない顔は、東国六武衆って連中かしらね」


 身内の無残な姿に、困惑しているアンジュは気付いていない。倒れた顔触れの中に、己自身が混じっていることに。


 アンジュが倒れていることにも気付いたミュシャだが、彼女もまた混乱している。倒れた人の中に自身の姿はなく、だからこそどんな状況なのかと。


 その答えが出る前に、視線が変わる。多くの人が倒れる業火の中で、戦い続けている誰か。その姿を二人が、見間違えることあり得ぬから。


『ヒビキっ!?』


 ヒビキが戦っている。その姿は人のそれではなく、一部人間の部位を残しながらも多くは魔王としての物に変わっている。


 腕が変じた巨大な竜の顎門から、黒い光を吐き出し薙ぎ払う。幾つもの家屋が崩れ落ちて、されどその前に立つ敵には傷一つ付けられない。


『――――っ!?』


 その男を認識した瞬間、ミュシャとアンジュの思考が止まった。何だあれはと、映像越しだと言うのに震えが止まらない。あんな生き物、存在して良い筈がないとすら思えてしまう。


 男は、太陽だ。例えるならば照り付ける日差しの中で、水もなしに砂漠を彷徨うような感覚。それを数時間続けた後で感じる喉の渇きに似た、命の危機。その数十倍の危機感を、視ているだけで感じさせる圧倒的な威圧感。


 男は、太陽だ。例えるならば火山の火口。今にも噴火してきそうなその場を前にして、感じてしまう熱さと恐怖。それを数百数千倍の濃度にすれば、男から感じる存在感の一割程度は説明出来よう。それ程に、彼は信じ難い存在だった。


「何だよ、アイツ。ヒビキを、圧倒してる!?」


「……赤い髪の、男。あんなに、一方的に。ヒビキが、負ける?」


 黒地の長袍の上に、鮮やかな陣羽織を纏った赤い髪の男。強面ながらも整った男らしい容貌に、仁王像を思わせる筋肉質な五体。その姿は正に、男の理想像の一つであろう。


 そんな男に対し、悪なる竜は力を振るう。周囲の被害を一切考えぬ程の力の行使に、しかし男が怯むことはない。足を止めることもなく、炎を纏った男は赤く輝く瞳を向ける。


【何だよ、お前!? 何なんだよっっ!?】


「泣き喚くか。……やはり、貴様は。(オレ)の敵にすらなれん、唯の小さな童であったか」


 竜の息吹が燃やされる。竜の牙が燃やされる。竜の頭が燃やされて、怯えて逃げ惑いながら撒き散らす破壊の全てが燃やされる。


 人型の太陽は揺るがない。この場の誰よりも強く、今まで視た記録の中の誰よりも強く、余りにも強過ぎる男はゆっくりと距離を詰めていた。


【っ! お前なんかっ、消えろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!】


 完全な変異を遂げた三頭竜が咆哮する。その三つの首から展開した大魔術を以って、大陸ごとに男を沈めてしまおうと。破壊の力を撃ち出して――


「目を背け続ける童よ。お前にその力は不適だな。此処で燃えて、失うが良い」


――心威・解放――


「燃え尽きろ――双翼朱雀!」


 男が刀身の折れた環首刀を引き抜くと、その先より鳥が羽搏くような炎が沸き上がる。その火は刃と成って、ヒビキの振るう力を一方的に焼き払う。


 振り上げたその刃は天体一つを消し飛ばす程の力を塵一つ残さず消し去って、そのまま男は刃を下へと振り下ろした。


【うあああああああああああああああああああああああああっっっ!?】


 焼かれる。焼かれる。燃やされる。蛆や害虫による再生すらも間に合わず、肉体が炭化していく悪竜王。


 泣き叫ぶ彼が本来有する、恐ろしい程の力を知るが故にこそ。ミュシャもアンジュも、その光景が信じられなかった。


 燃え続けて、燃え堕ちて、崩れ落ちる悪竜王。太陽のような男は、その姿を前に仁王の如く立つ。


 そして――――その結末が映る前に、記録は其処で終わってしまった。


「……何だったんだよ、今の」


 気付けば、装置は動きを止めていた。過去の映像を巡る旅は終わりを迎えて、少女達は現実の世界へと戻って来る。


 壁や天井が崩れ落ちて、壊れ掛けた遺跡の中。アンジュは信じられぬと呟く。あれは一体、何だったのか。もしやと思い至って、呟いたのは一つの言葉。


「今の、未来の光景、か?」


「違うわ。さっき言った通り、これは過去しか映せない。だから、さっきの光景は――」


「ずっと昔に起きたこと。数億年では済まない程に、古い古い過去の話よ」


 アンジュの至った答えを、否定するミュシャの言葉。それが形を成し終える前に、口を挟む声が一つ。


 二人ともが見知った声の主に対し、しかし身構えるような気力はない。半ばぼんやりとした視線を向けた先で、眼鏡の女は予想していたと言わんばかりに嗤っていた。


「先生」


「答え合わせといきましょう。ミュシャ、貴女はどんな答えに至ったのかしら」


 黒いナイトドレスを着た、眼鏡の女は問い掛ける。楽し気に、愉し気に、見下し嘲る意志を眼鏡の向こうに隠しながら、ディアナ・プロセルピナは問い掛けた。


「先生はさ、未来を視たように動いている。だから、クロエ様は未来視の異能を持っているって、思ってた」


「愚かな話よね。私の口からは、唯の一度もそんなことを言っていないのに」


「ようやく、分かったんだ。先生が視てるのは、過去なんでしょう? 今と同じように始まって、未来に起きる事象と同じことが起きた過去。……そう。私達の世界は、ずっと同じ事を繰り返しているんだ」


 ミュシャが出した結論。荒唐無稽としか言いようがない、そんな言葉を聞いて笑う。楽し気に、愉し気に、ディアナ・プロセルピナは嗤っていた。






世界観自体は旧版とリメイク版で大きな変化はありません。なので世界の真実は、旧版も同じ。

旧版は明かすのを後に後にと引っ張っていたら話をしてくれる人が居なくなって困ったので、リメイク版では早期に明かすことにしました。


因みに、リメイク版と旧版では経過した回数が異なっています。

現在のリメイク版は繰り返した回数が5桁後半。8~9万回程度と言う想定です。

実は以前の旧版の方が後で、繰り返し回数12桁前半。今より千億回以上後の世界線だったりします。

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