表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Re, DS  作者: SIOYAKI
第三章 同じ轍を踏まない
39/74

第39話

嘗ての決戦②

◇聖王歴1319年水ノ月24ノ日


 闇の魔王アカ・マナフ。遥か昔に起きた精霊王との戦いの果て、星の中心核へと封じられた原初の試練。


 されど封印は完全なものではなかった。不完全な封印は当時のアカ・マナフの本体を封じることが限界であり、それ以上の力は封じ切れない。


 魔王の影。それは人類の発展と共に出現した。人の持つ負の想念が封じられたアカ・マナフへと向かい、注がれる直前で精霊の力により断絶される。


 されど浄化し切れぬ力は澱のように溜まり続け、規定値を超えた時点で意思を持って行動を始める。己の本体を開放する為に、影は世界を襲うのだ。


「やぁ、おはよう」


 影が最初に現れたのは、聖王歴220年の頃。原因は人類の急速な発展だ。


 神代の最後に、冷凍睡眠によって命を繋いだ極少数の旧人類。その中でもリーダー格であった男マティスは、精霊王の候補者同様生まれながらに肉体を弄られた人間だった。


 獣の要素はなく、純粋に人間としての規格を強化された超人。頭脳も身体能力も人間の上限値を大きく超えていれば、更には老化が遅く寿命が非常に長いと言う特殊な性質も有していた。


 そんな超人は、旧文明の技術を使い人類を急速に発展させていった。遺伝子バンクから抽出したデータより新人類を創造。精霊王達の予備として残されていた胎児や受精卵を成長させ、亜人として世に放ち星の守護を命じる。当時は氷河期が終わったばかりの大陸に、聖王国と言う人間の為の国家を作り上げた。


 その偉業は枚挙に暇がなく、人類は大きく進歩した。故に、と語るは余りに皮肉であろうか。建国から220年が経った頃、募った澱は臨界点を超え、魔王の影が現れたのだ。


「漸く、此度の試練の時が来る。三度目は、存外に長く掛かったな。全く、人と言う生き物は、どれ程の時が経とうと変わらない」


 幸いなことに、当時の人類はまだ発展途上。魔王の影は本体に比すれば非常に弱く、されどそれでも人の半分。容易く祓える存在ではなかった。


 建国王マティスは旧時代の知識を当時の鍛冶師らに与え武具の鋳造を命じると、軍を率いて自ら前線に立ち魔王と戦った。その戦いは、如何にマティスが超人であれ、非常に長引いた。


 30年。精霊術こそ発展してはいたが、それ以外に明確な攻撃手段はなく。また切り札足り得る精霊王達は、本体の封印を維持する為に満足には動けない。


 そんな状況で、無限に増え続ける軍勢を相手取る。それがどれ程の難事であるかは想像に容易く、マティスが万能の超人でなければ人類は既に滅んでいたであろう。


 遅延戦術を繰り返し、国土を後退させながらも耐え抜いた建国の王。30年と時を掛けたその果てに、旧文明の技術を修めた新人類である鍛冶師ロスが聖剣を作り上げる。


 その輝かしい刃を手にしたマティスは、三人の従者と共に世界各地を巡った。四の精霊王を説得し、聖剣にその加護を宿らせて、そして彼は自ら剣を手にして魔王の影と戦った。


「誰かを恨み、誰かを憎み、誰かを呪う。何時だって、お前たちはそればかりを繰り返す。その意志が影と成り、この私を形作るのだと知りながら」


 死闘の果てに、建国王マティスは魔王の影を打ち滅ぼした。従者を二人失って、自身も大きな傷を負いながら、それでも彼は凱旋を果たした。


 だがその傷が寿命を大きく縮めたこと、そして自身の行いから魔王の影を生み出してしまったこと。その二つを理由に、建国王は自らの意思で退位した。


 多くの民に惜しまれながら、最も才に溢れていた末の娘に国を譲る。必要な引継ぎを終えた数日後には、眠るように命を終えたと伝わっている。


「それでも、人は試練(ワタシ)を超えてみせた」


 次に影が現れたのは、聖王歴706年のこと。建国王の教えに依って文化の発展を抑えていた聖王国は、しかし世の常と言うべきか、その内側が腐敗を始めていた。


 当時、権勢を握っていた勢力は二つ。一つは5代目“若年王”の時代に国教として指定され、時には聖王さえも傀儡として貶めてきた聖教会。


 一つは2代目“堅実王”の就任期に、王を支える重臣達に名誉として与えられたのを発端とする貴族達。中でも何時しか、王の選定権まで有するようになった五大貴族。


 8代目“悲劇王”が一年と言う在任期間で暗殺されたのを切っ掛けに、両勢力による玉座を傀儡とする争いが繰り返され、王権は失墜した。


 9代から13代までの聖王達。中には上手く両勢力の手綱を引けた王も居たが、そんな偉人でも現状維持が限界。多くは数年から十数年で入れ替わり、国内の情勢は悪化の一途を辿った。


 果てに聖王の権威は完全に崩壊。王座は空白のまま、互いの旗頭を殺し合うと言う暗黒期が始まった。王国歴605年から、706年の魔王復活に至るまで人類は互いに争い合ったのだ。


 国は荒れた。富める者は更に富み、貧する者は明日の食事にも困る有様。地には嘆きが満ち溢れ、貴族と宗教家は気にも留めず権勢を奪い合う。そんな中で、貧民層を中心に邪教が蔓延り始めた。


 大魔女に願えば、どんな願いも叶えられる。失った人にさえ、また会えるのだと。荒れ果てた土地で生きる人々は、その甘い夢に囚われた。


 権力争いで足元を疎かにした者らを後目に、増え続けた邪教徒達が事を起こす。大魔女を喜ばせる為の悲劇を。教主に踊らされたまま、一つの都市が地獄に変わった。


 都市一つを生贄とした大儀式魔術。“夢幻”のアダムが筆頭となって起こしたその事件によって、奪われた命は薪となって封じられた魔王に注がれる。結果、魔王の影は再び生まれた。


「一度ではない。二度、だ。二度も君達は、この私の影を破ってみせた。それは容易いことではない、確かな偉業と言えるだろう」


 当時の聖王国は、現れた魔王の影に対し何も出来はしなかった。衰え切っていた軍隊は鎧袖一触に散らされて、多くの聖教徒は命を落とし、貴族達は所領に引き籠って震えるばかり。


 国軍で抗えぬモノに、地方の勢力だけで戦える道理もない。北へ向かう魔王の進路に点在していた都市も村落も、当たり前のように踏み潰された。戯れに彼が進路を変えれば、それだけで被害の量は跳ね上がった。


 聖教は影の正体と対処法を伝え、他国に助力を頼った。されど西方の小国家群は、全てを合わせても聖王国の軍には劣る程度。当然のように、彼らも散らされ滅びを待つだけ。


 東で生きていた修羅達が自爆戦術で時を稼ぐことには成功するも、魔王の影の進軍自体を完全に止めるには至らない。少しずつ魔王の影は北上を続け、修羅が尽きるか、彼の手が土の精霊王にまで届けば終わると誰もが恐怖し震えて過ごした。


 そんな暗黒期が300年。影自身も遊んでいたのか。最短ルートではなく多くの被害を出しながら、それでも300年の後に魔王は世界に王手を掛けた。


 北方大陸に到達した魔王の影を、食い止める最後の防衛網たる土の眷属達。当時シャーテリエの森全土に広がっていた彼らが、絶滅寸前にまで追い詰められた。そんな時、その男は現れた。


「建国王マティス。聖剣王ルイ。どちらも正しく、素晴らしい英雄であった」


 何処からともなく現れた彼は最初、己を一人の傭兵だと名乗った。暗黒期の中で紛失していた聖剣を手に、魔物を狩って人を守る男ルイ。


 どれ程絶望的な状況下でも笑顔を絶やさなかった美丈夫に、多くの人々の目が焼かれた。諦めぬ彼の背を追う人々は増えていき、何時しか傭兵団は一国の軍隊にも比する数へと。


 多くの人が彼に縋った。多くの人が彼を求めた。その全てを男は受け入れて、何時しか軍は国と成る。自らを王家の庶子に連なる者だと嘯き、五大貴族の一角にして王家の傍流足るロス家の娘を娶ることで、正当性を得たルイは王位を継承した。


 第15代目聖王“聖剣王”ルイ・ジハァーゥ・シィクイード。暗黒期の末期を前に現れた彼は、初代王を倣い30年で国を安定させた。そして我が子に王位を託すと、世界を守る為に魔王の影との戦いへ。


 信奉者達を引き連れて、国内に蔓延る魔を蹴散らしながら、男は土の眷属が滅びる直前に北方大陸へと辿り着く。聖剣を手にした王は修羅や亜人達とも協力し合い、死闘の果て遂に魔王の影を打ち滅ぼす事に成功した。


 その対価に、男は倒れる。偉大な王は国に帰れず、聖なる剣だけが次代の王の手に。それを掲げる10と言う若さの小さな王へ、臣従する者らの内には反意も反感の類もない。


 王の権威は復活し、五大貴族は権勢の多くを残しながらも忠誠を誓い直した。聖教会は俗世に関わることを以後厳禁とし、国政には一切関与しない国家とは完全に独立した組織と成る。


 そうして偉大な英雄の血を引く、偉大な王の下に世界は一時の平穏を得る。後に“聖賢王”と称される若き少年王は、その在位の間に唯の一度も戦争を起させなかった名君であった。


「果たして君たちは、彼らに続く英傑と成れるかな。現代の勇者よ」


 三度目の出現は、聖王歴1259年のこと。その原因は、やはり人の愚かしさ。数百年と間が空けば、痛みと熱を忘れてしまうのが人である。


 中央の聖王国と、西方の小国家群には遺恨があった。3代目“栄光王”の時代から端を発する、国土争いの恨み辛み。それが燻り続けていたのだ。


 元より建国王に反旗を翻した新人類が作った国家。それを祖とする西方は中央への反意が強く、3代9代16代18代と歴代の聖王が外征を仕掛けて来たこともそれを煽った。


 だが国力に差が有り過ぎた。大陸全土を支配する大国たる聖王国に対し、西方の国家は単独では大きくとも中央の都市3つ分程度。五大貴族の所領にも劣る規模しかない。


 そして人の質にも差があった。超人の血と旧人類の血を僅かながらも引く中央には、英雄と称される規格外の存在が産まれ易い。対して新人類しかいない西方には、一騎当千の実力者など殆ど産まれなかったのだ。


 どれ程に軍備を整えても、千や万の軍勢を英雄一人に覆される。自国も英雄を得ようとしても、そう簡単には産まれてくれない。となれば、彼らの選択肢は一つ。技術力の向上だ。


 大国の都合で何度も滅ぼされ、幾度も支配され掛けた小国家群。その恨みは根深く、その怒りは強かった。もう二度と思い通りにされぬ為、英雄に勝る技術を西方の者達は望んだのである。


 だがそれは、魔王の力を増やしてしまう愚行。英雄の力は、所詮は個の力。彼彼女が死ねば消えるが、技術は人類全体の力を永続的に向上させてしまう。


 西方に座していた水の精霊王は不本意ながらも干渉し、制止しても止まらぬ者には直接罰を加えるまでした。しかしその行いは、西方の民にとっては許し難いことであった。


 故に彼らは愚行を為す。蠢動する邪教の助けを受け、精霊王殺しを目論んだのだ。結果としてそれは防がれるも、精霊王は大きな傷を負って活動不能に陥った。


 水の精霊王マリナ・オンディーヌの活動停止。それは封印の崩壊にも繋がり掛けた。そちらは辛うじて、クロエ・グノーメの負担が増すと言う程度で落ち着いた。だが、完全に防げた訳ではない。不完全だった封印は、更に崩壊し掛けと言う最悪の状況になったのだ。


 そして、魔王の影が現れる。封印が揺らいだ結果、西の大地に降臨した影の力は過去最高。本体にも迫る程に膨大な力を振るう怪物を前に、世界は滅亡の危機へと陥った。


 西方は然したる抵抗も出来ぬままに蹂躙され、中央が派遣した援軍や東から闘争の気配に引き寄せられた修羅達でも食い止めきれず、土の眷属は既に抗える程の力を持たず、その魔の手は封印の下へ。


 チェックメイト。土の精霊王の首が取られて、世界が終わるその直前。人の最後の足掻きが、世界の滅びを食い止める。


 聖教の若き十三使徒オスカー・ロードナイト。彼が手にした聖典の力によって、魔王の影はその動きを一時的に封じられたのだ。


 されどその封印も完全ではない。年に一度は掛け直さねばならず、発動している間のオスカーは戦闘能力を大幅に失ってしまう。


 脆弱な魔物にさえ敗れ去る可能性があり、故に彼を聖王国から動かすことが出来ない。また彼が死ねば封印は解けてしまうから、一定以上の護衛が常に必要となる。


 そんな首の皮一枚だけが繋がっているような情勢で、魔軍の散発的な襲撃を耐え続けること40年。若き男も既に老い始め、世界の終わりが見え始めた時。


 当代の聖王であった明晰王は各国に協力を要請。国土防衛に必要な戦力だけを残して、残る兵ら全てを北方へと派遣した。乾坤一擲を賭して、魔王の影を討伐せんとしたのだ。


 しかし結果は失敗。派遣軍は壊滅し、各国は対抗手段を完全に失った。聖王国もまた国土の防衛は可能だが、それ以外は何も出来ぬ程に追い詰められた。


 オスカーが老いて死ねば、その瞬間にも世界は終わる。そんな状況を、覆す術はもう手元にない。真綿で首を絞めるような情勢の中で、後を継いだ英断王は覚悟を決める。


 王家に伝わる最後の秘術。古くは7代目“貞淑王”の時代に記録が残り、近くは17代目“聖女王”が呼び出した存在。一説においては、15代目“聖剣王”もそうだったのだろうと言われたそれ。


 勇者召喚。王家に連なる者が、その生涯で一度だけ行使出来る最後の切り札。召喚者が望んだことを果たせる者を、無限に広がる並行世界の中から探し出して召喚する。そんな大儀式で、彼はこの世界に現れた。


「名乗り給え、現代の勇者達。折角の舞台だ。伊達や酔狂の一つも見せねば、世は余りに詰まらぬだろう」


 最新の勇者。新たなる伝説は、1年と言う時を掛けて世界を巡った。国に仕える聖騎士と、教えに従う聖女と、国を捨てた賢者を供として。


 中央で力を蓄えて、先ずは南方へ。風の精霊王と対話を続けた果てに、その加護を得た勇者達は西へと向かう。


 西方では国家間の問題を調停しながら水の精霊王の下へ。人を恐れ拒む彼女の心を解き解し、加護を得ると彼らは中央を経由してから東へと。


 東方では人間を滅ぼそうとする火の精霊王に立ち向かい、闘争心に溢れた修羅達からは逃げ回り、精霊王や六武の長と和解し助力を受けて北の果てへ。


 土の眷属に導かれ、精霊王と対話を終えて、果てにこの玉座へと。石の玉座に深く腰掛け、見下ろす魔王を前に剣を執る。これが最後の戦いだ、と。


「だ、そうだけど。どうするよ、お前ら」


「名乗りを上げられたのならば、名乗り返すが騎士の本懐。先ずは私から告げさせて貰おう」


 空色に輝く剣を手にした少年が悪童の如く笑えば、最初に答えたのは白銀の鎧を纏った青年。年の頃は十代後半程度か、実直そうな顔つきをした金髪碧眼の青年だ。


「聖王国軍所属、討魔師団副長クリストフ・フュジ・イベール。王国の民草の為、その首を貰い受けに来た」


 後に三将軍と称される、今はまだ若く未熟な男。短い髪をオールバックで固め、白銀の鎧を纏った男は二振りの武器を持つ。


 一つは両手に構えた巨大な剣。身の丈に迫る程の剣には雷光が迸り、彼の戦意を示している。残る一つは、東国風の和刀。腰に吊るされた一振りの刀こそ、旅路の中で得た切り札。


「聖教会所属の、アリエル・ミィシェーレ=リュミエールです。無辜の人々を傷付ける貴方の暴挙、必ずや止めて見せます」


 白い髪に白い肌。赤い瞳をしたアルビノの少女は、その白十字が浮かんだ瞳で魔王の影を見る。あれこそは、世界を滅びに導く人類悪。


 聖女と称され、教会の中で育った常識知らずなアリエルにも分かる。彼を倒せなければ、人は滅ぶのだと。故に白のローブを靡かせて、光を己に纏わせる。苦手で嫌いな争いも、今だけはせねばならぬと心に決めて。


「……ジャコブ・ファミーユ。唯の世捨て人な老い耄れじゃよ」


 老いた梟の亜人が両者に続く。色褪せた衣服の上に、豪奢なローブを纏い杖を突く男。髭のように長く広がる体毛を撫でながら、語る男は民の平穏などに興味はない。


 明晰王の治世に才を見出され、オスカーと共に王の下で学んだ老人。彼の王の下で宮廷魔術師まで成り上がるも、亜人と言うだけで差別され続け、遂には王の交代と共に国を追われた男が彼である。


 旧友がどうにか繋いでいる世界。そんな情勢だと言うのに、差別意識だけで実力者を国から追い出そうとする王国の現状。それに愛想を尽かしている彼が、今もこの場に理由など個人に対する情だけだ。


 必死の思いで今も封印を続ける十三使徒筆頭。真っ直ぐな心根を持つ聖騎士。誰よりも心優しい聖女。そして風のように爽やかで、気持ちの良い少年勇者。


 彼らが生きている今は、それだけで守る価値がある。彼らが繋いでいく明日は、きっと今日より良い物となるだろう。そう心の底から信じられたから、猛禽のように鋭い瞳を魔王へ向けた。


「んで、俺が今代勇者。結城恭介さっ!」


 最後の一人、茶髪の少年が笑みを浮かべたまま名乗る。青系色に染色した聖騎士用の装備、そこから鎧を外した軽装姿に両刃の西洋剣。


 13歳と言う年の割には発育の良い体格は、欧米の血が多く混ざっているからだろうか。衣服を着崩した軽装スタイルの少年は、その聖なる剣を片手で構えた。


「魔王アカ・マナフ。君達の前に立つ、人が人である限り滅ぼせない悪性だ」


 四者の名乗りを受けて、応じるように魔王も返す。黄金の髪に、黄金の瞳。闇夜の如く暗く深い黒色のローブを纏った王は、石の玉座に腰を掛けたまま告げる。


「結城恭介。クリストフ・フュジ・イベール。アリエル・ミィシェーレ=リュミエール。ジャコブ・ファミーユ。君達が建国王や聖剣王に続く英雄と成れるか、今此処に試すとしよう。――――抗うが良い。これぞ魔王の試練である」


 かくして、勇者パーティーの戦いは始まる。世界の命運を賭けたその戦いは、こうして幕を切ったのだった。


――戦いは七日七晩続きました。諦めそうになり、心折れそうになり、それでも勇者は戦いました。


 風が吹き荒び、雷撃が瞬く。剣を手にした勇者と騎士が先陣を切り、賢者の魔術が生み出す闇と聖女の聖術が作り上げる光が後に続く。


 星々の煌めきを思わせる派手な攻防が続く中で、果たしてそれに気付いたのはどれ程の時間が過ぎた後の事実であったか。


「こやつ、魔術が効かぬ!? 否、これは魔力を吸収されておるのか!?」


「ちっ、爺さんは一端下がってくれ! 防御重点、援護に徹する感じで頼む!」


 魔術とは、集合無意識の悪意である瘴気を介して総意に干渉する技術。魔力とは人の生命力を取り込み意志で制御出来るように加工された瘴気であれば、瘴気の塊であるアカ・マナフに通じないのは当然の道理。


 闇に属する力では、魔王に利するだけだ。もっと早くに気付くべきだったと歯噛みするジャコブに、恭介は振り向きもせずに指示を飛ばす。並の魔術師では、魔王との戦いでは役立てない。


「それしかない、か。分かった。儂は魔王の力を散らすことに専念する。……あやつが瘴気の塊ならば、理論上は干渉も可能な筈じゃからのう」


 されど賢者は術師として並ではなく、間違いなく歴史上でも十指に入る実力者。更に言えば彼の本領は、単純な術師としての技能ではなく分析力と発想力。


 直接攻撃では役に立たない所か、敵に利してしまうと分かった時点で直ぐに次善の策を思い付く。そうして守勢に回った彼の援護を受けて、勇者達は更にと攻め立てた。


「光の力も、通りが悪い。……ううん、これは、まるで。でも、どうして」


「考えんのは後だ! 神聖術も効かねぇんなら、アリエルも支援に回ってくれ!」


「わ、分かりました! 回復と強化の維持に専念します!」


 闇の権化である魔王。ならば神の光が特攻となる筈だと言う考えは、座して動かぬ悪思を前には通じない。その理由が分からずに、或いは分かりたくないのか、動揺する聖女に勇者が指示を出す。


 理屈を考えるのは後、事実を今は認識すれば良い。そも、術の類は殆ど通じない。そう理解するだけで良いのだと。結果として手数は減り、前衛二人の負担は増えるが愚痴った所で何も変わりはしないのだから。


「雷翔一閃! キョウ! この調子では、余り長くは持たんぞ!」


 魔王は椅子に座したまま、片手を気怠げに動かす。垂直に伸ばした右手の指が動く度に黒き衝撃波が放たれて、勇者と聖騎士はその度に吹き飛ばされて後退を余儀なくされる。


 後退した彼らに向かって放たれる追撃を、雷撃の刃を肥大化させたクリスが切り払う。そうして出来た空白に、勇者が風の精霊を操り真空の刃を飛ばす。黄色の光が闇の衣を切り裂いて、されど致命打所か痛痒にすらも程遠い。


 後衛二人の術は通じず、前衛が接近するのは難しい。さりとて前衛組の飛び道具では、決定打とするには火力が足りない。魔術や聖術による強化や回復にはデメリットもあれば、持久戦は唯々不利だ。右肩下がりに状況は悪化していくことだろう。


「さっすが魔王。分かっちゃ居たけど、ハードだな!」


 勇者達が語らう間も、魔王の手筋は止まらない。いいや、止まらないだけではなく、その重圧は増えていく。


 まるで指揮者のように魔王が片手を軽く振るう度、大地を影が塗り潰しながら隆起していく。黄金に輝く玉座の間が天蓋を、闇が染め上げながら雨の雫を思わせるように落ちてくる。


 滴り落ちる黒水や地より貫く黒杭は、不吉を強く感じさせるもの。勇者達は黒い衝撃波に吹き飛ばされながらも、それらにだけは当たってはならぬと言う直感に従い躱し防ぎ迎撃する。


 水の量はやがて小雨の如く、杭の量は雨後の筍を思わせるように、少しずつ、だが確実に増えていく。


 いつしか豪雨に変わる間際に、賢者が魔力の盾を頭上に広げて傘を生み出す。聖女が祈りで勇者と騎士の身体能力を増幅し、速度を上げた彼らが杭の山を切り裂き払い除ける。


 されど状況が、改善に向かうことはない。雨の雫も、杭の数も、どちらも増え続けている。限界などないかの如く。対する少年らの体力らには、明確な底が存在していた。故に、必要となるは劇的な打開策。


「余裕がある内に、賭けに出る必要があるな。クリス!」


「……使うか、キョウ」


「それしかねぇだろ、道は開く。頼んだぜ、最高火力!」


 言われてクリスは、手にしていた大剣を軽く回して大地に突き刺す。同時に剣に力を注いで、発動するのは雷翔円陣。周囲に振り撒いた精霊の力による雷結界を盾として、腰に下げた刀の柄を握って居合抜きの姿勢を取った。


 腹の内にて高めた力を腕を介して刃に注ぎ、小さな声で口より紡ぐは総意より下された枷の呪言。其処に己の心と誓いを混ぜて、決して揺らがぬ芯とする。これを以て為すは、東国は六武衆より伝えられた神威法。人の身で、神の領域を侵さんとする秘術である。


「風よ、吹き荒れろっ!」


 詠唱を始めた騎士の一撃を必ず届かせる為に、勇者が精霊の力を借りて風を操る。黄色の風が暴風となって広い室内を荒れ狂い、無数の杭を浄化しながら衝撃波と相殺する。


 魔王へ続く道が拓ける。一瞬後には閉ざされてしまう道行だろうが、この一瞬ならば邪魔はない。ならば裂帛の意志と共に踏み出して、その鋭き心威の刃を敵の首へと届かせるだけ。


「宝山庭石一切等価――破山剣!」


 雷が足の裏で弾けて、騎士の体が前へ跳ぶ。降り注ぐ雨は今にも壊れそうな傘に防がれ、押し迫る杭は荒れ狂う風に吹き散らされて、魔王が僅か目を開いた時には既に斬首の間合いにある。


 故に、この一擲に乾坤を賭して振るうのみ。一心にそれだけを思う破山の剣は、その銀閃を躍らせる。袈裟に流れるような斬撃の後、溢れる力に耐えられなくなった刀身が自壊する。確かに斬ったと、実感はあった。だが――


「ほう」


「――っ!」


 傷が、浅い。目を見開いた後に魔王は、右手を盾に影の衣と己が血肉で僅かな時間を生み出すと、立ち上がって身を翻した。要は刃から、逃れようとしたのである。


 その鷹揚とした態度と余裕から、一転即座に退避するなど予想外の行動。斬撃の質を一目で見抜かれたのかと言う動揺が、一手の不足に繋がった。結果、動きを止められた騎士の体は衝撃波に跳ね飛ばされる。


「悪い、キョウ。しくじった」


「……いいや、十分さ。傷は残った。なら、勝機だって残ったさ!」


 吹き飛ばされて、空中で一回転をしてから着地する。雷光を迸らせる歩法によって大剣を回収し、構えながら詫びる言葉を漏らす騎士クリス。


 振り向きもせずに軽く返す勇者の言葉は、誰にも分かるような強がりだ。これまでの魔王の攻勢は全て片手間。比喩ではなく事実として、片手で事足りていたのだ。それを思えば、切り札を切って届かなかったと言う事実は重い。


「腕が直ぐには治らぬか。ふむ、面白い」


 そんな彼らに追撃することもなく、どこか愉し気に魔王は己の片手を見やる。半ばより断たれた右腕は、断面にどこまでも暗い穴だけを覗かせている異形。


 闇を束ねて腕の形を取らせても、その断面には繋がらない。それはクリスの心威が回復不能の効果を持つから、と言う訳ではない。彼の心威が有していた斬ると言う意志が、今もまだ消えていないからだ。


 唯鋭いだけの刃で、このような傷を残せることもあるのかと。戯れに観察しながら嗤っている魔王の姿を見上げながら、大剣を構えたクリスは僅かに後悔していた。


 クリスの心威は一撃必殺。使用回数を制限することで、威力を大きく高めると言う性質を有している。刀の本数は残弾数だが、その数を増やしてしまえば威力は劇的に下がっていく。


 常ならば三本。だがそれでは魔王に届いても致命傷には至らぬと言う判断から、今は唯一振りしか所持していなかった。その判断は過ちで、いつも通り三本の刀を持ち込むべきであったかと。


 だが、その後悔も的外れではある。彼の心威はあくまで火力を上げるだけのもの。唯一振りに専心したからこそ鋭過ぎる傷が生まれて、再生を遅らせることが出来ているのだ。


 これが三分の一以下の威力であれば、こうはならない。傷を付けられたとしても一瞬で治ってしまうであろうし、そもそも血肉や影の衣による守りを貫けなかった可能性とてあっただろう。故に判断ミスではなく、単純に力量が足りていないだけなのだ。


「そーかい、なら楽しんだまま逝ってくれると有難いんだけどなっ!」


 腕を一つ、暫く使用出来なくした。切り札を使った結果がそれであることを、勇者は既に察している。少しずつ、本当に少しずつではあるが、魔王の傷は治り始めていたのだから。


 今の微々たる速度では、一日二日は治らぬだろう。されど三日もすれば、元通りとなってしまう。故に現状、劣勢にあるのは勇者達である。皮肉を語って強気の笑みを作らなければ、心が折れてしまいそうな程には見通しは立たない状況だった。


「それも悪くはないかもしれぬが、しかしこれでは足りないな。よし、こうしよう」


 武器を構えたまま、魔王を睨み付けている勇者達。長引けば負けると分かっていながら、容易くは踏み込めないが為に立ち止まってしまっている。


 そんな彼らを鷹揚に見下す闇の王は、左の腕を軽く曲げ、指を一つ鳴らした。直後、大地が震え、空が鳴いた。何かが来る、と。警戒した勇者達の眼前で、頭上を塞ぐ天蓋が吹き飛んだ。


「来なさい、ジズ」


【Kiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiii!!】


 それは空を統べるモノ。それは風を穢すモノ。光に迫る程の速度で空を舞う、魔物の頂点たる大魔獣。城壁を崩しながら現れた異形の鳥は、病毒を降り注がせながら眼下の彼らを見下ろしている。そして、現れたるは、それだけではない。


「そして、ベヒーモス」


【Guoooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!】


 大地の揺れが限界を超えて、割れた地の底より現れたのは地を統べるモノ。それは土を穢すモノ。崩れ掛けた魔王の城を完全に崩壊させながら、出現した巨大な河馬はそのまま伸し掛かるように落ちてくる。


 巨大な城の二階部分から空中へと投げ出され、落ち行く途中で勇者達は顔を青褪めさせる。咄嗟に風を操って、狂わされたが故に何時も以上に消耗しながら、勇者は聖女を抱えて後退する。その姿を見て確認した騎士は雷を纏い跳び、賢者は闇を渡って転移する。


 巨獣の出現で、砂漠と変わった大地の上に投げ出されるように着地する。そんな四人の視線の先には、山よりも巨大な顔を持つ巨獣と空を支配する巨大な翼を持つ鳥が、彼ら大魔獣の後方の空中には魔王が優雅に佇んでいる。


「リヴァイアサンは、……ああ、そうか。私が寝ている間に倒されたのであったな。ならば、呼び戻すのは無粋であろう」


 大地の巨獣と大空の魔鳥。それらの同胞たる大海の魚竜は、最初に召喚された勇者によって討ち取られた。


 相打ちに近い形とは言え、本来の魔王にも比する力を持つリヴァイアサンを倒した勇者。その功績を偉業と讃えるが故に、死後のそれを魔王は呼び戻そうとはしない。


 無限に魔を生み出し、無尽蔵の力を魔に与える闇の王。アカ・マナフの権能を以てすれば、死した魔獣を蘇らせることや同じ魔獣を生み出すことが容易いのだとしても。それでは、余りに無粋が過ぎるのだから。


「さあ、暴れなさい。星を穢す獣たち」


 魔王が星を穢す為に生み出した三大の魔獣たち。知性は低く権能も領域も有してはいないが、その戦力は五大の魔王にも迫る大魔獣。


 誕生から千年以上の時が過ぎた今となっても、未だに内の一体しか討伐されていない怪物たちは影であり断片でしかない今の魔王よりも強い。


 発する瘴気と轟く咆哮が刺激する生存本能。それらから、勇者達もまた察する。この二大の魔獣を退けるのは、片腕しかない魔王の影を倒すよりも遥かに困難なのだと。


「くっ、儂がベヒーモスを抑える。後は頼むぞ」


「ジズの速度に追い付けるのは、私くらいか。すまないが、余裕は無さそうだ」


「……オーケー。そっちは任せた、こっちは任せろ!」


 故に倒せぬと判断して、狙うは分断からの時間稼ぎ。クリスがジズを、ジャコブがベヒーモスを、それぞれ抑えている間に勇者と聖女が魔王を倒す。


 それが不可能に近いと分かっていて、それでも勇者は笑って任せておけと嘯いた。心は確かに震えているが、口にしたとて意味はない。だから表に出すのは不適な笑みだけだ。


「キョウ!」


「アリエル、フォロー頼むぜ。きっついだろうが、やるしかねぇからさ!」


 誰もが絶望的な状況で、それでも希望を信じて頷き合う。任せた、死ぬなよ、と。視線だけで想いを交わして、彼らは三手に散開した。


 超重力を発生させ始めたベヒーモスには賢者が闇の力を当てて牽制し、光に迫る速度で宙を舞うジズには雷となった聖騎士が刃を迫らせる。


 残された勇者達は大地を蹴って敵の首魁へと向かい、闇の王はまるで迎え入れるかのようにゆっくりと空から降りて来る。


 見上げて睨む、小さな聖女。彼女の視線を受けて、見下すように微笑む魔王。その嘲笑に気圧されながらも、負けるものかと勇者は笑った。


 聖女が先に歩を止めて、勇者と魔王の距離は近付き続ける。空色に輝く剣を手に、その間合いが数歩の距離まで近付いた所で、魔王の影が破裂するように広がった。


「先ずは、これだ。雑兵程度は超えてみせろ」


 魔王の足元から、溢れ出すは百鬼夜行。種々様々な無数の魔物たちは、この今この瞬間に産み落とされた存在だ。


 生命之堕落。アカ・マナフが有する権能は、既存生物を魔物に変える力と、自身が想像した存在を創造すると言う力を有している。


 その発動に消耗する力。瘴気の量は人間ならば用立てることさえ難しい程だが、人類全ての闇であるアカ・マナフならば話は別だ。


 一瞬で数億の魔物を作り出せるだけの総量があり、それだけの力が人が生きている限り常に回復し続ける。故にその気になれば、魔物の数はそう時間を掛けることもなく天文学的数字となる。


 秒単位で数億。それを数億年続けても、何ら消耗しない程の回復量。結果として吐き出されるのは、数えることが出来ない程の魔物の群れ。


 数え切れず、尽きることがないのならば、それは無限と言っても過言ではないだろう。原初の魔王アカ・マナフが有する最大の強みこそ、この無限の魔軍なのである。


「行きます、聖軍の刃(ジャッジメントソード)っ!」


 祈りによって溜め込んだ信仰力を消費して、聖女が虚空に光輝く剣を作り上げる。数十と言う刃が空を飛翔し、迫る魔軍の先陣を挫いてみせた。


 魔王が口にした通り、魔軍の多くは雑兵だ。ここまで旅をしてきた勇者達にとってみれば、一体一体は脅威にならぬ弱敵。だが、それでもやはり、数が多い。


 全てを倒し切ろうとすれば、そうなる前に勇者の体力も聖女の信仰力も尽きてしまう。となれば最小限の敵を切り払い、その津波に穴を空けて魔王へ剣を届かせるべきである。


「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!」


 だが果たして、届いた所で勝てるであろうか。先には四人掛かりで、それでも片手間にあしらわれていたと言うのに。


 そんな胸中の不安を雄叫びで誤魔化しながら、勇者は輝く剣を手に走り続ける。剣を振るう回数は最小限。道を拓く為に必要な手間の多くは、後方から降る光の剣に任せてしまう。


 津波を抜けた後こそが、勇者にとっては本番なのだ。だからそれまでは、なるべく消耗させないように。示し合わせた訳でもなく、同じ思考に至った勇者と聖女。それは旅路の途中で培った、互いへの信頼が故にの行動だ。


「先を見通すのは良い。何処へ向かうか筋道を付けねば、途中で迷うが君達人の性である。だが、分別過ぐれば愚に返るとも言うであろう。今を軽視し過ぎだ、今代の勇者よ」


 押し寄せる膨大な数を前に、加減しながら優位を保つ。後に待つ窮地を思えば当然となるその判断も、後に待つ窮地がその場に留まっていればと言う前提があればのもの。


 事此処に至り、既に魔王の縛りは多くが解き放たれている。試練として必要なのは、開戦時点での勝機。戦闘中にその勝機を掴めないのは、相手の不足と断じてしまえる。故に戦闘の途中からであれば、魔王は詰みの一手を打てるのだ。


「闇よ、堕ちろ」


 魔軍と言う津波を抜ける為に時間を掛けてしまっている勇者達へと、魔王は追撃を仕掛ける。虚空に向かって手を掲げ、その先へと瘴気を凝縮させる。


 巨大な球形へと変わる闇の力を、腕の一振りに合わせて動かす。月を思わせる程の巨大なエネルギーが、呼び出された魔軍を諸共に圧し潰しながら勇者を吹き飛ばした。


「ぐ、くぅ」


 先に潰された魔軍が威力を減衰させて、咄嗟に発現させた聖剣の力で迎撃して、それでも防ぎ切れない威力に勇者が倒れる。


 距離が故に巻き込まれなかった聖女の眼前で、如何にか立ち上がる血塗れの勇者。骨が幾つか折れたのか、何度も口から吐血を繰り返す姿は既に限界だ。


「限界か、ならばそれを超えてみせろ。間違えるな、限界(ソコ)はスタートラインだ。底の底まで振り絞り、それでも届かぬのが魔王の試練。何もかもを燃やし尽くして、足元程度は掬って見せろ。それがお前の義務だ。今代の勇者」


 額や口から血を流しながら、荒い息を整えている幼い勇者。彼を見下している魔王の語りが終わった直後、再び影が膨れ上がって無数の魔物が出現する。


 再び迫る魔物の群れを前に、今度は間違えない。即座に治療の聖術を飛ばしてから、聖女は全力で敵を駆逐していく。傷の癒えた勇者はフレンドリーファイアを恐れずに、魔物の群れの中へと跳び込んだ。


「うぅぅぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!」


 斬る、斬る、斬る。吹き飛ぶ血肉を肩で押しやり、前へ前へと進んで行く。頭上に暗く輝く闇の球形が完成する前に、津波を超えねばそもそも魔王に届かない。


 届いた後など考えるな。そんな余裕など既にない。肩や手足に噛み付いてくる木端な魔物を返す刀で弾きながら、漸くに勇者は波を突破する。剣が届く間合いに至って、既に体は限界だ。


 意識は飛んで消えそうで、足は棒のように重く動かすのも億劫だ。血の量が足りない。力の桁も足りてない。勝機なんて何処にも見えない。


 心が折れてしまいそうだ。もう諦めて逃げようと、怯懦が際限なく湧いてくる。勝ち目はない。前に進むのは完全な愚行だ。そう諭す理性の言葉に、勇者はそれでも笑ってみせた。


 さあ、行こう。戦おう。前に行こうと。もう勝算など考えない。進むことしか出来ないならば、前に進み続ければ良いのだから。


「脆弱だな。これまで私に挑んだ何者よりも、お前は幼く脆く儚く弱い」


 幼い勇者は剣を振るう。覚束ない足取りで、傷だらけのその体で。しかし当然、そんな剣では倒せない。魔王の手で容易く止められて、返しの技で吹き飛ばされる。


 暗い衝撃波に蹴散らされ、大地を転がる小さな勇者。必死に立ち上がる彼へ後方の聖女が近付きながら呼び掛けるが、そんな彼女にも余裕などはない。間に聳え立つ百鬼夜行は、まだまだ健在なのだから。


「もう少し、手心を加えてやるべきだったかもしれないな。単純な個の性能ではなく、他者との絆を武器とするのがお前であれば」


 勇者キョウは、決して強い者ではない。一騎打ちでは聖騎士に劣るし、知識の量では賢者に負けるし、聖女のようなカリスマを有している訳でもない。


 その性格で、その生き様で、他者を奮起させること。それこそが彼の有する最大の資質であり、だから試練としてそれを取り上げると決めた。その判断、間違いだったかと魔王は嗤う。


 勇者は何も出来ていない。一方的に傷付いて、一方的に追い詰められて、何度も何度も地を転がる。血反吐を吐いて、それでもと立ち上がり続けるだけ。


「は、勇者と聖女の二人掛かりだ。片腕の魔王相手なら、十分ってもんだろ」


「強がるではないか。……いいや、強がるしか出来ない、か。成程、それが君の本質だったな」


「分かったような、口を利く」


「分かるとも、私は人の闇。詰まりは君の闇でもある。故にそうとも、負の想念を介することで、私は全ての人の弱さを知っている。君は聖剣の守りが故に、多少見え辛くはあるがね」


 ならば、と魔王は攻め手を変える。肉体を嬲るように傷付けながら、突き付けるのは彼の弱さ。その立脚点とでも言うべきトラウマだ。


「結城恭介。君はまるで湖を泳ぐ白鳥だな。その本質は、才に欠ける努力家だ。君の始まりは、無力感に苛まれた挫折にある」


 勇者キョウは、決して強い者ではない。世界には彼より強い者が多く居る。強者をランク付けしたのなら、十指の中には確実に入れない。或いは、二十や三十と数えても入れないかもしれない程度。


 彼には才能がなかった。生まれつき体格には恵まれたし、これと言って出来ないことも多くはなかった。それでも、その程度。天才どころか秀才と言う領分にも届かない、常人の少し上と言うのが彼の領分。


 それは普通に生きるには十分な資質ではあれど、彼が望んだ通りに生きる為には余りに不足が過ぎる才覚だったのだ。


「君には守りたい人が居た。大切な友が居た。だが、君は本当の意味で、その友人を唯の一度も守れたことがない。不幸の淵に在る神籬を、君は救えていないのだ」


 結城恭介は、日本とロシアの血を引くハーフの父とアメリカ人の母の間に産まれたクウォーターだ。幼い頃は母方の故郷で過ごし、日本に渡ったのは齢が7を数える少し前のこと。


 引っ越して暫くした後に出会った同年代の子に一目惚れして、実は少女と見紛う少年だったと知って後悔して、それでも友と成ったからには見捨てはしないと心に決めた。


 そんな覚悟など、神籬と関わるには不十分に過ぎたと彼は知る。少年が呼び寄せる不吉に巻き込まれ、彼は何も守れないと言う現実を知った。それこそが、結城恭介の始まりだった。


「怯える友を守れるように、才無き君は力を求めた。一を極めることが出来ぬから、十を修める道を選んだ。その手数を生かす、知恵を望んだ」


 呪詛を引き寄せ、呼び寄せられた怪異が身近な者へと牙を向く。神籬の父が犠牲となって、如何にか守った少年は解放された訳ではなかった。


 彼が生き続ける限り、同様の事象は起きる。何度も何度も災害や災厄が巻き起こり、その度に巻き込まれながらも結城恭介はその傍を離れなかった。


 己の恩人でもある友の父から死に際に託されたから、友を疎んで遠ざけようとする彼の母に哀れみと憤りを覚えたから、友を取り巻く境遇にこれを見捨てたら格好が悪いと思えたから。


 そして何より、既に情が芽生えていたから。慕情や愛情ではなく、友諠の情を主とする感情。己のそんな心に逆らうよりも従った方が、果てが破滅なのだとしても、気持ち良く生きられると思えたから。


 だから彼は力を求めた。特別に成れる才能がないと自覚した後は、苦手がないと言う己の才を伸ばそうと努力した。様々な経験、様々な技術を身に付けて、そうして彼は此処に居る。


「怯える友を救えるように、才無き君は仮面を被った。心の弱さを隠す仮面で、己の闇から目を背けた。そうして走り続けた先が、この今この時この瞬間だ」


 挫折など、それこそ数え切れない程に抱えて来た。眠る時間を削って、練習の密度を引き上げて、必死になって努力しても届かない人などどの分野にも存在したから。


 諦める経験なんて、それこそ数え切れない程に繰り返した。押し寄せる災厄から、神籬の少年を守り抜く。それだけしか出来なくて、けれどそれだけは必ず成し遂げて来たから。


 だから彼は、勇者に選ばれて召喚された。大切な友を守る為にも直ぐに帰りたかったが、それでも見捨てるのは格好悪いだろうと助力を決めた。


 この経験が、何時か役に立つと信じて。旅路の中で、友の為になる何かを得られるかもしれないと期待して。そうして今も、彼は友達の為に戦っている。


「忠告をしよう。君は弱い。十や百のことを人並み以上に出来るようになった所で、特別な一を有する者達には届かない。絶望的な戦場を、覆せる程に君は強くない」


 勇者の立脚点はそれだ。彼の心の芯は其処にある。守りたい、守れなかった友達を。守れるような、男に成りたい。そんな願いを抱えて足掻く、とても弱く脆い少年だ。


「忠告をしよう。君は弱い。心の闇から目を背け、強がるだけでは意味がない。顔を隠して鎧を纏った所で、心の脆さは隠せない。その弱さは、鎧では守れないものである」


 そんな己の弱さを見せれば、友達が不安になって嘆くから。何時だって笑って強がってきた。こんなことは大したことではないのだと、纏った嘘の仮面と鎧は分厚く重い。


 しかし例えどんな理由であれ、弱さを隠しているのは事実だ。それは目を背けていると言う意味でもあり、故に勇者は魔王に届かない。何故ならば、闇とはその弱さ。彼が目を逸らしているそれこそが、魔王の本質に他ならぬのだから。


「忠告をしよう。故に君は、私に負ける」


 頭上に集まり続けていた瘴気の球体が、何時しか既に完成している。勇者が必死に足掻いても、真面な被害を与えられない以上は止められなかった。


 腕の動きに応じて、その闇が大地に落ちる。今度は軽減してくれるような肉の壁はなく、光の剣による迎撃も間に合わず、その直撃を勇者は受けた。


「く、あああああああああああああっっ!?」


「キョウっ!!」


 闇が勇者を飲み込んで、そのまま止まらず魔物の波へ。溢れ出す百鬼夜行を薙ぎ払いながら、襤褸雑巾と変わった勇者を地に落とす。


 最早息をしていることさえ奇跡と思える重体で、倒れ伏した勇者は後方へ居た聖女の下へと。慌てて駆け寄る彼女が癒しの光を翳すが、快癒の見通しが立たない程に傷が重い。


「己の闇にも勝てない者が、一体どうして人類全ての闇に勝てると言うのか。これは当然の帰結だよ」


 ゆっくりと告げる闇の王。彼は左の腕を空に掲げて、再び瘴気を集め始める。最早、結果は明白だ。此度の勇者の敗北を以って、魔王はそれを人類の解答とする。


 試練の失敗。それが成立した時に、魔王は世界を滅ぼすことが出来るから。この勇者の死を以って、世界滅亡の序とするのだ。彼はそう定め、その幕を引く為に動き出す。


「……く、は」


 そんな絶望的な状況で、一瞬飛んでいた意識を取り戻した勇者は、血を吐きながらも小さく笑った。


「認める、よ。認めてやる。俺は、弱い」


 知っていた。分かっていたのだ。魔王が指摘した、その弱さなんて最初から。


「最初はさ、綺麗だって思ったんだ。んで、寂しそうだって、思った。だから、友達になろうって、手を伸ばした」


 神聖術による治療の代償。霞む意識と朦朧する視界の中で、勇者は過去を思い出す。それは或いは、走馬灯と呼ばれる現象だったのかもしれない。


「色々、勘違いしていたことが分かって、でも、だからって変わらない、こともある。それは、俺とアイツが、ダチだってこと。ならっ!」


 けれど、それでも、久し振りに思い出せた光景が、彼に確かな力を与える。その心を奮い立てるには十分な理由が、彼をもう一度だけ立ち上がらせた。


「助けたいって思うのは当然で、それでも俺はアイツを救えない程に弱っちくて、だからって諦める理由なんざないから――強がりだろうと、顔を上げて笑うんだよ!」


 神聖術で癒したとは言え、死んでなければ可笑しい程の傷。普通は立ち上がれない状況で、それでも勇者は普通じゃない。剣を支えとしながらも、当然のように立ち上がって笑う。


「それが弱さだって言うんなら、確かにそうさ。俺は弱ぇっ! だから、どうしたっ!!」


 何時もの透き通った風のように、爽やかな笑みではない。飢えた獣の姿を彷彿とさせるような、歯を剝き出しにした闘争本能に満ちた笑み。


「認めてやるよ! 弱いって、目を逸らしてたって! だけどなぁ、それで、俺のやることは何も変わんねぇんだよ!!」


 そんな顔で嗤った勇者は、震える足で大地を強く踏み締める。輝く剣をその手に取って、魔王に向けて啖呵を切った。


「弱いなら、強くなる! 目を逸らしてたなら、今度は眼ん玉ひん剥いてしっかり見る! 薄っぺらい強がりが、本物の強さに変わるまで! 積み重ねていくしかねぇだろうっ!!」


 弱さを認める。けれど強がることは止めない。この強がりが、本当の強さに変わるまで、目を逸らさずに進むだけ。


 そんな少年の言葉を受けて、魔王は静かに笑みを深める。ならば超えてみせろと言わんばかりに、闇の球体が更に巨大化した。


 ドクンドクンと脈打つように、性質を変えていく天上の球体。微笑む魔王を前にして、ふら付く勇者は己を支えてくれている聖女を見た。


「俺は、帰るんだ。約束したんだよ、だから――アリエルっ!」


「は、はいっ!」


「助けてくれ! 俺一人じゃ、俺達だけじゃ、勝てないっぽいからさ!」


「はい! ……はい?」


 そうして語られた言葉を嚙み砕けなかったアルビノの聖女はきょとんと戸惑い、彼らの姿を見下ろしていた魔王は嘲笑うように言葉を投げた。


「ふむ。先程の啖呵を聞くに、一人で立ち向かうのではないのかね?」


「はっ、テメェが言った通り、俺は弱いんだよ。少なくとも、今はまだ。目を逸らすのを止めた所で、人の悪意全部になんて勝てる道理は一切ねぇ! 無理に決まってんだろ、ふざけんな!!」


 魔王の嘲笑に対し、勇者の言葉は身も蓋もないもの。それでも聞けば、誰もが納得するだろう言葉。当然だ。個人が、人の悪意全てに勝てる道理はない。


「そんな俺に出来るのは、誰かに手を伸ばすこと。一人じゃ勝てないって言うんなら、皆で勝てば良いだけだろ! ってことで、伝達の神聖術を頼んだぜ。アリエル!」


「え、あ、分かりました。けど、何処に繋げば?」


「決まってんだろ、世界中の人間全員にだ!」


 そう、個人で総意の悪意に勝てぬのならば、人類全てで挑めば良い。考えてみれば当然のその解答に、一体どうしてこれまで選ばなかったのかと。内心で自噴しながら、勇者は言葉を続ける。


「大体よ、頭に来んだろ。そもそも何で召喚しやがったってさ。この世界の悪意なら、この世界で解決しろや」


「随分と明け透けに言うではないか。今更、泣き言かね?」


「唯の愚痴だよ。んで、発破を掛ける為の皮肉でもあるさね」


「ふむ。それで、私が態々待つとでも?」


 勇者の言葉に、魔王は冷たく現実を示す。既に勇者は限界を超え、吹けば飛ぶような有様だ。闇の魔王がその手を下せば、何も出来ずに彼と彼女は消し飛ぶだろう。それで、人類は終わりだ。


 そんな現実を静かに告げられて、為す術など他にないのだと示されて、勇者は浮かべた笑みの質を変えた。肉食獣のような獰猛さが薄れた顔は、まるで悪戯に成功した悪童のように。彼は確信を以って言葉と返す。


「待つさ。一発勝負と行こうぜ、その方が粋だろう」


「……成程、私の性質に気付いたか。そのやりようは気に食わんが、察しの良さと思い切りは悪くはない。良かろう、最期の足掻きくらいは見届けようか」


 魔王とは試練である。神がこの世界の人間へと向けた、抗い続けることを強要する試練。その中でも、最も忠実な在り様を示すのが原初の魔王アカ・マナフ。


 他の四大ならば兎も角、原始的な彼ならば他の答えは返せない。挑まれたのならば、応としか返せぬのだ。故に此処に、最期の足掻きは成立する。泣いても笑っても、これが最後だ。


「――っ、これ、で。キョウ! 繋ぎました! けど、長くは持ちませんっ!」


「切っ掛けだけで十分っ! 俺から掛ける言葉は一つだけ、後は聖剣の力で心を繋げる! んじゃ、前置き頼むわ!」


「え、ええっ!? あ、え、こ、こほん」


 神聖術の行使に必要な信仰力。事前の祈りで用意していたその力は、世界全てに声を届けると言う奇跡の代価に底を尽きる。


 稀代の聖女を以ってして、もうこれ以上は何も絞り出せないと言う状況。その成果として繋げる時間は、数分にも満たない程度。


 血塗れの勇者から急にスピーチを頼まれて、慌てる姿を世界全土に晒しながらも聖女は咳払いを一つ。そうした後に、彼女は言葉を紡ぎ出す。


「……皆さん。この世界に生きる皆さん。私達は、勇者と呼ばれる者達です。この今、この時、北の果てにて、私達は魔王と戦っています」


 口にしたのは、今の現状。繋がる意識の中で、理解したのは仲間達の現状。騎士も賢者も追い詰められていて、助けを望める余裕はない。正真正銘、これが最後の一手であった。


「魔王は強く、私達だけでは倒せません。だから、どうか、皆さんの助けを――」


「なぁ、お前ら! 魔王が人の半分なら、もう半分で立ち向かうのが筋だろ! 担い手なら俺がやってやるからっ! そろそろ手を貸せ、当事者共っ!!」


 聖女の助力を望む語る言葉の途中で、割り込みを掛けた勇者が発破の言葉を投げる。そうした後に、神聖術による繋がりを利用して、聖なる剣の力を開放した。


「聖なる剣よ! 輝け、そして世界を繋げ!!」


 人の心を繋げて、力と変える聖なる剣。その刃が有するもう一つの力は、心と心を繋げる力。聖剣の持つ力はその二つだけであり、無条件に世界中の人間の助力を得られる訳ではない。


 助けてと、望まれたから誰もが助けてくれる訳ではない。頭を下げてお願いをした所で、思いの全てが伝わる訳ではない。それだけでは足りぬから、勇者は此処に心を繋げる。己の全てを、彼は明かした。


 伝わる想いは、彼の弱さ。明らかになるのは、彼の醜さ。強くなろうとしたその理由。今も足掻き続けるその想い。それら全てが、隠すことなく、世界の誰もに伝わった。そう、確かに全てが届いたのだ。


――勇者の剣が輝きます。その空色の輝きは、人の持つ希望の結晶。人間の悪意から生まれた魔王に届く、唯一つの聖なる剣。


 返る想いは、肯定的な物だけじゃない。勇者の心に幻滅した者。その物言いに反発する者。繋がる心の中で返される想いは種々様々で、それでも勇者はそれら全てを受け止める。


 反発でも良い。お前なんかに任せられないと言う想いでも良い。今は唯、闇から目を逸らさないでくれれば良い。この人の悪意には負けないと、その想いだけを抱いてくれればそれで良い。


 明日を信じて、闇に抗う。それは確かに、人の光と言える情だから。それだけを、勇者は剣へと集めていく。それだけの想いは、確かに世界の誰もが抱けた。此処に、想いは一つとなったのだ。


「何だよ、どいつもこいつも、出し惜しみしてんじゃねぇっての。まだこんなに、光るじゃねぇか」


「……成程、心を繋ぎ、束ねる力。才無き身であればこそ、至れる強さか」


 これがもしも、音頭を取ったのが誰よりも強い男であればどうなっていたか。多くの人がその熱量に焦がされて、確かに助力しただろう。それでも同じだけの人間が、もうお前一人で良いと諦めた筈だ。


 これがもしも、世界の誰よりも才に溢れていながら情熱のない男であればどうなっていたか。多くの人がその内面を知った直後に、掌を返して諦めたことだろう。お前とは違う。お前みたいには成れないと。


 英傑と成れるだけの才はなく、それでも心の在り様だけは誰よりも誇り高い。誰に何と言われようとも、折れずに抗い続ける弱者。そんな結城恭介だからこそ、この奇跡は為せるのだ。


「さあ、構えろよ。真っ向勝負と行こうぜ、魔王アカ・マナフ」


「良かろう。人の善意が勝るか、人の悪意が勝るか。いざ、競い合うとしよう」


 過去に類がない程に、強く輝く剣を構える。応じるように、魔王もそのタイミングを合わせる。両者の腕が振るわれて、光と闇が世界を揺らした。


「光よ、輝け! 薙ぎ払えぇぇぇっっっ!!」


「闇よ、堕ちよ! 全てを喰らい尽くせ!!」


 巨大に輝く光の剣が、空から落ちる闇の月とぶつかり合う。空と大地の全てを震わせるような衝撃と共に、二色の力は拮抗した。全ての人が有する光と、全ての人が有する闇が相食み競い合う。


「ぐ、おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!」


「悪くはない。だが、足りぬなっ!」


 拮抗は数秒。圧し負け始めたのは光の方。それは或いは当然の帰結。誰かを良く思うより、誰かを悪く思う方が簡単だから。人の善意は、人の悪意に勝らない。


「キョウっ! 負けないでっっ!!」


「っ、たり前だぁあああああああああああああああああああああああああっっ!!」


 圧し負けて、後退しながら倒れそうになる。そんな勇者の背中を支えて、負けないでと聖女は押し込む。負けないさと歯噛みして、勇者は一歩を前に踏み出す。それでも、光の剣は振るえない。その刃は闇に押し込められたまま、今も後方へと圧され続けている。


「健気なものだ。美しいとすら感じるよ。……だが、儚いな。人の善意と言うものは」


 少年少女らの抗いを尊びながらも、同時に魔王は無駄と断じる。勝敗は既に定まっている。集合無意識の中にある悪意、それが凝縮して人の形を成しているのがアカ・マナフであるから。最初から、人の内にある闇と光の総量など知っている。


「分かり切っていたことであろう。人は容易く、他者を呪う。恨み妬み蔑み足を引く。悪意を向けるハードルは、善意のそれより遥かに低い。分かるであろう、この光景こそ、その証明だ」


 人は何時だって、誰かを恨み誰かを妬み誰かを蔑みながら生きている。純粋に誰かを愛することが出来る者など多くはなく、其処に利害や私欲を混ぜてしまうのが人間だから。


 他でもない、アカ・マナフこそがその証明だ。全ての人間の内にある悪意、それが集えばこんな怪物に成ってしまう。その事実を覆すことなど、人と言う種には不可能なのだ。


「断じよう。例え世界中の人間の善意を束ねた所で、それでは人の悪意に勝てないと。人間とは、そういうものだと」


 ましてや、此度の光は世界全ての想いを束ねては居ても、その全てが善意と言う訳ではない。反発や拒絶と言った悪意も内に孕んでいれば、此処で圧し負けるのは当然の結末。


 これが分かっていたからこそ、魔王は敢えて応じたのだ。これが分かっていたのにも関わらず、応じる他になかったのだ。故に人類は滅ぶ。己が内で肥大化させた悪性が故に、滅ぶべくして滅ぶのだ。


 それに、否と返せるモノがあるのだとすれば――それは、


――そうだね。人間って、そういうものだよ。


 黄色の風が吹いた。それは最初に勇者を愛した、この星の欠片が一つ。


――それでも、人は素晴らしい。そう、貴方は信じてるんだよね。恭介。


 諦めの乙女は知っている。人は素晴らしいものではない。汚くて、浅ましくて、醜くて、どうしようもない生き物なのだと知っている。


 それでも、少年は信じていた。例え多くの人がそうではないと否定しても、心の底から彼は信じていた。誰だって汚い所はあるし、誰だって綺麗な所はあるのだと。


 世の汚さを知りながら、繋げた心で多くの悪意を感じながら、それでも結城恭介は変わらなかった。だから、フェドーシャ・シルフィードは決めたのだ。


――なら、ドーシャはそんな貴方を信じるよ。そんな貴方を愛するよ。貴方は素晴らしい人なんだって、ドーシャは確かに知っているもの。


 押し込められていた光の剣が、少しだけ闇を押し返す。まだ打ち勝てる程ではないけど、諦めるには程遠い。風の助力を受けた今、確かにそう信じられた。


 だからと雄叫びを上げて、勇者は更に一歩を踏み出す。その背を支える聖女も極光に目を閉じながら、それでもその手を離さない。少年少女は前に進んで、故に彼女も助力する。


 青色の水が流れた。それは二番目に勇者を受け入れた、この星の欠片が一つ。


――人間は嫌い。もう、守りたくなんてない。


 嘆きの乙女は知っている。人は素晴らしいものではない。汚くて、浅ましくて、醜くて、どうしようもない生き物なのだと知っている。


 この窮地を呼んだのは、人の愚かさだ。人間を守ろうとしていたのに裏切られて、彼女は死地に追い遣られた。それでどうして、人を良く思えるのか。


――それでも、泣いている声を聞くのはもっと嫌。私も泣きたくなってしまう。


 今更になって、人の多くは精霊に祈りを捧げている。泣いて喚いて助けてと、そう縋り付く声を拒絶し切れなかったのがこの女だ。


 人間なんて嫌いで、それでも苦しみ傷付く姿を見るのはもっと嫌い。そんな内情を汲み取って、もう一度だけ助けて欲しいと頭を下げて来たのが今代勇者。


 そんな少年の熱に当てられて、もう一度だけ助けると決めたのだ。だから、マリナ・オンディーヌは此処にその力を振るう。


――だから、貴方に手を貸すわ。誰かの涙を拭う為に戦う貴方なら、私も信じることが出来るから。


 押し込められていた光の剣が、少しだけ闇を押し返す。まだ打ち勝てる程ではないけれど、それでももう負けることはない。水の助力を受けた今、確かにそう信じられた。


 だからと雄叫びを上げて、勇者は更に一歩を踏み出す。その背を支える聖女も極光に目を閉じながら、それでもその手を離さない。少年少女は前に進んで、故に彼女も助力する。


 赤色の火が輝いた。それは三番目に勇者を認めた、この星の欠片が一つ。


――さあ、やれっ! やっちまえっ!


 怒りの乙女は知っている。人は素晴らしいものではない。汚くて、浅ましくて、醜くて、どうしようもない生き物なのだと知っている。


 旧文明の裏切りを受けて産まれた彼女は、同胞を傷付けたこの星の民に失望し切っている。生きるに値しない。滅びるべき生き物だと断じていた。


――あたしが前言を変えたんだ! 気にくわねぇが、テメェに賭けると決めたんだぞ!


 だから人間全てを滅ぼそうとして、嬉々として抗って来る修羅達を相手に頭を抱えていたこの数十年。やって来た勇者も最初は、殺してしまおうと考えていた。


 そんな女の怒りを受けて、情けなくも逃げ回りながら説得を続けた勇者達。彼らは修羅を煽って派手に東方大陸を掻き回しながら、最後には彼女を翻意させてみせたのだ。


 やりたい放題された彼らに、良い想いは抱いていない。それでも、あれだけやってのけた少年達ならば勝てるだろうと。勝ってみせろと、シュア・ホォロンユエンは発破を掛ける。


――なら、何時までも無様晒してんじゃねぇ! 賭け金なら増やしてやっから、死ぬ気で気張れやクソガキどもっ!!


 押し込められていた光の剣が、少しだけ闇を押し返す。遂には闇を押し退け始めて、打ち破らんとする程に。火の助力を受けた今、確かに勝機が見え始める。


 だからと雄叫びを上げて、勇者は更に一歩を踏み出す。その背を支える聖女も極光に目を閉じながら、それでもその手を離さない。少年少女は前に進んで、故に彼女も助力する。


 緑色の土が隆起する。それは四番目に勇者と語らった、この星の欠片が一つ。


――多くを語るまでもない。


 執着の乙女は知っている。人は素晴らしいものではない。汚くて、浅ましくて、醜くて、どうしようもない生き物なのだと知っている。


 それでも、そんな愚かな生き物だから、彼女は愛したいと思えたのだ。駄目な我が子でも、母は慈しむように。命を育んだ星の大地は、彼らが良く生きることを願っている。


――妾が伝えるべきは一つだけ!


 そんな女は、故に今も変わらない。数千数万数億と言う時が経とうとも、彼女の答えは変わらない。愛する人が折れぬ限り、彼女もまた折れぬのだから。


 愛深き女と言葉を交わしたのは一瞬。最後の決戦を前に、数度の音を聞かせただけ。けれどそれだけで十二分。今代勇者の在り様を、土の精霊王は是と認めた。


 だから今更に、彼に告げる言葉などはない。されど、何も言わぬと言うのは無粋であろう。故に彼女、クロエ・グノーメは唯一つの意志を伝えるのだ。


――迷わず進めっ! 結城恭介、我らが信じた次代の勇者よ!!


「おおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!」


 遂に、拮抗していた闇が光に圧し負ける。輝く剣を前に、闇の月が耐えた時間は数秒にも満たぬ一瞬。少年の剣が闇を断ち切り、そうしてそのまま上体が泳ぐ。


 今にも倒れそうな体はそのまま大地に沈みそうになり、聖女の腕が彼を支えた。二人の視線が絡み合い、頷きを一つだけ返して、動きを合わせる。闇の月に阻まれて、王への剣は届いていない。だから、もう一度――


『これで、終わりだぁぁぁぁぁぁぁっっ!!』


――えい、やぁと一振り。聖剣が魔王を切り裂きました。光の剣を前に、魔王は遂に倒されたのです。


 その一撃が、此処に実を結ぶ。魔王の体は切り裂かれ、二つとなって地に落ちる。その余波で大地に深い傷跡を残しながら、戦いは終わりを迎えたのだ。


「見事。人の光に、星の光が重なれば――成程、闇が敗れるも必定か」


 崩れ去る魔王の影は確かに認める。己の敗北。その理由に満足そうに、笑みを浮かべたまま壊れていく。


「だが、忘れるな。アカ・マナフは滅ぼせない。次の夜に、また会おう」


――魔王は語ります。悪い事をする人が居る限り、私は滅びない。人の心の中に一欠けらでも悪い心がある限り、何度だって甦る。長き時の流れの果て、その時お前は居ないのだと。


 霧が風に吹かれて消え去るように、闇の魔王は跡形もなく消滅した。その末路を認めたと同時に、巨鳥は天高く飛び去り、巨獣は地の底へと潜って行く。そうして、勝利者達もまた崩れるように座り込んだ。


「ああ、確かにテメェは滅ぼせないのかもしれない。けど、倒し続けることは出来るんだ」


 勝利を喜び合うような、余裕は既に残っていない。それでも互いに笑みを浮かべて、空を見上げた勇者は語る。繋げた心で見た人の光と、助けてくれた星の意志。それらが尽きぬ限り、信じることは出来るのだから。


「次も、人が勝つ! 忘れんなよ、闇の王! 人間は、俺たちは、何度だってお前を倒してみせるさ!」


――勇者は言いました。甦るなら、何度だって倒して見せる。聖なる剣を握れるのは選ばれた誰かじゃなくて、心に勇気を持つ者なのだと。だからきっと、次も勇者が魔王を倒す。魔王を倒せる人間は、何時か悪意だって克服できる筈だ。


 斯くして、勇者の旅は終わりを迎える。大地に刻まれ深く残った瘴気の跡を癒す為に、聖なる剣をこの地に残して彼は去る。人の心を繋いで希望を示した、これが最新の伝説であった。





【五大魔王がTRPGでGMをしてみたら】

第一魔王:PLの経験・実力からシナリオを適宜改変、調整しながら進める応用力のあるGM。全体的に超高難易度でPC死亡も普通にあり得るが、参加者全員が楽しめる卓回しをしてくれる名GM。


第二魔王:PLやPCが可哀想になって、甘々な裁定ばかりしてしまうタイプのGM。基本ヌルゲーになるので、好き嫌いがはっきり分かれるタイプのGM。


第三魔王:シナリオは読まない。ルールブックも読めない。ノリと勢いで卓を回すので、バランス崩壊した卓は大体全滅エンドになる。稀に何故か名演が生まれてグッドエンドに辿り着く。何でそうなるのか、GMにも分からない。


第四魔王:GMの癖にルーニーを始める奴。ルールは破ってないからとやりたい放題やって、PCを全滅させた後に吟遊を始めたりする糞GM。


第五魔王:真面目に卓を回そうとするけど、よく分かってなくてバランス崩壊させてしまうタイプ。咄嗟にフォローしようとして、PL有利にし過ぎたりなど逆パターンでのバランス崩壊も多々。総じてGMとしては能力不足。頑張ってるのは伝わるので、卓の雰囲気が悪くなることはない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
そいえば、ポンコツまなふ様ならどんなタイプのGM?
そもそもアリスにGMできるの智能ある? 出来ても、ただの言いなりGMじゃない?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ