第37話
精霊王になる少女達。
◇宙歴22518年1月4日
宇宙歴における地球とは、とうの昔に汚染され放棄された惑星である。月の防衛に失敗した人類が逃げ込んで来た際には既に、生存さえも難しい環境にあった。
それでも早期の撤退が功を成し、大気圏外に防衛線を成立させた上で地球全土の約半数程に生存圏を広げることが出来た。それが宙歴22503年のことである。
されどその防衛網も宙歴22511年の末には崩壊し、翌年には魔軍の地球侵攻が始まってしまう。これまでと変わらず失地を続けるだけに思われた人類だが、そんな中に現れた一人の少女の存在により勝機を得た。
世界初の精霊術師クロエ。僅か5つと言う年齢で戦場に出た幼子は、この6年を最前線で戦い続けた。その雄姿に希望を抱き、勇気付けられた者の数は多い。救われた命は多い。されど少女は、一人であった。
数をこそ、最大の強みとするのが魔の軍勢。少女の居ない戦場では敗北が続き、人類の生存圏は少しずつだが確実に減らされ続けた。魔王は月に座して動かぬと言うのに、人類は既に滅び掛けている。
そんな絶望的な状況下で、本来ならば前線を離れることが出来ない少女。11歳となったクロエは、珍しく戦火の外に居た。いいや、珍しいなどと言う話ではない。精霊術師になってから、戦場を離れたのはこれが初めてのことである。
「緊張しているのですか、クロエ?」
「……あ、はい。他の候補者が、どんな人なのか気になって」
支給された軍服を身に纏い、硬質な床を軍靴で歩くクロエ。右手と右足、左手と左足、それぞれ同時に動かしている少女は傍目に見ても緊張している様子であった。
そんな彼女に付き従って、道案内をしている同じく軍服の女。名前も教えてくれない相手であるが、付き合いが短い訳ではない。彼女はミレーヌの後任として配属された研究員だ。
飼育員として立場が上であった筈の彼女は、自ら志願してクロエの秘書官に収まった。今後は秘書とお呼びください、とだけ口にした彼女の内心はクロエには分からない。
出会って以降、私的な会話も滅多にないから。それでも、悪感情を抱かれていないことは分かる。誠心誠意尽くされているとは理解していたから、クロエも彼女を身内の一人と認識していた。
「永く共にある人達でしょうから、仲良く出来るかどうか」
「貴女なら大丈夫でしょう。私が知る限り、最も真っ当な候補者ですから」
「……その言い方、逆に安心出来なくなるんですけど」
「事実ですので」
余裕のない前線において、それでもどうにか時間を作り、クロエの教育や休日を捻出していた秘書官。彼女に連れられて、前線を外した理由は一つ。今後の為の顔合わせである。
最終計画・神代回帰。その計画において、星と同化する精霊術師の数は四名。トラブルにより遅れていた第一研究所の実験が形を成したことで先日、遂に四人の候補者が揃ったのだ。故に今、この北米の地で顔合わせとなったのである。
クロエ自身、既に計画の概略は聞いている。自身が人ではない高次の存在となり、三人の同胞達と共に長き時を過ごすことになると。
精霊王。そう仮称されている存在に、一体どのようにしてなるのか。そうした計画の詳細までは聞かされていないが、どんな理不尽であれ背負う覚悟は既にある。人類の明日を守ること、それこそをクロエは己が使命と考えるために。
「こちらです。既に一名、来ているそうです」
「あ、はい」
とは言え、そんな覚悟を決めた少女も今は年少の身。最前線では戦女神とまで称される程に凛々しく戦うことが出来ても、こうした場面における経験値は殆どない。
同格の相手との会話とは、どんなことを言えば良いのか。他者と仲良くする為には、一体何から始めれば良いのか。考えれば考える程にドツボに嵌って、思考はグルグル空回りを続けるばかり。
そんな緊張し切った少女の様子に扉を守っていた兵は苦笑を漏らし、秘書官は無表情のまま後は貴女だけで進めと促して来る。一瞬裏切られたような目で彼女を見てから、諦めたクロエは扉を叩いた。
「……入って良いわよ」
「し、失礼します」
一拍置いて中から返る言葉に、扉を開いて一歩を踏み込む。二歩目で前に出した足と踵を揃え、真っ直ぐに直立した状態からスムーズな敬礼を。長年の癖となったクロエの行動に、室内で待っていた少女は目を丸くした。
「連合軍欧州地区所属、クロエ特別少……んんっ、土の精霊候補者、クロエです。よ、よろしくお願いします」
「……第三研究所のマリナよ。水の精霊候補、こちらこそよろしく」
思わずそのまま階級まで口にしそうになったクロエは、向けられる視線の質に気付いて咄嗟に言い直す。かっと顔を赤くした彼女の姿に、透き通った青髪の少女も追及しないだけの慈悲はあったのか話を変える。
「先ずは、椅子にでも座ったら? もう直ぐ集合時間なのに、まだ他の子は来てないようだし。暫くは待たされることになりそうよ」
「はい、了解です」
「……それと、敬語じゃなくて良いから。私達は似たような立場だし、敢えて言うなら貴女の方が社会的立場がある分上だと思うけど、長い付き合いになるって考えるとお互い肩肘を張るのも面倒でしょう。私はこんな感じで対応するから、貴女も合わせてくれると助かるわ」
「は、はい――じゃなくて、うん。分かったよ」
8畳程度の室内、その中央にある机を囲むソファにクロエは腰掛ける。沈み込むような柔らかさに少し驚きつつも、対面に座す青髪の少女――マリナを見やる。
見た目から察する年の頃は、クロエと同じくらい。生まれもクロエと同じくするなら、外見年齢は余り当てにならないが、実年齢は然程離れてはいないだろう。
容姿は整っており、目が悪いのか楕円形の眼鏡を掛けている。目の色は透き通った青色で、同色の髪は後頭部で一度束ねて尚腰まで届く程に長い。
「それにしても、貴女があの――」
「え、えと……」
「ああ、失礼。噂には聞いてはいたから、会ってみたかったのよ。人類史初の精霊術師に」
マリナ自身もクロエのことを観察していたのか、少し見合いを続けた後に語り出す。僅か口調が弾んでいるのは、クロエが重ねた功績故か。
「それと、感謝も伝えたかったわ。ありがとう、貴女のお陰で私があるの」
「へ、いえ、どういたしまして?」
「ふふ、これだけじゃ分からないわよね。いいわ、説明してあげる」
自身が有名人であると言う自覚がないクロエの反応に、マリナは一つ笑みを零してから続ける。彼女がクロエを知る最大の理由は、戦場の女神として扱われているから――ではない。その存在が、後発の者らの待遇や環境を変えたのだ。
「私達、第三や第四の研究所は、貴女のデータを元に実験が進められたの。完成形を知っていたから、第一や第二程の犠牲者は出なかった。私も同型型は三人しか居ないし、番号ではなく最初から別々の名前を貰えた。……人として扱われたのは、貴女のお陰よ。ありがとう」
第二研究所では当初、成功率の低い計画と見做され消耗品として扱われていた実験体達。個に愛着を持つのも尊重するのも効率的ではないとされ、個体識別の為の番号以外何も与えられずに彼女らは育った。
だがクロエが結果を出したことで、惑星との同調には感情が必要なことが判明した。心を育てると言う必要が出た以上、大量生産と大量消費では逆に効率が悪いと研究者達は結論付けたのだ。
結果として後発と第三・第四研究所では、予備も含めた数人の候補者達が相応の環境で教育を受ける形となっていた。
星が抱いているであろう感情性質の模索から、意図した人格を形成するように仕向けた偏向教育。そんな歪んだ環境ではあったけれど、この人類絶滅が間近に迫った世界においては常人よりも遥かに恵まれた環境であっただろう。
机に置かれたポッドからカップへと、二人分の紅茶を注いで一つを手渡す。もう一つを片手に取って、優雅に傾ける青髪の少女には後ろ暗い所が見えない。それを羨ましくも思うけれど、それ以上に嬉しく想えるのがクロエと言う少女であったから。
「そっか。そうなんだ。良かった」
「ふふ、話に聞いていた通りの人みたいね。貴女とは仲良くやれそう」
「うん。私も、貴女と仲良くしたいな。よろしくね、マリナ」
「ええ、よろしく。クロエ」
受け取ったカップを両手で包んで、微笑むクロエの姿にマリナも笑みを返す。互いに胸の内を開いて、会話は和やかに弾んでいった。
「ところでマリナは、何の亜人なの? あ、私はスナネコって言う生き物だって。本物は見たことがないんだけど」
「鱘魚。他の候補としては、マーメイドのモデルとなったジュゴンやマナティも候補に挙がったみたい。でも最終的には同じ人魚神話でも、中国って国の伝承にある泉客をなぞることにしたらしいわ。その中でも、古代魚に見られる硬鱗の特徴を持つ鱘魚が選ばれた訳ね」
「……皮肉な話だけど、人の持つ想像や信仰は馬鹿に出来ないって、魔王が証明したものね」
原初の魔王アカ・マナフ。その存在へ対抗する手段を模索する中で、人の精神に関する研究もまた進んで行った。
特定の条件が満たされた時、神話や宗教などの複数の人間が共有する認識は特別な力を有することになる。
集合的無意識によって再現された、それら神話の体現を“概念存在”と称する。アカ・マナフもまた、再現された神格の一柱。
彼の神性程の存在は作り出せずとも、この時代の人類は既に同様の原理を応用し力とすることが出来ていた。
「そうね。なぞりを多用するのは問題だと思うけど、ある程度は利用した方が良いとも思うわ」
「問題?」
「明確な根拠がある訳じゃない、想像に過ぎないけれどね」
人の生命は神秘を宿す。個の生命すら一つの奇跡なら、群となればどれ程の力と成るか。その証明こそ、世を滅ぼさんとする魔王である。
集合的無意識。その半分が魔王であり、人の総体が増えれば増える程に規模を増す。そんな魔王を滅ぼせる術など、人の内には生まれ得ない。
「私達は、やがて精霊王となる。それは星との同化であって、人から外れると言うこと」
「うん。そうだね。……一体どうやって、それを成すのかは分からないけど」
「そこは今は放置で良いと思うわ。それこそ、信仰や神話をなぞる気かもしれないし。問題はその後よ。私達が、精霊王になった後」
だからこそ、人は星に希望を託した。古くは自然を見立て、世界の全てを恐れたように。嘗て星は、人より上位の存在であったから。
されど、この今に、星は人より上位にあろうか? 星々の果てまで到達した文明が、幾つもの惑星を滅ぼした命の群体が、荒れ果てた星に劣るだろうか?
「人の影響を私達が受けると言うことは、星が人の影響を受けると言うことに繋がる。ある程度は問題ないと思うけど、度が過ぎれば星が人の影響下にあると捉えられかねない。その意識は、人が星を従えると言う認識に繋がり得る」
「……人の総意が膨れ上がれば、闇の魔王が強くなる。人が星より上だと言う認識が明確に成れば、精霊王では魔王を止められなくなっちゃう、か」
「それを考えれば将来的に人間の発展を抑止したり制御したり、場合によっては完全な管理をしていく必要も出て来るかもしれないわね。全く、古いSFにあるようなディストピア社会が正答かもしれないなんて、今から大分頭が痛いわ」
本当はきっと、誰もが既に気付いている。だから目覚めたあの日に、クロエは勝てぬと直感した。あの黄金に、星の欠片は届かぬと。
神代回帰。惑星の完全修復が成った後ならば、或いはと。それでも可能性は極少だろう。少なくとも、今の人類が生き続ける限りは。
星を再生させたと言う認識が、星の化身たる精霊王を自分たちが生み出したと言う知識が、その勝敗を決定付けてしまう。
そんな事実を、直視出来ている者は少ない。この場においては、マリナが薄っすらと察しているのみであり、クロエに至っては考えてすらいない。察した所で、為すべきことは変わらない。進まなければ、ならないのだから。
「話を少し変えましょう。クロエはスナネコの亜人だって言うけど、それで何か困ることとかある? 或いは逆に、便利だなってこととか」
「んー、夜になると目が冴えちゃうことくらいかな? 鼻や耳が良過ぎて悪臭とか騒音とかも苦手だけど、それは逆に言えばメリットにもなるし。……そういうってことは、マリナは何か不便なことがあるの?」
「足にある鱗が直ぐに渇くわ。実害がある訳じゃないけど、水から長く離れていると気分が悪くなるわね。かと言って、人間の肺がある所為で水中に長時間居るのも出来ないし。一応、鰓呼吸も出来るけど、水が肺に入ると最悪溺死するし、水圧に耐えられる体構造でもないから。陸地も駄目、海も駄目、で中途半端に過ぎるのよね。下半身全部魚じゃないだけ、まだマシなんでしょうけど」
「でも鰓呼吸も出来るなら、浅瀬とかなら得意そうだね。魚の亜人なら、スイスイ泳ぐのも巧いと思うし」
「そう、ね。浅瀬なら、まあ大丈夫かしら。陸地を走るよりも、速く泳げる自信もあるわね。猫の亜人と、速度比べが出来る自信はないけど」
「それは私も、だよ。魚より速く泳げる自信はないし」
「あら、なら何時か機会があったら試してみる? スナネコなら、砂地でも問題なく走れるだろうし。海辺の砂浜辺りで、競争とか」
「……うん、そうだね。何時か、そんな風に遊べたら楽しそうだね」
少女達は談笑を続ける。話題を幾度か変えて暫く、互いの仲が深まって来た頃合いに。未だ現れぬ同胞について、マリナが不満を口から零した。
「けど、他の人はまだなのかしら。集合時間、もう大分過ぎてるわ。5分前には到着しておくのが、こうした場での礼儀でしょうに」
「何か、トラブルでもあったのかも?」
「だとしても、連絡くらいするべきよ。これはクロエ以外、期待出来ないかもしれないわ」
「あ、あはは。まあ、少しの遅刻くらい、仕方がないよ」
「その少しの甘えが、大きな失敗の原因となるものなのだけど。まあ、貴女に言うべきことじゃないわね。遅刻した人達に言うことにするわ」
「えっと、程々に、ね」
「それは相手次第ね。反省の色が見れたら、考慮はするわ」
眼鏡を光らせて神経質に語るマリナに、クロエは苦笑いを浮かべて返す。どちらかと言うとクロエも厳格寄りなため、時間は厳守させようとする気持ちも分かる。
だがクロエがマリナと異なるのは、その性格がやや内罰的な点だろう。育った環境故に、自己肯定感が欠如している。その為、クロエは他者への指摘や叱責などを苦手としていた。
「あー、悪い、遅れたわ。んで、テメェらがあたし以外の候補者か?」
噂をすれば影が差すと言うように、外へと繋がる扉が開く。揃ってそちらに顔を向ければ、入って来たのは赤毛の少女だ。
クロエやマリナと外見上は同年代。女性にしては短い髪型に、白のタンクトップと青いジーンズと言うラフな格好をした東洋人が形程度の謝罪と共に姿を見せた。
「あ、初めまして。土の候補者のクロエ、です」
「おう。あたしはシュア。よろしくな、クロエ」
「うん、よろしく」
立ち上がって向き直り、礼儀正しく応対するクロエ。対するシュアは片手を軽く振るい、鷹揚に構えたまま名乗り返す。
そんなある意味雑な態度に、座ったままのマリナは片眉を上げる。遅刻して来たこと。公的な場ではないとは言え、ラフ過ぎる格好で来たこと。複数の要因が、少女の内に苛立ちを生んでいた。
「……もう30分は遅れているのだけど、そんな軽い謝罪の一つで済ませる気かしら」
「あ? んだよ、テメェ」
「マリナよ。テメェじゃないわ」
そしてその苛立ちを、内に秘めたまま消化出来る程にマリナは大人ではない。椅子に腰を掛けたまま、冷たい声と視線で告げた。
「……遅れたのは、悪かったけどよ。しゃーねぇだろ。来る途中で迷ったんだよ」
「シュアには、案内人は居なかったの?」
「あー、研究所は付けるって言ったんだけど。怠いだろ、糞みてぇな連中を連れ歩くのは」
「……はぁ、論外ね。貴女」
「あ?」
「道が分かんないのに他者を拒絶して、そうかと思えば事前に下調べする程度の努力も怠る。同じ候補者として、正直恥ずかしいわ」
そんなマリナの言動に、苛立ちを抱くのはシュアも同じく。どうにか飲み込みながらも口にした言い訳に対する評価を聞いて、内心で渦巻く感情と共に理解する。コイツは合わない、と。
「……むかつくなぁ、テメェ。喧嘩売ってんのかよ」
「喧嘩? 程度の低い言い方はしないで。貴女の未熟な行動を注意し、今後同じことを起こさないようにと叱責しているのよ」
「あーあー、そうかいそうかい。そりゃ、ありがたいこって。ありがた迷惑って知ってっか?」
「ちょ、二人とも。そのくらいで」
近付いて柄悪くメンチを切るシュアに、冷淡な視線を向けながらも椅子に座ったままカップを傾けているマリナ。この後に及んで、とその姿に更にシュアは気炎を上げていく。
そんな一触即発の状況で、クロエは慌てたように口を挟む。二人の間に割って入って、落ち着かせるように距離を取らせる。困ったようなクロエの姿に、シュアは舌打ちしてから一歩下がった。
「……クロエの顔を立てて、この程度にしておくわ。貴女に関わると、私の程度も低くなりそうだし」
「は、そりゃこっちの台詞だ。テメェ一人なら、今頃顔の形が変わってたろうぜ」
そうしてドスンと音を立て、広いソファの真ん中辺りにだらしなく座るシュア。その姿にまた眉を顰めつつも、今度は口にせずに少し座る場所を端へずらすマリナ。マリナが開けてくれたスペースに、苦笑いしながらクロエも腰掛けた。
(明らかに、相性悪そうな二人。マリナが水で、シュアが火だからかなぁ? 相反する属性に適正があるから、性格相性悪いとかあるのかも。……まだ見ぬ風の人も不安だぁ)
澄ました態度のマリナと、今も苛立っている様子のシュアは明らかに相性が悪い。それが生まれに纏わる要因と、想像するのは容易いだろう。
精霊王と成れる候補者には、星の声を聴ける体質に星の想いと共感出来る資質が必要だ。クロエが星の土と同調しているように、マリナは水と、シュアは火と同調している。
四元素理論で考えれば、火と水の相性は悪い。各々の属性に適合するように育てられた彼女らは、偏向教育で作られたその人格面からも属性相性の面からも敵意を抱き易くなっている。其処に人の信仰が混じった結果が、この場に置ける二人の姿であろう。
となれば、まだ見ぬ風の候補者は自身と相性最悪なのだろうとクロエは察する。仲の悪い二人のフォローをしながら、相性の悪い相手とやっていけるのか。今から既に、心配になってくるクロエであった。
「……さて、遅刻者はもう一人居るみたいだけど。そんなのは放っておいて、少し建設的な話をしましょう」
「建設的な話だぁ? んだよ、行き成りよ」
「神代回帰計画が想定通りに進めば、私達四人が世界を管理していくことになるでしょう? ならその日のために、事前にある程度決め事をしておく必要があると思うのよ」
「そういうのって、偉い人がもう決めてるんじゃないの?」
「そうね、要点ならもう決まってるでしょうけど。計画は計画、その時の状況によって変わるものよ。そうした時には、現場で判断しないといけない。その時になって対立しないように、事前に意志の疎通をしておきましょうって話」
皆が座ってから暫く、居心地の悪い沈黙を破ったのはマリナ。雑談を交わしても争いにしかならぬだろうと、口にしたのは四角四面とした言葉。
計画が成れば今後、数千数万を超えた時を共に生きるであろう同胞達へ。彼女が提起したのは、今後起こり得るであろう問題に対する処置策の相談と認識の共有だ。
「あー。そう言われても、ちょっとピンと来ねぇわ」
「シュアは頭が固いのね。それとも悪いのかしら」
「ああっ!? 一々喧嘩売らねぇと喋れねぇのか、テメェ!」
「ふ、二人とも落ち着いてっ! マリナもさっきから、喧嘩腰過ぎるよ! ピンと来てないのは私もだから、思うところがあったら先ずは言葉にしよう!」
「……そう、ね。大人げなかったわ、ごめんなさい」
「ちっ、テメェがそう言うなら。あたしも何も言わねぇよ」
其処で一々煽りを混ぜてしまうのは、眼鏡の少女の幼さか。困った顔で口を挟むクロエの様子に、自省しながらマリナは考えていたことの一つを話した。
「取り合えず、言い出しっぺの私から、議題を一つ挙げるわ。言語について、とか良いんじゃないかしら」
「言語ぉ? 共通語じゃ駄目なのかよ」
「宙歴以降、共通語以外って使われてないよね。古文の領域で、私も殆ど知らないんだけど」
「二人はバベルの塔の神話を知らない? 言葉が通じると言うのは、明確な強みなのよ。逆に言えば、言葉を意図して乱せば、傲慢の罪を戒めた神話の再現が起こる。神が人に罰を下したと言う神話。その再現が起きれば、アカ・マナフの弱体化にも繋がる……かも、しれないわ」
「かも、なんだ」
「確証はないもの。でも、アカ・マナフの完全封印が出来なかった時のことを考えて、新人類の文明発展を防止する策を用意しておくのは必要だと思うわ。その上で、使用する言語をその土地を担当する精霊ごとに変えるのはアリな対策だと思うの」
アカ・マナフの完全消滅は不可能だ。知的生命体が一人でも存在する限り、彼の魔王は何度でも復活する。否、完全消滅した後でも現れるのだから、再出現と言った方が正しいか。
これを防ぐには、人類を一人残らず殺し尽くして絶滅させるか、簡単には出て来れない何処かに魔王を封印するしかない。異界への追放も不可能だ。人類が魔王の所在を認識出来なくなった時点で、あれは虚空から再出現してしまう。
故に再生させた惑星の中心へと魔王を封じ、伝承として後に語り継ごうと言うのが神代回帰計画の根幹。それに対する否定論として挙がっているのが、再生された星が人より上位と成れるかと言う問題点。
研究者達は現在、星の再生と並行して人類文明の意図的な衰退を考えている。重要とされる一部を残して、人の生活もまた原始に回帰する。さすればアカ・マナフの力は星よりも小さくなり、制することも可能となろう。
そんな案を聞いていたからこそ、マリナは其処に自身の思考を付け加える。意図して言葉を乱すことで、人類文明の発展に制限を掛けようと言うのだ。
「ふーん。ま、やって損がねぇなら、良いんじゃねぇの」
「因みにマリナは、どうするか決めてるの?」
「ええ、そうね。造語を四種類も考えるのは面倒だし、今は使われていない古い言語を使えば良いと考えてるわ。例えば私なら、私に使われたヒトゲノムデータの出身地からとってスペイン語を影響区画の主要言語にしようかと思うの」
「……ヒトゲノムデータの、出身地。流石に、確かめたことはないなぁ」
「ぶっちゃけ、国とかあったの何万年前だと思ってんだって話だよなぁ。よくもまあ、そんな古いデータを使おうと思えたよな」
「魔王への対策の為、可能な限り遡った結果、偶然残ってた古い記録を使ったってだけでしょ。それとゲノムデータがあったんだから、国籍データも残ってる筈よ。時間はまだある訳だし、調べなさいよ」
「うわっ、めんどくせぇ」
「調べた結果、国籍が被ってるって可能性もあるよね? そしたら、どうしようか?」
「それはないわ。まず、間違いなくね」
「どうして分かるの?」
「簡単な話よ。政府から獣側のジーンが指定されていたように、ヒトゲノムの方も指定されていないとは思えない。そして指定されているのなら、人種ごとのデータを計測する為にある程度のバラつきを与えている可能性が高いでしょう」
「はえー」
「へぇ」
色々と考えを巡らせているマリナに、クロエとシュアは素直に感心する。クロエは軍務で常日頃から忙しく、シュアは性格上こうした思考には向いていない。
そうした理由もあり、未来に付いて最も案じ思考を進めているのはマリナであると言えたであろう。そんな褒め称えるような反応を受けた眼鏡の少女は、何処か恥ずかしそうに視線を逸らして口を閉じた。
「んで、もう大分経つけどよ。最後の一人は、まだ来ねぇのか?」
「そうだね。こんなに遅いと心配だし、探しに行こうよ」
「そうね。流石に遅過ぎるし、此処に居てもこれ以上は時間の無駄でしょうね。行きましょうか」
「……マジかよ、ほんっと面倒くせぇな」
そうして会話を続けながら、更に30分程が過ぎた頃。流石に最後の一人が遅いと言う話題となり、三人は揃って探すことにした。
マリナを先頭に、クロエとシュアの順で続く。途中で目が合った秘書から付き添うかと視線を向けられるが、クロエは無言のまま首を横に振る。
人類の影響圏内である、この大規模地下施設。其処から外に出ないなら、問題はないかと秘書官は目を瞑り追い掛けようとしていた兵士を手で止め無線を取った。
カメラでの状況把握だけは続けるようにと指揮所に伝えている秘書官を背に、三人娘は地上へと繋がる道を進む。金属質な床を三種三様の音が響いて、地上まで後三階分と迫った所でそれに気付いた。
「あ、あそこ! 誰か倒れてる!」
「倒れっ!? こういう時は、どうするのが正しいの? 先ずは人工呼吸? いえ、呼吸と心音の確認? 救急車は、呼んでも来ないわよね!?」
「……何、急に泡食ってんだよ。あれか、お前。理屈捏ね繰り回すのは得意でも、本番とか緊急時とかに弱いタイプかよ」
「取り合えず、助けなきゃ!」
地下3階の通路の一角、壁沿いの床に俯せとなっている金髪の少女。透き通った白い肌をした彼女が、恐らくは最後の一人であろうとクロエは察した。
察して直ぐに安否確認に走ったのは、戦場での従軍経験の豊富さが故であろう。逆に本の虫であったマリナなどは、異常な事態に混乱してはシュアに突っ込みを入れられている。
「怪我は、ない。息は、ある。脈拍も。なら、大丈夫ですかー!」
近付きながら全身を見て、大きな傷がないと判断すると即座に手を伸ばして倒れた少女を動かす。手慣れた動作で回復体位を取らせると、呼吸と脈を確認。意識がないだけだと確認してから、クロエは肩を叩いて少女に呼び掛けた。対する少女の反応は。
「……Zzz」
「へ?」
「寝てるだけだな、こりゃ」
「あ、あの! こんな所で寝てると風邪引きますよ!」
「いや、そこかよ? お前も大概、天然っぽいのな。クロエ」
鼾と鼻提灯を返事として返して来た金髪の少女に、困惑したままのマリナは反応出来ず。何だか変な所を気にするクロエが呼び掛けを続け、シュアはそんな三者の様子を冷たく見ている。そんなワチャワチャとした状況下でも、起きない少女は寝返りを打った。
「……脅かさないでよ、死んでるかと思ったじゃない」
「寝てるだけなら、容赦はいらねぇな。おら、起きろ」
漸く混乱が解けたマリナが落ち着きを取り戻す中、クロエを押し退けたシュアが足を出す。軽く腹を蹴られた眠る少女は転がって、壁にぶつかり仰向けに。眠たげなその碧眼を、ゆっくり開いて周囲を見た。
「う、うー。風邪、風、風は自由ー」
「わ」
「自由だからー、私はー、どこでも寝るのですー。ぐー」
「待って、起きたのなら寝ないで! もしもーし! 貴女は誰ですかー」
「ドーシャはー、フェドーシャ。風のー候補者ー。おやすみー」
「だーかーらー、寝ないでー」
「Zzz」
シュアの暴挙に僅か驚きながらも、漸く起きた少女に問い掛けるクロエ。その言葉に律儀に答えを返しながらも、フェドーシャと名乗った少女はまた瞳を閉じてしまう。
質問に答えようとする意志はあっても、起き続ける気力はないのか。或いは逆に、絶対に眠ると言う強い意志があるのか。叩いても揺さぶっても、フェドーシャが目を覚ます気配はなかった。
「……頭が痛いわ。え、このメンバーが、候補者なの? これからずっと一緒なのよ?」
「そりゃ、あたしの台詞だ。全くよ。あー、マジだりぃ」
心優しく責任感も強いが、根は臆病で頑固な面もある何処か天然の入った土の候補者クロエ。
頭脳明晰で努力家でもあるが、几帳面が過ぎる上に予想外の事態には弱い水の候補者マリナ。
竹を割ったような性格で活動的でもあるが、傍から見れば苛烈で激情家な火の候補者シュア。
良くも悪くもマイペースで、他の視線など気にせず飄々とした姿を見せる風の候補者フェドーシャ。
後の世で、精霊王と呼ばれる四人。その初の出会いは、こんな形で過ぎていくのであった。
【TIPS】
どこにでも居るような訳ではないが、どこにも居ない訳ではない。そんなちょっと変わった少女達。
それを餓死させ溺死させ焼死させ病死させ、精霊王へと作り変える古代人。下劣畜生ではないが悪鬼外道の所業である。
因みにミュシャを始めとする精霊の血族は、精霊王と成る前の彼女達が人工授精で産まされた子の末裔。
聖母の逸話再現と星は生命の母であると言う信仰を利用する為に、彼女達は男性経験がないままに出産経験を積むことを強要された。
果てに産まれた子は、星との同化に失敗した時の予備として保管されていた。結局不要となり死蔵されていたが、健国王マティスが冷凍保存されていた彼らを解放。精霊王の守護を条件に自由を与えた。
そんな精霊王の末裔らが同系列の亜人達との間に子を残し繁栄していったのが、ルシャの氏族を始めとした精霊の守り人達である。




