表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Re, DS  作者: SIOYAKI
第三章 同じ轍を踏まない
34/74

第34話

過ぎ去りし記録。

「万物見通せ――天空王の瞳(ウジャト)!」


 白い光が薄れ、視界が開けるその直前にミュシャは心威を発現する。背に負う月色の瞳が、眼前に広がる景色の真実を暴く。


 容易く切り札を使うのは欠点だと指摘され、それでも即座に使った少女。彼女は己の師の性格を良く知っている。邪な教えを広める女が、善意から指摘する訳がない。


 敢えて温存させることで失敗させようと、そう察すること自体が罠の可能性もある。裏の裏のそのまた裏と、その意図を疑えば限はない。だから、師の言葉を思考から一旦排除する。悩む時間が無駄であるなら、感じたままに動いた方が良いのだから。


「んだ、ここは……?」


 咄嗟に心威を発動し、周囲の観察を始めたミュシャ。彼女を庇うように動いたアンジュは、体勢を立て直し構えを取った所で周囲の景色に困惑する。


 人が、居た。それも一人や二人ではない。十や二十でも済まないだろう。百や二百でも足りない数、或いは千や万を超えるだろうか。それ程の数の人が、雄叫びを上げて赤い大地を駆けている。


 武器を手に、笑みを浮かべて、男も女も子供も大人も近くの敵へと切り掛かる。老若男女と言うには、老いた人が足りていない。だが、一定以上の年齢層が居ないだけで、性別も年齢も人種もバラバラな人間達が争っていた。


 そう、人と人が争っている。これは戦争だ。赤い大地の上で楽し気に、二つの陣営に分かれた人と人とが殺し合う。

 中には悲痛な表情を浮かべる者も混じっていなくもないが、それも片方の陣営に少数だけ。誰も彼もが、狂ったように嗤っていた。


「ふふ、うふふ」


 血と肉と臓物が撒き散らされている赤い大地の上で、誰も彼もが狂している。そんな地獄のような景色の中に、異質な色を放つ女が一人。


 腰まで届く黒髪をリボンで束ね、黒いナイトドレスの上から白いケープを纏った妙齢の美女。血のように赤いリップが特徴的な女を、少女達は知っている。


「ディアナ・プロセルピナっ!」


 憤怒の籠った視線を向けて、アンジュがその女の名を叫ぶ。構えた剣からバチバチと雷を放ちながら、今にも跳び出さんと前傾姿勢を取る少女。


 それでも彼女がすぐさま跳び出さなかったのは、傍らに仲間が居るからだ。謎の軍勢が争う戦場に、自衛能力も碌に持たないミュシャを残してはおけないと言う理性が衝動に勝っていた。


「アンジュ。あれ、本人じゃないわ」


「何、だ、そりゃ?」


 月色の瞳を閉じて、深呼吸を一つする。そうした後でミュシャが口にした言葉に、アンジュは眉を顰める。本人ではない、とは一体どういうことかと。


「幻影、とでも言えば良いのか。此処は過去に起きた出来事を、映像として見ることが出来る空間みたい」


「……そう言やさっきの遺跡でも、そんな設備があるとか言う話はあったな。思ってたのと何か違うイメージなんだが、これがそうなのか」


 幻と聞いて、構えを緩めたアンジュは警戒しながら右手を伸ばす。近くにまで迫っていた争う人々の一人に手を差し出すと、その手はそのまま向こう側へと擦り抜けた。


 成程確かにと、その光景を見て納得する。赤い大地の上で争い合う人々も、その人々を嘲笑っている赤い瞳の女も、その全てが過去に終わった幻覚に過ぎないのだと。


「動力源である精霊石から、純粋なエネルギーのみを抽出。そのエネルギーで、精霊が一切関われない異界を展開。その異界の内側に、対象者を転移させる。その上で、集合的無意識に干渉して人類史に刻まれたあらゆる事象を映像として出力してる。とんでも技術よ、これ」


「……あー、要は人が関わった歴史なら、幻術で再現出来るってことか」


「そ。人間だけじゃなくて、魔物でも平気でしょうけど。その辺は誤差かな」


 ここは過去に起きた出来事を、幻影として再現する異界。精霊力を排しているのは、ここを作り上げた勢力が精霊王達と対立していたからであろう。

 自身の成果を対立派閥に渡したくはなかった。故に態々異界を形成すると言うステップを挟んで、研究所から繋がるこの場所を作ったのである。


 ならば精霊石を動力源としているのは何故か、月の瞳は即座に答えを返す。これは過去に破壊された物。第三者が、それを修理し復旧させたのだと。当時の動力源を用意出来なくて、故に代替として精霊石を用いていたのだ。これを直した、彼の吸血鬼は。


「んで、私達は戻れんのか? 元の場所に」


「視た感じ、大丈夫だと思うわ。設計上、設定した映像データを全部見終わらないと戻れないっぽいけどね」


 過去を再現する装置。その仕組みは最初に視たい事象や時間軸を指定して、その後に閲覧者をこの空間へ転移させると言う物。転移後に戻って来れないと言うトラブルを防ぐため、最初に指定した映像の再現が終われば自動で送り返される形式だ。


 これはそうしたプログラムが開始時に稼働し、プロセスが終了した後に映像再現が始まる。故に理論上はこの時点で既に、装置自体が破壊された所で問題なく帰還出来ると言う訳だ。


「ま、最初に設定された再現映像がどの程度の長さなのか、ってのは分かんないんだけどにゃん」


「下手したら、数百年分くらい設定されてて、この場で老衰死とかもあるかもって訳かよ」


「肉体的には、ある程度固定化されてるっぽいから大丈夫だとは思うわ。……精神が保つって保証はないし、先生ならそれで精神崩壊狙って来たりしそうだけど」


「碌でもねぇな、あの女」


 揃って嘆息を漏らしてから、少女達は眼前の光景を眺める。大声を張り上げて、傷付け合う人々。赤い大地の上で起きるこの戦いを、一体何故に邪教の教主は見せるのか。僅か考え、前提となる知識が足りないなとアンジュは悟る。故にその情報も視たであろう仲間に向けて、これは何かと問い掛けた。


「んで、因みに此処ってどこか分かるか?」


「30万飛んで6195年前の火星」


「………………なんて?」


「だ、か、ら、30万飛んで6195年前の火星なの! だって天空王の瞳がそう言ったの! 信じられないけど、信じるしかないじゃない! 真実なんだから!」


「お、おう」


 問い掛け、返って来た言葉は想定外。余りにもスケールの大き過ぎる時間設定に、否定したくとも否定出来ない猫娘が吠えている。それを聞かされ呆気に取られながら、アンジュは思考がずれた言葉を漏らした。


「え、っと、てことは、だ。ディアナ・プロセルピナって、30万歳以上?」


「クロエ様より年上って聞いてはいたけど、ちょっと普通は聞かない単位の年齢よね。老婆なんてレベルじゃねぇわ、うちの先生」


 原初の魔王が懐刀、邪教の教主ディアナ・プロセルピナ。その来歴は、この時代に遡る。当時、火星は万を超える魔の軍勢に対する最前線であった。


 旧文明が如何に発展していようと、原初の魔王を退けることは叶わない。否、下手に発展してしまっていたからこそ、原初の魔王は手に負えない存在と化していた。


 そんな魔王にしてみれば、旧文明の必死の抗いさえも退屈な作業であった。平押しにして順繰りに、潰していけば終わってしまう。故に当時の彼は、人に酷似した魔物を作った。


 それが吸血鬼。人と同じ知性を有し、人と同じ感性を持ち、人と子を為すことも出来る、人を喰らう魔物。生み出した吸血鬼がどう転ぶか、魔王にとってはどちらでも良かった。


 愁嘆場を演じた果てに分かり合い、手を取り合って彼に抗するも良し。その衝動に耐えられず、人類の懐に入り込んで内側から人を滅ぼすも良し。さあどうなるかと、結果は彼にとっても想定外。


 吸血鬼と言う種は、たった二年で壊滅した。生き残りは唯一人。彼女は同胞を裏切って、自らの血肉と変える為に喰い殺した。数百はいた吸血鬼の力を奪い尽くして、大魔獣にも比肩する力を得た最後の吸血鬼。


 その女は、その僅か一年後に火星で内乱を起こさせたのだ。人間の振りをして近付き、一部の人間や修羅達を唆して暴れさせた。激しい戦闘の末に火星は滅び、生者が居なくなった世界で彼女は魔王に跪く。


 愉し気に喝采する原初の魔王を前に、悠然と膝を付き首を垂れる吸血鬼の女王。邪教の教主ディアナ・プロセルピナは、そうして魔王の懐刀と呼ばれるに至ったのである。


「ごほん。取り合えず、ウジャトで視た情報を共有するわ。一つ、この装置は過去しか映せない。二つ、此処は30万年以上前の火星。三つ、この戦争は先生――ディアナ・プロセルピナが当時、扇動して引き起こした修羅と人間の戦争よ」


「……修羅? 修羅って言うと、東の連中のことか?」


「そうね。後に東の修羅と呼ばれる、闘争に関わる性質を調整された人造人間。デザイナーベイビーの、大元って言った所かしらね」


 旧文明の崩壊期、彼らは滅びに抗う為に様々な対策を試みた。この火星の地で、吸血鬼に踊らされている者らもその一つ。


「魔王と、それが率いる軍勢との戦いの中、旧時代の人々は様々な対策を行った。内の一つが私みたいな亜人や、修羅を初めとしたデザイナーベイビー。遺伝子操作を行って、産まれた時から違う人間を作ろうとしたの」


 原初の魔王アカ・マナフ。それは人の悪思。今を生きる人類全ての、悪感情や悪思考が形を成した存在。故に人が居る限り根絶出来ず、人類の総戦力に比肩する力を常に持つ。


 ならば人であって人でなき者を作れば良い。その思考の果てに生まれたのが、動物の因子を内に宿した亜人と言う種族。されど亜人は中途半端に外れたが故に、瘴気に汚染されやすいと言う欠点を有した。


 それでは勝てぬ。ならば、どうする。当時の者らは、悍ましい思考を解とした。


「魔王は人の悪意を糧とする。なら、戦うことに悪意を持てない人間を作り出せば良い。そうした思惑で、産み落とされた生き物こそが修羅」


 人は人である限り、戦闘行為に負の感情を抱いてしまう。敵を傷付ける時には怒りが、仲間を失った時には悲しみが、憎悪の情を排することが先ず出来ない。だが、修羅は違う。


「彼らにとって、戦いとは呼吸や食事と同じ。生きる為に行う、当たり前の行為でしかない」


 生物が有する三大欲求。それと同等以上の強度で、闘争と言う物を必要とする生き物。息を吸うことを止めれぬように、食事を立てば飢えて死するように、修羅は戦い続けねば理性を保てない。


 喰い続けねば飢え死にすると言う訳ではないが、定期的に殺し合いをせねば自我が壊れる。生存本能でそれを察するが故に、戦わないと言う選択肢を持ち得ない。生まれた時からそうした形に歪められてしまった者達、それこそが修羅と言う生き物だ。


「彼らにとって、人を傷付けることは好意の証。あらゆる正の感情が破壊や殺戮に結び付き、あらゆる負の感情が闘争と結び付かない」


 誰かに好意を抱いた時、修羅はそれを傷付けたくなる。誰かに愛を抱いた時、修羅はそれを殺したくなる。それは修羅の生理現象。戦う為に生まれた彼らは、その善意で誰も彼もを壊してしまう。


「修羅は憎悪で人を傷付けない。修羅は悪意で人を殺めない。修羅は唯、善意と歓喜と愛を以って人を殺す生き物なの」


「……なんだよ、そりゃ」


「そうしないと生きられない。修羅はそういう生き物で、旧時代が生み出してしまった、負の遺産の一つでしょうね」


 生まれた時から壊れている。戦う為にしか生きられない欠陥品。旧文明はそういう形で修羅を作り上げ、けれどだからこそ――


「けれど、だからこそ、彼らは確かに魔に対する有効打となる――筈だった」


「だった、ねぇ。この光景、この戦争が台無しにしたってやつか」


 修羅達は内乱を引き起こした。魔王に対する重要な戦力となる筈だった彼らは、吸血鬼の口車に踊らされて人を裏切った。


 されど、其処にあった情は悪感情ではない。己達を欠陥品として生み出したことに対する怒りではない。憎悪など、修羅が戦う理由にはならない。


 だから、吸血鬼は嗤うのだ。


「ふふ、うふふ、あはははは。ああ、誰も彼もが狂している。何と素晴らしい光景かしら」


 心底から馬鹿にするような声音で、ディアナの幻影が語り出す。もう耐え切れないと吹き出すように、当時3つの幼子であった彼女にして見れば、余りにも皮肉が過ぎる光景であったから。


「血で血を洗う反乱軍。彼らの理由が、愛故にと一体誰が知るのやら」


 人を裏切った修羅達。彼らが人を裏切ったのは、憤怒や憎悪が故にではない。愛と感謝と善意が故に、彼らは人を裏切ったのだ。


「魔王には勝てない。なまじ戦えてしまうから、修羅達は直観的に悟っていた。だからほんの少しの囁きで、彼らは反乱を起こした。せめて安らかに、愛する人達を終わらせようと」


 生まれ落ちたことを彼らは肯定した。その修羅達は確かに、彼らなりの在り方で人類全てを愛していた。だから、苦しむ前に殺そうとしたのだ。


 彼らにとって、これは介錯。なまじ闘争に秀でた彼らだからこそ、現状に勝機はないと察していた。だからこそ、負けると分かっていたからこそ、彼らは人を裏切ったのだ。


「今も人に与する多くの修羅達。彼らの理由が、歓喜であると一体誰が認めるのかしら」


 そんな一部の修羅に対して、人を裏切らなかった残りの修羅達。彼らが抱いた感情は、善意ではなく無関心。彼らにとって、人間なんてどうでも良かった。故に彼らは、その最期まで人に尽くした。


「人と殺し合うより、同胞や魔王の軍勢と殺し合った方が愉しい。修羅が人の側に付いた理由は、負け戦を求めたから。そんな理由で裏切らなかった者達こそが、この地で最もイカレているのに、この地で最も多くの命を救い続けている。実に、実に滑稽で皮肉な話ね。お腹が捩れてしまいそう」


 最後は負けに終わるであろう戦。その結末が確定していようと、修羅にとってはどうでも良かった。勝手に生きて、勝手に死んで、勝手に滅べば良い。


 重要なのは、今が愉しいということだけ。愛するが故に終わらせようとする者らに反抗したのは、こんな愉しい時間を勝手に終わらされるなんて堪ったものではないからだ。


「愛故に殺す。歓喜を以って殺す。果たして、どちらがより狂っているのか。唯一つ、確かに言えることは一つだけ。愛を受け止めることが出来ない。そんな人間って、愚かよね」


 どちらがより真っ当で、どちらがより狂っているのか。生まれながらにどちらも壊れているのだから、それを問うことに意味はないだろう。故に女が出す回答は、人に対する失望のみ。


 男女の愛だけは嗤わぬと決めている女だからこそ、人を殺そうとした修羅に対しては最低限の敬意を払い黙祷する。


 しかし同時にそれ以外の全てを馬鹿にしている女であるから、目を開けば直ぐに表情は変わってしまう。

 三日月のように裂けた口元で、ケラケラゲタゲタと愚かな人を見下し嗤う。


 そんな女の視線の先で、軍神を掲げた星は壊滅する。既に純粋な人間は殆ど残っておらず、生き残った修羅ばかりが笑いながら殺し合う。


 果ての滅びは、既に過ぎ去った時間の出来事。故に凄惨な光景でも、見ていて心が陰るだけで、それ以上の意味などない。そんな鬱屈を口に出しても意味などないから、言えることなど一つだけ。


「……ほんっと、碌でもねぇな。あの女」


「あれで良い所もあるって、反論出来たら良かったんだけど。うん、まぁ、無理無茶無謀って感じだにゃん」


 動く者が居なくなるまで、嗤って見下し続けていた女。ディアナ・プロセルピナに如何なる理由があったとしても、碌な女ではないのは揺るがぬ事実と言えるだろう。


 幻影として再現された過去の女がどうしようもない奴なのは当然として、それを態々見せ付けてきている今の女も碌でもなさに変わりはない。師として仰いでいるミュシャにも、これは否定出来ない事実であった。


「お、また光が」


「景色が、変わる。火星の映像はこれで終わりで、次の映像が始まるっぽいわね」


 そうこう話をしている間にも、また周囲が白く輝き視界が染められていく。この光景を見ただけで、終わりということはないだろう。ならば次には、一体何時の過去が映るのか。二人の少女達は、次の映像が始まるその時を待った。






【今日のまなふ様】

まなふ様「う~ん。このままじゃ人類、滅んじゃうなぁ。そうだ! 状況次第で人類の為に動く種族を作ろう! 人間と共生しないと生きていけないタイプで、人の心が分かる奴を作れば行けるでしょ」

黒幕さん「お喜び下さい、陛下。火星の人類は滅ぼしました! 残るは月の連中だけですね。命じて下されば、直ぐにも潰してきますよ! あ、私以外の吸血鬼は何か裏切りそうだったんで、ついでに処分しておきました!」

まなふ様「」



その後、取り敢えず拍手喝采して威厳を保ちつつ、余計な動きをされないように黒幕さんを側近に任命するまなふ様であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
吸血鬼さん、第一さんのポンコツAIぶりを気付いたかな?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ