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Re, DS  作者: SIOYAKI
第三章 同じ轍を踏まない
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第32話

SFすごい・ふしぎ


 コートフォールの城塞を抜けて、東の方向へと海岸線に沿って進んだ先。半日程歩いた先に、その遺跡は存在していた。


 窪地に建てられたそれは、中央や北方の建築物とは異なる見た目をしている。西方の大都市にある、研究施設などなら近いか。

 土やレンガではなく、コンクリートと鉄骨で出来た建築物。潮風に晒され続けたのだろう、所々が錆びた建物は至る所が崩れていた。


 月明りの下に晒された、四角形の箱のような大型建造物。窪地を下りてその正面へと向かった少年少女らは、ガラスの扉を前に立ち止まる。


「勇者が昔、来た遺跡、ねぇ。枯れた遺跡じゃなきゃ良いけど」


「流石にそりゃねぇだろ、北方は中央とは違って未開拓地点が多いんだ。それに枯れてりゃ、領主やってる親父に連絡が入ってんよ」


「枯れ、た。何?」


「ああ、うん。ざっくり言うと冒険者や盗掘者の影響で、価値あるものがなくなった遺跡ってとこかな。中央だと、結構あるのよね」


 嘗て勇者達は再建されたコートフォールに訪れた時、最前線であったこの地は魔物の軍勢に囲まれていた。

 見渡す限り、地平線の果てまで続く肉の壁。そんな中を進むことなど容易くはなかったが故に、小舟を用いて敵陣の奥まで回り込むと言う道を選んだ。


 海を越えるには心許ない小さな木船で、彼らはこの遺跡の直ぐ傍にある海岸線へと乗り付けたのだ。その際に、この遺跡を見付けたのだとクリスは語った。

 小舟で大陸の東側から上陸した勇者パーティと、陸地を進んで西側から来たヒビキらは、同じ遺跡を目にしていても立っている位置が異なっている。勇者達が精霊石を見付けたのは、今居る場所の反対側だ。


 この遺跡の全容は大きい。四角形の箱の大きさは、遠目でも視界内に納まらぬ程。コートフォールの10分の1程度の広さはあるだろう。そう考えれば、東側に回り込むべきなのかもしれない。


 だが西側にある正面入り口が原型を留めているのに対し、海に面した東側の方が崩落の度合いは大きい。そしてクリス自身が言っていた通り、勇者達は崩落の隙間から精霊石を見ただけ。その内に何があるのか、彼らは調べても居ないのだ。


 もしもこの遺跡が生きているなら、崩れた場所から入るのは些かリスクが高い行為だ。旧時代の防衛機構は、現代のそれを超えている。となれば枯れていないか調べる為にも、先ずは正面から当たってみるべきだろう。そう考えて、彼らは敢えて西側から調査を始めていた。


「あ、生きてる。ちょっと二人とも下がってて」


 ガラスの扉やその周囲の壁に手を当てて、調べていたミュシャが途中で動きを止める。丁度、彼女の目線の高さにある小さな端末が反応していた。


 ミュシャの血に反応して小さな明かりを点灯させた端末は、旧文明の遺跡に良くある機構の一つだ。彼女は慣れた手付きでそれに触れると、軽く操作してから蓋を開ける。


 壁に付いていた端末が上に開いて、中にあったのは液晶にも似たタッチパネル。それを幾らか操作した後、ミュシャは小さく舌打ちした。


「げ、キーが幾つか死んでる。コード打ち込みは、無理か。となれば、音声認識への切り替え。集音マイク、死んでないわよね。ん、良しっと」


 端末自体は生きてはいるが、タッチパネルの方が一部機能していない。仮想キーパネルの位置を動かせないかと少し弄るが、上手くはいかない。


 仕方がないと切り替えた後、まだ動く場所だけを器用に操作して設定を切り替える。パスコードでの認証から、音声認識による認証へと。設定を書き換えると、ミュシャはその言葉を口にした。


「Ordre en tant qu'enfant de gnome. ouvrez la porte」


 我は大地の子であると、紡ぐ言葉は精霊に関わる遺跡へのフリーパス。入口を開くだけならば、これで十分通るであろうと。

 そんなミュシャの認識は、しかし少し外れていた。少女の声を聞き届けたであろう端末から、返るはビープ音。ガラスの扉は開かない。


「……開かねぇな」


「むむむ、音声認識自体は出来てるっぽいんだけど。精霊関係の遺跡じゃないっぽい? 魔術言語ならいけるかしら?」


「魔術言語なら、ヒビキが得意なんじゃねぇの?」


「魔術、言語? なに、それ?」


「あ? ほら、魔術を発動する際や、呪文名に使ってる言語があんだろ。それだよ、それ」


「た、だの、英語、だよ?」


「ん? ただの魔術言語って、どういう意味だ?」


「???」


 ミュシャが操作盤を弄り続ける中、アンジュがヒビキに話題を振る。魔術言語とは、魔術名や発動の瞬間に一度唱える発動キーに使用されている言語のことだ。故に権能の効果で超一流の魔術師でもあるヒビキなら、この音声認識を突破するような言語を紡げるのではないかと。


 問われたヒビキは首を傾げる。魔術の際に使用している言語と言われて、彼が思い浮かべるのは詠唱に扱う日本語と発動の瞬間に叫ぶ英語のこと。魔術言語などと言う聞いたこともない単語ではない。そのことを説明しているのに、アンジュには全く通じない。どういうことだと、二人は揃って首を傾げた。


「あー、統一言語の誤翻訳かー。結構レアなケースよ、それ。……っと、このタイプの端末なら、ここを押しながら引けばメンテナンス用のが開く筈。よっし」


「誤翻訳? んなことあんのかよ」


「そりゃぁ、ね。統一言語って、伝えようとする意志が勝手に相手の言語に翻訳されてる訳だから。実際に言ってる言葉は、受け取る言葉とは違ってたりするのよ。んで、誤翻訳ってのは、片方或いは双方が誤解するような形で翻訳されること。相手が認識出来る言葉に直した結果、意味は伝わってるけどニュアンスが違うとか、全く違う意味の言葉になってるとか、そういう現象のことね。彼我の知識量や価値観の差異で、極稀に起きるって聞くわ」


『へー』


 この幻想に満ちた世界は、口語で交わされる言葉の全てが統一言語で自動的に翻訳される。伝えようと言う意志が、相手の言葉に変換されて伝わるのだ。


 多くの場合においてはメリットしかない機能だが、極稀にこうした誤翻訳が発生する。例えばことわざや笑い話など、国や文化の違いで受け取り方が変わるような物が分かりやすい。伝えようとする意志だけが伝わり、同じ意味の別の文言やニュアンスは近いが意味が全く異なる話に変わってしまうのだ。


「うっわ、配線切れてる。こりゃ、パネルも反応しないわ。んで、あ、あったあった。強制開閉用スイッチ、オンっと」


 ミュシャはその理屈を説明しながら、パネル自体を点検する為のカバーを開く。二重の蓋の中にある配線を掻き分けて、奥にあるスイッチを弄って扉を無理矢理反応させた。


 カチリと音がしてから、ガラスの扉が開き始める。ギチギチと錆びたレールの上を、自動ドアが異音を立てながらゆっくり動く。そして途中でレールが破損していたのか、扉は半開きのまま動きを止めた。


「こんなの、よく開けられんな」


「そりゃ、これでも考古学者志望だからね。ちょっと時間掛かっちゃったけど、私に掛かればこんなものにゃん」


 得体の知れない機械を操作して、あっと言う間に扉を開けてみせたミュシャ。その手際の良さに関心するアンジュに対し、ミュシャは冗談めかした返しと共に胸を張る。


 胸を張った為に揺れる谷間を見て、自身の胸元との差を実感した無乳は目付きを鋭くする。それが分かって嗤うような猫人に、苛立ちを隠せずぐぬぬと白百合は歯噛みした。


 そんな恒例となりつつあるやり取りを挟んだ二人と、何も気付かずぼんやりとしているヒビキ。少年少女ら三人は、開いた扉の奥へと進んだ。


「おおー、未来、だ」


「未来って言うか、ホラーじゃね? なんつーか、微妙に気持ち悪いんだよな。こういうの」


 一歩入った瞬間に、天井の灯りが点いて彼らを迎え入れる。空中には映像が投影されて、彼らを歓迎するかのように文字が躍る。


 されどやはり状態が悪いのか、天井の灯はフリッカー現象を起こしており、空中に投影された画面にはノイズが走っていて文字が良く読み取れない。


 何とか表示されている文字を読み解こうとはするが、記されているのは現代では使われていない文字である。流石のミュシャでも、この状態では読み解けそうにはなかった。


「うっげ。やっぱり魔術言語関係の遺跡かー」


「読めねぇのか?」


「いや、一応、読めるけど、文字体系も似てる所はあるから推察くらいは出来るけど、ぶっちゃけ慣れてないから大分辛い」


「Tachyon Observatory、だっ、て」


「なんて?」


「魔術言語のままだから、多分ヒビキにも分かってないわよ。読めるから読んでるだけで、解読はしてないってやつじゃない」


「え、へん」


「いや、褒めてねぇよ」


 力ある言葉とも言われる魔術言語だが、現代においては全くと言って良い程に使われていない。一部魔術の詠唱や研究で取り扱われる程度である。

 他の言語と同じラテン語からの派生と言うこともあって、ある程度は推測出来ることもある。だがやはり、分かるようで分からない単語や文法は存外に多いのだ。


 それでも如何にか、表示される文章を目で追うミュシャは読解する。読める単語は素直に読んで、読めない単語や理解出来ない文法はそれに近いものから推察する。


 読解のみに限るのならば、多少時間が掛かるが出来なくはない。文字自体には慣れていないが、こうした解読作業が未体験と言う訳でもない。遺跡巡りをしていれば、往々にしてこうしたこともあるのだから。


「タキオン粒子観測所、ね。一体どんな意図の研究施設なのやら、二人とも、気を抜かないでね」


「ん」


「ま、こっちは私達に任せとけ。頭脳面じゃ、役に立てなそうだからな。ミュシャはそっちに集中してな」


 だが読解を進めた所で、内容を即座に理解出来る訳でもない。この施設の名称は分かったが、何の目的で作られた施設なのかは分かっていないのだ。


 となれば当然、内にあるであろう脅威の質も分からない。仮に防衛機構が生きているとして、それがどんなもので、どの程度の規模なのか察することも出来なかった。


 故に警戒は最大級に、ヒビキは拳を小さく握り、アンジュは背負った剣を引き抜き構える。先頭をアンジュが、最後尾をヒビキが、間にミュシャを挟んで移動する。


 カチカチと照明が点滅を繰り返す中、襲い来る敵の姿はなく、不気味な静寂だけが続く。開いた扉の先をクリアリングしながら進めば、先ず辿り着いたのはロッカー室。


「先ず、私が全部開けるぜ。調べんのは、任せた」


 構えを解かぬまま、アンジュがロッカーの扉を開けていく。開けた瞬間に牙を剥くような罠もなく、念の為にと片手を入れて調べてみるも危険はなさそうだと。


 視線をミュシャに向けて伝えれば、猫娘は頷いてからロッカー内に残った古びた白衣などを漁り出す。そうして一つ一つと確認し、カードキーを見付けると懐へと回収した。


「罠、ない、ね」


 新しいカギを得て、それまで開かなかった扉を開ける。無数の資料が並ぶ部屋をぐるりと見回し、ぼんやりとしたままヒビキが呟く。


 本棚の中から一冊を取り出して、ペラペラと頁を捲って流し読む。千年以上昔の書物とは思えぬ保存状態の中身は、全編英語の論文だった。


「In microscopic space, time can theoretically move symmetrically. The paradox caused by the arrow of time can be――――」


「いや、だから魔術言語で言われても分かんねぇって」


「大、丈夫。僕、も、読んでて、分かんな、い、から」


「……何が大丈夫なんだろうなぁ、それ」


「専門機関で研究する程の内容っぽいし、理解は無理にしなくて良いでしょ。表題をざっと見た感じ、時間に関する研究資料が多いみたいだし。何となくどんな施設だったのか、くらいは予想出来るかしらね」


 製本化された書類の中身は、極めて専門的な知識を理解に要するもの。文字を読めるだけのヒビキや、そもそも読めないアンジュだけでなく、ミュシャも当然付いていけるような話じゃない。


 だが今は、理解することが仕事な訳ではない。この遺跡の奥にあると言う精霊石を回収出来れば良いのだから、知るべきは一冊の内容ではなく並んだ本の傾向だ。その点で言えば、得るべき情報はもう十分。


 端から端まで見回して、表題に並ぶ単語の傾向から読み解く。時間に関連する単語が多く使われていることから、それに関する研究を進めていたのだろうとはもう察していた。


 研究内容の性質から、それ自体の危険性は低いと判断。注意すべきは、生きているかも分からぬ防衛設備か。そう断じて、少し警戒心を下げたミュシャは次の部屋へと足を進める。


 残された資料や施設内で使われるカードキーやディンプルキーなどを回収しては、安全を確認してから次の部屋へと。そうして数度、繰り返した後でその部屋へと辿り着く。


 そこは一見すると、ホテルの個室を思わせるような部屋だった。備え付けのベッドと小さめの冷蔵庫。ベッドサイドの机には、小型のノートパソコンが置かれている。


「ん、旧文明の時代でも結構レアな端末ね。他の端末より、世代が古いやつだから、普通は死んでるんだけど。あ、これも生きてる。保存状態、何でこんなに良いんだろ? ま、取り合えず調べてみるから、ちょっと待ってて」


「了解。俺らは一応、周囲を警戒しとくわ。何か分かったら呼んでくれ」


 珍しい型の端末だなと考えながら、ミュシャがパソコンを立ち上げる。動いて直ぐのロック画面で一端止まるが、周囲の物から推察したパスワードを打ち込めば、数分程でロックは解除されていた。


 そうしてパソコンの中身を調べ始めるミュシャを後目に、ぼんやりとしていたヒビキはふと気付いて周囲を警戒しているアンジュに声を掛けた。


「不思、議」


「何がだ、ヒビキ?」


「ここ、遺跡、なのに、気分、余り、悪く、ならない」


「あ? どういう意味、ってそうか。お前、魔王だもんな。精霊の遺跡だと、気分悪くなるのが普通なのか」


「ん。不、思議」


 先史文明の遺跡と言えば、精霊の力に満ちた場所であると言うのが一般的だ。その影響で魔性の者らは立ち入ることも真面に出来ず、無理を押しても内側にて倒れてしまう。


 だと言うのに、ここではそんな影響がない。ほんの僅かな不快ささえも、ヒビキは感じていないのだ。詰まり、この遺跡の内側には精霊が居ない。或いは、存在してはいても、誤差程度の量しかないと言うことだ。


「まあ、精霊の力が全くないって場所は普通は考えられねぇから。内包されてる精霊力が少ないって所か、んな遺跡もあるんだな。ってことは、もしかしてそんなに重要な施設じゃねぇのか?」


「……精霊、石、あると、良いね」


「だな。重要な遺跡じゃないってんなら、ちょっと期待薄かもしれねぇし。最悪は別の場所で、地面でも掘って鉱石探すか」


 精霊の力とは、星の力だ。惑星の生命、それと同化した精霊王たちの断片。故に微弱であったとしても、星の地表には必ず存在しているもの。


 精霊力が存在しない場所は、本来ならばあり得ない。それは火がなく水がなく風がなく土がなく星でもないと言うことだから。


 それでも例外と言うものは常にあり、その一つは魔王の有する領域だろう。

 五大魔王が全力を振るう為に展開する空間。金の玉座や赤の回廊ならば、精霊の力が一切ない。そうした異常な空間は、精霊力を意図して排斥しているのだ。


 詰まりは、意図して排斥しない限り、精霊力と言うものは惑星上には必ず存在する。場所ごとの濃度差はあれど、違いなんてその程度。だから当然の思考として、アンジュは精霊が少ないのは意外だなと思うだけ。


 もしも仮に、精霊を可視化して視ることが出来る者。精霊王や四色の貴種がこの地を見れば、目を剥いて驚いたことだろう。異界ではないと言うのに、この遺跡内には精霊が存在していないのだから。


「いや、此処、結構重要拠点っぽいわ。ある意味、って注意付くけどね」


「何か分かったのか、ミュシャ?」


「これ、見て。神代回帰についての情報が載ってる」


「いや、魔術言語は読めねぇよ。あと、神代回帰って何だ?」


「ざっくり言うと、先史文明が魔王と戦うために実行した計画のこと。それに対する、反発とか反論かな、これ。報告書、って言うには恣意的な感じだし。個人の日記とか、覚書に近いのかもね。言い回しが難解じゃないから、慣れると簡単に読めそうよ」


「いや、難度高ぇよ。慣れるってこと自体がよ」


 そんな話をしていたヒビキらに、パソコン内の文書ファイルを解読し終えたミュシャが声を掛ける。手を振って招き寄せる彼女の下へ、ヒビキとアンジュは近寄って画面を横から覗き込む。


 其処に記されていた文字は、やはり全文英語の文章だ。論文程に難しい言い回しはしていないが、それでも分からぬ言語の文章。目を通して直ぐにこんなの読めるかと、アンジュは諸手を挙げて降伏した。


「ん、それじゃざっくりと解読した内容説明するわね。細かい翻訳、多分間違ってるけど気にしないでね」


「気にすんな、俺らじゃ間違いがあっても気付けねぇし。全部意訳でも良いから、解説頼むわ」


「りょーかい」


 説明を頼むと言われて、ミュシャは端末を操作し頁を戻す。二度三度、咳払いをしてから無駄に声を作った猫娘は語りを始めた。


「月面政府は愚かな判断をした。所詮惑星など、人類の叡智を前に屈した物に過ぎない。嘗て母なる星と呼ばれ崇められたとしても、今では星空に浮かぶ粗大ゴミでしかないのだ。だと言うのに、これを再生させて魔王への対抗策としようなど。ましてやあの、出来損ないのクローン共を計画の核に据えようとするのは愚行を超えて最早狂気すら感じるものだ。こんな計画、どうせ失敗するに決まっている」


 彼女が語るのは、当時を生きた研究者。それもこの研究所の代表と呼ばれた人間の手記である。


 古き世が最後の対抗策として打ち出した神代回帰は、しかし万民に支持されていたものではなかった。

 少なくともこの手記を残した人物は、神代回帰を否定していた。何故ならば彼らの歴史において、星は既に敗者であったから。


 人間は惑星を征服した。蹂躙の限りを尽くして、あらゆる資源を奪い尽くして、空に浮かぶゴミに変えてしまった。その事実がある以上、どうして全ての人の闇を前にして、星が勝てると言う道理があるのかと。


「旗色が悪い。我々の進めていた大いなる研究成果が、下らぬ計画のために浪費される。誰も彼も、096-Eのような量産品に流されやがって。神代回帰への協力が名誉だと、何も分かっていない無能どもが。揺り籠計画こそ、唯一の可能性であったと何故気付かないのか。無学な政府も無能な軍人どもも当てにはならない。我々は同志と共に離反を決意した。しかし、当面は面従腹背だ。今は準備に専念し、機を見て離脱することにしよう」


 されど時間がなかった。激しい戦いの中で、他の解を見付け出せるような余裕はなかった。追い詰められていたのだ。だから選べる道の中で、最も可能性が高い選択をした。


 それが当時の政府の判断であり、しかしその判断に最後までこの記述の主を含む集団は異を唱えていた。しかし意見は通らずに、故に彼らは離反した。彼らは頼りにならない、自分達だけでも為すのだと。


 そんな研究者たちが拠点とした場所が此処であり、精霊力が内側に全く存在していないのもそれが理由。研究結果を、精霊王に暴かれないようにするための工作による影響だった。


「試作機を奪われた。研究成果も大半が横流しにされた。人員も予算もかなり削減された。非常に業腹だが、言っても仕方がないことか。幸い、研究施設は確保出来たのだ。割り切って、ここでやり直すとしよう。出資者とも話は付いている。若い女だが、中々に話が分かる。プロセルピナと言ったか、無名なのが信じられない才女であった」


 彼らは確かに、優秀だったのだろう。研究費を大きく削減されて、多くの人々に背を向けられて、それでも自分達の研究こそが世界を救うのだと信じた。


 誰もが見向きをしなくなっても、今進めている計画ではきっと届かぬから。そうした情熱に突き動かされていた彼らに、とある女が目を付けた。精霊力を排した結果、彼女の干渉を防げなくなったのは如何なる皮肉か。


「我々の研究と、神代回帰は一部の経過が似通っている。時間を回帰させると言う、過程は同様なのだ。あの愚か者たちが原始時代へ戻った所で遡行を終わらせる心算なのに対し、我々は宇宙誕生の瞬間まで回帰させてから基準点を作成すると言う点が異なるか。その後に延命と研究を続け、終極点を設定する。そして設定した終極点から、基準点への回帰を再度発現するのだ。後はこの繰り返し。時間を戻すことが出来るのならば、理論上研究時間は無限に延ばせる。我々の寿命が限界点だが、そこは再生医療とクローニング技術で補填する。テロメアが限界を迎えるのならば、遺伝子情報から新生児を誕生させ脳に直接知識を書き込めば良い。無限ループを成立させるのだ。星では魔王には勝てない。ならば勝てる者を生み出す為に、我々には膨大な時間が必要である」


 当初、月面で研究していた彼らの目的は時間操作による魔王の封印であった。無限ループの中に魔王を閉じ込めようとする試みは、研究時間の不足と言う理由から否定された。


 故に彼らが辿り着いたのは、その研究の為の時間を作り上げようと言う考え方。終極に至った時、世界を始点にまで戻す。それを繰り返すことが出来たのならば、得られる時間は無限となる。


 無限の時さえあれば、いつか必ず魔王を倒せるモノを生み出せる。時間の不足故に否定された彼らは、故にそんな結論へと至っていた。


「プロセルピナから、一つのパラドックスが指摘された。時間の回帰が未来で成立するのならば、過去の時点でそれを観測することも可能ではないかと。なるほど確かに、我々のループが未来で成立するのなら、その可能性が発生した時点で過去が改竄されている可能性は十分にあり得る。マルチバースと言う別解もあるが、無駄に議論を重ねるより、実際に確認した方が早いだろう。時間軸を超えた観測方法に関する理論は完成している。現在の研究の副産物として、簡単に用意出来そうなのも良い。超光速素粒子を応用し、過去の観測を行うことにしよう」


 そんな研究者らに、吸血鬼は一滴の毒を垂らした。理屈としては真っ当な言い分であり、故に誰もがその内に宿る毒性に気付けなかった。結果、彼らはそれを生み出して、そして知ってしまったのだ。


「ああ、素晴らしい。やはり我々は、私こそが特別だったのだ。あの096-Eを始めとする欠陥品のクローン人間ではない。私こそが、人類の救世主となるのだ」


 時間や場所を超えて、過去の情報を視る装置。それを作り上げ、起動させた彼らは知る。最初に知った真実は、或いは彼らにとっては望んでいた通りのこと。


「嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ」


 されど直ぐに、手にした筈の希望は絶望に変わった。狂ったように何十行にも渡って、否定する言葉だけが続く。まるで世の全てから、必死になって目を背けようとしているかのように。果てに、一文。スクロールバーを一番下へ動かした場所に、小さく書かれた最後の言葉。


「世界に、人類に、救いなんてなかった」


 それは、或いは最期の言葉だったのかもしれない。それ以降、研究者が記した文字は何もなかった。


「んだよ、この、思わせ振りなの」


「……さあ、ね。文脈からすると、観測が成功して何かを見付けて喜んだけど、その後で絶望するような事実を知った。ここで記録が終わっているってことは、多分この後――」


「正直、朗読してんのを聞いてるだけでも、伝わってくる嫌な奴っぷりは不快だったけど。何か、すっきりしねぇな」


「一応、内部図面のデータもあったわ。精霊石の保管庫と、観測用の設備の場所は分かった」


 これ以上は、考えても意味がないだろう。そう判断して、ミュシャは別のファイルを開く。表示された画像データは、この研究施設内の図面である。


 後から付け足したのであろう、各部屋に何があるかなどの簡易情報も載ったもの。それを見ながら、ヒビキら三人はこれからのことを話し合う。


「部屋、いっぱい」


「距離的には、大してないよ。唯、東側は崩落が酷いから、安全そうなルートで行くとなると。……観測所、途中で通ることになるのよね」


「旧文明の研究者が、絶望した観測結果。まだ、残ってんのかね」


「残ってる可能性は高くないけど、ゼロではないわね。嫌なら一度外に出て、東側に回り込んでから入り直す?」


「そりゃ、二度手間だろ。……それに、目を逸らしたって、現実は何も変わらないんだ」


「そうね。知っても知らなくても、今は何も変わらない。なら、無駄に怖がることもない、か」


 東側が倒壊しているこの研究所。精霊石の保管庫へ別ルートで向かうのならば、必ず観測装置がある実験場を通ることになる。


 記録データが残っているか、装置が生きててそれを動かしたのならば、少年少女らは知ることになるだろう。当時の人が、一体何に絶望したのかを。


 それを恐れる、気持ちはある。だが、だからと言って足を止めている状況ではない。故にどうしようもないことだろうと割り切って、彼らは遺跡を奥へと進んで行くのであった。


「行こうぜ、旧人類が見たって言う。絶望とやらが記録されてるかもしれねぇ場所へ」






黒幕さんは昔から黒幕さんだった模様。

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