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Re, DS  作者: SIOYAKI
第二章 迷わぬ者に悟りなし
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第29話


 雨が降り注ぐ中、佇む町を背に、黒騎士と対峙する三人。その瞳で勝機を導き出した猫人は、異形が動き出す前に言葉を告げる。


 瞳で見て、頭で思考して、移動しようとして僅かよろける。心威の発動に必要なのは、闘気と言う名の生命力だ。たった30秒の時間でも、体力は底に迫る程に消耗していた。


 けれど、それだけだ。情報を暴いて策を立てただけ、これから先で大変なのは自分ではなく少年の方。ならば立っているのも辛いからと、それで全ては投げ出せない。


 要所で的確な指示を、己が為さねばならない役割を胸中で反復しながら口を開く。ミュシャが言葉にしたのは、限りなくか細い勝利へ繋がる蜘蛛の糸。その前提となる一手である。


「ヒビキっ! 暫く、あの子を相手を! でも、絶対に手は出さないでっ! それから、回復魔術の準備っ!」


「ん」


 ミュシャの下したその指示は、真っ当な判断力を持つなら疑問を抱く内容だろう。技量で劣る彼に手を出すなと言うことは、無抵抗のまま嬲られ続けろと言うに近しい。


 常人ならば反発して当然の言葉に、されどヒビキは二つ返事で頷き大地を蹴る。囮になりつつも攻撃を行えない以上は、近付いて立ち止まる以外に出来ることはないと言うのに。


 事実が分からぬ訳ではない。されど少女の意図が分かっている訳でもない。唯、信じると言ったから、信じて従うと決めただけ。疑問も反発も、今は言葉にしなくて良い。


【Ooooooooooooooooooooooooooooooooo!!】


 大地を駆けるヒビキと、迫る黒騎士が交差する。その直前、異形の騎士は右手の剣を振るい上げ、対峙する少年は横へと跳んで身を躱そうと。


 流れるように自然な騎士の動きに対し、ヒビキの動きは澱んでいる。足を止めて、横へ跳んで、と完全に二手に分かれていたのだ。故に当然、流れるような動作の方が先んじる。


 差は半歩。身を捻っても回避し切れない斬撃が、少年の肌を浅く掠める。直撃と言うには不足が過ぎる掠り傷だが、されどその傷の深さ以上に魔剣に触れた事実が重い。


 ごっそりと、宿した力が奪われる。魔王と言えど魔物の内、その体内には膨大な量の瘴気を内包している。それこそが彼らの力の源で、その根源を喰らうのが魔剣であるが故。


 異形の騎士は正に、万魔に対する天敵だ。一度に喰われた量はまだ、ヒビキの有する瘴気の総量から見れば大したことがない量だろう。


 しかし自身の強化と敵の弱体化を同時に行える魔剣を相手に、身構えても躱し切れないと言う事実は重い。斬れば斬る程に、黒騎士の剣速は増していくのだから。


 今回は半歩で躱せた。だが次も同じ行動をすれば、六割か七割までは詰められてしまうだろう。となれば何れは直撃を受けると言うのも、やはり当然の話であった。


「……近付くのは、危険。程々に、距離を取って、逃げ回る」


 ならばと右方向へと跳んだヒビキは、大きく回りながら距離を取ろうとする。相手の注意が他に向かないように、適度に刺激しながら逃げ回るのが良いだろうと。


 確かにそれは、この状況では正当に近い一つの解だ。囮としての役割だけが求められているのなら、余計なリスクを負う必要などはないのだから。だが、しかし。


「駄目っ! 剣の間合いで戦ってっ!」


 それを少女の声が否定する。自分が口にした言葉に、吐き気さえ感じながらもミュシャは告げる。彼の役割は、単なる囮ではなかったから。


「お嬢ちゃんっ、それはっ!?」


「ん。分か、った」


 ミュシャの言葉が意味する所を察して、思わず口を挟んだクリス。彼が撤回させようと言葉を続けるより前に、ヒビキは一つ頷くと黒騎士へ向かって踏み込んだ。


 そうして、斬られる。結果は先の焼き直し。先よりも早く回避行動を行ったヒビキに対し、黒騎士の動きもまた先よりも早いから。半歩の場所まで切り込まれ、浅い傷と共に力を奪い取られてしまう。


「何で、こんなっ! 見てられないっ!」


「駄目! おっさんは待機っ!!」


 ヒビキの血が飛び、肉が飛び、黒騎士の動きが鋭さを増していく。剣に切り裂かれ、拳に打ち伏せられ、蹴撃に吹き飛ばされていく。


 その度に立ち上がって、その度に少しずつ回避行動を磨いていって、少しでも食らい付こうとしている少年。その姿に、見てられないとクリスは動きそうになる。


「見えないものを斬れるのは、今この場では、おっさんの持ってる破山の剣だけっ! アンタが落ちれば、アンジュを助けられないっ!」


「――っ! 歯痒いね、それはっっ!!」


 けれど踏み込まなかったのは、制止の声を掛けた少女が必死であったから。自身の指示で少年を傷付けていると、分かっていながらそうするしかないミュシャ。


 彼女は必死の表情で歯噛みし、掌から血が零れる程に強く手を握り締めている。そんな姿を晒しているのは、娘を助けたいと少年に望まれたから。そう、察したのだ。


 ミュシャの能力。それが如何なるものなのか、クリスには分からない。されど娘を助けようとしてくれている少年が、心の底から信頼しているのだ。


 ならば歯痒くとも、不満や疑念が生じても、それでも信じるべきなのだろう。そう判断して、クリスは歯噛みしながら待つことにする。己の力が、必要となるその瞬間を。


【Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!】


「また、早く、なった」


 獣のような叫びを上げ、黒雷が大地を焼く。草原を荒らしながら、高速で移動する黒騎士。彼女が動く度に地が抉れ、空が震える。


 闘気による物理法則への干渉は機能していない。無差別に破壊を振り撒き、地形を大きく変えながら異形の騎士は剣を振るう。切り落とした肉を喰らった。


【Uuuuuuuuuaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!】


「困った。防ぎ、切れない」


 その刃に手足を捥ぎ取られ、喰われながらも肉体を再生させて耐えるヒビキ。小さな彼の体は、風に吹かれたゴミのように吹き飛ばされる。


 手足を無くして、大地を跳ねて、血肉を復元させて、立ち上がった所でまた吹き飛ばされる。如何に頑丈であっても、流石に限界が近付いて来る現状。


 このまま追い詰められ続ければ、また暴走してしまう可能性もある。そうなれば最悪だ。暴れ回る怪物が二つと増えれば、事態はもう誰の手にも負えなくなるだろう。


「取り合えず、回復」


「駄目っ! まだ回復魔術は使っちゃ駄目っ!!」


「む、分かっ、た」


 そうなる前に、地を転がったヒビキは自身を回復させようとする。されど彼らを追い掛けて来ていた猫人が、大きな声で静止した。


 治療をしては駄目だと、言われて素直にヒビキは頷く。しかし同時に、その胸中には焦燥感が生まれていた。もう限界は近いのだと。


【Ooooooooooooooooooooooooooooooooo!!】


「くっ、まだか」


 斬られて、殴られて、蹴り飛ばされて、回避も防御も間に合わずに殆ど無抵抗に吹き飛ばされていく少年。


 彼の背を追い掛けながら、片手で柄を握り締めるクリス。雷将と呼ばれた男は無力さに歯噛みしながら、それでも見失うものかと彼らを追う。


【Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!】


「まだ、まだ……」


 斬り付けて、殴り付けて、蹴り飛ばして、荒れ狂いながらも変わらぬ技量を以って黒き騎士はヒビキを追い詰める。


 少年の背を見詰めるミュシャの顔色は、血の気が引いた青色だ。案ずる思いは膨れ上がって、それでもこれ以外の道はない。


【Uuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuu!!】


「もう、持たな――」


 喰われ続けて奪われ続けて、遂に黒雷の速さは魔王を超えた。視認さえも困難となった速度で、一方的に削り取られていく少年。


 その胸中に、怯えの色が芽生える。怖い。嫌だ。死にたくないと。弱い誰かが叫んでいる。怯える幼子が顔を出し、恐怖の対象全てを消し去ろうとする。


 そうとも、出来る。出来るのだ。魔剣に斬られ続けた魔王は、もう気付いている。その剣には制限がある。一度に取り込める、瘴気の量に限界がある。


 ならばそれ以上の、この星ごと消し飛ばしてしまう規模の力を剥き出しの弱所に叩き込んでやれば良い。それだけでこの身を追い詰める、不遜な剣は圧し折れるから。


 壊させろ。壊させろ壊させろ壊させろ。あの怖いのは要らない。己を傷付けるものは要らない。全部全部壊してしまえ。


 内から溢れる意思は、表層に現れる寸前だ。その領域に、既に至った。溢れ出そうとする悪意を抑え付けようと意識を割いて、当然ヒビキの動きは鈍ってしまう。


【Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!】


 落雷が落ちるように、黒騎士は剣を振り落とした。その一撃に胸を大きく切り裂かれながらも、歯を食い縛ってヒビキは後方へと跳躍する。


 後ろへ跳んだ彼に向かって、黒き閃光が追撃する。宙で振り抜かれた剣が纏った黒雷は、光の斬撃となって空を飛ぶ。着地の寸前を狙われたヒビキは、咄嗟に周囲に瘴気を放つ。


 爆発音と共に周囲が衝撃に満たされて、軽い体の少年は余波で宙へと飛ばされる。自然落下を始めたその身はこの瞬間、完全な無防備を晒していた。


【Hoooooooooooooooooooooooooooooooooo!!】


 その致命的な隙を、異形の騎士が見逃す筈もない。弓を引くように大きく腕を引いてから、雷光と共に疾走して突き出す。


 空へ向かって跳躍し、空中をジグザグと雷光のように進む黒騎士。舞い降りる少年は姿勢を正すだけが限界で、放たれる悪意を処理し切れない。


 心の臓を狙った、魔剣の突撃。その刃が臓腑を貫いたのならば、彼は限界を超えてしまうだろう。その瞬間、もう駄目だと言うその一瞬に――


「今っ! ヒビキっ!」


 ミュシャが合図を出す。漸くか、とヒビキは僅か安堵する。さあ、この状況を、如何なる形で逆転するのか。


 不信はない。疑念はない。彼女ならきっと、思いも寄らぬ策を組み立てているだろう。そう確信していた少年は、故に続く言葉に硬直した。


「回復魔術を、アンジュに使ってっっ!!」


 心の臓を、雷光が貫く一瞬。この状況で、相手の回復をしろと言うのか。そんなあり得ぬ指示を受け、硬直している間にも刃が届き身を貫いた。


 皮膚を斬り、肉を断ち、臓腑を抉り、骨を貫く。口腔を逆流した血が満たして、溢れ出す寸前。そんな被害を受けながら、それでも少年は少女を見た。


 手に血を滲ませて、顔を真っ青に染めている。それでもミュシャは、ヒビキの瞳を見詰めて頷いた。だからヒビキは、彼女を信じて進むのだ。


【Uuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuu!!】


 少年の胸元を貫いたまま、前へ前へと駆ける黒騎士。その異形は砦に彼の背を叩きつけ、そのまま罅割り砕いてしまう。


 轟音を立てて、崩れ落ちた城壁。それでも止まらぬ怪物は少年の体を貫いたまま、その身を地面に叩き付ける。砦の内側、南西に作られた花畑で幾つもの花弁が散った。


「ぐ――っっ!!」


発動(Exit)


 血反吐を吐いて、詠唱をしている余裕もないヒビキ。彼の口に変わって、両の肩に開いた二つの口が呪言を紡ぐ。その無詠唱魔術が此処に、その真価を発揮する。


 暗き魔術の輝きが、黒き騎士の全身を包む。鎧と化していた血肉が、人のそれに戻る。魔剣に貫かれ、機能を止めていた心臓が動き出す。


 光が消えたその後には、生気を取り戻した少女の姿が。舞い散る水晶花の輝きの中で、白百合の少女は本来の姿を取り戻す。


 しかし、これ程の回復魔術。人体に使えば反発が酷く、肉体は変異し堕落する。されど今、アンジュビュルジュは魔剣を有している。


 彼女自身に害を為す程の魔力は、魔剣が全て喰らってくれるのだ。故に治療の恩恵だけを彼女は受け、こうして本来の形を取り戻した。


 そう、この瞬間こそをミュシャは待っていた。貫いた相手から、瘴気を喰らう魔剣が。持ち主の体から、瘴気を喰らう魔剣が。限界を超えるこの瞬間を。


「これで、良い。これで――魔剣は一瞬、処理落ちする」


 魔剣は所有者を無限に強化するが、一度に吸収出来る瘴気の量には限界がある。取り込んだのならば、消費しなければならない。


 本来ならば高速で行われるその処理。魔剣自体の許容量も相まって、一時停止など普通は起きない。だが、例外事項が此処にある。


「魔剣が吸収出来る瘴気の量には、一時的な限界がある。バケツで水を汲んで、大きな溜め池を作ろうとした時。一度に移動出来る水の量が、バケツの大きさに依存してしまうように。ヒビキは正しく、大海だ。バケツの中に全部注ぎ込もうとすれば、溢れて持ち運ぶことも難しくなる。ましてや同じタイミングで池の側からも逆流したなら、魔剣はそれを処理し切れないっ!」


 魔王の力は、魔剣でも直ぐには処理し切れない程なのだ。だからと所有者に流そうとしても、そちらからも治療に使われた分の魔力が流れて来る。


 大量の瘴気と魔力が、双方向から流れ込んだ結果が処理落ちだ。本来起こり得ないバグのような挙動故に、魔剣の再起動には時間が掛かる。


 結果、魔剣は一時的に機能を停止した。ヒビキの心臓を貫いたまま、捕食と言う機能を発揮出来なくなったのだ。故にこの一瞬こそが、逆転への好機。唯一つだけ許されている可能性。


「おっさん、出番! 魔剣が再起動する前にっ!」


「分かった! 狙うのはっ!?」


「形のない、魔剣とアンジュの繋がりっ! アンタなら、出来るでしょっ!!」


「言ってくれるねっ! 流派の奥義とかだよ、そういうのっ! 当然出来るさっ!!」


 機能を停止した魔剣に貫かれたまま、ヒビキとアンジュが地を転がる。月光を乱反射する水晶の花弁がその度に空に溶けて、今も意識が戻らぬ少女が丹精込めて作った場所が崩れていく。


 大きく移動した彼らを追ってその場所へ、僅か遅れて辿り着いたクリスは小さく息を吐く。そして役目を果たすため、西洋剣を使った少し歪つな抜刀術の構えを取った。


――外功実行・以って我は心威を示す――


 性質は外功。己の内に留まるのではなく、彼は外に広がりを求めた。法則は実行。夢に浸れる程に柔軟ではなく、現実にこそ愛しいモノはあったから。


 彼が心の底から望んでいたのは、いつだって変わることはない。友の栄達を、民の安寧を、そして愛する娘の幸福を。何時だって、誰かのことを願っていた。


――庭中有搗石、以劍指之、石即中断――


 闘気を高め、己の心に抱いた芯と混ぜ合わせ、人間の領域を超えんとする。その技術に本来、詠唱と言うものは必要ない。これは必要なものではなく枷である。


 出る杭は打たれると言う言葉があるように、人は逸脱した者を嫌い憎む。それは集合無意識もまた同じく、故に人類総意は人間から神に成ろうとする者に対して干渉する。


 その時発生する力の綱引き。抗い続ける者に対し、人類総意は人間以外の役を与える。特別だとは認めてやるから、此処で満足しておけと。


 総意に抗い切れぬ者は、人を超えるが神の域には至れず止まる。結果として彼らが得るのは、人が想像する空想存在の力。己の心に相応しい、役を被ることとなるのだ。


 この呪文は、その為のもの。人類総意が用意した空想の器に、己と言う魂を馴染ませる為のもの。総意から唱える事を強要された言霊なのだ。故に知らぬ言葉が、望まぬ音が、無意識の内に口より零れ詩を紡ぐ。


――是なるは破山之剣。唯一振りしか振るえぬが、寶山さえ断ち切る光芒の刃――


 故にこの呪は、総意には勝てぬと言う証左。でありながらも人を超えたと、人類全てが認めた証。概念存在への変性は、神話の怪物からしても取るに足りぬと言えるものではないだろう。


 魔王もまた、人の神話に語られるモノ。人間総意が夢見た神と言う名の概念存在であり、故にこの呪が完成した時に現れる存在は同格ではないが同質の存在。正に神に迫らんとする超人と成るのだ。


 それこそが神威法。東国は最強集団、六武衆に伝わる秘奥。人が人を超え、神へと至らんとする神秘の技だ。


――この身は剣にして鎧。遍く民草の明日を守る為、雷霆の如く全ての悪を断ち切る者――


 守る為に求めたのは、奪うことに適した力。騎士とはそういうものであると、語るは斜に構えた言い分だろうか。


 誰かを助ける為に、他の誰かを傷付ける。間違っていると分かっていても、その道を行くと決めたのだ。戦う力のない人々に変わって、我は剣と成り、我は盾と成る。


――斯く在れと定めたこの身、この心は最早迷わず。故にこの剣閃は誰にも防げず、全てを断ち切り捨てるだろう――


 果てに至ったこの今に、迷いや怯えは一切ない。己と言う存在は何も変わらぬ。絶望し、諦観し、多くを捨てたあの日から。


 何も変わっていないと言うのに、不思議と心は晴れやかだ。まるで友らと共に、仲間達と共に、戦って来たあの日のように。


 それはきっと、美しい未来が見えているからだろう。だから宝も小石も、等価としてしまう太刀を振るう。その価値を、等価にしてしまわぬ為に。


――心威・解放――


「宝山庭石一切等価――破山剣っ!!」


 一瞬の発光。鞘の不足を補う雷光の輝きと共に、振り抜かれた両刃の剣が空を切って大地に触れる。直後、ガラスのように砕けて散った。


 破山の剣は、一度振るえば壊れて砕ける。そうとも、この刃は確かに断ち切ったのだ。何もない空だけではない。其処にあった筈の繋がりを。少女を捕らえる、その繋がりを断っていた。


「これで、魔剣とアンジュの繋がりが切れた。使用者を失った魔剣は、許容量を超えた瘴気を持て余しながら、機能停止したままになる」


 故にこれで、機能停止した魔剣が再起動することはなくなる。溢れ出さんとする程の瘴気を、逃がす場所を失ったのだから。


 ヒビキの血肉が膨れ上がり、胴に巨大な口が開く。それは自身を貫いていた魔剣をパクリと飲み干すと、そのまま内へと取り込み塞がった。


 これにて、脅威は去った。されど、救いはまだ。魔剣によって闇に囚われた少女の意識は、まだ戻ってはいないから。


「だからっ! ヒビキっ!!」


 最後のピースが、此処に嵌る。ミュシャが言葉を口にするより前に、ヒビキはしっかりと頷いた。何をするべきか、言われなくても分かっていたのだ。


「聖剣――抜刀」


 そして、空色の風が吹く。此処まで来れたと安堵し尻餅を付いたミュシャが、懐かしい輝きに驚きながらも納得していたクリスが、見守る中でその光は剣と成る。


「ああ、分かる。分かるよ。僕が、何をすれば良いか。何を求められているのかが」


 現れた光の剣を両手で持つ。小さな体の少年は、腰まで届く黒髪を風に躍らせる。蒼く輝く双眸で、見詰める先には意識のない少女。


 精神が封じられた彼女を助ける為に、必要な力は既にある。ならば、迷う必要などはない。迷う理由なんてないのだ。故に響希は、その力を行使した。


「心を開いて、此処に繋ごうっ! 君を捕らえる闇の中から、君自身を救い上げる為にっ!!」


 聖なる剣は、人と人の心を繋げる力を持つ。嘗て勇者キョウは、この剣を用いて人類全ての心を一つにした。


 その偉業に比すれば、たった一人の少女の心を救う程度。勇者でなくとも、聖剣の保有者として、為せずに何とする。


「導けっ! 人の世の輝きよ――っ!!」


 空色の光が強く、強く、強く輝く。そうして、水晶花が散る花園で、空色の輝きに包まれた少年と少女の心は繋がった。






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