第45話 おともだち
「今日は“蟻さんのくらし”についておべんきょうしました。
かれらは いつも なかよしで、けんかしません。
みんなで ごはんを はこんだり、はたらいたりします。
ひとりがこまったら、みんなでたすけます。
ぼくも そんな ありさんに なりたいです」
小学校1年生の息子・悠が書いたプリントを読んで、母親の沙織は微笑んだ。
「すごいわねえ、優しい蟻さんたち、だって」
「うん。先生がね、“みんなで助け合うことが大事なのです”って言ってたんだよ」
ランドセルの中から、悠は紙を取り出した。A4用紙いっぱいに、びっしりと黒い点が描かれていた。近づくと、それがすべて蟻であるとわかる。足が六本、触角があって、どれも丁寧に描かれていた。
「この子たち、全部本当のともだちなんだよ」
「そっかぁ、たくさん描いたんだねえ」
沙織はそう言ったが、絵の数が気になった。おそらく、数百匹。画用紙を埋め尽くすように蟻が描かれていた。それも、一列に整然と並んでいる。
それから数日後。沙織はリビングの壁に小さな黒い点を見つけた。
それどころか、壁一面に無数の点が書いてあった。注意して見ると、それは「蟻」の絵だった。
「悠、これ描いたの?」
「うん。おともだちが、“さみしい”って言うから…」
「……誰が?」
「おともだち。昨日のおともだちとは、ちょっとちがう子。昨日の子は足がちょっと短くて……でも今日は、ちょっとだけ大きい子が来たよ」
そう言って、悠はにっこり笑った。
沙織は一瞬、背筋が冷えるのを感じた。だが、幼い子どもの“想像の友達”だろうと自分に言い聞かせた。
一週間後、壁はほとんど黒い模様で覆われていた。壁一面に蟻の絵——だが、それはもはや絵ではなかった。線のひとつひとつが、意味を持つように感じられた。蟻たちは行列を作り、どこかに向かうように…
ふと、沙織は不意に目を覚ました。
「夢か…」
ほっと安心した…
沙織は汗びっしょりだった…。
すると階下で何かざわざわと音がする。
決して足音ではないような音が…。
——カサカサ、シャッ、シャリッ……紙を擦るような音。
恐る恐る階段を降りると、悠が壁に向かってなにかをつぶやいている声が聞こえてきた。
「……ちゃんとまもるよ。
ちゃんと ならぶよ。
ちゃんと うごくよ。
ぼくは いらないこじゃない。
ぼくも はたらくから。
だから——」
沙織が電気をつけた瞬間、悠が振り返った。
その壁一面には、何かを塗ったように真っ黒な線が這っていた。
そして、悠の顔にも蟻が眉から頬へ、顎から首元へ全身にびったり這っていた。
「ママ。だいじょうぶだよ。
ママのぶんのすうじも、もうつけたから。
だから、もうさがさなくていいんだって」
沙織は唖然と言葉が出なかった。
翌朝、悠の部屋は静まり返っていた。
布団の中には悠がいない。だが、部屋の床には黒い点がいくつも、いくつも続いていた。
「ぼくは、おともだちになれたよ」
とそこには、蠢くように書かれているようだった。
母はそのまま警察に捜索願いを出した。
それ以降、学校では「道徳の授業における創造的表現の成果」として、**児童による“蟻絵画展”**が開かれた。
多くの親たちが「我が子の豊かな感性」に満足し、微笑んだ。誰も、その絵が**“集団行動の地図”**であることに気づかぬまま——。
そして、また1人行方不明になった…




