48.雨の帝国
「はぁぁぁ、雨止みませんわね~」
帝国歴1782年6月。
サラフィナの前で大きなため息をつくのは、新婚ほやほやのリリアナ・カイザー妃。
先月、ルイポルト・カイザーと華々しい結婚式を挙げたばかりだ。
多くの国民から祝福されながら、誰もがうらやむイケメン皇族と結婚したばかりの彼女がなぜヴォード公爵邸で油を売っているのか。
「ルイが一所にじっとしていられない人だとは分かっていたわ。でもまさか、結婚式の翌日から外交に出かけちゃうなんて思ってもいないじゃない?そしてひと月も帰ってこないなんて。私の顔をそんなに見たくないのかしらって思ってしまいますわ」
リリアナのため息の理由はこれだ。
ルイポルトは結婚式に参列してくれたティプナン領主ヌラックの帰国に合わせ、「あ、じゃあ俺も行く」とアサムーン国へ旅立ってしまったのだった。
これにはソフィー大公妃もキャサリン皇后もキレた。
「レン、今すぐルイを連れ戻してきて!」
いや、今船の上だし……。
ティプナンに到着した頃合いを見計らって迎えに行ったが「分かった分かった、2、3日で帰るから」「じゃあその時に迎えに来る?」「いや、船と馬で帰るからいいよ」
……それって帰国は2週間以上あとだよね?
「ルイ兄様とレンって似た者同士というか、ほぼ兄弟よね……。従兄のはずだけど」
「ええ、レンリッヒ殿下のデリカシーのなさを心配してたけど、他人ごとではなかったわ。ルイもなかなかよ」
結婚早々、この一族男子のマイペースっぷりに翻弄されているリリアナは、もう笑うしかないようだった。
「で、どうなの?サラの方は。殿下と何か進展はあったの?」
進展、進展ねぇ……。
アズマ国との貿易が再開されて半年が過ぎ、帝国の食生活は大きな進展があった。
輸入された食材の中でも帝国国民の心を鷲掴みにしたのは焼き肉のたれだ。
帝国騎士団から口コミで広がり、一気に火が付いた。
肉屋の店頭では焼き肉のたれが売られ、主婦たちがこぞって買っていく。お肉と野菜を炒め、たれをかければ子供も旦那もモリモリ食べてくれるのだから、主婦の強い味方である。
その他には、醤油味の鶏のから揚げが若者たちに人気だ。屋台で売られ、歩きながら食べるのが帝都の新しい定番となった。
これらのメニューを考案し公認としたヴォード公爵家への注目度も高い。特許料を取らない公認としたことで庶民も気軽に楽しめるのだ。そのすべてを考案したと言われているサラフィナへの好感度も上々である。その彼女が、皇太子妃の最有力候補とあれば庶民の期待は高まるばかりであった。
しかし二人の関係の進展はと聞かれると……、現時点では何もないのである。
外野からはいろいろな情報が入ってきていた。
「殿下はヴォード公爵令嬢の18歳の誕生日にプロポーズをするらしい」
「誕生日プレゼントと婚約指輪は候補3つにまで絞られたらしい」
「プロポーズの場所は夜景の見える丘か、アズマ国の2択」
なんでそんなことまで!!
そして悲しいかな、それはたぶんほぼ事実である。レンリッヒとその周囲が大騒ぎしている姿が目に浮かぶようだ。でも、サプライズ感?そういうのは皆無である。
まあ仕方がないわね、皇太子だからというよりレンだから。
そうあきらめるサラフィナだった。
「仕方ないと言いつつ、楽しそうじゃない?」
リリアナがちょっと意地悪く笑う。そりゃそうよ、たとえサプライズ感ゼロでも、プロポーズなんて人生に一度あるかないかだもの。
間もなくサラフィナ18歳。
二人の運命はどう動き始めるのか。
なお、アズマ国国王は帝国騎士団の下でしごかれるうちに、自分の実力のなさと人望のなさをいやというほど思い知らされ、ヨレヨレになってアズマ国に戻っていった。今はハヤトの下で仕事を覚えている。と言っても当面は地味な帳簿仕事がほとんどだそうだ。
そして王太后はいまだアズマ国へは戻らず孤児院に残り、さらにパワーアップして片言の帝国語で怒鳴り散らしている。
「こらぁ、廊下は走るなと申しておろう!」
「手を洗わない子にはおやつはやらぬぞ!」
うっへぇ、相変わらずアキコババおっかねー、そうつぶやく子供に「ババではなくアキコちゃんと呼びなさい!」……いろいろとあきらめの悪い人らしい。




