47.焼き肉のたれ
アズマ国でのごたごたがひと段落し、帝国使節団一行は帰国の途に就いた。
サラフィナとレンリッヒは今、公爵邸の厨房で料理の研究中である。
え?使節団?まだ船の上ですけど何か?
馬車旅も船旅も楽しかったが、何よりもアズマ国で様々な食材をゲットしたのだ。試したいことがたくさんありすぎて、のんびり船に揺られている場合ではない。ちょっとずるをして一足先に戻ってきた二人だった。
あの後、ハヤトの父であるアズマ国家老アキヤス・フジワラ氏が牢から出され、レンリッヒ達と合流した。
求心力ゼロのバカ殿の命令に素直に従って収監される必要はなかったのでは?というレンリッヒの疑問に「アレでも一応、一国の王です。むやみに逆らったりアレらを軟禁状態にしたりすれば、こちらが本当の謀反人となる危険性がありますからね」とのこと。
そういうものなのかー、と納得するレンリッヒだった。
しかし「アレ」って……。
「じゃあ、あの二人を帝国へ修行の旅に出しちゃったのはまずかった?」
「いや、帝国だからよかったのです。国内の者の仕業であればまたくだらぬ足の引っ張り合いとなりましょうが、帝国では内部の者は文句の言いようがなく、対外的には病気療養中ですからな」
そう腹黒く笑うアキヤス氏だった。
アキヤス氏は政治経済の事情に精通しており、庶民の生活まで配慮のできるなかなかの人物であった。少し話をしただけでも器の大きさがわかる。なぜこの人を王にしなかったんだ!とレンリッヒ達は心から思った。
彼の母親は身分が低く、王族に残るほうが生きづらい道だったのだとか。
「臣下の身分のほうが楽ですよ。いざという時に身軽に動けます」
「分かるわー、それ」
とアキヤス氏に思いっきり賛同しているルイポルトであるが、あなた臣下じゃないよね?皇族ですから!身軽にもほどがありますよ。
今後は時々ハヤトやアキヤス氏を帝国に連れていき、修行中の二人の様子をこっそり見せることになっている。もちろんレンリッヒの転移で。
「国の事実上の最高責任者がそんな簡単に外国へ行ってもいいものなの?」
「帝国を信じると決めた以上、腹をくくるだけですよ」
この親子も本当にフットワークが軽い。
「あの後食べたお蕎麦、おいしかったわよねー」
せっせと手を動かしながらサラフィナが思い出してうっとりしている。
「ああ、のど越しがよくてうまかった。そば打ちは素人じゃ難しいんだよな?」
「うん、前世の父が一度そば打ちに挑戦したことがあったけど、ぽろぽろになっておかゆみたいになっちゃった。スプーンですくって食べたっけ」
「それはちょっといやかも……」
今二人が試作しているのは焼き肉のたれである。
うろ覚えの記憶をたどり、すりおろしリンゴと玉ねぎ、にんにくや生姜、はちみつなどを加える。決め手はもちろん醤油だ。
料理長は試作第一号ですでに震えていた。
「なんという奥深い味なんでしょう!」
しかしサラフィナとレンリッヒの記憶にある味とはちょっと違う。
「なんかちょっと甘すぎるかな?」
「もう少し香味野菜を増やしてみましょうか?」
そうして出来上がった甘口のたれと辛口のたれの二種。渾身の出来である。
「完成!」
「焼き肉のたれって手作りできるもんなんだなー。これで今年の合同演習が、がぜん楽しみになってきたぞ!」
今年も恒例の帝国騎士団と皇太子との合同演習が行われる。
レンリッヒが成人したため、今年は1週間の長期演習だ。魔獣狩りも予定されており、狩った魔獣は自分たちでさばき、野営で調理して食べることになっている。そこに新作、焼き肉のたれを持っていこうというのだ。いやもうそれってキャンプじゃん?
しかも今年はシークレットゲスト、バカ殿の参加がひそかに決まっている。
自分よりできないのが一人でもいると急に気が楽になるものだ。
サラフィナから見て、レンリッヒがとても楽しそうにしているのが分かる。ちょっとうらやましいぞ。
バカ殿と言えば、騎士団の寮に引きこもり、ずっと喚き散らしているらしい。しかし言葉が通じないためほぼスルーされている。演習には否が応でも引っ張り出されるからね、まあ健闘を祈る。
一方の王太后は、信頼のおける孤児院に預けられていた。ヒステリーに喚き散らしている様子はさすが親子といったところだ。しかし騎士団とは違い子供たちは純粋で残酷である。
「おばちゃん、お家に帰りたいの?」
「おばちゃん、私のお菓子あげようか?」
「おばちゃん、お化粧はげちゃってるよ。お化粧しないほうがかわいいよ」
王太后が最初に覚えた帝国語は「おばちゃん」であったとか。




