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36.ティプナン領主ヌラック

南国編、終了です。

「ヌラック、久しぶり!なんでここにいるんだ?今夜そっちに行く予定だぞ!」


声をかけてきたのはティプナン領主ヌラックだった。ひげ面で熊さんのような容姿だが、その肌つやを見ると意外と若いようだ。ルイポルトとあまり変わらない年齢かもしれない。ルイポルトが嬉しそうな顔で話しかけている。本当に仲がいいと感じる距離感だ。


「ルイが町に出たって聞いたからさ、様子を見に来た。それよりどうした?そんなに買い込んで。滞在中の外交団の食事は果物も含めてこっちで十分準備してるぞ?」


本来ならアサムーン国の一領主に過ぎないヌラックと、帝国の皇位継承権第三位のルイポルトとでは身分は大きく違う。しかし、そんなことを気にするルイポルトではない。だからこそ世界中のあちこちに、気を許せる友人がいるのだろう。親しみやすさでは負ける気がしないレンリッヒだったが、ルイポルトの行動半径は転移を付与された今でもかなう気がしなかった。


「ああ、これは帝国への土産分だ」

「いや、帝国に持っていくまでに腐るだろ?」

「うんまあ、それはだな。ああ、先に紹介するよ。こいつ俺の従弟でグランヴィル帝国の皇太子レンリッヒ。レンって呼んでやってくれ」


一瞬で固まるヌラックとその家臣たち。

「皇太子殿下が同行されるとは聞いてないんだが」

「あ、あとこっちがヴォード公爵家令嬢のサラフィナ。レンの彼女。サラって呼んでやって」

おい、どこからツッコめばいいんだ、ヌラックがルイポルトをにらみつける。

「まあ、だいたい買いたいものは買えたから、一度屋敷に戻ろうか」


領主邸に場所を移した一行は、お茶を飲みながらレンリッヒに付与された魔法について説明した。

「なるほど。そのような魔法は初めて聞いたが、ルイがそういうからには真実なのだろう」


ヌラックは改めてレンリッヒとサラフィナに向き直り「アサムーン国へようこそ、皇太子殿下、サラフィナ様」と歓迎の意を述べる。


「一度訪問してしまえば帝国と我が国を自由に行き来できてしまうその能力、使いようによっては我が国に不利になるような動きも可能でしょう。そのような魔法をファイス神様がお授けになったということは、殿下は他国に対してその力を悪用されるお方ではない。そうファイス神様が見定められたということです。ティプナン領主としてお願い申し上げます。その力をグランヴィル帝国のためだけでなく、この世界すべてのためにご活用くださいませ」


南国の甘いフルーツを届けるためにその力を活用しようとしていたレンリッヒは居心地が悪い。しかしこの力で他国を苦しめようとは思っていない。それは事実だ。

「よほど理不尽なことをされない限り、この力で他国を追い詰めるようなことはしないと誓おう」


「サラフィナ様はどのような魔法を付与されているのですか?」

「私のことはサラとお呼びください」

「いや、さすがにそれは……」

「私は今17歳で、魔法付与は1年後なんです」


「おお!そうでしたか。レンリッヒ殿下もファイス神から愛された特別なお方。サラフィナ様の魔法も楽しみですね」

そう言われて、胸のあたりがずんっと重くなるのを感じた。レンが特別な魔法を付与されたのに、自分がとても平凡な魔法だったらどうしよう。


そんなサラフィナの様子を見て、ヌラックは言葉を続けた。

「特別というのは誰もが一人ひとり特別という意味です。何も珍しい魔法である必要はありませんよ」

ルイ兄様がこの人と仲良くなった理由が分かる気がする、ヌラックの言葉に心が少し軽くなるのを感じたサラフィナだった。


「ところでヌラック様は帝国語をどちらで学ばれたのですか?」

サラフィナが尋ねた。

「土地柄、幼いころからアサムーン国と帝国を行ったり来たりしておりまして。帝国の港町ダーレムに1年以上滞在したこともあります」

「なるほど。それで帝国語がお上手だったんですね」


「この後、ルイと外交団の皆さんを歓迎するささやかな宴を用意しています。宴と言っても好き勝手に飲み食いするだけですが。レンリッヒ殿下もサラフィナ様もぜひご参加ください」

「ありがとう。ルイ兄からも話を聞き、参加させていただきたいと思っていたところなんだ。ぜひ。その前に一度このお土産をグランシティの皇城とヴォード公爵家に届けくるね」

「それは、目の前で転移が見られるのですか?」

好奇心に目を輝かせるヌラック。


「お望みとあればヌラック殿も連れて行けるよ。でも領主をいきなり他国へ連れていくのはまずいよね」

「それは何とも魅力的なお誘いですな。しかしさすがに領主という立場を鑑みて今回は自重することにいたします」

あのヌラックですら自重するのに、皇太子の立場でフラフラ転移しているレンってどうなんだろうなー、とルイポルトのからかう声が聞こえた。ルイポルトだけには言われたくない。


「では私も、すぐに用意できるものを何か作ってきますね」

サラフィナの言葉を受け、ルイポルトが得意げにヌラックに話しかける。

「ヌラック、サラの料理はうまいぞ。楽しみにしておけ」

なんでルイ兄が自慢してるんだよー、とぶつぶつ言うレンリッヒの背中をサラフィナが叩いた。「レン、行くわよ!」



バスケットを抱え、まずは公爵邸に戻った二人。兄ティモシーは登城していて不在だった。ラッキー!


「じゃあちょっと、母さんに果物届けてくる」そう言ってレンリッヒが姿を消すと、サラフィナは急いで料理長と相談。すでに仕込み済みの素材を利用し、帝国式のローストビーフサンド、サラ式のカレーコロッケと肉まんを手早く作ってバスケットに詰める。ほどなくして公爵邸に姿を現したレンリッヒは、ワインの瓶が6本入った木箱を抱えていた。国外に輸出をしていない高級ワインである。さすが皇族。


そうして戻ったティプナンの領主邸では、心尽くしの南国料理とお酒が用意されていた。

「おお!帝国の料理やワインが一瞬で!本当に素晴らしいお力ですな」

南国と帝国、両方の料理やお酒を楽しみ、南国の夜は賑やかに更けていくのだった。


まあその後、ティモシーに怒られたのだが。

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