33.南の大陸へ
きらびやかな世界はあっさり終了、通常モードです。大晦日なのに真夏のお話です……。
「レンは今頃どのあたりかしら」
ぼそりとつぶやいたサラフィナに侍女のエミリアが声をかける。
「お嬢様、まだ5日ですよ」
建国記念日から1か月が過ぎた。
サラフィナは領民皆保険制度の導入に向け、走り回っていた。
一方のレンリッヒもまた、ルイポルトの外交に同行して世界を広げたり、魔力訓練で魔力量の底上げを図ったり、お互いに忙しい日々を送っている。
それでもレンリッヒは一日とあけずサラフィナに転移で会いに来て、時にはほんの短い時間だけでも地方の町にサラフィナを連れ出してくれたりしていた。
そんなレンリッヒだったが、今は南の大陸に向かう船の中だ。
移動する船の中へ転移で行き来するのは不可能なため、目的地に到着するまでレンリッヒはサラフィナに会いに来ることができない。
「南の大陸に着いたら、その後はサラをいつでも連れて行ってあげるからね!」
そう言って外交団が待つ南の港町ダーレムに転移し、船に乗って旅立っていった。
南の大陸には大小さまざまな九つの国があり、一部の地域では紛争も起こっている。しかし、玄関口となるアサムーン国は政情も安定しており、グランヴィル帝国やその他の国との交易も盛んだ。アサムーン国までは船で10日。
10日間レンリッヒと会わないのは、彼が転移魔法を付与されてから初めてのことかもしれない。逆に言えば一度移動してしまえば、次からはその距離を一瞬で行き来できてしまうのだ。転移魔法、最強か?
「船旅か~、私もいつかしてみたいな~」
その頃レンリッヒはどこまでも続く大海原を憂いを帯びた表情で見つめていた。
「サラのおにぎりが食べたい……」
最初こそわくわくした船旅だったが、8月の南国の太陽がじりじりと照り付け、どこまで行っても終わりが見えそうにない水平線に、すぐに飽きてしまった。
何よりも堪えるのは保存食だけの食事だ。瓶詰や缶詰の発達で壊血病の心配こそなくなったが、作り立てのおいしい食事というわけにはいかない。
「飽きるだろ」
ルイポルトが話しかけてきた。
「うん、まだ5日だけど飽きるねー。この半年はどんな田舎への視察中でも、食べたくなったらすぐにサラのところに行ってごはんもらってたから、10日もサラのごはんが食べられないのは初めてだよ」
「おまえ……、景色じゃなくてごはんかよ」
ルイポルトはがっくりと肩を落とす。
「しかも仮にも皇太子が、ごはんもらいに行くって……、まあレンだからな。仕方がないか」
バブリー風に言えば、レンリッヒはサラフィナのアッシーであり、サラフィナはレンリッヒのメッシーだ。なかなか良い組み合わせなのかもしれない。
「右斜め前方に強い魔力あり!」
突然、見張りが大きな声を上げる。
急いで甲板を走るルイポルトとレンリッヒ。
「レン、大丈夫だとは思うが、いざとなればお前だけ戻れ!」
「いざとなればね!でもその時はルイ兄も連れて帰るよ!」
「何物か分かるか?!」
船首に着いた二人は見張りに声をかけた。
「まだ水面下にいるため判断つきませんが、かなり大きな海獣だと思われます!」
ルイポルトの側近たちもすぐに集まる。火の魔法の使い手、槍の使い手と弓の使い手もそろっている。しかし、水の中に潜っているままだと攻め手は非常に限られる。
「海面上に顔を出してくれればいいんだけどな」
「ああ、このまま水の中を船に近づかれるのはやっかいだ」
船首に立ち、水面を見つめる乗組員たち。
水面は静かで、探知能力がなければ海獣がいるとは思えない。
緊迫した空気が流れる。
「来るぞ!」
次の瞬間、水面が大きく盛り上がり、大きなクラーケンが姿を現した。
でっけー!!
初めて見るクラーケンの大きさに、船旅の危険さを改めて知るレンリッヒだった。海面に姿を見せている部分だけで3メートルはあるだろうか?全長は10メートルを超えるのかもしれない。
「もらった!」
弓と槍が同時に飛び、ルイポルトの雷が落ちた。
海上に姿を現しさえすればこっちのものだ。
ぐおぉぉぉ!!!
断末魔の声とともに、クラーケンがうねり、その身を海中に沈めていく。
ルイポルトの雷魔法の威力を目の当たりにし、言葉もないレンリッヒ。
ルイ兄、最強。かっこよすぎ。
「急げ!網を投げろ!」
食うか食われるか、今度はこちらが食らう番だ。
「大きすぎる、網が破けるぞ!」
「半分はあきらめよう。どうせ船にも乗り切らない」
風魔法の使い手がその身を真っ二つにし、網で手繰り寄せる。
半分とはいえ、とんでもなく大きなイカ=クラーケンが引き上げられた。
「よっしゃぁ、今夜はクラーケン焼きだ!」
「干してもうまいぞ!」
海の男たちはたくましい。その中にルイポルトも混ざっているのが謎だが。




