30.ダンス
皇帝が壇上に上がると音楽が止み、ざわついていた会場が静かになる。
こういう場でのこの人の威厳やオーラはすごいのよね、普段は陽気なおじさんなのにと思うサラフィナだった。
「皆の者、今宵はよく集まってくれた。今年もつつがなくこの日を迎えられたことを嬉しく思う。これからの一年もまた、帝国民の生活を守るため、世はこの身を尽くすと約束しよう。皆の者も領民の幸福のためにより一層の働きを期待する。今宵は大いに楽しんでくれ」
「そして今日、この場でカイザー大公嫡男ルイポルトの婚約を皆に伝える。ハートフィールド侯爵家リリアナ嬢と婚約し、来年の良き日に婚儀を上げることとなった」
ルイポルトとリリアナが一歩前に出て軽く会釈をする。
「どうか皆も祝福してやってほしい。グランヴィル帝国に幸多かれ!」
おめでとうございます!帝国に幸多からんことを!
会場中が拍手に沸き、祝福の言葉に包まれた。
美男美女ですわね、才色兼備の妃だ、グランヴィル帝国は安泰だ、など、皆が口々に誉め、祝福ムード一色となった。
皇帝皇后の脇に立ち、レンリッヒは父の言葉を反芻していた。「世はこの身を尽くすと約束しよう」。うーん、「世」はあり得ないとしても「俺」はさすがにまずいかなー。「私」っていうのもガラじゃないんだよなー。いつの日か自分がつくであろう帝位の座に思いをはせ、その重責よりも一人称に悩むレンリッヒであった。
再び音楽が流れ始める。
中央に皇帝皇后、ルイポルトとリリアナ、そしてレンリッヒとサラフィナが向かい合って立ち、ダンスが始まった。中央を少しあけてそのほかの貴族たちも踊り始める。
皇族とそのパートナーだけが最初に踊るファーストダンスの制度は2代前の皇帝の時代に取り下げになったそうだ。ありがとう、2代前の皇帝様!と空に向かって感謝を述べるサラフィナだった。全員の注目を浴びながら中央で踊るって、どんな罰ゲームですか。
「ファーストダンスの制度がなくなって、ほんっとよかったよ……」
踊りながらぼそっとつぶやくレンリッヒ。以心伝心だ。
カイザー大公ハルバートとその妻ソフィーはダンスには参加せず、中央のすぐそばで幸せそうにその様子を見ていた。
「ルイにあんなにも素敵なお嫁さんが来てくれるなんて」
「本当だな。あちこち走りまわってばかりでまったく女っ気もなくて、一時はどうなるかと思ったが」
レンリッヒに手を取られてくるくると回りながら、サラフィナは高揚感に包まれていた。もともとダンスは好きだった。音楽に合わせて体を動かすことも、自分だけでなく会場中の美しいドレスがきらきらと舞うのも、そのすべてが華やかな世界で心が躍る。レンリッヒから(?)贈られたレインボーシルクのドレスは、シャンデリアの光を受けて虹色に輝き、絵本の世界にいざなわれたようだ。
これまでの舞踏会でもレンリッヒとは踊ったことはあった。決まったパートナーがいない皇族は上位貴族の令嬢と一通りダンスを踊るのだ。それなのにまるで今日初めて一緒に踊るような気がする、そうサラフィナが考えているとレンリッヒがささやいた。
「サラとはいままでも踊っていたはずなのにね、初めて一緒に踊る気がするよ」
二人は目を合わせて笑った。
その二人を見て周りから歓声があがる。
「みましたこと?あのお二人。本当にお似合いですわ」
「ルイポルト殿下の大人の佇まいも素敵ですけど、皇太子殿下の少しやんちゃな感じも素敵ですわね」
「ヴォード公爵令嬢はまだ幼いイメージがあったが、いつの間にこんなにきれいに」
「いや、まだあどけなさが残ってかわいらしい、そこがいい!」
「ハートフィールド侯爵令嬢のクールさとはまた対照的だな」
っていうか、ハートフィールド侯爵令嬢のほうが皇后っぽい?
それを言ったら威厳という意味ではルイポルト殿下のほうが……。
いやいや、親しみやすいあの二人だからいいんじゃないか。庶民にも愛される皇室になるんじゃないかなー。
周りの声は中央で踊るサラフィナとレンリッヒにもばっちり聞こえていた。
「どうしてバレているのかしら、もとはバリバリの庶民だったって」
「親しみやすさだけなら誰にも負けないよな、俺たち」
そうこうしているうちに1曲目が終わろうとしていた。
「ああ、もう終わっちゃうわ。楽しかったな」
「もう一曲踊る?俺ももう少しサラと踊りたい」
しかし2曲以上踊るのは身内か将来を約束したパートナーだけだ。
「俺と一緒に入場してきた時点で今更だろ?」
なし崩し路線決定だわ、このままだとプロポーズの言葉が「今更だろ?」になるわね。そう思いつつも、レンリッヒの手を取り、うきうきと2曲目を踊りだすサラフィナだった。




