11.皇太子、やらかす
レンリッヒは浮かれていた。
ダーレムはスパイスの宝庫で、ターメリックに加え、クミン、コリアンダー、カルダモンなどオールスターキャストが揃ったのだ。それに加えて……お米!
インディカ米があれば十分幸せだと思ったのに、うるち米まで!
やばすぎだろう。カンティラで海苔もゲットしたし。
おにぎりや、ああおにぎりや、おにぎりや。
サラフィナの喜ぶ顔を想像してにやけるレンリッヒ。
嬉しすぎて、手紙ではなく通信魔法を借りてサラフィナに連絡してしまったほどだ。
彼女からも興奮して返信が返ってきた。
「すごい!すごい!レンならやると信じてたわ!楽しみに待ってます。気を付けてお帰りください」
家族や使用人以外から「お帰り」と言ってもらえるのだと、レンリッヒは心が温かくなるのを感じた。
レンリッヒは帰還した翌日にヴォード公爵邸を訪問することになっている。
スパイス類はその時に手渡すから、カレーライスは間に合わない。サラフィナ渾身の塩ちゃんこ鍋とどら焼きを用意してくれることになっていた。
「せっかくだからリリーとマギーも招待したの。彼女たちの口に合うのか知りたいわよね」
そう聞かされたレンリッヒは二人の侯爵令嬢へのお土産もあわてて追加する。
12月。2か月ぶりの公爵邸はすっかり冬の装いとなっていた。
暖かい暖炉が燃える部屋で、先に到着していたリリアナやマーガレットと楽しそうに話をしていたサラフィナは、レンリッヒが部屋に入ってくると嬉しそうに駆け寄った。
「お帰りなさい、レン!」
「ただいま、サラ!会いたかった!」
ごくごく自然にサラフィナを抱きしめたことに自分でも驚くレンリッヒ。サラフィナも顔を赤くしてうつむく。
ううっ、周りの生温かい視線が痛い……。
「サラが喜びそうなお土産をたくさん見つけてきたんだ」
照れ隠しするように話題を変え、マークにお土産を持ってくるよう目で伝える。
「うわぁ、本当にお米だわ!海苔に昆布に、ああ、スパイス最高!」
うっとりと食材を見つめるサラフィナ。
「今日のお鍋、今から〆を雑炊に変更できるかしら?」
「うどんも楽しみにしてたから、そのままでいいよ」
「じゃあ、次回は万全の準備をしてカレーライスパーティーね!」
「おお!今から楽しみだよ!」
理解不能なキーワードがあふれる二人の会話を邪魔することなくニコニコと聞いていた侯爵令嬢二人に、レンリッヒがアルカイックスマイルで声をかける。
「リリーもマギーも、サラと仲良くしてくれてありがとう。これからもよろしくね」
そういって二人にもお土産を差し出した。
本真珠をあしらったイヤリング。小さいが上質な逸品だ。最後に駆け込みで調達した。
サラフィナの心がトクンと鳴った。あれ?なんだろう、この気持ち。
真珠ならもっと大きなのも持っているのに。別に真珠が欲しいわけじゃないのに。あれ?
なんで?なんで泣きそうなの?
「料理長に今日のお料理の確認をしてきますね」
逃げるように部屋を出ようとするサラフィナ。
その後ろ姿が震えている気がして、レンリッヒの背中に冷たい汗が流れた。
やっちまったか?!
追いかけようと急いで立ち上がったレンリッヒの前にリリアナとマーガレットが立ちふさがった。
「殿下?少しお話させていただけます?」
言葉遣いは丁寧だが、その内容は「てめぇ、ちょっとツラかせや!」と同じだ。
5分後、レンリッヒは土下座していた。
比喩ではない。正真正銘の土下座だ。
その前で腕を組んで仁王立ちしているのは、リリアナとマーガレットに加え、話を聞きつけてやってきた公爵家の面々。ヴォード公爵夫妻と兄ティモシー、幼子を抱いたティモシー夫人のクリスティーヌも立っている。それだけではない、ヴォード家執事のフィリップや侍女長マリーをはじめとした使用人達、そして料理長も飛び出してきて並んでいた。
「すみませんでした!!!」
使用人にまで土下座で謝る皇太子。
「謝る相手が違うんじゃないかしら?」
リリアナとマーガレットの冷たい言葉が飛ぶ。
「かわいそうに。サラは厨房に駆け込んで泣いているの?」
レティシアは大げさに嘆いた。
「いえ、お嬢様は健気にも笑っていらっしゃいました。おいたわしい……」
料理長の言葉がレンリッヒにダイレクトに突き刺さる。針のむしろだ。
親ばかアンドリューとシスコンティモシーに至っては、視線が恐ろしすぎて目も合わせられない。
いや、自業自得なのだが……。




