10.領地と視察
収穫期を迎えたヴォード公爵領は今年も豊作で、領地全体が活気に満ちている。
いくつかの収穫祭にはサラフィナも祖父母とともに主賓として参加した。
時には村人の輪に入って一緒に踊り、屋台のものを買って歩きながら食べることもあり、サラフィナとしては満足している。公爵家令嬢として一挙手一投足が注目されており、串焼きすら優雅に食べなきゃいけないから気は抜けないのだけど……。
「おいしいわ。屋台で食べるのっていつも以上においしく感じるから不思議ね」
安い串焼きを幸せそうに食べる公爵令嬢に、周りの領民たちはほっこりしていた。
あれだな、海外セレブが日本のB級グルメを食べてほめてくれると妙に嬉しくなってしまう、それと同じだ。
また、サラフィナは祖父母を手伝うかたわら、領都ヴォードシティにある大きな市場にも2度ほど連れて行ってもらった。お目当ての調味料は見つからなかったが、小豆に似た豆と白菜に出会うことができたので大収穫だ。
調味料探しは視察中のレンリッヒに託し、サラフィナは手に入った食材で料理開拓を行うことにした。
まず手掛けたのは定番のあんこ。もち米はまだ手に入っていないのでとりあえずはどら焼きから。あんこだけのシンプルどら焼き、栗どら焼き、あん入りクリームどら焼き、の3種類を作ってみた。祖父母や使用人には大好評で、サラフィナとしても満足のいく出来だった。
この世界の調理器具は未体験だったが、魔道具が導入されており、思ったより使いやすい。隣で料理長がはらはらしながら見ていたのだが、手助けしながらも最後までやらせてくれた。感謝!
次に手掛けたのは塩ちゃんこ。鶏団子には軟骨も入れ、スープは鶏ガラをじっくり煮だした。せっかく白菜が手に入ったのだから鍋である。この季節、キノコも旬だ。醤油は手に入っていないけど、塩味でもしっかり出汁を取れば十分いける。ポン酢が欲しいところだが、それは今後の楽しみにとっておこう。
〆にはうどんを作ってみた。これは料理長全面協力の下で作成。前世の紗羅は雑炊派だったが、コメがないのだから仕方がない。うどんは硬さの調整がなかなかうまくいかず、料理長が試行錯誤を重ねて出来上がった。このレシピは帝都公爵邸の料理長にも共有してくれるそうだ。これからは帝都でもこの味が食べられるようで、ちょっと幸せなサラフィナだった。
「早くレンに食べてもらいたいな」
レンリッヒからは定期的に手紙が届いていた。
東の港町カンティラでも醤油や味噌はなかったこと。しかし、難破してアズマ国で保護され、その後帝国に戻ってきた漁師の話を聞くことができ、アズマ国には醤油や味噌があることを確信したこと。カンティラは魚介類が新鮮で、カルパッチョが絶品だったこと。「切実に醤油が欲しくなる」とも書かれていた。
帝都グランシティや今サラフィナがいるヴォードシティにも氷魔法を利用して新鮮な魚介類は運ばれてくる。しかしさすがに刺身は無理だ。ちょっと、かなり、うらやましい。
「サラフィナ嬢のお手紙にはなんて書かれてました?」
視察に同行しているマークが期待を込めた目で聞いてくる。
そんなに期待されても、自分たちがやり取りしている手紙の内容はほぼ食べ物だ。
「サラが料理を始めたみたいだよ。早く俺にも食べさせたいって書いてある」
うん、嘘は言っていない。純粋に食べてもらいたいというだけで、深い意味はないが。
「よかったっすね!だったらなおさら気合い入れてサラフィナ嬢へのお土産探さないと。お土産があの謎の黒い物体Xだけって……」
黒い物体Xとは海苔と昆布だ。乾燥してあるため日持ちする。カンティラの市場で見つけていそいそと買い込むレンリッヒをマークは呆れた目で見ていた。
「これは絶対サラが喜ぶ。俺にはわかる、いや俺にしかわからない!」
そう断言したが、胡散臭そうな目で見られただけだった。
視察も終盤に差し掛かり、明日は南の港町ダーレムに到着する。
「ファイス神様、俺は今回の視察中、どんなハードスケジュールでも文句を言わず、集まった国民に笑顔を振りまきながら頑張りました。ご褒美にどうか明日はターメリックとお米に出会えますように」
空に向かって真剣に祈る、グランヴィル帝国残念皇太子17歳。
空ではまだ見ぬ神がウィンクをした気がした。




