胸騒ぎ
優side
なんだか正面の入り口が騒がしかった。
担架に人が担ぎ込まれ、担架は血で真っ赤に染まっている。
私ははじめ、誰が担架で運ばれているのかわからなかった。
しかし、一瞬――ほんの一瞬だけ、私は彼の顔を見た。
――青白い顔をしていた。――
「嘘......嘘よ......」
私は立っていられなくなり、その場に崩れる。
少女と手を放してしまったけれど、今の私にそれを気にする余裕はなかった。
「優......おねえちゃんっ......」
少女に名前を呼ばれて顔を上げると、少女が声を殺して泣いていた。
それを見た私も、涙が止まらなくなる。
生きている、そう信じていたい。
私はゆっくりと立ち上がり、おぼつかない足取りで血の跡をたどっていった。
血の跡はとある扉の前で途切れていた。
――この先に、彼がいる......。――
しかし、私は扉を開ける気にならなかった。
彼が、そう言いそうな気がして、扉を開けられない。
私は少女と共にその扉を後にした。
私も少女も、あふれてくる涙を止めることはできなかった。
大毅side
目を覚ますと会議室には誰もいなかった。
腕時計を見ると、深夜を指しており、俺は慌てて会議室から出る。
廊下の明かりはついているが、人は誰も歩いていなかった。
しかし、正面玄関には血の跡が付いていて、不審な雰囲気を出していた。
「誰かが負傷したのか......」
俺は彼ならなにか知っているだろうと、階段を上ろうとした。
そして、踊り場で座り込んで泣いている優を見つけた。
「優、どうしたんだ? 」
俺が優に声をかけると、優はゆっくりと顔を上げた。
目は赤く充血していて、声はかなり震えていたが、俺は頑張って聞き取る。
「あの......ひとが、帰ってきた、の......
だけど、ケガがひどくて......まだっ、何も彼の情報をっ......きけないのっ」
嗚咽が止められない優の隣に座り、俺は背中をさすった。
今の優を元気づけるほど器用な言葉は癒えないから、せめて俺は優に寄り添う。
優は俺の肩に頭を置き、深呼吸する。
自分の胸をなでおろし、先ほどよりも落ち着いた声で自分の悲痛な叫びを声にした。
「どうして、私の大事な人は......いつもっ、こうなるのかしら。
私が、無力だから、何もできないからかしらっ......! 」
娘の声は静かだった。
だが、そこに込められた怒りは俺にも計り知れない。
それでも、俺は娘に厳しい言葉をかけるしかなかった。
「たしかに無力だから救えないと思うこともあるかもしれない。
でもな、優......もう自分で自分のことを守らなきゃいけないんだ、誰もが他人優先で動いてくれる世界ではない。
優にとっては厳しいだろうが、死ぬことも、生きることも......運命なんだよ。
もし、もし彼が帰ってこなかったら......どんなにつらくてもそれを受け入れるしかないんだ。
優、頑張って現実を受け入れてくれ。」
俺は優の頭を撫でる。
彼女はその撫でを受けつつ、自分の目にたまっていた涙を腕で拭いた。
その目は、いつもの優――心強い、俺の娘の目だった。
「頼むから、優に誰かを殺してやろうとか、復讐の心は持ってほしくない。
優には、綺麗な心のままでいてほしい」
優の手を握り、俺はそう言った。
優は一瞬うつむいた後、俺の目を見て頷いてくれた。
俺は立ち上がり、優に手を伸ばす。
優はその手をつかんで、ゆっくりと立ち上がった。
「優が不安なら、今日は一緒に寝るぞ? 」
俺がそういうと、優は鼻で笑った。
「お父様、こんなに泣いた後で申し訳ないけれど......私はもう子供じゃないのよっ。」
笑顔に戻った優は、俺の肩を軽く叩いて先に自分の部屋に戻っていった。
「......そうだよな、もう大人の仲間入りだよな。」
俺は自分の頬を叩き、自分の部屋に戻った。
優side
与えられた自分の部屋に戻り、私は椅子に座った。
机に飾った真奈美と私のツーショットの写真を見ながら、思い出に浸っていた。
――初めて二人で海に行った日。
――喧嘩して家に帰ったけれど、次の日にお菓子を渡して真奈美が謝ってくれたこと。
――私が悩み事で涙を流していた時、私が落ち着くまでそばにいてくれたこと。
たった一枚の写真のはずなのに、蘇ってくる思い出は無数にあった。
また涙がこぼれそうになったけれど、すんでのところで私はこらえ、ベッドに横になる。
お父様の言葉を思い出す。
――死ぬことも、生きることも......運命なんだよ
――どんなにつらくてもそれを受け入れるしかないんだ。
「現実からは、逃げちゃダメよね......」
それでも私は彼が帰ってくると、そう思える確信的ななにかがあった。
それが何かは説明できないけれど、彼は必ず帰ってくる。
「待ってるわよ、あなた。」
眠気が襲ってきたところで、私は部屋の電気もそのままで、目を閉じた。
評価、感想、ブックマークお待ちしております




