15-5
よくもまぁ,これだけのものをこんな場所まで持ってきたものだ.
着飾ったエイダ王女に,ライムはあきれをとおして感心した.
旅の荷物としては邪魔でしかないかさの張るドレスに,重そうなアクセサリー.
化粧品も,きっと自前のものを持ってきたのだろう.
西ハンザ王国は,シグニア王国の東の隣国だ.
だが国境には,大陸有数の高さを誇るミレー山脈が立ちはだかっている.
もちろん山道などなく,山越えはよほどに慣れたものでなければ不可能である.
西ハンザ王国からシグニア王国へ行こうとするならば,山を北に迂回し,砂れき王国カッパリアの領地を通らなければならない.
旅路は長いものにならざるを得ず,よって今まであまり国交がなかったのだ.
西ハンザ王国は,シグニア王国の幻獣の儀式には出席をするが,戴冠式や結婚式には一度も顔を出したことはない.
民間レベルでの貿易も,カッパリアやほかの諸国を介して行われる.
「どうぞ,」
アデル王子に促されて,ライムは部屋の中へと足を踏み入れる.
すると,待ち構えていたエイダ王女に腕をからみ取られた.
甘く優しげな顔だち,ふわふわと揺れる黒髪.
双子である王子と王女は,本当によく似ている.
どこか得体の知れないほほえみも,そっくりだった.
ワナと分かって敵の懐に飛びこむ.
備えは十分にある,いや,むしろ十分すぎるのかもしれない.
背中に少年を心配する視線を受けて,思わず微笑が漏れてしまう.
過保護だな…….
「どうか,されました?」
王女の問いに,ライムは「何でもないです.」と答えた.
少しこわばっていた体が動きやすくなる,自然と余裕が出てくる.
今,自分がやるべきことを心の中で復唱してから,少年は席に着いた.
「私の手紙を,読んでいただけましたか?」
エイダ王女は弟の王子とともに,ローテーブルを挟んでライムの真正面のソファーに腰かけた.
こうやってそっくりな顔を二つ並べられると,人形のように思えてくる.
すぐに西ハンザ王国の召使が,お茶とお菓子を運んできた.
「昨日,お会いしたときに分かりましたの.」
異国の珍しい菓子に,金の髪の少年は一瞬だけ興味をひかれる.
「ライゼリート王子こそ私の運命の恋人,どうか私とともに国へ帰っていただけませんか?」
うっとりとした王女のまなざしに,ライムは芝居を忘れて「おいおい,」と突っこみたくなった.
「エイダ王女,あなたのお気持ちはありがたいのですが,」
軽くかわそうと,無難な断り文句を再び口にする.
「あら,なら私の方がシグニア王国へ嫁ぎましょうか?」
カップに口をつけてから,少女はふしぎな視線をライムに送った.
「アデルともども,シグニア王国王家に迎え入れてくださらない?」
ライムが西ハンザ王国へ婿入りするにせよ,エイダがシグニア王国へ嫁ぐにせよ,このような縁談を受け入れるはずはない.
シグニア王国王家は,外国に対しては閉ざされた一族なのだ.
「……お断りします.」
金の髪の少年は,きっぱりと断った.
ぴくんと,王女の整えられたまゆが上がる.
「エイダ王女,アデル王子,実はあなた方に内密に聞いていただきたいことがあって,お部屋までまいりました.」
不毛な会話は早々に打ち切って,金の髪の少年は本題に入る.
これが兄に与えられた作戦での,少年の役割だ.
さりげなさを装い,異国の飲みものに手をつける.
「……マイナーデ学院は今,無人です.」
一口,のどを湿らせてから,アデル王子の様子を観察した.
王子はけげんそうに瞳を細める.
「それは,どうゆう意味ですか?」
「学院長は,」
すると,ぐちゃりとアデル王子の顔がゆがんだ.
「な……!?」
驚いて,ライムは立ち上がろうとする.
遠くで何かが倒れる音がして,少年の視界はがくんと下がった.
体が燃えるように熱く,心臓がどくどくと体を内側からたたく.
「な,何を!?」
ぶるぶると震える自分の右手を見て,ライムは毒を盛られたことに気づいた.
冷たい汗が,熱い背中に落ちる.
体に力が入らずに,立ち上がることができない.
「ライゼリート王子.」
床に座りこんでいる少年のもとへ,少女がやってくる.
「バンの葉は,初めて?」
麻薬の名前に,ライムはがく然とした.
他国の王侯貴族の中には麻薬をたしなむものもいると話には聞いていたが,しょせん,少年は話の中でしかその事実を分かっていなかった.
「エイダ! ちょっと待て!」
何の警戒も抱かずに出された飲みものに手をつけた,自分の行為は甘いと言わざるをえない.
「王子には聞きたいことがある! ……王子,今の話はどうゆうことです?」
「やだ,政治の話はやめてよ.」
王子と王女の言い争う声が,分厚い壁を通したようにくぐもって聞こえた.
「マイナーデ学院が無人とは? 今も校舎では授業が行われているでしょう?」
アデルのせっかちな問いかけに,ライムはくらくらとする頭を押さえながら答える.
「昨夜,国王からの命によって生徒たちは皆,学院を出払いました.」
ままならない体に苦しみながら,少年は用意された台本を読み上げてゆく.
「今,見えている光景は魔術によるもの,」
誰かが自分の髪に触れてくるのに気づき,ライムは神経質にその手を払った.
体中がぞわぞわとする,少しでも触れられると鳥肌が立ちそうだ.
目を上げて,自分の髪に触れた者を見ると,
「サ,リナ,」
薄茶色の髪の少女が,少年のすぐそばに座りこんでいた.
「馬鹿,なぜ来たんだ?」
すぐに少年は,少女が自分の身を案じて部屋に飛びこんできたのだと悟る.
「誰? サリナって……?」
少女は,少年を馬鹿にするような笑みを浮かべた.
「何を言って……,」
いや,ちがう.
サリナが,苦しんでいる少年を見て笑うはずがない.
これは麻薬による幻覚だ!
そばに寄ってくる少女から,甘いしびれるようなにおいが漂う.
「来るな,」
今度は逃げられずに,両ほおを小さな手で挟まれた.
「エイダ,なぜ学院が無人なのか,王子に事情を聞いてくれ.」
少女の肩をつかんで,アデルがそっとささやく.
「任せて,アデル.」
機嫌のよい顔で,少女が笑う.
その唇も,唇から発せられる声も,ライムにはサリナのものとしか思えない.
同時に,この少女がサリナではありえないことも分かるのだが……,
「王子?」
いきなり強く抱きすくめられて,エイダは驚いた声を上げた.
整った顔を苦痛にゆがませて,金の髪の少年はにせものの少女におちる.
「きれいな顔……,」
エイダは少年に身を任せた,そのとき,
「ライム殿下!」
乱暴にドアをけやぶって,薄水色の髪の青年が部屋の中へ飛びこんでくる!
「スーズ!?」
少年はわれに返って,抱いていた少女を突き飛ばす.
「誰だ!?」
双子の王子と王女の注意がそれた瞬間,ライムは懐に隠し持っていた魔法具を発動させた!
呪文詠唱なしでの転移魔法,金の光が少年を包む.
「しまっ……,」
引きとめようとアデルは手を伸ばしたが,間に合わない.
金の髪の少年は消え,そしていつの間にか部屋に飛びこんできた青年も逃げていた.




