15-4
翌日,アデルがシグニア王国国王への手紙をコウスイに手渡すと,
「お二方が当学院に入学できるように,私からも一言添えさせていただきます.」
コウスイはなぜか,にこやかな笑顔でそう言った.
「……ありがとうございます.」
学院長の態度の急変に,王子はとまどう.
しかし次の瞬間には,慎重に笑みを形作った.
「期待させていただきます,学院長殿.」
シグニア王国内の状況が変わったのだろうか.
王宮から帰ってきたライゼリートが,何がしかの情報を持って帰ったのかもしれない.
アデルは完璧な礼儀を守り,コウスイの書斎から退出する.
すると廊下では,金の髪の少年が彼を待っていた.
「入学は,できません.」
深い緑の瞳が,アデルをまっすぐに見つめてくる.
「じ,……祖父がなんと言ったのかぞんじませんが,入学はできません.」
アデルには,ライムの発言の真意がはかりかねた.
軽くまゆを上げて,言い返す.
「それを決めるのは,あなたではなく学院長殿でしょう.」
ライムは不機嫌な顔で,はいともいいえとも答えない.
昨日はライムとコウスイは協力してアデルとの舌戦を制したのに,今日はまったく逆のことを口にする.
何かのきっかけで,二人の意見は対立したのかもしれない.
「姉の手紙を読んでいただけましたか?」
さりなげなく歩を進め,アデルは会話の切り口を変えた.
「……彼女の気持ちはうれしいのですが,」
ついてゆきながら,ライムはお決まりのせりふをしゃべる.
「姉との結婚は,あなたにとって有利ではありませんか?」
「は?」
ふいに金の髪の少年の仮面が,ぽろっと外れる.
結婚に有利だの不利だの言うアデルに,アデルと同じ王族であるはずの少年は驚いたのだ.
沈黙という微妙な間があく.
ライムはすぐに仮面をかぶりなおした.
「申し訳ございませんが,辞退させていただきます.」
しかしそのしぐさが,アデルには子どもっぽい,いや年相応のものに見えた.
「私にはすでに,……心に決めた女性が,いるので……,」
取り澄ました顔を作るのだが,声には隠し切れない照れがにじみ出ている.
このアデルの後ろをついて歩く少年は,真実愛し合う女性と人生をともにするのかもしれない.
「……貴国は一夫多妻制ではありませんでしたか?」
アデルは意識して,馬鹿にするように口をゆがめた.
なぜか,自分がひどくみじめな存在に思えたのだ.
「俺,私はそのような不誠実なことをするつもりはありません.」
言い慣れないことを言っているせいか,少年のほおがかすかに赤く染まる.
……ならば,その不誠実なことをやってもらおうではないか.
姉の待つ客室までたどり着くと,アデルは笑顔を作って振り返った.
「お茶を飲んでいかれませんか?」
ほしいのは,魔術大国シグニアの知識.
「結婚のことはひとまず置いといて,……政治的なことも忘れて,」
学院長コウスイの孫であり,強大な魔力を持つ王族の一員でもある.
魔術学院の優秀な生徒であり,ティリア王国侵攻を食いとめた戦争の英雄でもある.
「友人として,お話しませんか?」
ほしいのは,この輝く金の髪を持つ少年だ.
「ライム,大丈夫かなぁ……?」
教室の中で自分の声が思った以上に響いて,サリナは少しどきりとした.
「大丈夫だと思いますよ,……むしろサリナの卒業の方が心配ですね.」
真正面の教壇の上から,すぐさま返事が返ってくる.
「おぉ!? ひどい言われ様だな! 言い返さなくていいのか?」
と思うと,真横からも笑いまじりの野太い声をかけられる.
彼らは,マイナーデ学院の教師たちである.
一人でも生徒がいるのならば授業をしなくてはならないと,彼らは律儀にもサリナを部屋まで迎えに来たのだ.
「おいそがしいのでは……?」と少女は遠慮したが,差し出された成績表を見て絶句する.
ただでさえ,少女は成績が悪い.
なのにユーリに誘拐され,戦場まで出張った結果,少女は隔月にある学院の試験を一回さぼってしまった.
よって,卒業にぎりぎり足るはずだった成績が一気に落ちてしまったのだ.
もちろん試験に出なかったのはライムも同様であるが,首位を独走状態の少年にとっては,さまつなことである.
あえて言うのならば,主席卒業が難しくなった程度だ.
しかし少女にとっては一大事だ.
最後の卒業試験で高得点を取らなければ,卒業単位がもらえなくなる.
「いやぁ,教師三人に対して生徒ひとり! 理想の教育環境だな!」
特殊魔方陣の教官ダグラスが,少女の背中をばしばしとたたく.
すると呪文を書きつづっていた少女は,ペン先を折ってしまう.
「こら,ものは大切にしなさい.」
少女のせいで折れたのではないのに,ダグラスの逆隣に腰かけている感応魔術の教官トゥールにしかられる.
「ちょうどいい,復元魔法で直しなさい.サリナ,精密部品を復元するにあたっての注意事項は?」
たたみかけるように,真正面に立っている回復魔法の教官ラティンが問いを出す.
「えぇっと……,」
ずっと一緒にいよう.
卒業したら,サリナの村へ一緒に帰ろう.
「修復箇所の内部構造を,……知っていることと,」
まさか,こんなまぬけなことで少年との誓いをやぶるわけにはいかない.
「……物質の,……えっとぉ,」
冷や汗をだらだらと流しながら,少女は必死に教本の内容を思い出そうとした.
アデル王子が去った後の書斎で,コウスイはひとり,幻術魔法の準備をしていた.
このしかけがうまくいけば,アデル王子はみずからの意思でこの学院を逃げ出すだろう.
それこそ,一目散に.
「まったく,昔から悪知恵ばかりがよく働く.」
国王となったばかりの青年に対して,言葉だけで悪態をつく.
少年だった彼を何度,説教のために学院長室へと呼び出したのか分からない.
「まったく,な.」
一瞬,老人の目に遠い過去を懐かしむ光が宿った…….




