15-6
「ライム!?」
いきなり教室に現れた金の髪の少年に,サリナは驚いて机から立ち上がった.
少女を囲んでいた教師三人も驚いて,視線をやる.
転移魔法で跳んで来た少年はうずくまり,そのままガタンと倒れこんでしまった.
「ライム,大丈夫!?」
あわてて駆け寄り,少年を抱きしめる.
少年は真っ青な顔で,ぜいぜいと息を切らしていた.
「学院長様を呼んでくる.」
「待っていなさい,サリナ.」
二名の教師が,すぐに教室から出て行った.
西ハンザ王国の王子との対決で,何かがあったのだろう.
「ライム,何があったの?」
少年は深緑の瞳を開くと,少女にしがみついてきた.
「サリナ,……本物か?」
苦しげな少年の問いに,少女は意味が分からずに首をかしげる.
心配で,心が張りさけそうだった.
「本物,だな…….」
まったく余裕のない様子で,少年はとまどう少女をきつく抱いた.
姉弟のふりなど忘れたような少年の行動に,少女はどうしようと視線をさまよわせる.
「見ていないふりをしてあげるから,抱きしめてあげなさい.」
教室に残った老教師は,少女の肩を軽くたたいてから背中を見せた.
「あとちょっとで,私のものになったのにぃ!」
じだんだを踏む姉を横目に,アデルは自国からついてきた従者たちに指示を与えていた.
悪いが,今は姉には構っていられない.
「ひどいじゃない,逃げるなんて…….」
命令の内容は,王子ライゼリートの行方を確認することと,学院長への監視をさらに強化すること.そして,
「見張りを巻いて,魔術学院へ侵入する.」
黒髪の少年は,そう決意する.
金の髪の少年は,学院の生徒たちは国王の命令によって学院から出て行ったと言っていた.
そして,アデルらが幻術によってだまされていると.
急に態度の変わった学院長,何か情報を与えようとしていた王子.
新王イスファスカは,数千の手勢で数万のティリア王国軍を追い返した武人の王と聞く.
嫌な予感がする…….
ライゼリートに麻薬のワナをしかけたことを,アデルは心から後悔した.
「殿下が飲まれたのは,ほんの少量でした.」
倒れた少年をベッドに横たえた後で,スーズは部屋にいる皆にことの次第を説明した.
「ですから,数刻もすれば麻薬は抜けると思いますよ.」
寄宿舎のライムの自室に集まった人々に,安心させるようにほほえむ.
コウスイ,リーリア,サリナ,マイナーデ学院の教師らは,ほっと胸をなでおろした.
少年の口からうわごとのように麻薬という単語が出てきたときには,サリナなどは真っ青になっていたのだが.
「麻薬をわが国へ持ちこむとは……!」
安心すると次は怒りがわいてくるのか,学院長のコウスイは小さくうめいた.
「西ハンザ王国の王侯貴族には,麻薬の常習者が多いと聞いたことはありますが……,」
大人たちはまゆ根を寄せて,話し合う.
「まさか,あんな子どもが…….」
「すぐに王宮に知らせよう.」
シグニア王国では,麻薬はたとえ服用していなくても所持しているだけで罪となる.
厳しく取りしまられているのだ.
真剣に話し合う大人たちの輪の外側で,サリナはそっとスーズにたずねた.
「ライムに,ついていていいですか?」
「もちろん.」
青年は少女の薄茶色の髪を,ぐしゃっとなでる.
するとベッドにいる少年が,いきなり青年の服のすそをつかんだ.
「スー……,……がとう.」
うなされたようにしゃべる,しかし瞳はちゃんと従者の青年をとらえている.
「どういたしまして,ライム殿下.」
照れて体ごとそっぽ向こうとする少年の頭をつかまえて,ぐしゃぐしゃぐしゃとなでた.
「エイダ,絶対に部屋から出るなよ.」
ふわりと舞うスカートの少女は,ドアに手をかけて部屋の中を振り向いた.
「分かっているわよ,アデル.」
ソファーに腰かけた少年は,ぶすっとすねた顔をしている.
同じ部屋にいる部下の男たちは,双子の入れ代わりには慣れたもので顔色ひとつ変えない.
一般的に十六歳は,男女差が大きく見られる年ごろだ.
しかしアデルとエイダの二人は,顔も体型もそっくりであった.
かつらをつけ服装を変えてしまえば,見分けはつかない.
少女の扮装をしたアデルは,そっとドアを開けて廊下へと出る.
すぐに監視の視線が,少年にまとわりついてくる.
廊下を歩くと,足音が追ってくる.
その足音から,少年は見張りはひとりであると検討をつけた.
狙いどおりだ,少年はひそやかに笑みを押し隠す.
少年自身には見張りは二から三人ついてくるが,双子の姉にはほとんどついてこない.
そしてたとえ見失ったとしても,アデルを見失ったときほどには脅威に感じないだろう.
さっと角を曲がり,アデルはすばやく見張りの目から逃れた.
まずはマイナーデ学院を調べ,ライゼリートの言葉の真偽を確かめる.
もしも,王子の言うとおりに学院が無人ならば…….
アデルらのいるコウスイの邸は,マイナーデ学院の敷地内にある.
邸から校舎の授業風景が見えるのだが,ライゼリートはこれを幻術と言う.
アデルは,人に会わないように遠回りをしながら邸の玄関口を目指した.
姉のエイダだけでも国へ帰そうかと考えていると,人の言い争う声が聞こえてくる.
ミレー山脈,西ハンザ王国……,漏れ聞こえてくる単語は,少年の注意をひくのに十分だった.
引き寄せられるように,声のするドアに近づく.
そこは,コウスイの書斎であった.
「俺は反対だ.」
唐突に,声が大きくなったように感じられた.
少年は騒ぐ胸をおさえて,ドアのそばにへばりつく.
「すぐにミレー山脈に向かった生徒を呼び戻すんだ.」
いきどおる少年の声,この声は……,
……まさか,もう回復したのか?
さきほど,アデルらの手から逃げたライゼリートの声だ.
「軍隊が山を,国境を越えるなんて絶対に不可能だ!」
軍隊によるミレー山脈の山越え.
シグニア王国から,西ハンザ王国への侵攻.
にわかには信じがたい話に,アデルはドアに耳をつけた.
「その不可能を可能にするのが魔法だよ,ライゼリート.」
老人の声は,学院長コウスイのもの.
「そしてその魔法の技は,この学院にある.」
少年の背を,冷や汗がすぅっと流れ落ちる.
逃げなくては.今すぐ,この国から逃げなくては……!
「人質をすでに確保しているのに,何を恐れることがある?」
人質とは誰かのことか,言われなくても分かる.
のこのことシグニア王国までやってきた,自分たち双子のことだ.
「ひきょうだと思わないのか? 人質を取るなんて.」
誰にも気づかれないように,逃げなくてはならない.
アデルは必死に,冷静に考えようとする.
今すぐに逃げるか,それとも夜の闇を待つか……,
「甘いな,ライゼリート.」
冷厳な学院長の声.
そう,甘いと言わざるをえない.
アデルは,全身を耳にして彼らの会話を聞いた.
甘い少年は,人質であるアデルらに忠告しに来たのだ.
まさか,麻薬を盛られるとは夢にも思わずに…….




