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魔術学院マイナーデ  作者: 宣芳まゆり
とらわれ人
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6-6

シグニア王国王都シーマリーは,二十五年ぶりの戦争にざわめきたっていた.

しかも攻めてきたのは長年の敵国ティリア王国であり,指揮官はシグニア王国元第二王子のタウリである.

タウリは十八年前に,シグニア王国を裏切りティリア王国へと走った王子だ.

第二王子タウリの出奔は,戦いの記憶もまだまだ新しい,戦争終結から七年後のことであった.


裕福で何の不満もない生活を送っていた王子が,何を考えて故国を捨てたのか誰にも分からない.

有能すぎる兄に反発したのだろう,当時の人々はそのようにうわさしたという.

結局,兄である第一王子の働きにより戦争は回避されたのだが,十八年たった今でも彼はシグニア王国への侵攻をあきらめていなかったらしい.


このけん騒から,一人隔離された少女がいる.

薄茶色の髪,淡い緑の瞳の少女サリナである.

少女はただ一人だけ外国からの侵攻を知らずに,ある邸の一室に閉じこめられていた.

「ん,……っと.」

重い体を起こして,サリナはベッドから何とか降り立った.

「はぁ……,」

たかがそれだけで,こんなにも疲れてしまう.


この部屋に閉じこめられてから,すでに三日が経過していた.

なのに,少女はここが王都であることすら知らずにいる.

あれからユーリは日に何回か部屋にやって来て,少女を口説き落とす毎日だった.


「ライム王子が何て言ったか知らないけど,」

黒髪の少年はいつしか,卑屈な目をしてライムのことをしゃべるようになっていた.

「あいつはサリナ以外にもたくさんの妻をめとらなくてはならない立場だぜ.」

少年は少女を馬鹿にするような口調で言い募る.

「この前の幻獣の儀式で,一気に玉座に近くなったといわれている.」

そしてこの戦争で大きな手柄を立てれば,次期国王の座は確実だ.

「平民なんか,すぐに相手されなくなるさ.」


「そんなこと,ないもの…….」

一人つぶやいて,少女は無人の部屋の中をはいずるように歩き回った.

この幾重にも自身にかけられた魔封じを解かないことには,脱出など夢のまた夢だ.

どこかに魔法具が隠されているはず…….

老婆のように腰を曲げた少女は,きょろきょろとあたりを探る.

「……あった!」

驚くほどあっけなく見つかる,ベッドの下の水晶の球やら銀の大杯やらの魔法具.

「これのせいで…….」

少女は立っているだけでも,魔力とともに体力まで消耗しているのだ.

ベッドの下から魔法具を引きずり出し,少女は窓から捨てようと考えた.


「……サリナ?」

突然,背後から声をかけられて,少女は驚いて腕の中に抱えこんでいた魔法具を落とす.

「ユ,ユーリ.」

少女はあわてた,さきほどまで部屋にいた少年が再び戻ってきたのだ.

当分は来ないであろうという,少女の楽観的予測は見事に外れてしまった.


「歩けるのか!?」

少年は大またで少女に近寄る.

術をかけられていないユーリでさえ,この部屋にいるだけで息苦しくなるというのに,少女は平然と立っているのだ.

「こ,来ないで…….」

後ずさる少女を,少年はつかまえる.

魔封じの効果か,少女の動きは鈍い.

しかし本来ならば,

「起き上がることさえ,できないはずなのに…….」

どれほどの呪縛をかければ,少女の魔力を押さえつけることができるのだろうか.


際限のない少女の魔力,そして,

「駄目だ,……ライム王子には絶対に会わせないぞ.」

必ず金の髪の少年は,少女を助けに来るだろう.

それこそユーリには想像もつかないようなあざやかな手で,きっと少女を取り戻しに来る.

「いや,その前に,」

ならばその前に,少女のすべてを奪ってしまえばいい.


「王子のことなんか,忘れさせてやるよ.」

と言って,少年は少女の手を引いてベッドへと連れてゆく.

「や,やだ! ……やめてよ!」

サリナは真っ青になって抵抗をした.

たちの悪い冗談としか思えない,昔は友人だったとはもはや信じられないし,信じたくもない.

しかし足を踏んばろうとしても力が入らずに,ずるずるとひっぱられてゆく.

「ライム王子はどんな顔をするかな?」

どこか楽しそうな優越感に満ちた笑みに,少女は震えるしかない.


「サリナだって,もう二度とライム王子には会えなくなるだろ?」

妙にライムの名を出すユーリに,少女は,

「ライムがそばに来ているの!?」

自分の願望が混じった推理をした.

「まだ来ていない!」

ユーリは,かっとなってどなり返す.

まだ,とライムが来ることが前提の言い方を無意識にして.


「来ているのね!?」

少年の剣幕に,少女はライムの存在を確信してしまう.

「来ても,もう手遅れだ!」

少年は乱暴に,少女をベッドへと押し倒した.

「そはわが息吹,わが旋律……,」

唐突に魔法の呪文を唱えだす少女に,少年はぎょっとする.


「無駄だって分からないのか!?」

少女のほおをぶつと,淡い緑の瞳がきっとにらみかえしてくる.

「風よ,大地の浄化をつかさどるものよ,」

ゆらり,と大気がうごめく.

何重もの魔封じをかけられたはずの少女の呪文にこたえて.

「けがれしものを払いたまえ,」

魔封じの力と,少女から放たれようとしている魔力がせめぎあう.

力が混沌と交じり合い,交じり合いながらも反発しあい,出口を求めてさまよう.


「循環の大気に,動かぬ大地の鼓動を聞かせ,」

大丈夫,少女は自分に言い聞かす.

必ずライムが助けてくれる,「もう二度とおまえの魔法の練習にはつきあわないからな!」と言いながらも,いつも必ず助けてくれた.

「生あるものに恵みを,」

体の奥底に眠る力を,少しずつ解放してゆく.

いつも無意識のうちに,セーブしていた力だ.

「あ,あ……,」

恐ろしいほどの魔力が部屋の中に充満してゆく,少年は少女を手放すこともできずにあえいだ.


「去りしものにあわれみを,」

サリナにとっては,ただ一度とて成功したことのない高等魔術.

しかしライムは,簡単に難易度の高い魔法を操る.

「やめろ! ……こんな高等魔術,制御できるわけがないだろ!」

涙声でユーリが叫ぶ,しかしもう遅い.

魔力の渦は,術者である少女すらも巻きこんでいる.

「風よ,その威をわが前に示せ!」

その瞬間,風ではなく炎が噴き出した!

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