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魔術学院マイナーデ  作者: 宣芳まゆり
とらわれ人
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35/104

6-5

少女自身に,そして部屋全体,屋敷全体にも魔封じをしてから,少年はやっと息を吐いた.

「これだけすれば……,」

しかし,少女のケタ外れな魔力に安心などできない.

背筋がぞっと凍るようなサリナの魔術の暴走は,マイナーデ学院のものなら誰でも知っている.

少年はあらかじめ集めておいた魔力を吸収する魔法具を,少女の眠るベッドの下に隠した.


ここは王都にあるユーリの実家である.

王女イリーナの犯罪に荷担する報酬は,少年にとってはサリナ自身だった.

親族らは王女にもっと具体的な報酬,つまりは金銭や地位を要求したのだが,少年にはどうでもよかった.


「……やっと,手に入れた.」

少女の薄茶色の髪に手を入れると,すぐにくせのある髪がからまる.

昔はよく一緒にたわいのないおしゃべりをした,髪に触らせてくれと頼むととまどいながらも「いいよ.」と言ってくれた.

けれど学年が上がるにつれて,身分の差から少女を遠ざけた.

そのうちに少女のそばには,身分というものにとんちゃくしない金の髪の少年だけがいるようになり…….


二人の交し合う視線の意味に気づいて,少女にあわてて求愛したがもう遅かった.

身分にこだわざるをえない少年は,素直に気持ちを伝えることができずに,少女は友情を裏切られたような目をして少年をこばんだ.

「友だちだと思っていたのに……,」

ふと気づくと,ベッドの中の少女が顔を隠して泣いている.

「俺は一度も友だちなんて思ったことはない.」

魔力を多量に吸い取られているために,まったく力の入らない少女の両手首をつかむ.

「サリナがライム王子を好きになる前から,ライム王子がサリナを好きになる前から,」

涙をぼろぼろと流す少女の顔を見つめて,

「ずっとサリナのことが好きだった.」

無理矢理に口づけると,ただ涙の味だけが広がった.


「……立ち上がれないだろ?」

少女は少年の手を振りほどくことさえできない.

ただ横たわっているだけなのに,体からどんどんと力が抜けてゆく.

「サリナは一生ここから出さない.」

少年の声の残酷な響きに,少女は怒る気力までなくなりそうだ.

「いつか,名実ともに俺のものになってもらうから.」

「やだ.」

力なく拒絶の言葉を発しても,この少年には届かない.

ほおをなでる少年の手にびくっと震えると,少年は傷ついた顔をして手を離す.

そしてベッドから離れ,部屋からも出て行った…….


「母さん,スーズ,俺だけ先に行ってもかまわないか?」

夜を徹して馬を走らせつづけ,早朝,休憩を勧めるスーズに対してライムは言った.

金の髪の少年は馬に乗ったままで,降りるつもりはないようだ.

「殿下,お気持ちはわかりますが,休息を取らないと馬が倒れますよ.」

心配顔の青年に,その心配を分かっていながら少年は頑として自分の意志を押し通す.

「馬なら,街に寄るごとに変えるつもりだ.」

「しかしあなたのお体がもちません.」

すぐさま少年も言い返す.

「無理はしない,ただ少し先を急ぐだけだ.」


青年は少年の顔をじっと見つめた.

思いのほか思いつめた顔をしておらず,どこか落ちついてさえ見える.

「……お気をつけて.」

すると少年はにこっとほほえんだ.

「ありがとう.」

「ライゼリート,」

今度は外見が六歳の母親が話しかける.

「……いってらっしゃい.」

少女は母親の顔でほほえむ.

「いってきます…….」

笑みを返す少年の金の髪が,朝日にきらきらと輝いていた.


そうして少年は馬を走らせる.

ただ前だけを向いて,王都へと.

少年を見送って,青年は少しまぶしげに目を細めた.

十七歳,どんどんと見違えるように大人っぽくなってゆくのは,きっと一人の少女のため.

「イリーナ様にも困ったものです…….」

青年の独白に,リーリアも顔をくもらせる.

ライム本人は気づいていないが,イリーナの弟に対する偏執は有名なものであった.


マイナーデ学院で,コウスイはイリーナをなんとか説得してみると言っていたが,おそらく無理であろう.

イリーナは口をつぐんだまま,王都へと向うだろう.

そして,王からの命令も聞かないかもしれない.

なぜなら…….

「私の子を身ごもっている妻を返してください.」

リーリアは軽く息を吐いた.

「……イリーナ様には,きついうそだったわね.」

彼女の心を引きさく,残酷ないつわりごと.


サリナへの近道,それはイリーナを当てにはせずに,王に少女を探させることだ.

幻獣,……巨大な兵器を持つ少女を.

すぐにばれてしまううそでもかまわない.

最悪,子どもは流産したといつわりの上にいつわりを重ねてもいいのだから.


朝の光の中を,少年は馬を走らせる.

休息など必要ない,目はさえ渡っていた.

そして連れさらわれた少女のことを想うと,気はせくばかりで……,

「サリナ……,」

名を呼んでも,こたえてくれる少女はいない.

今,どこにいる? 無事でいるのか?


少年はふいに,ぱちんと自分のほおをたたいた.

王子として今,考えるべきことは,ティリア王国からの侵攻であるはずだ.

このような状況になった以上,少女の誘拐事件などさまつなこととして押し流されてもいいはずなのに…….


みずからの初陣のことよりも,戦場で実の父親と戦わなくてならないことよりも,少女のことが気にかかって仕方がない.

いや,少年の戦いには幻獣を持つ少女が必要なのではあるが,……少年にとって,少女の価値はそこにはなかった.


今ごろ,王都では迎撃の準備が進んでいるのだろう.

兄のイスカは,王宮を走り回っているにちがいない.

怒りながら,どなりちらしながら,……しかし青年は誰よりも頼りになる.

国のことは,イスカ兄貴に任せておけばいい.

それが甘えであることは分かっている.

分かってはいても,少年の心は国などという,ぼう漠なものには向かない.


馬に軽くムチを入れて,先を急ぐ.

……俺は,サリナのことしか考えられない.

少年は一路,王都へと向かって走り続けた…….

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