6-7
「幻獣の力をもって,一撃でティリア王国軍を押し返す.」
シグニア王国王城の中にある騎士団総長ガロイの執務室で,イスカは言った.
「いつもの手ですな.」
やせ型そう身の中年の男ガロイは,おもしろくなさそうにあごをなでる.
「定石には定石なりの意味がある,」
気を悪くした風も見せずに,赤毛の青年は言葉をついだ.
「第一に,敵味方の損害が一番少なくてすむ,第二に,圧倒的な力をみせつけることによって,ティリア王国の今後の軍事行動を抑制できる.第三に,ティリア王国以外の周辺諸国にもけん制できる.」
「……というわけで,迎撃の宣伝は派手に行ってもらいたい.」
ただのがさつな男というわけではないようだ,ガロイは心のうちで赤の第二王子イスカに対する評価を改めた.
「特にライム,……金の末王子の出陣は大いに宣伝してくれ,」
しかしまだまだ甘い青二才,……戦場を経験したことのあるガロイならば第一と第二の理由が逆になる.
ガロイははかるように,赤毛の青年の言動を注視する.
国王リフィールの子どもたちは皆,これが初陣になるのだ.
「幻獣の儀式の記憶はまだ新しいだろ? それに幻獣に恐れをなして逃げてくれたら,こちらとしては大助かりだ.」
ちゃめっけたっぷりにウインクされると,しらっとした目つきでいたはずが,毒気が抜かれてしまう.
なるほど,その甘さも美点というわけだ.
ティリア王国侵攻の報が王城へもたらされてから,イスカは王国軍出動の準備に日々追われていた.
本来,陣頭に立つべき国王がすっかりとふぬけてしまったからだ.
そしてイスカと同じく国王を補佐すべき第一王子ラルファードは,病気を理由に寝室からほとんど出てこない.
迫りくる戦争にすっかりとおびえてしまっている.
イスカはマイナーデ学院にいるライムと,母親の実家に帰っているイリーナを呼ぶべく手紙を出した.
しかし実際に戦場へは,ライムだけを,……正確にはライムとサリナだけを連れてゆくつもりである.
ラルファードやイリーナは,ただ足をひっぱるだけの存在になりかねない.
そしてうそか本当か分からないが,ティリア王国は国王妃であるリーリアを人質に取っていると言う.
おそらくうそだろう……,イスカはそう考えている.
リーリアはきっと,息子のライムとともに城から逃げたのだ.
その証拠に,リーリアの王宮出奔からのコウスイの動きが奇妙に鈍い.
もしも真実,リーリアが行方不明なり人質になっているとすれば,コウスイは何がしかの手を打つであろう.
まぁ,ライムが来れば分かることさ,……その点に関しては,イスカは気楽に構えていた.
しかしそうはいかないのが,彼の父親,国王リフィールである.
国王はこっけいなほど取り乱してしまい,一度など「ティリア王国に全面降伏をする.」とまで言い出したのだ.
当然,誰もその命令は聞かずに,リーリアの存在はもはや王宮では黙殺されている.
「ライムが王都へついたらすぐに,出陣だ.」
ぐずぐずとはしていられない,イスカは迷いなく決断する.
強い視線で命じられて,ガロイは背筋を伸ばして了解した.
「かしこまりました,イスファスカ殿下.」
この赤毛の青年に,過去の国王の英気を感じる.
ガロイはつい,似たもの同志だから王子と国王は仲が悪いのかもしれないと思った.
騎士団総長の部屋を出ると,イスカは一人の兵士につかまった.
「殿下,イリーナ様は今,実家にいらっしゃらないそうです.」
「はぁ!?」
まぬけな声を上げて,青年は顔をしかめる.
「家出か……? この状況下で,」
探す余裕などないぞと言おうとした瞬間,
どぉぉん!
大きな爆音が大地を震わせた!
「なんだ!?」
ひざをついて,イスカはまわりを見回す.
びりびりびりと窓にはまったガラスが震える.
「で,殿下…….」
最初のゆれでしりもちをついた兵士が,窓に視線を固定したままで呼びかける.
イスカが,兵士の指さす先を追いかけると,
「……幻獣!?」
王都の西,貴族の屋敷が集中する一角が燃え上がっていた.
ある屋敷だけが,天まで届きそうな炎の中に包まれている.
その上空で踊る巨大な炎の竜.
空気ではなく,魔力によって燃える家屋は煙をほとんど吐き出さない.
ただ炎だけが,異常な勢いで燃えているのだ.
「殿下,これは……!?」
部屋の中から,ガロイが飛び出してくる.
「ガロイ,王国軍を出動させろ!」
王城の窓からイスカが眺める王都の街では,火事にあわてて逃げる貴族やその使用人たち,火事を一目見ようとする無責任な野次馬たちでごったがえす.
「第一騎士団は付近住民の避難と野次馬の整理,第二騎士団は炎が燃え広がらないように,まわりの建物を壊せ!」
「しかし,」
ガロイはとまどう,この緊急時に対する王子の命令は越権行為ではなかろうかと.
「親父も同じことを命令するはずだ,第三騎士団は王都中から医師を集めろ,負傷者の救護だ!」
そして赤毛の青年は階段に向かって,廊下を走り出す.
「殿下,どこへ!?」
「俺は化け物退治だ!」
振り向きもせずに,青年は階段を駆け下りる.
そしておろおろと窓の外を眺めるばかりの兵士たちをつかまえて,次々と指示を出してゆく.
少しでも対応を間違えると,王都はたちまちに火の海だ.
「殿下,私もついて行きます!」
城から出ようとしたときに,後をつけてきた一人の兵士に,
「それよりも,親父の様子を見に行ってくれ.」
と,イスカは小さく命じた.
この派手な災害時に,いくらほうけているとはいえ反応が遅すぎる.
青年の脳裏に,胸を押さえて倒れこむ父親の姿が浮かんだ.
まさか……,
しかし首を振って,その考えを否定する.
「女のことで,ぼけているだけだ!」
そう,視界がくもってまったくの愚鈍な王と成り果てている.
これが恋というものだろうか.
どちらがどちらにとらわれているのか,分かったものじゃない.
「くそっ,」
大きな門扉をくぐり,イスカは人ごみの中へと飛び出していった.




