↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『異世界リペア工房 ~ハズレスキル「鑑定・修理」でガラクタも人生も直します~』  作者: 森


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
91/116

第90話 聞こえない助け声


時計台最終修復、十五日目。


第三工程に入ってから一週間が経っていた。


中央時計機構の修復は順調に進み、交換必須と判断した十一個の部品のうち八個が新しくなった。補修して使い続ける六個についても作業を終え、残っているのは三つの交換部品と全体調整である。


修が鑑定する。


【第三工程:中央時計機構】


【進捗率:78%】


【中央時計機構損傷率:17% → 6%】


【全体工程進捗率:38%】


【完成目標まで:31日】


当初の予定より、少し遅れている。


旧共鳴機構の調査と新型振動調整機構の製作に時間を使ったことが大きい。それでも後の工程で取り戻せる範囲だった。


「今日で交換部品を全部終わらせたいな」


修は中央機構を見上げた。


「じゃあ、俺は何をします?」


エルクが尋ねる。


「昨日補修した第二補助軸の確認」


「もう三回確認しました」


「なら四回目」


「修さん、この前は自分で合格を出せって言ってませんでした?」


「覚えてたか」


「覚えてますよ」


「じゃあ、自分で判断して」


エルクは少し呆れた顔をしながら第二補助軸へ向かった。


最近はこういうやり取りも増えていた。


最初は何をするにも修の指示を待っていたが、今では自分で作業を探すこともある。失敗がなくなったわけではない。昨日も固定金具を一つ逆向きに取り付け、十五分かけてやり直していた。


だが、その十五分を修は無駄だとは思っていない。


次から間違えなければいい。


「ご主人様!」


リペが大きな箱を抱えてやってきた。


「部品を持ってきました!」


「ありがとう。そこに置いて」


「今回は落としてません!」


「前回落としたみたいな言い方するな」


「前回は落としかけただけです!」


「もっと悪い」


箱の中には、鍛冶屋へ頼んでいた最後の交換部品が入っている。


第四調速歯車。


第一重錘滑車。


そして、中央伝達軸の軸受。


どれも現在の時計台に合わせて作られたものだ。


修は一つずつ寸法を確認してから作業を始めた。


昼前。


二つ目の部品を取り付けたところで、エルクが戻ってきた。


「修さん」


「終わった?」


「第二補助軸は問題ありません」


「じゃあ合格?」


「合格です」


今度は迷わなかった。


「了解」


修は次の部品へ手を伸ばす。


だが、エルクはその場を離れなかった。


「どうした?」


「一個、気になることがあって」


「何?」


「音です」


修の手が止まった。


「どこの?」


「分からないです」


エルクが中央機構を見る。


「さっきから、たまに鳴ってるんです」


修も耳を澄ます。


巨大な機構は試験運転中だ。


カチ。


コト。


カチ。


コト。


歯車が噛み合い、軸が回る。


重りを使った動力がゆっくりと伝わっていく。


異常な音は聞こえない。


「どんな音?」


「チッ、って」


「チッ?」


「すごく小さいです」


修はしばらく聞いた。


何もない。


「今は?」


「鳴ってません」


「どれくらいの間隔?」


「それも分からないです。二回しか聞いてないので」


修は工具を置いた。


「じゃあ待とう」


「作業は?」


「音を聞く」


二人で中央機構の前に座った。


リペも隣へ座る。


「私も聞きます!」


「静かにしてくれれば」


「任せてください!」


十秒。


二十秒。


一分。


「ご主人様」


「何?」


「お腹が鳴りそうです」


「我慢して」


さらに二分。


何も聞こえない。


「気のせいだったかな……」


エルクが呟く。


修は首を振った。


「もう少し」


五分。


カチ。


コト。


カチ。


コト。


そして。


チッ。


「今!」


エルクが声を上げる。


修も聞いた。


確かに小さな音だった。


金属同士が一瞬だけ擦れたような音。


「聞こえた」


エルクの表情が明るくなる。


「ですよね!」


「場所は?」


「右……いや、上?」


修にも分からなかった。


音が小さすぎる上に、中央機構の中で反響している。


鑑定する。


【中央時計機構】


【重大異常:なし】


【運転状態:正常】


異常は出ない。


「正常ですね」


エルクが表示を見る。


「正常だな」


「じゃあ気にしなくても?」


修は中央機構を見上げた。


正常。


確かにそう表示されている。


しかし、音は聞こえた。


「調べよう」


修は答えた。


「正常なのに?」


「正常だから調べなくていいなら、俺たちは音を聞く必要ないだろ」


エルクは少し考えてから頷いた。


試験運転を続けながら、場所を変えて音を聞く。


一階。


聞こえない。


中央機構東側。


聞こえる。


西側。


ほとんど聞こえない。


上部。


少し大きい。


「上だな」


修とエルクは階段を上った。


そこには時計盤へ動力を送る四本の伝達軸がある。


東西南北。


四面の時計を動かすための機構だ。


十分ほど待つ。


チッ。


今度ははっきり聞こえた。


「東側!」


エルクが指差す。


東面時計盤へ伸びる軸。


鑑定。


【東面時刻伝達軸】


【損傷率:4%】


【運転状態:正常】


やはり異常はない。


「四%なら軽いですね」


「ああ」


修は軸を目で追う。


回転も正常。


歪みもほとんどない。


軸受も正常。


それでも音がする。


「止めよう」


試験運転を停止した。


修は軸を手で少しずつ回す。


エルクは反対側から見る。


一回転。


二回転。


三回転。


何もない。


四回転目。


「待ってください」


エルクが止めた。


「今、少し動きました」


「何が?」


「軸じゃなくて、その後ろ」


指差した先に、小さな金属板がある。


配線と軸を分けるための保護板。


時計そのものを動かす部品ではない。


修が触る。


少し緩い。


鑑定。


【保護板固定金具】


【損傷率:8%】


【機能:正常】


「これか?」


手で軸を回す。


四回転目。


軸に取り付けられた小さな突起が、保護板へほんのわずかに触れた。


チッ。


同じ音。


「見つけた」


原因は小さな固定金具だった。


重大な故障ではない。


今すぐ時計が止まることもない。


保護板を固定し直せば終わる。


修理時間は十分もかからなかった。


【保護板固定金具】


【損傷率:8% → 0%】


もう一度、試験運転。


十分。


二十分。


音はしない。


「これだけ?」


エルクが少し拍子抜けした顔をする。


「これだけ」


「時計には影響なかったんですよね」


「今はな」


修は外した古い固定金具を見る。


わずかに摩耗している。


このまま使い続ければ、保護板の揺れは少しずつ大きくなる。


いずれ軸へ繰り返し接触する。


傷がつく。


軸が削れる。


振動が増える。


それが別の軸受へ伝わる。


何年後か。


何十年後か。


大きな故障になったかもしれない。


「小さいうちに見つけたから、小さい修理で済んだ」


エルクが古い金具を見る。


「鑑定には出なかったのに」


「出てたよ」


「え?」


「損傷率八%」


「でも正常って」


「正常と、傷んでないは同じじゃない」


エルクが黙る。


修は第一の音を思い出していた。


『職人は、金槌の音を最初に聞くのではない。壊れたものが助けを求める音を最初に聞く。』


傷みの音。


旅へ出る前、アルドの地下工房でようやく意味を知った。


大きく壊れてから聞こえる音ではない。


壊れる前。


まだ使えている時。


ほんの小さな違和感として現れる音。


修はエルクを見る。


「よく聞いたな」


「たまたまです」


「最初はみんな、たまたまだよ」


「修さんも?」


「俺も」


エルクは少し嬉しそうに笑った。


その時。


リペが腕を上げた。


「私も聞こえます!」


「何が?」


「傷みの音です!」


修とエルクがリペを見る。


「どこから?」


リペは自分のお腹を押さえた。


ぐぅぅぅ。


「ここです!」


「昼飯にしよう」


「修理してください!」


「食べれば直る」


「食料による部品交換ですね!」


「もうそれでいいよ」


昼食後。


第三工程最後の交換作業へ入った。


中央伝達軸の軸受。


損傷率三十二%。


今回の中央機構では最も傷みの大きな部品の一つだった。


古い軸受を外す。


製作年は八十六年前。


三度の補修記録が残っている。


最後の補修は二十一年前。


エルクが古い部品を見る。


「これは残すんですか?」


「記録用に一個は保管する」


「使わないのに?」


「今回どういう状態で交換したか、実物があると分かりやすいから」


「なるほど」


「ただ、全部残したら倉庫がいっぱいになる」


「リペさんのしゃもじも?」


「真っ先に捨てる」


少し離れた場所から声が飛んできた。


「聞こえてます!」


新しい軸受を取り付ける。


軸を通す。


手動で回転。


問題なし。


動力を接続。


低速運転。


問題なし。


通常運転。


問題なし。


修が鑑定する。


【中央時計機構】


【損傷率:6% → 3%】


【主要動力系:正常】


【時刻伝達系:正常】


【継ぎ輪:正常】


【新型振動調整機構:正常】


【第三工程:主要修理完了】


残るのは全体調整だけ。


翌朝。


四面すべての時計盤へ仮の針を接続した。


まだ外側の本修理は終わっていないため、実際の針ではない。


内部から回転だけを確認する。


修が中央機構の前に立つ。


エルク。


リペ。


鍛冶屋。


大工。


町長。


第三工程に関わった職人たちも集まった。


「動かします」


重りを解放する。


ゆっくり。


中央の大歯車が動く。


カチ。


次の歯車。


カチ。


さらに次。


カチ。


一つの動きが。


別の部品へ伝わる。


継ぎ輪を通る。


新しい歯車を通る。


百年以上前の歯車を通る。


アルドが作った軸を通る。


四方向へ。


東。


西。


南。


北。


仮針が動き始めた。


一分。


二分。


五分。


四面とも同じ時刻を刻んでいる。


【東面誤差:+0.7秒】


【西面誤差:-0.4秒】


【南面誤差:+0.9秒】


【北面誤差:+0.2秒】


エルクが言う。


「揃ってない」


「これくらいなら問題ない」


「直せますよね?」


「直せる」


「じゃあ直さないんですか?」


修は少し考える。


「直すよ」


エルクが笑った。


「今回は直すんですね」


「時計だからな」


時刻を示す道具なのだから、そこは合わせる。


微調整。


東。


西。


南。


北。


もう一度動かす。


十分後。


【東面誤差:+0.1秒】


【西面誤差:0.0秒】


【南面誤差:+0.1秒】


【北面誤差:-0.1秒】


「これでいい」


修が言う。


「あと〇・一ですよ!」


リペが言う。


「来ると思った」


「百を目指しましょう!」


「目指さない」


笑い声が上がった。


修が最後の鑑定を行う。


【第三工程:中央時計機構】


【進捗率:100%】


【中央時計機構損傷率:17% → 3%】


【時刻精度:正常】


【継続運転:可能】


【第三工程:完了】


三本目。


修は工程表に線を引いた。


【全体工程進捗率:46%】


【完成目標まで:29日】


まだ半分にも届いていない。


次は第四工程。


四面の時計盤と針。


町の人々が毎日見上げる場所だ。


その日の夕方。


修は修復記録へ今日の出来事を書いていた。


『東面時刻伝達軸付近より微小接触音を確認。』


『原因――保護板固定金具の摩耗。』


『固定金具交換。』


そこで筆を止める。


少し考え。


一行追加した。


『発見者――エルク。』


「修さん」


後ろから声がした。


振り返ると、エルクがいた。


「見てた?」


「見えました」


「嫌なら消すよ」


「消さなくていいです」


エルクは少し照れながら中央機構を見る。


「でも、本当にあれだけで名前残すんですか?」


「だから残すんだよ」


「どういうことです?」


「大きく壊れたものを直した人の名前は残りやすいだろ」


「はい」


「でも、大きく壊れる前に見つけた人は、何も起きなかったように見える」


時計は今も動いている。


何も起きていない。


止まっていない。


壊れていない。


だから。


誰も気づかない。


「何も起きなかったことも、誰かの仕事なんだよ」


エルクはしばらく中央機構を見ていた。


やがて。


「修理屋って、地味ですね」


「ああ」


「もっと格好いい仕事だと思ってました」


「残念だったな」


「でも」


エルクは笑った。


「前より、ちょっとやりたくなりました」


修も笑う。


「じゃあ、明日も来る?」


「もちろんです」


その夜。


時計台の中央機構は、久しぶりに長時間の試験運転へ入った。


一時間。


二時間。


三時間。


異常なし。


カチ。


コト。


カチ。


コト。


静かな機械音が。


誰もいない時計台に響いている。


助けを求める音は。


もう聞こえなかった。


だからこそ。


それが今日の修理が成功した証拠だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。