第74話 足りないものを増やす前に
翌朝。
修とリペは西星町を出て、星渡り大橋を東へ渡っていた。
昨日より風は弱い。それでも橋の中央へ近づくにつれて、足元から小さな軋みが聞こえてくる。
ギィ……。
カン……。
ゴ……。
第一の音――傷みの音。
一度その意味を知ってしまうと、以前よりはっきり聞こえる気がした。
中央塔まで来ると、修は足を止めて手を触れる。
【現状維持可能期間:推定21日】
「二十一日ですか」
リペが不安そうに表示を見る。
「ああ。昨日より一日減った」
「急がないといけませんね」
「そうだな。でも、急いで答えを出すのは違う」
「急ぐけど、急いで決めない?」
「そんな感じ」
リペは少し考えてから、突然走り出した。
「では、走りながら考えます!」
「本当に走るな! 橋の上だぞ!」
第二の音は、風待ちの音。
急がなければ聞こえないものもある。
残された時間は少ない。それでも、焦って大事なものを見落とせば意味がない。
修はもう一度、橋の軋みに耳を澄ませてから東星町へ向かった。
東星町へ戻ると、町長のバルドが役場の前で待っていた。
「西へ行ったそうだな」
「はい」
「向こうは何と?」
「橋を完全に直してほしいと」
「そうだろうな」
バルドの表情は変わらない。予想していた答えなのだろう。
「それで、どうする?」
「今日は東星町の水を見せてください」
「……水?」
バルドが眉を寄せた。
「橋じゃなくてか?」
「橋を直すためです」
修は、西星町で見たものを説明した。
西側へ流れる水は全体の三割しかない。だが、それ以前に古い導水路から大量の水が漏れていた。修理する人間が減り、設備の維持が追いつかなくなっていたのだ。
そして、ノアの記録に現れた言葉。
『橋がなくなれば困るなら、橋がなくても困らないようにする。』
『水が減れば困るなら、水が減っても困らないようにする。』
バルドは腕を組んだ。
「つまり、東が今より少ない水で暮らせるようになれば、橋を直せるかもしれないと?」
「そうです」
「簡単に言うな」
「簡単じゃありません。だから調べたいんです」
修が真っ直ぐ答えると、バルドはしばらく黙っていた。
やがて深く息を吐く。
「分かった。案内する」
「ありがとうございます」
「ただし、俺はまだ橋の完全修理に賛成したわけじゃないぞ」
「それでいいです」
リペが横で拳を握った。
「東星町修理開始です!」
バルドが目を丸くする。
「町を直すのか?」
「まだ調べるだけです」
「助手は随分と気が早いな」
「いつものことです!」
本人が自信満々に答えた。
最初に案内されたのは、町の北側にある巨大な貯水槽だった。
石造りの立派な施設で、東星町の生活用水を約三日分蓄えられるという。
修が壁に手を当てる。
【対象:東星町第一貯水槽】
【損傷率:7%】
【漏水率:2%】
「ここはかなり優秀ですね」
バルドが少し得意そうに答える。
「十五年前に改修した」
「漏水二パーセントなら、ここを直しても大きくは変わらないですね」
リペが水面を覗き込む。
「いっぱいあります!」
「今はな」
バルドが答える。
問題は橋を完全修理した後だ。
現在、東星町へ流れている水は全体の七割。それが五割へ戻る。
今ある水の約三割が消えることになる。
次は住宅地の共同水場。
ここも大きな問題はない。
宿屋街の洗濯場も、目立った漏水はなかった。
修は腕を組む。
「思ったより、ちゃんと管理されてる」
バルドが少し笑った。
「東が水を無駄遣いしているとでも思ったか?」
「少しだけ」
「正直だな」
「すみません」
「いや。調べるなら疑うのは当然だ」
少なくとも、東星町の住民が無責任に水を浪費しているわけではない。
では、なぜ五割では足りないのか。
町の南側へ行ったところで、理由の一つが見えてきた。
巨大な水車。
その先に並ぶ、いくつもの工房。
金属加工、染色、製革、製紙。
東星町の産業区だった。
太い水路には、住宅地とは比較にならないほど大量の水が流れている。
「すごい水です」
リペが水路を覗く。
バルドが説明した。
「東星町で使う水の四割近くは、この区画で消費している」
「四割?」
修は聞き返した。
「生活用水より多いんですか?」
「ああ。今の東星町は、橋より工房で稼ぐ町だからな」
修が水路を鑑定する。
【対象:東星町産業用水路】
【損傷率:14%】
【漏水率:6%】
水路そのものは悪くない。
西星町のように、大量の水が途中で漏れているわけではない。
「ここを直しても、大して減らせないな」
「じゃあ駄目ですか?」
「いや」
修は流れる水を目で追った。
問題は、水路ではない。
この水が、使われた後にどうなっているのか。
最初に入ったのは染色工房だった。
大きな桶がいくつも並び、職人たちが染め上がった布を大量の水で洗っている。
「この水、使った後はどうするんです?」
「処理槽を通して外へ流す」
「全部?」
「全部だ」
裏へ回る。
色のついた水が処理槽を通り、最後には峡谷へ流れていく。
修は処理後の水へ触れた。
【対象:染色工房使用済み水】
【飲用:不可】
【再利用可能率:43%】
「……四十三パーセント」
工房主が振り向く。
「何がだ?」
「この水です。用途を選べば、半分近く再利用できます」
「汚れた水だぞ?」
「飲むわけじゃありません。布を洗う最初の工程なら使えるはずです。最後の仕上げだけ新しい水にする」
工房主は首を傾げた。
「でも、今までそんなことをする必要はなかったぞ」
その言葉で、修の手が止まった。
必要がなかった。
水が十分にあったから。
無駄にしていたのではない。
再利用する必要そのものがなかったのだ。
次は製紙工房。
【再利用可能率:61%】
金属工房。
【再利用可能率:78%】
製革工房。
【再利用可能率:35%】
修は工房ごとの数字を手帳へ書き込んでいく。
リペが横から覗いた。
「いっぱい戻せます!」
「設備を作れればな」
「作れます?」
「たぶん」
「高いです?」
「物による」
「時間は?」
修の手が止まった。
残り二十一日。
「……そこが一番の問題だな」
昼。
産業区の食堂に、バルドと主だった工房の責任者たちが集まった。
修は調査した数字を机の上に並べる。
「橋を完全に直すと、東へ来る水は全体の七割から五割へ減ります」
一人の工房主が言った。
「だから反対してるんだ。五割じゃ足りない」
「今の使い方なら、足りません」
「今の使い方なら?」
修は各工房の再利用可能率を見せた。
「使った水を、一度で捨てている工程が多いんです」
製紙工房の主が反論する。
「汚れた水だぞ」
「飲み水に戻す必要はありません。紙を作る最初の工程なら、完全に綺麗じゃなくても使える」
金属工房の主も尋ねる。
「うちは?」
「冷却水なら、冷まして循環させられると思います」
「同じ水を何度も使うのか」
「はい」
染色工房主が腕を組む。
「色が混ざるぞ」
「最後の洗浄には使えません。でも、最初の洗浄なら使える工程があるはずです」
工房主たちが黙った。
それぞれ、自分たちの仕事を頭の中で組み直しているらしい。
バルドが尋ねた。
「全部やれば、どれくらい減らせる?」
修は少し考える。
設備を作る際の損失。
運用。
現実的にできる範囲。
「産業用水全体で、三割前後減らせる可能性があります」
食堂がざわついた。
「三割?」
「そんなにか?」
「可能性です。実際に作って試さないと分かりません」
「二十一日で?」
「全部は無理です」
修は即答した。
「だから、一番簡単で効果の大きいところから試します」
午後。
選んだのは金属工房だった。
現在は、炉から出した金属を水槽で冷却し、温まった水はそのまま排水している。
修が提案したのは、驚くほど単純な方法だった。
水槽を二つにする。
一方で金属を冷やす。
温まったら、もう一方を使う。
その間に最初の水を冷ます。
そして、また使う。
「それだけ?」
鍛冶屋が聞いた。
「まずはそれだけです」
「もっとすごい魔道具でも作るのかと思った」
「すごい魔道具を作って、壊れたら誰が直すんです?」
鍛冶屋が黙った。
修は笑う。
「この町で直せるものの方がいいです」
フロストベルで学んだこと。
直した後まで考える。
修理屋がいなくなれば使えなくなる仕組みでは、本当に直したことにはならない。
大工。
配管職人。
鍛冶屋。
修。
そしてリペ。
「私は何を?」
「水汲み」
「任せてください!」
リペは桶を二つ持ち、勢いよく走った。
「走らなくていい!」
バシャーン!
大量の水が地面へ飛び散る。
リペが桶の中を見る。
「半分になりました!」
「減らしちゃ駄目なんだよ!」
「水は難しいです!」
「水のせいにするな!」
夕方。
試験開始。
熱した鉄を一つ目の水槽へ入れる。
ジュウウウウッ!
水が激しく沸き、湯気が上がる。
今までなら、この水は捨てていた。
だが今回は別の槽へ移し、冷まして再び使う。
二つの水槽を交互に回す。
しばらく運用した後、修が鑑定した。
【金属工房】
【一日推定使用水量】
【従来比:43%削減】
鍛冶屋が目を丸くした。
「半分近いじゃねえか」
「金属冷却は特に相性が良かったみたいですね」
「仕事に影響は?」
「今のところ、ほとんどありません」
鍛冶屋は循環する水を眺めた。
「じゃあ、今まで捨ててた水は何だったんだ?」
修は少し考えて答える。
「余ってたから、一回しか使わなかった。それだけだと思います」
誰かが悪かったわけではない。
必要になったから、使い方を変えた。
ただ、それだけだ。
夕方、結果を見に来たバルドは、四十三パーセントという数字を何度も確認した。
「他の工房でもできるか?」
「ここまで減るとは限りません。でも、できることはあります」
修は産業区を見回した。
「町長。東星町は、水が足りないんじゃないのかもしれません」
「どういう意味だ?」
「七割の水がある暮らしに、町全体が合わせてきたんです」
バルドの表情が少し険しくなる。
「東が贅沢していると言いたいのか?」
「違います」
修はすぐ否定した。
「人が増えれば水も必要になります。工房が増えれば、もっと必要になる。それは普通です」
百年かけて町は成長した。
七割の水を使って。
だから、五割へ戻れば困る。
「でも、暮らし方は直せるかもしれない」
バルドは長く黙っていた。
やがて、産業区を見る。
「東の工房を全部調べてくれ」
「いいんですか?」
「橋を直すとは言っていない」
「はい」
「五割の水で、本当に東が暮らせるのか。それを知りたい」
修は頷いた。
「分かりました」
翌日から、東星町を挙げた調査が始まった。
修一人では到底できない。
配管職人。
大工。
鍛冶屋。
農家。
染色職人。
製紙職人。
宿屋。
役場。
それぞれが、自分の場所で使っている水を調べる。
リペも元気よく手を挙げた。
「私は?」
「記録係」
「重要です!」
「数字、間違えないでね」
「任せてください!」
一時間後。
修はリペの記録用紙を見た。
『金属工房 水いっぱい』
『製紙工房 すごくいっぱい』
『宿屋 まあまあ』
「数字は?」
「気持ちを書きました!」
「記録係交代」
「早いです!」
役場職員が記録係になった。
調査に二日。
修理と改良に三日。
全部を同時に進めた。
製紙工房では水を三段階に分けて再利用。
染色工房では洗浄工程ごとに水を使い分ける。
宿屋では風呂の排水を清掃用へ。
農地では夜間に流れ続けていた水を止める。
貯水槽の小さな漏れも直した。
奇跡のような発明は一つもない。
ただ、小さな改善を積み重ねる。
五日目。
東星町役場。
机の上に最終的な数字が並んだ。
【東星町】
【現在供給水量:峡谷水量全体の70%】
【改善前必要水量:68.4%相当】
【改善後必要水量:52.7%相当】
リペが数字を見つめる。
「あと二・七です」
「ああ」
橋を完全に直せば、東へ来る水は五十パーセント。
必要量は五十二・七。
かなり近づいた。
だが、まだ足りない。
バルドが椅子へ深く座る。
「ここまで減るとは思わなかった」
「俺もです」
「だが、あと二・七か」
一人の農家が言った。
「農業用水を減らすか?」
別の農家が首を振る。
「収穫が落ちる」
工房主が言う。
「工房を一つ止めれば?」
「誰の工房を?」
空気が変わる。
また誰かに負担を押しつける話になっている。
一つを選ぶ。
一つを諦める。
結局、天秤へ戻ってしまう。
修は数字を見つめた。
生活用水はこれ以上削りたくない。
産業用水もかなり減らした。
農業用水を減らせば食料生産へ影響する。
漏水も直した。
あと二・七。
その時。
ぽつ。
窓に水滴が当たった。
ぽつ、ぽつ。
雨が降り始める。
リペが外を見る。
「雨です」
「雨……」
修が呟く。
バルドが首を振る。
「この辺は雨が少ないぞ」
「知ってます」
修は役場の屋根を見上げた。
大きい。
周囲を見る。
宿。
倉庫。
工房。
全部に屋根がある。
そして雨水は樋から道へ流れ、そのまま排水路を通って峡谷へ落ちていく。
「少なくても、降るんですよね?」
「そりゃ降るが……」
「この水、全部捨ててますよね?」
バルドの表情が変わった。
飲み水にするのは難しい。
でも、洗浄。
掃除。
農業。
用途を選べば使える。
屋根で集める。
貯める。
必要なのは、複雑な魔道具ではない。
翌日。
町中の屋根面積。
年間降水量。
貯水可能量。
蒸発分。
現実的に設置できる設備。
それらを計算した。
【雨水利用設備導入時】
【峡谷水依存量】
【52.7% → 49.6%】
役場が静まり返った。
リペが数字へ顔を近づける。
「五十より……下です」
修が頷いた。
「計算上は」
バルドが何度も紙を見る。
「橋を直して、水が五割に戻っても……」
「今の生活を、ほぼ維持できる可能性があります」
誰もすぐには喜ばなかった。
百年。
無理だと思っていた。
橋を完全に直せば東が困る。
だから直せない。
それが当たり前だった。
その前提が、初めて動いた。
バルドが窓から橋を見た。
「百年、何だったんだろうな」
修は少し考えてから答える。
「必要な時間だったのかもしれません」
「必要?」
「百年前には、できなかったのかもしれない」
技術も違う。
人口も違う。
町の形も違う。
西星町の状況も違う。
今できることが、百年前にもできたとは限らない。
「直せる時が、今来ただけなのかもしれません」
その時、修の鞄に入っていた完全設計図が淡く光った。
新しい文字が浮かぶ。
『直す時を間違えるな。』
『早すぎる修理は、壊すことがある。』
『遅すぎる修理も、壊すことがある。』
そして最後に。
『直せる時に、直せ。』
修は橋を見た。
【現状維持可能期間:推定16日】
五日使った。
だが、無駄ではない。
東星町は変わった。
西星町も変わり始めている。
二つの町が、百年ぶりに同じ場所へ近づいている。
バルドが静かに言った。
「西の代表を呼ぼう」
修が顔を上げる。
「いいんですか?」
「まだ橋を直すと決めたわけじゃない」
バルドは少し笑った。
「お前と同じだ。まず、話を聞く」
修も笑った。
「はい」
翌日。
星渡り大橋、中央塔。
東星町代表、バルド。
西星町代表、ミレア。
そして、修。
三人が集まった。
少し後ろにはリペ。
もちろん、腰にはしゃもじ。
ミレアとバルドが互いを見る。
二人とも何も言わない。
百年。
橋の完全修理を巡って対立してきた二つの町。
その代表が、今は同じ扉の前に立っている。
修が中央塔へ手を置いた。
【解錠条件】
【東側代表者:確認】
【西側代表者:確認】
【修理判断者:確認】
【三者の同意を確認してください】
修は二人を見る。
「まだ、橋を直すかどうか決める必要はありません」
バルドが頷く。
ミレアも修を見る。
「まず、中に何があるのか見ましょう」
「同意する」
バルド。
「私も」
ミレア。
最後に修。
「同意します」
カチッ。
百年間閉ざされていた中央塔の扉が、ゆっくりと開いた。
ゴゴゴゴ……。
内部は暗い。
修たちは慎重に中へ入る。
そして、その中央。
一つの巨大な天秤があった。
左右に大きな皿。
だが、何も乗っていない。
それなのに。
天秤はすでに、大きく片側へ傾いていた。
リペが小さな声で言う。
「……もう傾いてます」
修は天秤へ近づき、そっと触れた。
【対象:星渡りの天秤】
【第六の遺産】
【損傷率:0%】
【状態:正常】
【測定対象:重量ではありません】
一瞬、表示が止まる。
そして。
【測定対象:選択によって失われるもの】
修は息を呑んだ。
どちらが正しいかを量る道具ではない。
どちらが得なのかを決める道具でもない。
何かを選んだ時。
その代わりに何を失うのか。
それを目に見える形にするための天秤。
天秤の中央には、アルドの文字が刻まれていた。
『何かを選ぶ時』
『得るものばかりを見るな。』
『捨てることになるものを』
『最後まで見ろ。』
ミレアが、傾いた皿を見る。
「何も乗ってないのに……どうして?」
バルドも黙って天秤を見つめている。
修は鑑定を続けた。
新しい表示。
【現在測定中】
【選択:星渡り大橋を完全修理する】
修の表情が変わった。
「これ……」
つまり。
この傾きは。
橋を完全に直した場合。
失われるもの。
【測定未完了】
【東星町・西星町】
【両町の現在状態を登録してください】
リペが修を見る。
「ご主人様」
「ああ」
まだ天秤は、今の二つの町を知らない。
百年前の条件で。
量っている。
修はバルドを見る。
そしてミレアを見る。
「これに」
「今の二つの町を見せる必要があるみたいです」
ミレアが尋ねる。
「どうやって?」
修は天秤の左右を見る。
東側の皿。
西側の皿。
それぞれの中央に、小さなくぼみがある。
何かを置く場所。
鑑定。
【東側登録媒体】
【その町が失いたくないものを一つ】
【西側登録媒体】
【その町が失いたくないものを一つ】
バルドが呟く。
「失いたくないもの……」
ミレアも黙る。
金ではない。
水でもない。
人口でもない。
町が。
本当に。
残したいもの。
リペが小声で聞いた。
「ご主人様」
「これって……」
「ああ」
修は頷く。
「俺が決めるものじゃない」
東星町が。
何を残したいのか。
西星町が。
何を残したいのか。
まず。
それを。
二つの町自身が決めなければならない。
星渡りの天秤は、答えを教える道具ではなかった。
むしろ。
答えを出す前に。
自分たちが何を大切にしているのか。
それを問い返すための道具だった。
修は、傾いた天秤を見つめる。
「橋を直す前に」
バルドとミレアが修を見る。
「もう一つだけ、直さないといけないものがありそうです」
「何を?」
修は二人を見た。
「東と西が、百年間まともに話せなくなったことです」
長い沈黙。
バルドが西を見る。
ミレアが東を見る。
橋は。
二つの町をつなぐために造られた。
なのに。
その橋が壊れ始めてから。
二つの町も。
少しずつ離れていった。
リペが、ぽつりと言った。
「橋より先に」
「仲直りですか?」
修が少し笑う。
「そこまで単純じゃないけどな」
「では」
リペはしゃもじを掲げた。
「東西大話し合い大会です!」
「名前が軽い」
「第一回です!」
「二回目を前提にするな」
バルドが、ふっと笑った。
ミレアも。
ほんの少しだけ笑う。
百年間。
完全には直せなかった橋。
その中央で。
百年ぶりに。
東と西が。
同じ天秤を囲んだ。
第六の遺産。
星渡りの天秤。
その本当の修理は。
橋ではなく。
二つの町が。
もう一度。
同じ未来を考えるところから始まろうとしていた。




