第6話 直せないもの
朝。
「ご主人様!」
「おはよう。」
「今日は壊れていません!」
修は新聞代わりの掲示板から顔を上げる。
「……珍しいな。」
「昨日、三回も修理していただきましたから!」
「その言い方だと毎日壊れる前提なんだよ。」
リペは胸を張る。
「はい!」
「威張ることじゃない。」
二人が笑っていると、工房のベルが鳴った。
チリン。
入ってきたのは、十歳くらいの男の子だった。
両手で何かを抱えている。
木でできた、小さな笛。
半分に折れていた。
「お願いがあります。」
修は優しく微笑む。
「もちろん。」
「見せてもらえる?」
男の子は笛を差し出した。
修は両手で受け取る。
「さて。」
「どこが痛い?」
【対象:木製の笛】
【損傷率:51%】
【修理可能】
景色が流れ込む。
父親が木を削っている。
幼い息子が横で見ている。
『父さん、それ僕にも作れる?』
『いつか一緒に作ろうな。』
二人で笑う。
景色は変わる。
父親は病に倒れ、工房は閉じられる。
そして最後。
男の子が泣きながら笛を落とす。
パキッ。
景色が終わる。
修は静かに目を開いた。
「……お父さんの笛なんだね。」
男の子は驚いたように顔を上げる。
「うん。」
「形見なんだ。」
修は小さく頷く。
「直せるよ。」
男の子の表情が明るくなる。
「本当!?」
「でも、一つだけ聞いてもいい?」
「うん。」
「どうして折れたの?」
男の子は俯いた。
「……僕が。」
「喧嘩して。」
「投げちゃった。」
工房に静かな空気が流れる。
修は笛を見つめた。
「分かった。」
「少し待ってて。」
修はスキルを発動する。
「修理。」
優しい光が笛を包んだ。
折れた部分は元通りになる。
しかし。
頭の中に文字が浮かぶ。
【警告】
【持ち主の後悔が残っています】
【完全修理できません】
修は少し驚いた。
「……そういうことか。」
リペが覗き込む。
「直らないのですか?」
「いや。」
「笛は直った。」
「でも、この子の心はまだ直ってない。」
修は笛を男の子へ返した。
「はい。」
男の子は嬉しそうに受け取る。
でも、すぐに笑顔が曇った。
「……音が違う。」
修は静かに頷く。
「君はまだ、自分を許してないから。」
男の子は目を潤ませる。
「僕……。」
「父さんとの約束を壊しちゃった。」
修はゆっくりしゃがんだ。
「約束ってね。」
「壊れることもある。」
「でも。」
「謝ることはできる。」
「思い出すこともできる。」
「大切にすることもできる。」
「だから。」
「約束は、直せる。」
男の子は涙をぬぐう。
「……うん。」
「父さん、ごめん。」
その瞬間。
笛がふわりと光った。
【完全修理】
【想いを修復しました】
修は思わず笑う。
「なるほど。」
「物だけじゃないんだな。」
男の子は笛を吹く。
澄んだ音色が工房いっぱいに響いた。
「ありがとう!」
元気よく手を振って帰っていく。
リペは感動して目を潤ませる。
「ご主人様。」
「うん?」
「修理って、すごいですね。」
修は少し考えてから笑った。
「俺は物しか直せない。」
「でも。」
「最後に直したのは、あの子自身だよ。」
リペは大きく頷いた。
「では!」
「今日も一つ、笑顔が直りました!」
「そうだな。」
修が笑った、その時だった。
ゴトッ。
リペの左腕が床に落ちる。
「ご主人様。」
「なんだ?」
「感動すると、なぜか腕が取れます。」
「その仕様、本当にどうにかならないのか。」
修は苦笑しながら腕を拾う。
「修理。」
カチッ。
「ありがとうございます!」
工房には、今日も優しい笑い声が響いていた。
そして修は、今日初めて知る。
修理とは、壊れた物を元に戻すだけではない。
持ち主が前を向いた時、本当の修理が終わるのだと。




