第60話 売れないガラクタにも理由がある
翌朝。
異世界リペア工房。
その前には。
昨日と同じように。
小さな看板が立っていた。
『リペア市』
修理して。
もう一度使えるようになった物を。
安く売る。
始めたばかりの。
小さな市場。
そして。
その横。
いつの間にか。
もう一枚。
看板が増えていた。
『第五の遺産へ行くため!
大特価セール!』
「……」
修は看板を見る。
リペを見る。
もう一度。
看板を見る。
「リペ」
「はい!」
「これ書いた?」
「はい!」
「消そうか」
「なぜです!?」
「第五の遺産を宣伝しなくていいから」
「集客です!」
「伝説の遺産を客寄せに使わない」
リペが。
しょんぼりする。
「いい案だと思ったのに」
「あと」
修は看板の下を見る。
小さな文字。
『売上は冒険のおやつ代になります』
「これも消す」
「重要です!」
「重要じゃない」
「私には重要です!」
「自分で買って」
「お給料ください!」
「助手らしいことを言い始めたな……」
結局。
看板は。
『本日もリペア市やってます』
に書き直された。
朝から。
客が来た。
修理したランタン。
木の皿。
小さな棚。
古い水差し。
少しずつ。
新しい持ち主が決まっていく。
「これ」
「本当に銅貨三枚?」
若い男性が尋ねる。
「はい」
「中古なので」
「でも」
「ちゃんと使えます」
修は水差しを渡す。
男性が確認する。
「傷があるな」
「前の持ち主が使っていた跡です」
「消せないの?」
「消せますけど」
修は少し考える。
「使う分には問題ありません」
男性は傷を見る。
「……じゃあ」
「このままでいいや」
銅貨三枚。
「ありがとうございます」
また一つ。
壊れていた物が。
新しい持ち主へ渡った。
昼。
修は売上帳を見る。
「意外と売れるな」
ジークが横から覗く。
「だから言っただろ」
「需要はある」
「新品より安い」
「ちゃんと使える」
「それだけで買う人はいる」
修が頷く。
「なるほど」
「ようやく商売人らしくなってきたな」
「修理屋です」
「頑固だな」
リペが。
箱を抱えてやってくる。
「ご主人様!」
「売れ残りです!」
「言い方」
ドサッ。
台の上。
昨日から。
一つも売れていない物。
古い置物。
片方だけの靴。
欠けを直した花瓶。
古い眼鏡。
用途不明の黒い金属棒。
そして。
小さな。
木製の人形。
修は腕を組む。
「まあ」
「全部売れるわけじゃないよな」
ジークが一つずつ見る。
「置物は趣味が合わない」
「花瓶は地味」
「眼鏡は度が合う人じゃないと無理」
「片方だけの靴は……」
「なんで直した?」
修が答える。
「直せたので」
「商売人失格」
「修理屋なので」
「それ便利な言葉だな」
リペが黒い棒を持つ。
「これは?」
「そもそも何か分からない」
「剣です!」
「短すぎる」
「魔法の杖!」
「持つところない」
「伝説の棒!」
「説明を諦めたな」
ジークが言う。
「それは売れないだろ」
修も頷く。
「ですよね」
「じゃあ」
ジークが黒い棒を持ち上げる。
「捨てるか」
「……」
修が。
一瞬。
黙る。
ジークが笑う。
「冗談だ」
「その顔すると思った」
「やめてくださいよ」
「お前」
「本当に捨てるの嫌いなんだな」
修は。
売れ残った物を見る。
「使える物なら」
「もったいないじゃないですか」
「でも」
ジークは言う。
「誰にも必要とされなかったら?」
「……」
修は答えられない。
直した。
使える。
だから。
価値がある。
そう思っていた。
でも。
誰も使わないなら。
直した意味は。
あるのだろうか。
その時。
工房の外から。
「あー!」
子どもの声。
一人の少年が。
売れ残りの箱を指差した。
「これ!」
木製の人形。
腕が長い。
脚が短い。
顔は。
なんとも言えない。
笑っているのか。
怒っているのか。
分からない。
修理前は。
首が取れていた。
今は。
きちんと付いている。
少年が人形を持つ。
「変な顔!」
リペが覗く。
「私に似ています!」
修が見る。
人形。
リペ。
人形。
「……ちょっと似てる」
「仲間です!」
少年が笑う。
「これ欲しい!」
母親が困った顔をする。
「もっと可愛いのにしたら?」
「これがいい!」
「でも……」
「これ!」
少年は。
人形を離さない。
修が言う。
「銅貨一枚です」
母親が驚く。
「そんなに安くていいの?」
「はい」
「売れ残りなので」
ジークが修を見る。
「お前」
「正直すぎるぞ」
「事実ですから」
少年が。
銅貨一枚を修へ渡す。
「ありがとう!」
人形を抱えて。
走っていく。
「名前つける!」
リペが叫ぶ。
「リペ二号にしてください!」
修が止める。
「人の人形に勝手に名前つけない」
少年の声。
「リペ二号!」
「採用された!?」
リペが両手を上げる。
「弟ができました!」
「違うから」
また。
一つ。
売れた。
修は。
少し笑う。
「誰にも必要とされないと思ってても」
「分からないもんですね」
ジークが頷く。
「物の価値なんて」
「人によって違う」
「お前が直したぬいぐるみも」
「そうだったんじゃないか?」
修は。
エナの。
片耳のぬいぐるみを思い出す。
確かに。
他人から見れば。
古いぬいぐるみ。
でも。
エナにとっては。
何より大切だった。
「そうですね」
「だから商売は面白い」
ジークが言う。
「価値を決めるのは」
「売る側だけじゃない」
「買う人?」
「ああ」
ジークは。
売れ残りを見る。
「こいつらも」
「まだ」
「必要な相手に会ってないだけかもしれない」
修は。
その言葉を聞いて。
少し考える。
「必要な相手に……」
その時。
リペが。
片方だけの靴を持ち上げた。
「では!」
「この靴にも運命の人がいます!」
「片足だけ裸足の人?」
「はい!」
「限定的すぎる」
ジークが笑う。
「でも」
「絶対いないとは言えないぞ」
「いるんですか?」
「世の中は広い」
「商人やってると」
「想像もしない客に会う」
その言葉通り。
一時間後。
「片方だけ!?」
工房の前で。
一人の旅人が叫んだ。
「はい」
修も驚いていた。
旅人は。
右足に靴。
左足には。
布を巻いている。
「昨日」
「川を渡った時に」
「左の靴だけ流されたんだ!」
「本当にいた……」
リペが感動している。
旅人が売れ残りの靴を見る。
左足用。
大きさ。
「履いてみても?」
「どうぞ」
旅人が履く。
「……」
立つ。
歩く。
「ぴったりだ!」
修。
リペ。
ジーク。
三人が。
同時に。
「おお……」
旅人が笑う。
「いくら?」
修が答える。
「銅貨一枚で」
「助かった!」
銅貨一枚。
片方だけの靴も。
旅立っていった。
リペが。
ジークを見る。
「すごいです!」
「だろ?」
「商人は未来が見えるんですか!?」
「見えねえよ」
「では偶然です!」
「急に評価下げるな」
修は。
笑いながら。
売れ残りを見る。
残り。
花瓶。
眼鏡。
置物。
黒い棒。
「こいつらにも」
「いるのかな」
「必要な人」
ジークが答える。
「だから」
「売る場所が大事なんだ」
「場所?」
「ああ」
「この村だけじゃ」
「客は限られる」
「もっと大きな町へ持っていけば」
「欲しい人がいるかもしれない」
修が頷く。
「なるほど」
「旅しながら売るのもありだな」
「旅?」
リペの目が。
光る。
ジークが。
ニヤリとする。
「第五の遺産」
「西へ行くんだろ?」
修が。
嫌な予感のする顔になる。
「まさか」
「荷車に」
「売れ残りを積んでいけ」
「やっぱり」
「途中の町で売る」
「ついでに」
「壊れ物も仕入れる」
リペが叫ぶ。
「移動リペア市です!」
「旅の目的が変わってきてる!」
ジークが笑う。
「悪くないだろ」
修は。
少し考える。
第五の遺産。
音の森。
記憶樹のオルゴール。
そこへ向かう道中。
町もある。
村もある。
そこで。
壊れた物を直し。
別の場所へ持っていく。
必要な人へ。
つなぐ。
「……」
修は。
ノア修理記録を見る。
ノアは。
行商人だった。
旅をしながら。
物を売り。
壊れた物を直した。
もしかすると。
同じことを。
していたのかもしれない。
「やってみるか」
リペが飛び跳ねる。
「やったー!」
「ただし」
修が言う。
「荷物は最低限」
「はい!」
「食料も必要な分だけ」
「……はい」
「今、間があったな」
「ありません!」
「あと」
「爆ぜ茸は禁止」
「持ってません!」
「ならいい」
「お婆さんに貰いに行こうと思ってました!」
「先に言って正解だった!」
その日の夕方。
三日間のリペア市。
最後の時間。
修は。
残った物を箱へ入れていく。
花瓶。
眼鏡。
置物。
黒い棒。
「これは」
「旅に持っていこう」
リペが黒い棒を持ち上げる。
「伝説の棒も!」
「重くないからいいけど」
ジークが。
何となく。
その棒を受け取る。
「……」
「どうしました?」
修が尋ねる。
「いや」
ジークが。
棒の端を見る。
「これ」
「何か模様がないか?」
修が近づく。
黒い錆。
汚れ。
その下。
ほんの少し。
線が見える。
「磨いてみます」
布。
研磨剤。
少しずつ。
汚れを落とす。
すると。
現れた。
小さな。
歯車の紋章。
「……」
修。
リペ。
ジーク。
三人が黙る。
リペが言う。
「またですか?」
修も言う。
「まただな」
詳細鑑定。
【対象:不明金属部品】
表示が変わる。
【対象:音響機構用共鳴軸】
【損傷率:0%】
【製作者:ノア】
「ノア……」
そして。
【対応機構】
文字が。
ゆっくり浮かぶ。
【記憶樹のオルゴール】
「……」
修は。
額へ手を当てた。
ジークが。
笑いを堪えている。
「何です?」
「いや」
「お前のところ」
「本当に向こうから来るな」
「笑い事じゃないですよ」
リペが。
黒い棒――
共鳴軸を。
高く掲げる。
「第五の遺産の部品!」
「振り回さない!」
「無傷です!」
「今から壊す気か!」
慌てて。
修が取り上げる。
古い鍵。
そして。
共鳴軸。
どちらも。
村人が。
捨てようとしていた物。
もし。
リペア市を始めていなければ。
見つからなかった。
修は。
二つを並べる。
「売れないガラクタにも」
「理由があったのか」
ジークが首を振る。
「違うな」
「え?」
「売れなかったんじゃない」
ジークは言う。
「売っちゃいけなかったんだろ」
修は。
少し笑った。
「なるほど」
リペが胸を張る。
「私には分かっていました!」
「昨日、伝説の棒って言ってただけだろ」
「当たりました!」
「偶然ね」
「予言です!」
「はいはい」
夜。
リペア市の看板を。
工房の中へ片づける。
三日間。
壊れた物を直して。
売った。
大きな利益ではない。
それでも。
たくさんの物が。
新しい持ち主のところへ行った。
そして。
第五の遺産につながる。
二つの物まで。
工房へやってきた。
修は。
入口に。
新しい張り紙を貼る。
『リペア市』
『しばらくお休みします』
『修理依頼は帰宅後、順番に対応します』
その下。
リペが。
こっそり書く。
『第五の遺産を探してきます!』
修が。
無言で消す。
リペが。
また書く。
『冒険してきます!』
消す。
『お土産買ってきます!』
修の手が止まる。
「……」
リペが期待した目で見る。
「これは?」
「まあ」
修は苦笑する。
「いいか」
「やったー!」
翌朝。
工房の前。
荷車。
工具箱。
食料。
ノア修理記録。
古い鍵。
共鳴軸。
そして。
売れ残った。
少しの修理品。
修が。
工房の扉へ鍵をかける。
「よし」
リペが。
荷車の前に立つ。
「第五の遺産!」
「記憶樹のオルゴール!」
「出発です!」
修は。
西へ続く道を見る。
約四十二キロ先。
音の森。
第五の遺産。
でも。
今回は。
ただ遺産を探すだけの旅ではない。
直した物を。
必要な人へ。
届けながら進む旅。
アルドではなく。
その弟子。
ノアが歩いた道を。
追う旅。
修は。
荷車を押し始める。
「行こう」
「はい!」
ガラガラ。
車輪が回る。
工房が。
少しずつ遠くなる。
すると。
村の入口から。
声。
「修ー!」
昨日の老人が。
走ってくる。
「どうしました?」
「これ!」
老人が差し出す。
古い。
木のしゃもじ。
「壊れてないけど」
「持っていけ!」
「なんで!?」
「何かの遺産かもしれん!」
「何でも遺産にしないでください!」
リペが受け取る。
「預かります!」
「預からなくていい!」
「第六の遺産です!」
「しゃもじで!?」
旅立って。
まだ。
村から出てもいない。
修は。
早くも思った。
今回も。
寄り道の多い旅に。
なりそうだった。




