第58話 勇者の剣、修理代は銅貨二枚
夜の工房。
修の作業台には。
真っ二つになった木剣が置かれていた。
【対象:木剣】
【損傷率:52%】
【刀身中央部破断】
【修理可能】
持ってきた少年は。
椅子に座り。
心配そうに木剣を見ている。
「直る?」
「直るよ」
修が答える。
「本当!?」
「ああ」
少年の顔が明るくなる。
リペが木剣を覗き込む。
「真っ二つです!」
「見れば分かる」
「大怪我です!」
「木剣だから」
「緊急手術です!」
「修理な」
修は木剣を手に取る。
断面を見る。
綺麗に折れている。
「どうやったら」
「こんな折れ方するんだ?」
少年が。
少し気まずそうに答える。
「ドラゴンと戦った」
「……」
修は少年を見る。
「ドラゴン?」
「うん」
リペが目を輝かせる。
「ドラゴン!」
「どこです!?」
「村の裏」
「近いです!」
修が止める。
「待て待て」
「この村の裏にドラゴンなんていないだろ」
少年が答える。
「いたよ」
「大きかった?」
「すごく大きい」
「火を吐いた?」
「吐いた」
リペが立ち上がる。
「大事件です!」
「落ち着け」
修は少年を見る。
「どんなドラゴン?」
少年は両手を広げる。
「これくらい」
「小さいな」
「赤かった」
「うん」
「角は?」
「二本」
「翼は?」
「ない」
「……」
修は考える。
村の裏。
赤い。
角が二本。
翼なし。
火を吐く。
「それ」
「ガインさんの家の赤角ヤギじゃない?」
少年が黙った。
「……」
「ヤギだよね?」
「ドラゴン」
「ヤギだよ」
「ドラゴン!」
「分かった分かった」
修は苦笑する。
「今日はドラゴンってことにしよう」
リペが手を挙げる。
「火はどうしたんです?」
少年が答える。
「焚き火の前にいた」
「ドラゴン関係ないじゃん」
「火を背負ってた!」
「見え方の問題だった!」
少年は頬を膨らませる。
「でも強かったんだぞ」
「木剣折られた」
修は折れた木剣を見る。
「ヤギに?」
「ドラゴンに!」
「はいはい」
少年は。
作業台の木剣を見つめる。
そして。
少し小さな声になる。
「これ」
「父ちゃんが作ってくれたんだ」
修の手が止まる。
「お父さんが?」
「うん」
「誕生日に」
少年は木剣の柄を指す。
そこには。
少し歪んだ文字が彫られていた。
『勇者ロイ』
「ロイって」
「君の名前?」
「うん」
「父ちゃんが」
「俺は勇者だからって」
「作ってくれた」
修は。
木剣をもう一度見る。
形は。
正直。
それほど良くない。
左右で厚みが違う。
柄も少し曲がっている。
刃に見立てた部分も。
ガタガタ。
でも。
丁寧に削ってある。
何度も。
何度も。
紙やすりをかけた跡。
修は。
昨日見た。
銀の髪飾りを思い出した。
アルドの弟子。
ノア。
技術は未熟。
完成度も低い。
それでも。
大切な人を喜ばせるために。
二十三日かけて作った髪飾り。
「似てるな」
「何が?」
「いや」
修は笑う。
「こっちの話」
ロイが尋ねる。
「前みたいに直る?」
修は木剣を見る。
「前みたいに」
その言葉が。
少し引っかかった。
修理方法はいくつかある。
一番簡単なのは。
折れた部分を削り。
短い木剣として作り直すこと。
強度を考えるなら。
刀身を丸ごと新しい木材へ交換すること。
でも。
それでは。
父親が作った部分が減ってしまう。
修はロイを見る。
「ちょっと聞いていい?」
「なに?」
「新しい剣にする?」
ロイが固まる。
「新しい?」
「もっと強い木で」
「もっと真っ直ぐで」
「もっと格好いい剣を作れる」
リペが興奮する。
「伝説の剣です!」
「そこまでは言ってない」
「光りますか!?」
「光らせない」
「炎は!?」
「出さない」
「ドラゴンに勝てません!」
「そもそもヤギだから」
ロイは。
少し考えた。
そして。
首を横に振る。
「これがいい」
「そっか」
「父ちゃんが作ったから」
修は頷いた。
「分かった」
工具箱を開く。
「じゃあ」
「この剣を直そう」
「うん!」
まず。
折れた部分を合わせる。
ズレを確認。
内部に細い補強材を入れる。
接着。
固定。
ただし。
それだけでは。
また同じ場所から折れる可能性がある。
修は細い革紐を取り出した。
折れた部分へ。
丁寧に巻いていく。
ロイが不安そうに見る。
「跡」
「残る?」
「ああ」
「消せない?」
修は手を止める。
「消すこともできる」
「じゃあ――」
「でも」
修は木剣を見せる。
「この革を巻いた方が」
「前より丈夫になる」
ロイが見る。
折れた場所。
そこを守るように巻かれた革。
「前より?」
「ああ」
「折れたから」
「弱くなるとは限らない」
修は革紐を締める。
「壊れた場所が分かれば」
「そこを強くできる」
ロイは。
じっと木剣を見る。
「じゃあ」
「傷じゃない?」
修は少し考える。
「傷でもある」
「でも」
「直した跡でもある」
「……」
「どっちも」
「この剣の歴史だよ」
ロイは。
少しだけ。
嬉しそうに笑った。
「じゃあ残す」
「了解」
カン。
トントン。
キュッ。
修理が進む。
リペが横で見守る。
「私にも」
「修理した跡がいっぱいあります!」
「お前は多すぎる」
「歴史です!」
「現在進行形で増やさないでね」
「努力します!」
「努力しないと増えるんだ……」
最後に。
修は柄を確認する。
『勇者ロイ』
文字が。
少し薄くなっている。
「ここも直す?」
ロイが見る。
「文字?」
「ああ」
「彫り直せる」
ロイは首を横に振った。
「そこはそのまま」
「いいの?」
「父ちゃんの字だから」
修は笑った。
「分かった」
しばらくして。
【修理完了】
【損傷率:0%】
修は木剣を持ち上げる。
「完成」
ロイが立ち上がる。
「おお!」
木剣を受け取る。
ブン。
「うわっ」
修が避ける。
「工房の中で振らない!」
「ごめん!」
ロイは木剣を見る。
折れた場所には。
革の補強。
以前とは。
少し姿が違う。
でも。
間違いなく。
父親が作った木剣。
「格好いい!」
ロイが笑う。
「前より勇者っぽい!」
リペが頷く。
「歴戦の勇者です!」
「れきせん?」
「いっぱい戦った人です!」
「じゃあ俺、歴戦!」
「ヤギ一匹だけどな」
「ドラゴン!」
「まだ言うの?」
ロイは財布を取り出した。
小さな布袋。
中を見る。
銅貨。
数枚。
「いくら?」
修は少し考える。
材料。
手間。
夜間。
本来なら。
もう少しもらっていい。
でも。
少年が自分で持ってきた金だ。
「銅貨二枚」
「二枚?」
「ああ」
ロイは。
嬉しそうに銅貨二枚を置いた。
「ありがとう!」
「どういたしまして」
ロイは木剣を腰へ差す。
そして。
工房の扉へ向かう。
「じゃあ」
「ドラゴン倒してくる!」
「待て」
修が呼び止める。
「何?」
「ガインさんのヤギには」
「もう挑むな」
「ドラゴン!」
「ドラゴンでも挑むな!」
「勇者なのに?」
「勇者は」
修は考える。
「戦わなくていい相手とは」
「戦わないんだよ」
ロイが目を丸くする。
「そうなの?」
「たぶん」
「ご主人様」
リペが言う。
「勇者になったことあるんですか?」
「ない」
「では分かりません!」
「うるさい」
ロイは。
少し考える。
「じゃあ」
「友達になる」
「ヤギと?」
「ドラゴンと!」
「まあ」
修は笑う。
「それならいいか」
「うん!」
扉が開く。
ロイは夜道へ飛び出した。
「ありがとう、修兄ちゃん!」
「転ぶなよー!」
「大丈夫!」
直後。
ドテッ。
「転んだ!」
「大丈夫ー!」
声だけ聞こえる。
修は苦笑する。
扉を閉めた。
工房が。
静かになる。
リペが。
作業台の銅貨二枚を見る。
「ご主人様」
「なんだ?」
「安くないですか?」
「まあな」
「商売人失格です!」
「ジークみたいなこと言うな」
修は銅貨を拾う。
「でも」
「これでいいんだよ」
「なぜです?」
「ロイが」
「自分で払ったから」
修は銅貨を見る。
子どもにとって。
銅貨二枚。
きっと。
軽い金額ではない。
「自分の大切な物を」
「自分のお金で直した」
「その方が」
「大事にするだろ」
リペは。
しばらく考える。
「なるほど」
そして。
自分の右腕を見る。
「では」
「私も自分の修理代を払います!」
「いいよ」
「なぜです!?」
「毎回請求したら」
「お前、借金まみれになるぞ」
リペが固まる。
「……」
ゆっくり。
右腕を両手で抱える。
「絶対に壊しません」
「急に大事にし始めた」
翌朝。
修が工房を開ける。
すると。
外が騒がしい。
「いけー!」
「負けるなー!」
子どもたちの声。
修とリペが外へ出る。
村の広場。
ロイがいる。
腰には。
修理した木剣。
その向かい。
赤角ヤギ。
「……」
修は嫌な予感がした。
「ロイー!」
「修兄ちゃん!」
「戦うなって言っただろ!」
「戦ってないよ!」
ロイが手に持っているものを見せる。
草。
赤角ヤギが。
ムシャムシャ食べている。
「友達になった!」
「本当にやったんだ……」
リペが感動する。
「勇者です!」
「そうなのか?」
ロイが赤角ヤギの首を撫でる。
「こいつ」
「バルガって名前!」
遠くから。
ガインの声。
「そいつの名前はポチだー!」
「バルガ!」
「ポチだ!」
「ドラゴンだからバルガ!」
「うちのヤギだ!」
村中に。
笑い声が響く。
修も笑った。
戦わなくていい相手とは。
戦わない。
それで。
友達になれるなら。
剣は。
腰に差したままでいい。
その日の昼。
工房。
修は。
ノア修理記録を読んでいた。
リペは。
隣で昼寝している。
「……」
ページをめくる。
ノアが旅先で直した物。
荷車。
靴。
鍋。
玩具。
農具。
時計。
どれも。
大きな仕事ではない。
そして。
ほとんどの修理に。
金額が書かれていない。
代わりに。
変な記録が残っている。
『荷車の車輪』
『修理代:リンゴ三個』
次。
『宿屋の扉』
『修理代:夕食』
次。
『子どもの木馬』
『修理代:笑顔』
修は吹き出した。
「商売下手だな」
「呼んだか?」
「うわっ!」
いつの間にか。
ジークが入口に立っていた。
「いつ来たんです?」
「今だ」
ジークは手帳を覗く。
「なんだこれ」
「修理代、笑顔?」
「ノアの記録です」
ジークは頭を抱える。
「行商人として失格だ」
「昨日も言ってましたね」
「俺なら銀貨取る」
「子どもの木馬で?」
「……銅貨」
「下がった」
リペが目を覚ます。
「ジークさん!」
「おう」
「ご主人様も昨日」
「修理代銅貨二枚でした!」
ジークが修を見る。
「お前」
「ノアに影響されるの早すぎないか?」
「偶然です!」
「危ないな」
「何がです?」
「このままだと」
ジークは真剣な顔で言う。
「異世界リペア工房が潰れる」
「縁起でもないこと言わないでください」
「商売を教えてやろうか?」
「必要になったらお願いします」
「もう必要だ」
「まだ大丈夫です!」
その時。
コンコン。
扉。
「どうぞ」
入ってきたのは。
一人の女性。
手には。
大きな籠。
「修さん」
「これ」
「見てもらえますか?」
籠を置く。
中には。
壊れた物が。
ぎっしり。
スプーン。
皿。
小さな置物。
古い鍵。
壊れた眼鏡。
そして。
一番下には。
木製の小さな箱。
修が尋ねる。
「全部修理ですか?」
女性は首を振る。
「いいえ」
「捨てようと思っていた物です」
「え?」
「ジークさんから聞きました」
女性は笑う。
「壊れた物を」
「修さんが直して」
「必要な人に売るって」
修とジークが顔を見合わせる。
「まだ」
「その話」
「決めてませんよね?」
「俺は広めてないぞ」
リペが。
目を逸らす。
「……」
修が見る。
「リペ?」
「はい?」
「何か知ってる?」
「昨日」
「村のみんなに」
「壊れた物募集中です!」
「と言いました!」
「張り紙だけじゃなかったの!?」
「宣伝しました!」
ジークが。
大笑いする。
「いい助手じゃねえか!」
「勝手に新事業始められたんですけど!」
女性が尋ねる。
「駄目でした?」
修は。
籠を見る。
捨てられるはずだった物。
まだ。
直せるかもしれない物。
誰かに。
必要とされるかもしれない物。
ノア修理記録。
『売る物がなくても』
『困ってる人がいたら』
『手はあるだろ』
修は。
少し考える。
「……いえ」
そして。
笑った。
「預かります」
「本当?」
「はい」
ジークがニヤリとする。
「決まりだな」
「何がです?」
「壊れ物の買取」
「まだそこまで言ってません」
「修理して売るんだろ?」
「試しにです!」
「同じだ」
リペが手を挙げる。
「店名を決めましょう!」
「ここ異世界リペア工房だから」
「では!」
リペは考える。
そして。
叫んだ。
「ガラクタ王国!」
「却下」
「早いです!」
「工房の名前が消えてる」
「ガラクタリペア王国!」
「王国から離れて」
ジークが笑う。
「面白くなってきたな」
修はため息をつく。
第五の遺産へ向かう前に。
少しだけ。
工房で普通の修理をする。
そのつもりだった。
なのに。
気づけば。
壊れた物が。
次々と。
工房へ集まり始めている。
修は。
籠の中から。
古い鍵を手に取った。
「さて」
「どこが痛い?」
【対象:古い鍵】
【損傷率:8%】
【修理可能】
さらに。
【対応する錠前:不明】
修は。
鍵を見る。
「……」
リペが覗く。
「どうしました?」
「いや」
「鍵だけ直しても」
「何を開ける鍵なのか分からないなって」
ジークが笑う。
「いいじゃねえか」
「そのうち」
「鍵の方から」
「開ける物が来るかもしれないぞ」
修は。
工具箱を見る。
ノアの工具箱も。
向こうから。
工房へやってきた。
「……それもそうか」
修は。
古い鍵を。
『修理待ち』
と書かれた箱へ入れた。
まだ。
誰も知らない。
この小さな鍵が。
第五の遺産へ向かう旅で。
思いもよらない物を。
開けることになるなんて。
この時の修は。
知るはずもなかった。




