第55話 壊れたものを売る店
カン。
カン。
カン。
工房に、小気味よい音が響く。
修は鉄鍋の底にできた亀裂を塞いでいた。
フロストベルから帰ってきた翌朝。
久しぶりの仕事は――
普通の鉄鍋。
【対象:鉄鍋】
【損傷率:23%】
【底部亀裂】
【修理可能】
「……うん」
修は思わず笑った。
「落ち着くな」
隣でリペが首をかしげる。
「ご主人様」
「なんだ?」
「昨日まで町を直していた人の発言とは思えません」
「だからこそだよ」
カン。
カン。
「町は大きすぎる」
「鍋はちょうどいい」
「なるほど!」
リペは納得した。
そして。
「では私もちょうどいいですね!」
修はリペを見る。
「何が?」
「修理する大きさです!」
「壊れる前提なの?」
「はい!」
「そこは否定してほしかったな」
しばらくして。
修は鍋を水で満たした。
漏れなし。
「よし」
持ち主の村人へ渡す。
「直りました」
「おお!」
男は底を見る。
「本当に穴がない!」
「これならまだ使えます」
「助かったよ」
男は修理代を置く。
そして。
鍋を抱えて帰っていった。
修はその背中を見送る。
「こういうのでいいんだよな」
リペが尋ねる。
「何がです?」
「修理屋」
「壊れた鍋が来て」
「直して」
「持ち主が帰る」
「平和です!」
「ああ」
コンコン。
扉が鳴った。
「どうぞ」
開いた。
そこには。
見知らぬ男が立っていた。
「異世界リペア工房は、ここか?」
「はい」
男は三十代くらい。
旅装。
背中には大きな袋。
しかし。
修理を頼みに来たようには見えない。
「修ってのは?」
「私です」
男は修を上から下まで見る。
「……若いな」
「よく言われます」
「王国公認修理師って聞いたが」
「一応」
「第四の遺産も?」
修の表情が少し変わる。
「どこでそれを?」
男は笑った。
「商人の情報網を舐めちゃいけない」
そして。
右手を差し出す。
「俺はジーク」
「行商人だ」
修も握手する。
「修です」
「こっちは助手のリペ」
「よろしくお願いします!」
リペも手を差し出す。
ジークが握る。
ポロッ。
リペの手が外れた。
「……」
ジークが固まる。
手には。
リペの右手。
「……取れたぞ?」
リペが笑う。
「よくあります!」
「よくあっていいのか?」
修が手を受け取る。
「気にしないでください」
「気になるよ」
修はリペの手を取り付ける。
「それで」
「修理依頼ですか?」
「いや」
ジークは首を振った。
「今日は」
「商談だ」
「商談?」
男は背負っていた袋を床へ置く。
ドサッ。
かなり重い。
紐を解く。
中から出てきたのは――
壊れた物。
欠けた皿。
錆びたランタン。
柄の折れたナイフ。
片方だけの靴。
壊れたオルゴール。
針のない時計。
「……」
修は黙る。
リペが目を輝かせる。
「宝物です!」
ジークが笑う。
「そう言うと思った」
修はリペを見る。
「普通はゴミって言うところだよ」
「ご主人様の工房では宝物です!」
「まあ」
修は袋を見る。
「間違ってはいないけど」
ジークが壊れたランタンを持つ。
「こういう物を」
「安く仕入れてる」
「仕入れる?」
「ああ」
「普通なら捨てられる物だ」
「市場で売っても銅貨数枚」
「物によっちゃタダでもらえる」
修はランタンを見る。
「それを私に?」
「買わないか?」
修は少し考える。
「壊れた物を?」
「そうだ」
ジークはニヤリとする。
「お前が直して」
「俺が売る」
「……」
修は黙った。
リペが手を挙げる。
「商売です!」
「そういうことだ」
ジークが頷く。
「壊れて価値がなくなった物を安く買う」
「修が直す」
「また売る」
「利益は分ける」
修は袋を見る。
確かに。
理屈としては成立する。
ジークが言う。
「例えばこれ」
古いランタン。
「仕入れは銅貨三枚」
「直れば銀貨一枚以上になる」
「こっちは?」
オルゴール。
「銅貨五枚」
「動けば銀貨三枚は狙える」
「時計は?」
「状態次第だが」
「金貨まで行く可能性もある」
リペの目が輝く。
「ご主人様!」
「お金持ちになれます!」
「まだ何も決まってないよ」
修はオルゴールを手に取る。
「さて」
「どこが痛い?」
【対象:小型オルゴール】
【損傷率:48%】
【主ゼンマイ破損】
【音筒位置ずれ】
【修理可能】
「直せる」
ジークが笑う。
「やっぱりな」
次。
ランタン。
【損傷率:34%】
【魔力導線断裂】
【修理可能】
「これも」
次。
時計。
【損傷率:81%】
【複数部品欠損】
【修理可能】
「これも……いける」
ジークの笑みが大きくなる。
「どうだ?」
修は腕を組む。
悪くない話。
工房には。
依頼が来ない日もある。
そんな時。
仕入れた壊れ物を直して売れば。
収入になる。
それに。
捨てられるはずだった物が。
もう一度使われる。
修の考えにも合っている。
しかし。
「一つ条件があります」
「何だ?」
「何でも買ってこないでください」
ジークが首をかしげる。
「何でも?」
修は時計を持ち上げる。
「直しても」
「誰も使わない物があります」
「売れない物?」
「それもあります」
修は少し考える。
「でも」
「もっと大事なのは」
「直す意味があるかどうか」
ジークは黙って聞く。
「壊れた物を安く買って」
「直して高く売る」
「それだけになったら」
修は首を振る。
「たぶん」
「私は楽しくない」
ジークは修を見つめる。
そして。
笑った。
「なるほど」
「噂通りだな」
「どんな噂です?」
「変な修理屋」
「それ悪口ですよね?」
「褒めてる」
「ならいいですけど」
ジークは袋から。
最後の一つを取り出した。
「じゃあ」
「これはどうだ?」
小さな木箱。
かなり古い。
傷だらけ。
蓋には。
花の彫刻。
修が開ける。
中には。
壊れた髪飾りが入っていた。
銀色。
青い石。
留め具が折れている。
「これ」
「どこで?」
「廃品市」
「銅貨一枚だった」
修が触れる。
【対象:銀製髪飾り】
【損傷率:41%】
【留め具破損】
【装飾石固定部劣化】
【修理可能】
そして。
もう一つ。
【製作年:約68年前】
さらに。
【刻印あり】
「刻印?」
修は髪飾りを裏返す。
小さな文字。
『エレナへ』
その下。
『また春に』
「……」
修の表情が変わった。
リペも覗き込む。
「誰かへの贈り物ですね」
「ああ」
ジークが言う。
「だから持ってきた」
「え?」
「お前なら」
「値段より」
「そっちを見ると思ってな」
修はジークを見る。
男は少し照れくさそうに鼻を掻いた。
「商人にも」
「たまには勘ってものがある」
修は髪飾りを見る。
六十八年前。
エレナ。
また春に。
誰が。
誰へ。
何のために。
渡したものなのか。
そして。
なぜ。
廃品市にあったのか。
リペが尋ねる。
「直しますか?」
修は答える。
「もちろん」
工具箱を開く。
「でも」
「直したら」
髪飾りを見る。
「持ち主を探してみよう」
ジークが驚く。
「売らないのか?」
「持ち主が見つからなかったら」
「その時考えます」
ジークは。
一瞬黙って。
大笑いした。
「やっぱり商売人には向いてねえな!」
修も笑う。
「よく言われます」
「俺は初めて言ったぞ」
「これから言われそうなので」
リペが手を挙げる。
「私は商売人に向いています!」
「なんで?」
「いっぱい買って!」
「いっぱい売ります!」
「利益の話が抜けてる」
「……」
リペが考える。
「向いてませんでした!」
「気づくの早いな」
その日の午後。
修は。
銀の髪飾りを直した。
折れた留め具。
石の固定。
細かな傷。
ただし。
磨きすぎない。
六十八年。
誰かと一緒に過ごした時間まで。
消してしまわないように。
最後に。
柔らかな布で拭く。
「よし」
【修理完了】
【損傷率:0%】
青い石が。
工房の窓から入る光を受け。
小さく輝いた。
リペが言う。
「綺麗です」
「ああ」
修は裏側を見る。
『エレナへ』
『また春に』
「さて」
「今度は」
修は工具箱を閉じた。
「人探しか」
翌朝。
工房の扉に。
新しい紙が貼られた。
『人を探しています』
その下。
髪飾りの絵。
『エレナさんをご存じの方は、異世界リペア工房まで』
さらに。
リペが勝手に一行追加した。
『壊れた物も募集中です!』
修が見る。
「……まあ」
「これはいいか」
リペが胸を張る。
「商売です!」
「ちょっと覚えたな」
その時。
一人の老婆が。
張り紙の前で。
足を止めた。
髪飾りの絵を見る。
「……」
手が。
震えている。
そして。
工房の扉を。
ゆっくり開いた。
「すみません」
修が顔を上げる。
「はい」
老婆は。
震える声で尋ねた。
「この髪飾りを」
「どこで?」
修は。
老婆を見る。
「もしかして」
「エレナさんですか?」
老婆は。
ゆっくり。
首を横に振った。
「いいえ」
そして。
涙を浮かべながら。
答えた。
「エレナは」
「私の母です」
六十八年前に壊れた。
小さな髪飾り。
次に直すことになったのは。
その物ではなく。
そこに残された。
一つの約束だった。




