第54話 帰るまでが出張です
翌朝。
フロストベルの宿。
修は荷物をまとめていた。
工具箱。
着替え。
アルド修理手帳。
そして。
第四巻。
「よし」
荷物を背負う。
「忘れ物なし」
その時。
部屋の外から声がした。
「ご主人様ー!」
「嫌な予感がする」
扉を開ける。
そこには。
巨大な雪玉を抱えたリペが立っていた。
「持って帰ります!」
「何を?」
「雪です!」
「見れば分かる」
「村のみんなへのお土産です!」
修は雪玉を見る。
直径一メートルほど。
「着く前に溶けるよ」
「えっ」
リペが固まる。
「雪って溶けるんですか?」
「今さら!?」
「この町ではずっとありました!」
「暖かいところに持っていったら溶けるよ」
リペは雪玉を見る。
「……」
そして。
そっと床へ置いた。
「お別れです」
「そんな悲しい話じゃないよ」
リペは雪玉を撫でる。
「元気で」
「数時間後には水だよ」
宿を出る。
町の入口には。
大勢の人が集まっていた。
町長。
セラ。
農家。
大工。
配管職人。
魔道具屋。
猟師。
そして。
爆ぜ茸の老婆。
「……」
修は老婆の籠を見る。
紫色。
「それ」
「餞別じゃないですよね?」
老婆が笑う。
「欲しいかい?」
「いりません」
「遠慮するな」
「遠慮じゃありません」
リペが手を挙げる。
「私は欲しいです!」
「絶対駄目」
「なぜです!?」
「帰り道で爆発したくないから」
町長が前へ出る。
「世話になったな」
「こちらこそ」
修は頭を下げる。
「色々勉強になりました」
町長が笑う。
「修理屋に町を直してもらうとは思わなかった」
「私もです」
「しかも」
町長は止まった氷時計を見る。
「時計は直さんかった」
修も見る。
十二時。
もう動かない。
「直す必要がありませんでしたから」
「ああ」
町長は頷いた。
「それが分かる修理屋が来てくれて」
「よかった」
セラが一冊の薄い冊子を差し出した。
「これを」
「何です?」
表紙。
『フロストベル冬季生活計画』
修が昨日見たものだった。
しかし。
下に文字が追加されている。
『第一版』
修は笑う。
「第一版?」
セラも笑う。
「毎年、直していきます」
「問題が見つかったら」
「書き換える」
「新しい方法が見つかったら」
「追加する」
修は冊子を見る。
「いいですね」
「完成させないんですか?」
セラは首を振る。
「町も」
「修理し続けるものなんでしょう?」
修は少し驚いて。
そして笑った。
「その通りです」
リペが手を挙げる。
「では!」
「私の取扱説明書も第一版にしましょう!」
修が答える。
「お前の場合は百巻くらい必要になる」
「大作です!」
「喜ぶところじゃない」
別れの時間。
子どもたちがリペへ駆け寄る。
「リペー!」
「また雪だるま作ろう!」
「はい!」
「次は百体!」
「作りましょう!」
修が止める。
「町の邪魔にならない範囲でね」
子どもが尋ねる。
「修も来る?」
「もちろん」
「次はもっと大きいの作ろう!」
「俺も参加確定なの?」
そして。
二人は町を出た。
少し歩いたところで。
リペが振り返る。
「ご主人様」
「なんだ?」
「氷時計」
「見えます」
修も振り返る。
白銀の町。
その中央。
青白く輝く時計塔。
もう動かない。
でも。
朝日に照らされ。
昨日までと同じように。
町を見守っている。
修は小さく頭を下げた。
「じゃあな」
二人は歩き始めた。
帰り道。
一日目。
「すみませーん!」
街道沿い。
荷馬車の横で。
商人が手を振っている。
修が近づく。
「どうしました?」
「車輪が外れた!」
「見せてください」
【対象:荷馬車】
【損傷率:19%】
【車軸固定具破損】
修は工具箱を開く。
「これならすぐです」
リペが胸を張る。
「ご主人様は町も直せます!」
商人が驚く。
「町?」
修が止める。
「説明すると長いので」
「すごいです!」
「リペ」
「はい?」
「手伝って」
「はい!」
三十分後。
荷馬車は再び走り出した。
商人が手を振る。
「助かった!」
「気をつけて!」
修も手を振る。
リペが言う。
「普通の修理でしたね」
「ああ」
「なんだか懐かしいです」
「数日前まで普通にやってただろ」
二日目。
小さな村。
「井戸の蓋?」
村人が頷く。
「開かなくなったんだ」
修が見る。
【対象:井戸蓋】
【損傷率:4%】
【凍結】
「壊れてないですね」
「じゃあ直せない?」
「いえ」
修は笑う。
「温めれば大丈夫です」
お湯。
布。
少しずつ。
氷を溶かす。
ギィィ。
蓋が開く。
「おお!」
村人が喜ぶ。
リペが修を見る。
「ご主人様」
「なんだ?」
「直してませんね」
「そうだな」
「でも直りました」
修は少し考える。
「そういうこともある」
三日目。
森。
「ご主人様」
「なんだ?」
「道がありません」
「あるよ」
「雪で見えません!」
「地図を見る」
「地図も白いです!」
「それは雪が乗ってるだけ!」
修が地図の雪を払う。
その時。
カサッ。
茂み。
二人が止まる。
「……」
「……」
カサカサ。
リペが修の後ろへ隠れる。
「何かいます」
「たぶん動物」
茂みから。
小さな。
白い生き物。
「……ウサギ?」
リペが目を輝かせる。
「かわいいです!」
近づく。
ウサギは逃げない。
よく見ると。
後ろ足に。
細い枝が絡まっている。
「動けないのか」
修がしゃがむ。
ゆっくり。
枝を外す。
ウサギは。
少しだけ修を見る。
そして。
雪の中へ走っていった。
リペが尋ねる。
「今のも修理ですか?」
修は笑う。
「違うだろ」
「でも」
「動けるようになりました」
修は少し考える。
「……じゃあ」
「修理ってことにするか」
「はい!」
四日目。
雪が少なくなった。
五日目。
地面が見え始める。
六日目。
リペが言った。
「ご主人様」
「なんだ?」
「暑いです」
「まだ寒いよ」
「フロストベル仕様なので!」
防寒着。
何枚も着ている。
「脱げば?」
「なるほど!」
ゴソゴソ。
一枚。
二枚。
三枚。
四枚。
五枚。
修が見る。
「何枚着てたの?」
「分かりません!」
「よく動けたな」
そして。
七日目。
夕方。
丘を越える。
見慣れた景色。
畑。
森。
川。
そして。
遠く。
時計台。
修が足を止めた。
「……帰ってきた」
リペが飛び跳ねる。
「村です!」
二人は歩く。
少しずつ。
家が見える。
工房。
煙突。
看板。
『異世界リペア工房』
修は自然と歩く速度が速くなった。
「ご主人様」
「なんだ?」
「走りますか?」
修は少し笑う。
「いや」
「ゆっくり帰ろう」
アルドの言葉。
『急がなくていい。寄り道こそ、旅の宝物だから。』
もう。
急ぐ理由はない。
二人は。
ゆっくり。
村へ入った。
しかし。
妙に静かだった。
「……?」
修が周囲を見る。
人がいない。
店にも。
道にも。
「ご主人様」
「誰もいません」
「どうしたんだ?」
嫌な予感。
工房へ向かう。
扉。
閉まっている。
修が手を伸ばす。
その瞬間。
バン!
扉が開いた。
「おかえりー!!」
「うわっ!」
工房の中から。
大量の人。
村長。
鍛冶屋。
パン屋。
子どもたち。
以前修理した物の持ち主たち。
みんな。
集まっていた。
「おかえり、修!」
「リペも!」
「遅かったな!」
「寒かっただろ!」
「飯できてるぞ!」
リペが目を丸くする。
「ご主人様」
「……ああ」
修も。
少しだけ驚いていた。
机には料理。
壁には。
大きな紙。
『おかえりなさい』
子どもたちが書いたらしい。
文字が少し曲がっている。
リペが叫ぶ。
「ただいまです!」
歓声。
修は。
工房を見る。
久しぶりの。
自分の工具。
作業台。
椅子。
窓。
全部。
出発した時と同じ。
村長が修の肩を叩く。
「どうだった?」
「長い話になりますよ」
「いいじゃないか」
パン屋が言う。
「飯を食いながら聞こう」
鍛冶屋も笑う。
「今回は何を直したんだ?」
修は少し考える。
「時計を」
言いかけて。
止まる。
「いや」
笑った。
「町を直してきました」
全員が黙る。
「……町?」
「はい」
鍛冶屋が酒を置く。
「また話がでかくなったな」
笑い声。
修も笑う。
そして。
工房の椅子へ座った。
「ああ……」
思わず声が出る。
リペが尋ねる。
「どうしました?」
「落ち着く」
自分の工房。
自分の椅子。
いつもの村。
修は第四巻を机へ置く。
第一巻。
第二巻。
第三巻。
そして。
第四巻。
四冊が並ぶ。
アルドは書いていた。
『私は、帰る場所を直す職人でありたい。』
修は。
その意味が。
少しだけ。
分かった気がした。
帰る場所を直す。
それは。
建物を直すことだけじゃない。
誰かが。
帰ってきた時。
「おかえり」
そう言ってもらえる場所を。
残すこと。
そして。
自分にも。
そんな場所がある。
修は。
工房に集まった人たちを見る。
リペが。
料理を大量に皿へ取っている。
「リペ」
「はい?」
「取りすぎ」
「七日歩きました!」
「俺もだよ」
「では半分あげます!」
「最初から半分にして」
笑い声。
その夜。
異世界リペア工房の明かりは。
いつもより。
少し遅くまで。
灯っていた。
そして翌朝。
コンコン。
工房の扉が鳴る。
修は。
いつもの作業台へ座っている。
「どうぞ」
扉が開く。
村人が。
壊れた鍋を抱えて立っていた。
「修」
「これ」
「直せるか?」
修は鍋を見る。
少し笑う。
「見せてください」
手を添える。
「さて」
いつもの言葉。
「どこが痛い?」
【対象:鉄鍋】
【損傷率:23%】
【底部亀裂】
【修理可能】
修は工具箱を開いた。
町を直しても。
伝説の遺産を継いでも。
帰ってくれば。
また。
鍋から始まる。
それでいい。
ここが。
修の。
帰る場所なのだから。




