第52話 最後の四パーセント
翌朝。
フロストベル北側の山。
「全員、離れてくださーい!」
修の声が雪山に響いた。
斜面の下には、大工。
猟師。
鉱山職人。
魔道具屋。
セラ。
そして。
大量の爆ぜ茸を抱えた老婆。
「……」
修は老婆を見る。
「それ、全部使いませんよ?」
「分かってるよ」
「本当に?」
「たぶん」
「その『たぶん』やめません?」
老婆はケラケラ笑った。
斜面の中腹。
昨日作った魔道具が設置されている。
正式名称。
『小型遠隔衝撃式積雪除去器』
リペ命名。
『爆ぜ茸スーパー雪山ドカーン一号』
当然。
正式名称は前者である。
「長いです!」
「ドカーン一号よりいい」
「覚えられません!」
「雪落とし器でいいよ」
「結局それですか!」
修は魔道具屋を見る。
「準備は?」
「いつでも」
鉱山職人も頷く。
「衝撃は最低出力にしてある」
猟師が斜面を確認する。
「下に人はいない」
「よし」
修は深呼吸する。
「やってみましょう」
魔道具屋が起動装置へ触れる。
「三」
「二」
リペが両手を上げる。
「ドカーン!」
「まだ一!」
「先走りました!」
「一!」
カチッ。
……。
何も起こらない。
「……」
全員が山を見る。
リペが首をかしげる。
「不発ですか?」
魔道具屋が焦る。
「そんなはずは――」
ポン。
山の中腹から。
ものすごく小さな音。
サラサラサラ……。
雪が。
少しだけ落ちた。
「……」
全員が黙る。
リペが拍手する。
「成功です!」
修も頷く。
「成功だな」
鉱山職人が言う。
「地味だな」
「地味でいいんです!」
修が即答する。
「雪山で派手な成功はいらないんです!」
しかし。
サラサラ……。
落ちた雪は。
途中で別の雪を巻き込み。
少し大きくなる。
さらに。
サラサラサラ……。
一定量の雪だけが。
人のいない谷へ流れていった。
猟師が目を細める。
「なるほど」
「大きくなる前に落とすのか」
修は頷く。
「はい」
「雪崩をなくすんじゃない」
「危なくない大きさで」
「先に起こす」
猟師は山を見る。
「これなら」
「俺たちでもできる」
「そこが一番大事です」
魔道具屋が雪落とし器を取り外す。
「改良できそう」
鉱山職人も言う。
「爆ぜ茸を使わなくても」
「魔石だけで衝撃を作れるかもしれない」
老婆が不満そうな顔をする。
「爆ぜ茸を使わない?」
「安全になりますから」
「つまらないねぇ」
「安全はつまらなくていいんです」
こうして。
山の監視方法が決まった。
猟師たちが毎日。
積雪量を確認する。
危険な場所には印を付ける。
一定量を超えたら。
雪落とし器を使う。
さらに。
町と山の間には。
雪を受け止める柵。
流れを谷へ誘導する壁。
少しずつ。
作ることになった。
修は山を見上げる。
昨日まで。
ただ恐ろしかった雪。
でも。
仕組みが分かれば。
対策できる。
完全じゃない。
それでも。
昨日よりは。
少し安全になる。
昼。
時計管理局。
大きな黒板。
そこには。
最初の日に書いた問題が残っていた。
『畑が凍る』
その横。
『屋内農場――試験成功』
『水が凍る』
『配管保温――改善中』
『家が寒い』
『二重窓・断熱――順次施工』
『燃料不足』
『共同暖房・薪管理――実施中』
『子どもが遊べない』
その横。
『雪だるま三十七体』
修は最後の項目を見る。
「……増えてる」
リペが胸を張る。
「昨日六体追加しました!」
「そこは報告しなくていい」
「重要です!」
「まあ」
修は笑った。
「直ってるならいいか」
そして。
新しく。
『雪崩』
その横に。
『監視・雪落とし・防雪設備』
修は線を引いた。
「よし」
セラが黒板を見る。
「最初は」
「全部、無理だと思いました」
「私もです」
修は笑う。
「でも」
「一個ずつなら」
「なんとかなるものですね」
その時。
町長が入ってきた。
「修」
「はい?」
「少し来てくれんか」
広場。
町の人々が集まっていた。
「何かあったんですか?」
修が尋ねる。
町長が答える。
「会議じゃ」
「また?」
「今回は」
町長が笑う。
「お前さん抜きで決めた」
修が目を丸くする。
町長が紙を広げた。
『フロストベル冬季生活計画』
そこには。
暖房設備の管理担当。
水道の点検担当。
屋内農場の担当。
薪の備蓄量。
雪山の監視当番。
高齢者の見回り。
緊急避難場所。
そして。
月に一度の防災訓練。
全部。
町の人たちが。
自分たちで決めていた。
修は紙を見る。
「……すごいですね」
町長が笑う。
「修理屋に」
「いつまでも町にいてもらうわけにはいかんからな」
「え?」
リペが驚く。
「追い出されます!」
「違う違う」
町長は笑う。
「帰れるようにするんじゃ」
修は少し黙った。
帰れるように。
ベルマーレで聞いた言葉を思い出す。
帰る場所。
修は笑った。
「ありがとうございます」
夕方。
修は氷時計へ向かった。
いつもの場所。
いつもの冷たい壁。
手を触れる。
【第四の遺産】
【氷時計の役目】
【代替率:76%】
修は少し緊張する。
数字が動いた。
【76% → 79%】
「……」
修は固まった。
「七十九?」
リペが覗き込む。
「あと一です!」
「あと一だな」
「惜しいです!」
「惜しいな」
修は時計を見る。
「何が足りない?」
表示。
【暖房:代替】
【水道:代替】
【農業:代替進行中】
【住居保温:代替】
【積雪制御:代替開始】
【災害対応:代替開始】
【技術継承:条件達成】
ほとんど。
できている。
「あと何だ?」
セラも設計図を見る。
「機能としては」
「ほぼ全部です」
修は考える。
氷時計の仕事。
町を暖める。
水を守る。
畑を守る。
雪を管理する。
全部。
「……違う」
修が呟く。
「何がです?」
リペが尋ねる。
「機能じゃない」
修は氷時計を見上げた。
二百十七年間。
この時計は。
何をしてきた?
暖めた。
守った。
動き続けた。
でも。
それだけじゃない。
修は町へ戻った。
そして。
一人の老人を訪ねた。
「氷時計?」
老人は暖炉の前で首をかしげる。
「昔の話を聞きたいんです」
「昔?」
「時計が動いていた頃」
老人は笑う。
「昨日まで動いとったぞ」
「そうでした」
修も笑った。
「じゃあ」
「子どもの頃の話を」
老人は少し考える。
「そうじゃなぁ」
そして。
話し始めた。
「昔は」
「毎日十二時になると」
「鐘が鳴った」
修の表情が変わる。
「鐘?」
「知らんかったか?」
「はい」
「氷時計には鐘がある」
「今は鳴らんがな」
老人は懐かしそうに笑う。
「昼の鐘が鳴ると」
「みんな仕事を止めた」
「家に帰る者」
「広場で飯を食う者」
「子どもを迎えに行く者」
「町中が」
「同じ時間に休んだ」
修は黙って聞く。
「夜六時にも鳴った」
「その鐘が鳴ったら」
「仕事は終わり」
「家へ帰る」
老人は暖炉を見る。
「氷時計は」
「時間を教えてくれたんじゃよ」
修の目が見開かれた。
そうだ。
当たり前すぎて。
忘れていた。
氷時計は。
時計だった。
気温を管理する装置でも。
水道を守る装置でも。
雪を制御する装置でもない。
最初の役目。
時間を知らせること。
修は走った。
「ご主人様!?」
「分かった!」
時計管理局へ。
設計図。
鐘。
氷時計上部。
確かにある。
しかし。
時計が止まった今。
鐘も鳴らない。
「セラさん!」
「はい!?」
「町に」
「他の鐘はありますか?」
「鐘?」
セラは考える。
「古い集会所に」
「小さな鐘があります」
「それです!」
一時間後。
広場。
古びた鐘。
【対象:集会鐘】
【損傷率:31%】
修は笑った。
「久しぶりに」
「普通の修理だ」
工具箱を開く。
金具。
綱。
鐘を支える木材。
一つずつ。
直す。
リペが手伝う。
セラも。
町の鍛冶職人も。
そして。
夕方六時。
修は鐘の前に立った。
町の人々が集まっている。
「これから」
修が言う。
「毎日」
「昼十二時と」
「夕方六時」
「この鐘を鳴らしましょう」
誰かが尋ねる。
「なんで?」
修は笑った。
「休むためです」
「……?」
「氷時計が」
「ずっとやってたそうです」
老人たちが。
少しずつ。
気づく。
「ああ……」
「昼の鐘」
「懐かしい」
町長が鐘の綱を握る。
「では」
「鳴らすか」
ゴォォォン――。
音が。
雪の町へ広がる。
誰かが笑う。
「仕事終わりだ!」
別の誰か。
「帰るぞ!」
「今日は飲むか!」
「毎日飲んでるだろ!」
笑い声。
家へ帰る人々。
子どもの手を引く親。
店を閉める商人。
修はその光景を見る。
そして。
視界に表示。
【第四の遺産】
【氷時計の役目】
【代替率:79% → 80%】
「……」
条件達成。
【継承条件達成】
【技術継承率:72%】
【第四の遺産】
【継承可能】
修は止まった氷時計を見る。
「そうか」
氷時計が守っていたのは。
町の温度だけではない。
人が働く時間。
休む時間。
帰る時間。
そして。
誰かと過ごす時間。
それも。
町の暮らしだった。
リペが修の袖を引く。
「ご主人様」
「なんだ?」
「帰りましょう」
修は笑った。
「ああ」
「今日は仕事終わりだ」
二人は宿へ向かう。
背後では。
ゴォォォン――。
新しい鐘が。
もう一度。
雪の町へ響いた。
止まった時計の代わりに。
今度は。
人の手で。
時間が。
動き始めていた。




