第51話 雪崩を修理する方法
ドドドドドド……。
山が鳴っていた。
地面が震える。
屋根に積もった雪が、さらさらと落ちる。
修は北の山を見上げた。
白い斜面。
その一部が、ゆっくりと動いている。
「セラさん!」
「はい!」
「避難を!」
セラはすぐに走り出した。
「鐘を鳴らします!」
「リペ!」
「はい!」
「町長たちに知らせて!」
「分かりました!」
リペも走る。
三歩。
ツルッ。
「わぁぁぁ!」
転んだ。
そのまま滑る。
「結果的に速い!」
「行ってきまーす!」
「気をつけろよ!」
ゴォォォン!
ゴォォォン!
町の鐘が鳴る。
帰港の鐘とは違う。
低く。
短く。
何度も。
フロストベルの非常警報だった。
「雪崩だ!」
「北側から離れろ!」
「中央広場へ!」
人々が動き始める。
昨日までなら。
きっと混乱していた。
でも。
今は違う。
北区の配管職人が叫ぶ。
「暖房炉を止めるぞ!」
「避難後の再起動に備えろ!」
商人たちは倉庫を開く。
「毛布を持っていけ!」
「食料もだ!」
大工たちは高齢者の家へ走る。
農家たちは子どもを集める。
町長が杖を振り上げる。
「走れん者を優先じゃ!」
誰かに命令される前に。
町の人たちが。
自分たちで動いていた。
修は山を見ながら考える。
「雪崩……」
修理できるのか?
壊れた機械なら直せる。
家なら直せる。
水道なら直せる。
でも。
山は?
雪は?
そもそも。
雪崩は壊れているのか?
修は雪へ手を置いた。
「……試してみるか」
【対象:積雪】
【損傷なし】
「ですよね」
雪は正常だった。
ただ積もっているだけ。
問題は。
その量。
そして場所。
セラが戻ってくる。
「修さん!」
「北区の避難、始まりました!」
「氷時計の設計図を!」
「はい!」
二人は時計管理局へ走った。
会議室。
設計図を机いっぱいに広げる。
修は積雪制御の項目を探す。
「あった」
【積雪制御機構】
その下。
細かな文字。
セラが読み上げる。
「周辺山岳部の地熱を微調整し……」
「積雪量を……」
セラの声が止まる。
修が続ける。
「一定以下に維持する」
二人は顔を見合わせた。
「つまり」
「今まで雪を少しずつ溶かしてた?」
「はい」
氷時計が止まった。
気温が下がった。
雪が増えた。
さらに。
今まで融けていた雪まで残り始めた。
そして。
限界。
「雪崩そのものを止めるのは無理だ」
修が言う。
「では……」
「雪崩が町まで来ないようにする」
町長。
大工。
鍛冶職人。
猟師。
配管職人。
全員を集める。
修は地図を広げた。
「雪崩を消すことはできません」
一人が尋ねる。
「なら逃げるしかないのか?」
「今日は」
修は頷く。
「避難が最優先です」
「でも」
地図を指差す。
「次からは違う」
北側の斜面。
町との間。
「ここに雪を受け止めるものを作ります」
大工が首をかしげる。
「壁か?」
「壁だけだと危ない」
雪の量が多すぎる。
巨大な壁一枚では。
壊れた時に全部来る。
修は線を何本も描く。
「分けます」
「分ける?」
「一つの大きな雪崩を」
「いくつもの小さな流れにする」
猟師が地図を見る。
「なるほど」
「谷へ逃がすのか」
「はい」
「町に来なければいい」
修はさらに地図へ線を引く。
「防雪柵」
「誘導壁」
「それから」
山を見る。
「危険になる前に」
「小さく落とす」
全員が黙った。
町長が尋ねる。
「どうやって?」
「それを」
修も黙った。
「……今から考えます」
「考えてなかったのか!」
「途中までは考えました!」
リペが元気よく手を挙げる。
「爆発させましょう!」
全員がリペを見る。
「……」
リペが首をかしげる。
「駄目ですか?」
修は言う。
「待て」
「はい?」
「それ」
「もしかしたら使えるかもしれない」
リペの目が輝く。
「爆発ですか!?」
「小さいやつな!」
「大きいのは?」
「駄目」
「中くらいは?」
「交渉するな」
その時。
修の頭に。
嫌なものが浮かんだ。
紫色。
発酵するとガスを出す。
乾燥すると――
破裂する。
「……まさか」
リペも気づいた。
「ご主人様」
「言うな」
「紫色の」
「言うな」
「爆ぜ茸!」
「言っちゃった!」
数時間後。
町の薬師の前。
あの老婆が立っていた。
「また来たのかい」
修は頭を下げる。
「お願いします」
老婆はニヤニヤしている。
「この前は」
「もう戻ってこないでほしいって顔をしてたねぇ」
「してません」
「してたよ」
「……すみません」
「素直でよろしい」
リペが尋ねる。
「爆ぜ茸ありますか?」
老婆は店の奥を指差す。
「あるよ」
修が恐る恐る見る。
籠。
一つ。
二つ。
三つ。
大量の紫色のキノコ。
「なんでこんなにあるんですか?」
「薬になるからねぇ」
「爆発もするんですよね?」
「するねぇ」
「保管方法、大丈夫なんですか?」
「大丈夫」
老婆は胸を張る。
「たぶん」
修は一歩下がった。
「たぶん禁止にしません?」
もちろん。
本当に爆ぜ茸を山へ投げるわけではない。
薬師。
鉱山で働いていた職人。
魔道具屋。
そして修。
全員で安全な方法を考えた。
爆ぜ茸から少量の成分を抽出。
魔石と組み合わせ。
遠隔で。
小さな衝撃だけを発生させる。
魔道具屋が完成品を見る。
「名前は?」
修が答える。
「雪落とし器」
リペが不満そうにする。
「地味です」
「安全そうでいいだろ」
「爆ぜ茸スーパー雪山ドカーン一号!」
「絶対採用しない」
老婆が頷く。
「私は好きだよ」
「味方がいた!」
「増えなくていいです」
しかし。
今すぐ設置する時間はない。
山から響く音が。
さらに大きくなる。
ドドドドド……。
猟師が叫ぶ。
「来るぞ!」
北側の斜面。
雪が崩れた。
「全員退避!」
修が叫ぶ。
白い塊が。
山を駆け下りる。
速い。
想像以上に。
巨大だった。
「ご主人様!」
リペが叫ぶ。
修は動けなかった。
いや。
見るしかなかった。
雪崩は谷を下り。
木々を飲み込み。
町へ向かう。
しかし。
ドォォォォン!
途中。
大きな岩場へぶつかった。
流れが二つに分かれる。
一方は谷へ。
もう一方は――
「町に来る!」
セラが叫ぶ。
北区。
まだ避難途中の人がいる。
修が走る。
「修さん!」
「ご主人様!」
「残ってる人を出す!」
北区へ。
老人。
子ども。
荷物を抱えた人々。
「荷物は置いて!」
修が叫ぶ。
「中央へ!」
「走って!」
最後の家。
老婆が一人。
「足が……」
「大丈夫」
修が背負う。
「行きましょう」
「重いよ?」
「今言わないでください!」
外へ出る。
雪崩が見える。
「間に合わない……」
その時。
「ご主人様ー!」
リペ。
なぜか。
巨大なソリに乗っていた。
「乗ってください!」
「どこから持ってきた!?」
「子どもたちから借りました!」
「でかすぎるだろ!」
「十人乗りです!」
修は老婆を乗せる。
自分も飛び乗る。
「行け!」
「はい!」
シャァァァァ!
坂を滑る。
「速い!」
「雪国では私の方が速いです!」
「昨日止まれなかっただろ!」
「今日も止まれません!」
「駄目じゃん!」
ソリは猛スピードで中央広場へ。
後ろから。
雪崩。
「右!」
「はい!」
「左!」
「はい!」
「樽!」
「え?」
道の真ん中。
なぜか樽。
ドン!
ソリが跳ねる。
「わぁぁぁぁ!」
空を飛ぶ。
修。
老婆。
リペ。
ソリ。
ドサッ!
雪山へ着地。
「……」
修が顔を上げる。
中央広場。
「着いた……」
リペも雪から顔を出す。
「計算通りです!」
「絶対嘘だろ!」
直後。
ドドドドドドド!
雪崩が町の北端へ到達。
しかし。
家々へ直撃する直前。
勢いが弱まった。
大量の雪が。
北側の広場と道路を埋め尽くす。
そして。
止まった。
静寂。
誰も話さない。
やがて。
「全員いるか!」
町長の声。
点呼が始まる。
一人。
二人。
三人。
最後。
「全員無事じゃ!」
歓声。
修は雪の上へ座り込んだ。
「……よかった」
リペも隣へ座る。
ポロッ。
右腕が落ちた。
修は見る。
「……」
リペも見る。
「ご主人様」
「あとで直す」
「はい」
その日の夜。
誰も眠らなかった。
雪崩で埋まった道を掘る者。
壊れた家を直す者。
食事を作る者。
暖房炉を見る者。
子どもたちの面倒を見る者。
誰かが指示したわけではない。
町の人たちが。
自分で。
自分たちの町を直していた。
修も大工たちと屋根を直していた。
すると。
視界に表示が現れる。
【第四の遺産】
【氷時計の役目】
【代替率:63% → 76%】
「……あと四」
しかし。
【技術継承率:50% → 67%】
こちらは既に条件を超えた。
さらに。
【新規機能】
【災害対策:12%】
修は苦笑した。
「また増えたよ」
リペが覗き込む。
「終わりませんね」
「ああ」
修は町を見る。
「でも」
壊れた屋根を直す大工。
水道を確認する配管職人。
雪を運ぶ子どもたち。
炊き出しをする宿屋。
「たぶん」
「これでいいんだ」
翌朝。
雪崩の跡。
修。
猟師。
大工。
鉱山職人。
魔道具屋。
そして。
なぜか爆ぜ茸を抱えた老婆。
全員が山を見上げていた。
修は地図を広げる。
「次は」
「雪崩が来てから直すんじゃない」
山を指差す。
「来る前に直します」
リペが雪落とし器を掲げる。
「爆ぜ茸スーパー雪山ドカーン一号!」
修が即座に訂正する。
「雪落とし器!」
老婆が言う。
「私はドカーン一号がいいと思うけどねぇ」
「多数決にしませんからね!」
笑い声が上がる。
その向こう。
氷時計は。
今日も止まったままだった。
けれど。
それでいい。
時計が止まったからこそ。
この町は初めて。
自分たちの力で。
次の冬を迎える準備を始めたのだから。




