↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『異世界リペア工房 ~ハズレスキル「鑑定・修理」でガラクタも人生も直します~』  作者: 森


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
42/116

第41話 ただいまと、おかえり


翌朝。


ベルマーレの港には、いつもと同じ朝が来た。


漁師たちが船へ荷物を積む。


市場では魚が並び始める。


カモメが空を飛び、潮風が町を抜けていく。


けれど。


一つだけ、以前とは違うものがあった。


「いってらっしゃーい!」


岸壁から子どもたちが手を振る。


「今日も大漁でね!」


「気をつけて!」


船の上から漁師たちが笑顔で手を振り返す。


「行ってくるぞー!」


特別な祭りではない。


誰かに命令されたわけでもない。


ただ。


船が出るから見送る。


帰ってきたら迎える。


そんな小さな習慣が、ベルマーレへ戻り始めていた。


⸻


灯台。


修とリペは長い階段を登っていた。


もちろん今日もルカが先頭だ。


「早く!」


「修理屋さん遅い!」


修は息を切らしながら答える。


「元気だな……。」


「灯台守だから!」


その後ろをリペが猛然と追いかける。


「私も負けません!」


「競争じゃないぞ。」


「勝負です!」


「聞いてないな。」


リペが修を追い越す。


その直後。


ガンッ!


「痛いです!」


階段の天井に頭をぶつけた。


ルカが振り返る。


「大丈夫?」


「大丈夫です!」


一歩進む。


ポロッ。


リペの頭が外れた。


コトン。


コトン。


コトン。


頭だけが階段を転がっていく。


修は無言で見送った。


ルカも無言で見送った。


ずっと下から声が聞こえる。


「先に行っててくださーい!」


修は笑った。


「あとで迎えに行くよ。」


⸻


最上階。


朝日に照らされた帰港の鐘が、静かに海を見つめていた。


昨日までとは違う。


鐘そのものが、少し明るく見える。


修は手を添えた。


「おはよう。」


【対象:帰港の鐘】


【損傷率:46%】


【帰港の習慣:74%】


【完全修復条件:達成】


【修理可能】


修は工具箱を開いた。


「待たせたね。」


⸻


まず、鐘を支える金具。


潮風で腐食した部分を削る。


新しい金属を足す。


ただし全部は交換しない。


百年以上、この鐘を支えてきた金具だ。


使える部分は残す。


次に鐘を鳴らす舌。


形を整え、表面を磨く。


最後に綱。


新しい繊維を古い綱へ編み込み、補強していく。


ルカは真剣な顔で作業を見ていた。


「全部、新しくしないの?」


修は手を止めずに答える。


「新しいものに交換する方が簡単な時もある。」


「でもね。」


「古いから駄目ってわけじゃない。」


「頑張ってきた時間まで捨てる必要はないんだ。」


ルカは鐘を見る。


「じゃあ、この鐘。」


「百歳以上?」


「そうだね。」


ルカは目を輝かせる。


「すげー!」


修は笑った。


「だろ?」


⸻


数時間後。


最後の部品を取り付ける。


カチッ。


修は鐘へ両手を添えた。


「修理。」


淡い光が広がる。


鐘。


金具。


綱。


灯台そのものへ光が走る。


そして――


【対象:帰港の鐘】


【損傷率:46% → 0%】


【第三の遺産】


【修復完了】


修はゆっくり手を離した。


「終わった。」


リペが拍手する。


「やりました!」


ルカも飛び跳ねる。


「鳴らそう!」


「待って。」


修は止めた。


ルカが首をかしげる。


「なんで?」


修は海を見る。


「まだ帰ってきてないから。」


⸻


夕方。


港には人々が集まっていた。


マリアはランタンを持っている。


エリオット。


シーラの老人と息子。


市場の人々。


子どもたち。


みんなが海を見ている。


やがて。


水平線から船影が現れた。


一隻。


二隻。


三隻。


漁船が帰ってくる。


ルカが修を見る。


修は頷いた。


「今だ。」


ルカは鐘の綱を握る。


小さな手で、思い切り引いた。


ゴォォォォン――。


大きな音が海へ響いた。


船の上から漁師たちが顔を上げる。


ゴォォォォン――。


港から声が上がる。


「おかえり!」


「おかえりー!」


船からも返ってくる。


「ただいま!」


「帰ったぞ!」


マリアのランタンが揺れる。


シーラの老人が帽子を振る。


子どもたちは飛び跳ねる。


百年ぶりに。


ベルマーレの日常へ、


鐘の音が帰ってきた。


⸻


その時。


鐘の内部から。


カチッ。


小さな音がした。


修が振り返る。


以前見つけた金属板のさらに奥。


隠されていた小さな箱が開いていた。


「ご主人様。」


「また何かあります!」


修が箱を取り出す。


中には、一冊の革張りの手帳。


表紙には――


『アルド修理手帳 第三巻』


リペが嬉しそうに声を上げる。


「見つけました!」


修はゆっくり手帳を開いた。


最初のページ。


そこには、アルドの文字でこう書かれていた。


『旅に出れば、いつか帰る。』


次の行。


『だから私は、帰る場所を直す職人でありたい。』


修はしばらく、その文章を見つめていた。


「帰る場所を直す……。」


時計台。


風車村。


ベルマーレ。


アルドが直していたのは、機械だけではない。


人が集まる場所。


人が笑う場所。


人が帰ってくる場所。


「少しずつ。」


「アルドさんのことが分かってきた。」


⸻


ページをめくる。


時計台の設計図。


第38話で見つけた紙より、さらに詳しい。


鐘と振り子をつなぐ特殊な機構。


その横には、アルドの書き込み。


『時計は、一人では時を刻めない。』


そして。


最後のページには地図が描かれていた。


ベルマーレから北へ。


山を越え。


さらにその先。


雪に覆われた土地。


リペが覗き込む。


「次の場所ですか?」


修は頷いた。


地図の横には、一つの名前。


『白銀の町フロストベル』


その下には――


『第四の遺産 氷時計』


リペの目が輝く。


「雪です!」


「寒そうだな。」


「雪だるま作りましょう!」


「目的変わってるぞ。」


「かまくらも!」


「遺産は?」


「その後で!」


修は笑った。


「アルドさんも言ってたな。」


『寄り道こそ、旅の宝物。』


「じゃあ雪だるまくらいは作るか。」


「やったー!」


⸻


翌朝。


ベルマーレの町外れ。


修とリペは帰り支度を終えていた。


エリオットたちが見送りに来ている。


ルカは少し寂しそうだった。


「もう行っちゃうの?」


修はしゃがんで答える。


「一度、工房へ帰るよ。」


「また来る?」


「もちろん。」


ルカは小さな手を差し出す。


修も握り返した。


「それまで灯台を頼む。」


ルカは胸を張った。


「任せて!」


「ぼく、灯台守だから!」


リペも手を振る。


「また遊びましょう!」


「うん!」


⸻


二人が歩き始める。


その背中へ。


ゴォォォォン――。


鐘が鳴った。


修とリペが振り返る。


港の人々が手を振っている。


「いってらっしゃい!」


修は笑って手を振り返した。


「行ってきます!」


リペも両手を振る。


「行ってきまーす!」


ベルマーレの鐘は、もう寂しくない。


今日も誰かを送り出し。


今日も誰かを迎える。


そして。


いつか修とリペが帰ってきた時にも――


きっと同じ音で、


二人を迎えてくれるだろう。


ゴォォォォン――。


その音を背中に受けながら。


修とリペは、


自分たちの帰る場所――


異世界リペア工房へ向かって歩き始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。