第3話 ぬいぐるみの約束
チリン。
ベルの音が静かな工房に響く。
「いらっしゃい。」
修が笑顔で迎える。
入口には、小さな女の子が立っていた。
年は七歳くらいだろうか。
胸に、大切そうにぬいぐるみを抱えている。
片耳が取れ。
片目のボタンもなくなっている。
何度も縫い直した跡があった。
修はしゃがみ込む。
「見せてもらってもいい?」
少女は少し迷ってから、こくりとうなずいた。
「……お願いします。」
修はぬいぐるみを受け取る。
その瞬間。
頭の中に景色が流れ込んできた。
【対象:ぬいぐるみ】
【損傷率:82%】
【修理可能】
そして──
小さな男の子が映る。
「はい!」
「誕生日おめでとう!」
妹へぬいぐるみを渡す兄。
妹は飛び跳ねる。
「ありがとう、お兄ちゃん!」
景色が変わる。
二人は毎日一緒だった。
寝る時も。
遊ぶ時も。
泣いた時も。
いつも、このぬいぐるみがそばにいた。
そして。
最後の景色。
兄は冒険者の装備を身につけていた。
「すぐ帰るから。」
妹は泣きながら頷く。
「約束だからね!」
「うん。」
「絶対帰る。」
……。
その景色は、そこで終わった。
修は静かに目を開く。
少女は不安そうに見つめている。
「……直りますか?」
修は優しく笑う。
「もちろん。」
「でも。」
「新品にはしないよ。」
少女は首をかしげた。
「どうして?」
修はぬいぐるみを撫でる。
「この傷も、この縫い目も。」
「君と一緒に過ごした思い出だから。」
「全部消しちゃったら、この子まで別人になっちゃう。」
少女は目を丸くした。
「だから。」
「頑張ったところは残そう。」
「これからも一緒にいられるように。」
少女は笑顔になった。
「うん!」
修は静かに目を閉じる。
「修理。」
柔らかな光が工房を包む。
取れていた耳が元に戻る。
ボタンの目も付く。
中の綿もふわふわになる。
それでも。
古い布の色も。
縫い跡も。
少し擦り切れた手も。
全部そのまま残した。
「はい。」
「おかえり。」
修はぬいぐるみを返した。
少女は抱きしめる。
「ふわふわ……。」
「でも、この子だ。」
目から涙がこぼれる。
「ありがとう……。」
修は照れくさそうに笑う。
「またいっぱい遊んであげて。」
その時だった。
リペが突然、ぬいぐるみに向かって敬礼した。
「先輩!」
修は首をかしげる。
「先輩?」
リペは真顔だった。
「長年働いている仲間です!」
「いや、ぬいぐるみだから!」
リペは感動して号泣する。
「私も頑張ります!」
その勢いで少女を抱きしめようとして──
ズルッ。
床で滑る。
ゴンッ!!
壁に激突。
スポン。
右腕が飛んだ。
少女は一瞬びっくりして……
次の瞬間。
「ぷっ……。」
「ふふっ。」
「あはははは!」
工房に初めて、子どもの笑い声が響いた。
リペは床に転がりながら胸を張る。
「笑っていただけました!」
修は飛んできた腕を拾う。
「狙ってないよね?」
「もちろんです!」
「だろうね。」
修は笑いながらリペの腕を付け直した。
「修理。」
カチッ。
「ありがとうございます!」
少女は帰り際、振り返る。
「また来てもいい?」
修は笑顔で答えた。
「もちろん。」
「壊れてなくても、大歓迎だよ。」
少女は何度も手を振りながら帰っていった。
夕日が工房を優しく照らしている。
修はその背中を見送りながら、小さくつぶやく。
「よかったな。」
リペも大きくうなずく。
「はい!」
「今日も一つ、笑顔が直りました!」
修は少しだけ驚いてから笑う。
「……それ、いい言葉だな。」
その日。
異世界リペア工房には、初めての常連さんができた。




