第36話 おかえりの鐘
翌朝。
修はいつものように港を歩いていた。
波は穏やかだった。
漁船が何隻も沖へ向かっていく。
しかし岸壁には、見送りに来る人はほとんどいない。
リペも周りを見回す。
「静かですね。」
エリオットは少し寂しそうに笑う。
「昔は違ったんです。」
「家族みんなで見送って。」
「帰ってくる時間には港がいっぱいになっていました。」
「でも今は、みんな忙しくて……。」
修は黙って海を見つめる。
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昼過ぎ。
修は灯台へ向かった。
鐘の下へ座り込み、静かに耳を澄ませる。
潮風が吹く。
カモメが鳴く。
波が岩へぶつかる。
「……。」
リペも隣へ座る。
「ご主人様。」
「鐘さん、何て言ってますか?」
修は微笑んだ。
「寂しいって。」
「一人で海を見てるのが。」
リペは鐘を優しく撫でた。
「今日から私がお話しします。」
鐘は風に揺れ、小さく音を立てる。
コン……
ほんのかすかな音だった。
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その日の夕方。
修は港の子どもたちを集めた。
「みんな。」
「お願いがあるんだ。」
子どもたちは目を輝かせる。
「なになに?」
修は港を指差した。
「船が帰ってきたら。」
「一緒に『おかえり』って言ってくれないかな。」
子どもたちは顔を見合わせる。
「それだけ?」
「うん。」
「それだけ。」
「簡単!」
「やるー!」
リペも元気よく手を挙げる。
「私も!」
修は苦笑する。
「リペは一番大きな声で頼む。」
「任せてください!」
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夕日が海を赤く染め始める。
一隻目の漁船が港へ近づいた。
子どもたちは一斉に岸壁へ走る。
「おーーい!」
「おかえりーー!」
その声に、船の上の漁師たちが驚く。
「え?」
「誰か迎えに来てるぞ。」
若い漁師が笑顔で帽子を振った。
「ただいま!」
そのやり取りを見た市場の人々も、少しずつ港へ集まる。
「おかえり!」
「今日は大漁か?」
自然と笑顔が広がっていく。
マリアもランタンを持って立っていた。
優しい灯りが、帰ってきた船を照らしている。
⸻
その時。
灯台の鐘が、小さく揺れた。
コン……
リペは目を丸くした。
「ご主人様!」
「鳴りました!」
修は首を横に振る。
「まだだよ。」
「でも。」
「嬉しかったんだ。」
鐘は百年間、町の人々が「おかえり」と言い合う姿を見守ってきた。
今日、その景色が少しだけ戻ってきた。
だから風に応えた。
それだけだった。
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夜。
灯台の最上階。
修は鐘へ手を添える。
【対象:帰港の鐘】
【町の想いを確認】
【帰港の習慣 18%】
【必要値 70%】
修は静かに笑う。
「時計台と同じだ。」
「急がなくていい。」
「毎日、一歩ずつ。」
その時だった。
リペが鐘の綱を見つめる。
「これ……。」
「引っ張ったら鳴りますか?」
修は一瞬考える。
「今はやめておこう。」
「分かりました。」
素直にうなずく。
……三秒後。
「ちょっとだけ。」
ぴこん。
綱を軽く触った。
ゴン。
鐘は鳴らなかった。
代わりに綱の先についていた木のバケツが外れ、リペの頭へすっぽり落ちる。
「前が見えませーん!」
修は笑いながらバケツを持ち上げた。
「今日は鐘じゃなくて、バケツが鳴ったな。」
リペは照れ笑いを浮かべる。
「えへへ。」
灯台には、久しぶりに笑い声が響いた。
鐘はまだ鳴らない。
けれどその静けさは、もう寂しい静けさではなかった。
帰ってくる人を待つ、優しい静けさへと変わり始めていた。




