第35話 帰りを待つ灯り
翌朝。
港町ベルマーレの市場は、朝早くから活気にあふれていた。
「新鮮な魚だよ!」
「焼きたてのパン!」
威勢のいい声が飛び交い、潮風がその匂いを町中へ運んでいく。
リペは目を輝かせていた。
「すごいです!」
「朝なのに、お祭りみたいですね!」
エリオットは笑った。
「港町は、船が出る朝と帰ってくる夕方が一番賑やかなんです。」
しかし、その言葉の最後だけは少し寂しそうだった。
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修は港をゆっくり歩いていた。
停泊している船を一隻ずつ眺める。
どの船も丁寧に手入れされている。
「みんな、大事にされていますね。」
「船は漁師の家族ですから。」
エリオットが答える。
「壊れたら命に関わります。」
修は静かにうなずいた。
「だから長く使うんですね。」
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港の片隅。
小さな木造の家の前で、一人のおばあさんが椅子に座っていた。
毎日、海の方を見つめているという。
エリオットが声を掛ける。
「マリアさん、おはようございます。」
「おや、エリオットかい。」
おばあさんは穏やかに微笑む。
その隣には、一つの古いランタンが置かれていた。
ガラスは曇り、持ち手も錆びている。
修は自然と目を向けた。
「そのランタンは?」
マリアは大切そうに抱き寄せる。
「主人の形見だよ。」
「漁へ出る時も、帰ってくる時も、この灯りを持って迎えに行っていたんだ。」
「でも主人が亡くなってからは、一度も灯していない。」
リペは静かに座り込み、ランタンを見つめた。
「寂しかったんですね。」
マリアは優しくうなずいた。
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修はランタンへ手を添える。
「さて。」
「どこが痛い?」
【対象:港のランタン】
【損傷率:55%】
【修理可能】
景色が流れ始める。
若い夫婦。
夕焼けの港。
妻がランタンを掲げる。
沖から帰ってきた船の上で、夫が大きく手を振る。
『ただいま!』
『おかえり!』
ランタンの灯りは、二人の笑顔を優しく照らしていた。
その光景が何年も、何十年も続く。
そして最後の日。
妻は一人で港に立ち、静かにランタンを抱きしめる。
灯りは消えた。
景色も静かに消えていった。
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修はそっと目を開ける。
「……ずっと待っていたんですね。」
マリアは涙ぐみながら笑った。
「毎日ね。」
「主人は帰ってこないって分かっていても。」
「灯りだけは消したくなかった。」
修は工具箱を開く。
ガラスを磨き、錆を落とし、芯を整える。
最後に小さなネジを締める。
「修理。」
淡い光がランタンを包む。
カチッ。
修は火を灯した。
ぽっと優しい明かりがともる。
海風に揺れながらも、その炎は消えない。
マリアはランタンを胸に抱いた。
「ありがとう。」
「主人も喜んでるよ。」
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その夕方。
マリアは久しぶりに港へ立っていた。
ランタンを手に、ゆっくりと海を見つめる。
ちょうどその時、漁船が帰ってくる。
船の上の若い漁師が叫んだ。
「ただいまー!」
港の子どもたちが走り出す。
「おかえりー!」
その声につられるように、町の人々も自然と港へ集まってきた。
修はその様子を静かに見守る。
「帰ってくる人を迎える。」
「それだけで町は温かくなる。」
エリオットも笑顔だった。
「昔は毎日、こんな景色だったそうです。」
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その時。
リペがランタンを見つめながら小さくつぶやく。
「ご主人様。」
「なんだ?」
「灯台の鐘も。」
「きっと、こういう景色を見たかったんですね。」
修は海の向こうに立つ灯台を見上げる。
「ああ。」
「だから、まだ鳴らないんだ。」
「帰る人を迎える笑顔が、もっと必要なんだ。」
夕日に照らされた灯台は、静かに海を見守っていた。
鐘はまだ鳴らない。
けれど港には、少しずつ「おかえり」という声が戻り始めていた。
そしてその声は、きっといつか鐘の音と重なり、この町に再び「帰る音」を響かせる日が来るのだろう。




