第34話 潮の香りがする町
三日後。
「見えてきました!」
リペが丘の上で大きく手を振る。
目の前には、どこまでも続く青い海。
水平線の向こうでは、朝日を浴びた波がきらきらと輝いている。
「海……。」
修は静かにその景色を眺めた。
前世でも何度か見たことはあった。
けれど、この世界の海はどこか違う。
風が歌っているようだった。
「潮の匂いですね!」
リペは思い切り深呼吸する。
その瞬間。
「くしゅん!」
大きなくしゃみ。
「塩が鼻に入りました……。」
修は思わず笑った。
「海の歓迎だな。」
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丘を下ると、港町ベルマーレが姿を現した。
白い石造りの家々。
港には大小さまざまな船が並ぶ。
市場では朝から魚を売る声が響き、人々が元気よく行き交っている。
「活気がありますね。」
修がつぶやく。
エリオットも誇らしげにうなずいた。
「港町は朝が一番元気なんです。」
しかし、その表情はすぐに曇る。
修はその変化を見逃さなかった。
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港の一番奥。
切り立った崖の上に、大きな灯台が建っていた。
白い壁は今も美しい。
しかし頂上にある鐘だけは、黒ずみ、静かに海を見つめている。
「……あれです。」
エリオットが静かに言う。
「百年以上、一度も鳴っていません。」
リペは首をかしげる。
「鐘が鳴らなくても、灯りはありますよ?」
「ええ。」
「灯りは魔道具で動いています。」
「でも鐘だけは……。」
港の人々は灯台を見上げることがなくなった。
昔は船が帰るたびに鐘が鳴り、家族が港へ迎えに走ったという。
今では、その習慣も失われていた。
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修は灯台の階段をゆっくり登る。
古い木の階段。
潮風で少し傷んでいる。
リペは数えながら登る。
「百一段。」
「百二段。」
「百三段……。」
途中で目を回した。
「まだですか~。」
修は笑う。
「もう少しだ。」
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最上階。
巨大な青銅の鐘が静かに吊るされていた。
修はゆっくりと近づく。
表面には、波と歯車を組み合わせた見覚えのある紋章。
「アルドさん……。」
そっと鐘へ触れる。
「さて。」
「どこが痛い?」
【対象:帰港の鐘】
【損傷率:46%】
【修理可能】
【記憶を読み取ります】
景色が流れ始めた。
まだ若い港町。
嵐が近づく夜。
沖には、小さな漁船が取り残されていた。
人々が不安そうに海を見つめる。
そこへアルドが現れる。
工具箱を置き、鐘を見上げる。
『帰っておいで。』
静かに鐘へ語りかける。
修理が終わる。
アルドは一度だけ鐘を鳴らした。
ゴォーン……。
低く、力強い音が海へ響く。
すると遠くの船が進路を変え、ゆっくり港へ戻ってくる。
家族が泣きながら抱き合う。
その様子を見たアルドは、誰にも気づかれないように微笑み、翌朝には町を去っていた。
景色はそこで終わる。
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修は目を開ける。
「この鐘は……。」
「船を呼ぶ鐘じゃない。」
エリオットが息をのむ。
「違うんですか?」
修は鐘を優しく撫でる。
「帰ってきた人を迎える鐘だ。」
その言葉に、港にいた老人が目を潤ませた。
「そうじゃ……。」
「昔は、鐘が鳴ると皆で港へ走った。」
「帰ってきた者も、待っていた者も、一緒に笑った。」
「いつからじゃろう……。」
「鐘を見上げなくなったのは。」
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その時、小さな男の子が修へ近づいてきた。
「おじさん。」
「ぼく、お父さんが漁師なんだ。」
「でもね。」
「鐘が鳴るの、聞いたことない。」
修はしゃがみ込み、目線を合わせる。
「じゃあ。」
「一緒に鳴らせるようにしよう。」
男の子は満面の笑みを浮かべた。
「うん!」
その笑顔を見て、リペも大きくうなずく。
「今回も。」
「みんなで修理ですね!」
修は海を見つめながら微笑んだ。
「ああ。」
「この町にも、帰る音を取り戻そう。」
潮風が鐘を優しく揺らす。
しかし、鐘はまだ鳴らない。
まるで「もう少しだけ準備が必要だ」と語りかけるように、静かに海を見守っていた。




