第27話 時計職人の忘れ物
翌朝。
異世界リペア工房。
修は昨日持ち帰った古い歯車を作業台に置いていた。
リペは熱いお茶を運んでくる。
「ご主人様。」
「昨日の歯車、ずっと見ていますね。」
修は歯車を指先でゆっくり回した。
「気になることがあってね。」
カチ……
昨日よりも滑らかに回る。
「この歯車。」
「まだ何か隠してる気がする。」
⸻
その時。
工房の扉が勢いよく開いた。
「修くーん!」
町長だった。
息を切らしている。
「大変じゃ!」
「時計台で見つかった!」
「見つかった?」
修とリペは顔を見合わせる。
「来てくれ!」
⸻
時計台。
昨日調べた最上階。
町長が壁の一角を指差した。
「掃除をしていた子どもが偶然見つけたんじゃ。」
石壁が少しだけ浮いている。
修が押してみる。
ゴトン。
壁が静かに横へ動いた。
その奥には、小さな隠し部屋があった。
「秘密の部屋です!」
リペの目が輝く。
「本当に秘密基地でした!」
修は苦笑した。
「昨日の予感は当たってたな。」
⸻
部屋の中は驚くほど綺麗だった。
木の机。
古い椅子。
工具箱。
そして、本棚。
誰かがここで暮らしていたような空間だった。
机の上には、一冊の革表紙の本。
修は慎重に手に取る。
表紙には金色の文字が刻まれていた。
『時計職人アルドの日誌』
町長は息をのむ。
「アルド……。」
「時計を作った職人の名前か。」
修はゆっくりと本を開く。
⸻
『この町へ来て三年。』
『今日も子どもたちは時計台の下で遊んでいた。』
『時計は時間を知らせるためだけではない。』
『人が集まり、笑い合う理由になれば、それでいい。』
ページをめくる。
『もし未来、この時計が止まる日が来ても、無理に直さなくていい。』
『まず、人の笑顔を取り戻してほしい。』
『時計は、その後で動けばいい。』
修は静かに本を閉じた。
「やっぱり。」
「同じことを考えていたんだ。」
町長は目を潤ませる。
「百年以上前から……。」
⸻
しかし。
リペが本棚の一番下を覗き込んで首をかしげた。
「あれ?」
「何かありません。」
「え?」
本棚には、一冊分だけ不自然な隙間が空いていた。
修も気づく。
「ここだけ抜けてる。」
机の引き出しを調べる。
そこには、一枚の紙だけが残されていた。
『設計図は、私が最後に修理した町へ託した。』
『必要になった時、その町を訪ねてほしい。』
部屋に静寂が流れる。
町長が呟く。
「設計図を……。」
「持ち出した?」
修は首を横に振る。
「違います。」
「未来の誰かに託したんです。」
⸻
リペは紙をじっと見つめる。
「ご主人様。」
「なんだ?」
「その町って、どこですか?」
修は紙の裏をそっと裏返す。
そこには、小さな地図が描かれていた。
町の名前はかすれて読めない。
しかし、一つだけはっきり残っている印があった。
歯車を組み合わせた紋章。
修はその紋章を見た瞬間、思い出す。
「この印……。」
「王都の研究所で見た資料に載っていた。」
エミリアが以前見せてくれた、古代技術者の紋章だった。
「ということは……。」
町長が尋ねる。
「分かったのか?」
修は微笑んだ。
「まだ場所は分かりません。」
「でも。」
「探す方法はあります。」
⸻
その日の夕方。
工房へ戻る途中。
リペが鼻歌を歌っていた。
「設計図探しですね!」
「冒険ですね!」
修も笑う。
「そうだな。」
「でも急がない。」
「まずは、この町でできることから始めよう。」
「はい!」
その時。
リペは嬉しさのあまりくるりと一回転した。
勢い余って、昨日持ち帰った歯車を落としてしまう。
「あっ!」
修は慌てて受け止める。
ギリギリでキャッチ。
「危なかった……。」
リペはしょんぼり頭を下げる。
「ごめんなさい。」
修は笑って歯車を工具箱へ戻した。
「大丈夫。」
「この子も旅に出る準備をしてるだけさ。」
夕日に照らされた時計台は、今日も静かに町を見守っていた。
そしてその心臓は、もう一度動く日を、変わらず待ち続けていた。




