第23話 泣いていた精霊樹
王都の朝。
異世界リペア工房には、今日も朝早くから依頼人が訪れていた。
修が工房の扉を開けると、一人のエルフの女性が立っていた。
長い銀髪。
深い緑色の瞳。
森を思わせる優しい雰囲気。
しかし、その表情は曇っている。
「……修理屋さん。」
「はい。」
修は穏やかに頷いた。
「どうされましたか?」
女性は深く頭を下げた。
「私は森の管理人、フィオナと申します。」
「お願いがあります。」
「森を……助けてください。」
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王都の北。
馬車で半日ほど進んだ場所に、大きな森があった。
そこは「精霊の森」と呼ばれ、人と自然が共に暮らしてきた聖域だった。
森に一歩足を踏み入れると、空気が変わる。
鳥のさえずり。
木漏れ日。
小川のせせらぎ。
リペは目を輝かせた。
「気持ちいいです!」
修も大きく深呼吸する。
「懐かしい匂いがする。」
森の奥へ進む。
やがて、一際大きな木が姿を現した。
空へ向かって枝を広げる、巨大な一本の樹。
だが、その幹には大きな亀裂が走り、葉は半分以上が枯れていた。
「これが……。」
「精霊樹です。」
フィオナは静かに答えた。
「百年以上、この森を守ってきました。」
「でも、少しずつ元気を失って……。」
「今では精霊たちも姿を見せなくなりました。」
リペはそっと幹に触れた。
「冷たい……。」
修も静かに近づく。
「さて。」
「どこが痛い?」
【対象:精霊樹】
【損傷率:72%】
【修復可能】
【対象分類:生命体】
【注意:通常修理とは異なります】
修は目を細めた。
「……生命体。」
初めて表示された文字だった。
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景色が流れ始める。
まだ小さな苗木だった頃。
子どもたちが水を運ぶ。
エルフも。
人間も。
ドワーフも。
種族を超えて、一緒に植えた一本の木。
『みんなの森になりますように。』
笑顔。
歌声。
祭り。
春。
夏。
秋。
冬。
百年以上。
精霊樹は、ずっと森を見守り続けてきた。
そして近年。
人々は忙しくなった。
森へ来る者は減った。
誰も木に話しかけなくなった。
誰も歌わなくなった。
静かな時間だけが流れる。
精霊樹は一人で立ち続けていた。
景色は消えた。
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修は目を開ける。
胸が締め付けられる。
「病気じゃない。」
「え?」
フィオナが驚く。
修は幹を優しく撫でた。
「寂しかったんだ。」
森のみんなが言葉を失う。
「この子は。」
「ずっと一人だった。」
リペの目にも涙が浮かんでいた。
「ご主人様……。」
修は静かに頷く。
「今回は。」
「私だけじゃ直せない。」
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フィオナが不安そうに尋ねる。
「では……どうすれば。」
修は森を見渡した。
「昔みたいに。」
「みんなで、この子に会いに来ましょう。」
「話しかけて。」
「歌って。」
「笑って。」
「それが、一番の修理です。」
森にいた人々は顔を見合わせた。
「そんなことで……。」
修は優しく笑う。
「物も。」
「人も。」
「木も。」
「独りぼっちは、辛いですから。」
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その日の夕方。
村の人々が集まった。
子どもたちが木の周りを走る。
お年寄りは昔話を語る。
若者は楽器を演奏する。
フィオナは精霊樹へ語りかける。
「また来ました。」
「これからは毎日来ます。」
「もう、一人にはしません。」
その時だった。
サラサラ……。
風が吹く。
枯れていた枝から、小さな若葉が一枚だけ芽吹いた。
リペは目を丸くする。
「葉っぱ!」
子どもたちが歓声を上げる。
「生き返った!」
修は首を横に振る。
「違う。」
「元気になろうとしたんだ。」
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その夜。
工房へ戻る途中。
リペが修へ尋ねた。
「ご主人様。」
「なんだ?」
「今日は修理しなかったですね。」
修は夜空を見上げる。
「したよ。」
「みんなの心を少しだけ。」
リペは少し考えてから、にっこり笑った。
「なるほど!」
「大きな修理ですね!」
「そうかもしれない。」
その瞬間。
森の方から、小さな光がふわりと飛んできた。
一匹の小さな緑色の光。
手のひらほどの、小さな妖精だった。
妖精は修の肩へちょこんと座る。
「ありがとう。」
鈴のような小さな声が響く。
リペは大興奮。
「妖精さんです!」
勢いよく近寄る。
妖精はびっくりして空へ逃げる。
「待ってくださーい!」
追いかけるリペ。
木の根につまずく。
ゴロン。
その拍子に、自分の靴だけがきれいに脱げて、妖精の目の前まで飛んでいく。
妖精はしばらく靴を見つめると、小さく笑った。
「面白い子。」
そう言って、靴をそっとリペの足元へ運んでくれた。
リペは満面の笑みで頭を下げる。
「ありがとうございます!」
修はその光景を見ながら、静かに笑う。
「また一人、友達が増えたな。」
森の上には、満天の星が輝いていた。
そして精霊樹では、新しく芽吹いた若葉が、夜風に優しく揺れていた。




