第21話 王女様のオルゴール
星導の杖の修理から三日後。
異世界リペア工房の名は、王都中へ広がっていた。
研究所の廊下では、
「本当に直したらしい。」
「百年ぶりだぞ。」
そんな噂が飛び交っている。
修は相変わらずだった。
「リペ。」
「はい!」
「朝ご飯できたぞ。」
「いただきます!」
王都へ来ても、二人の朝は変わらない。
その時。
コンコン。
修復室の扉がノックされた。
エミリアが静かに入ってくる。
「修さん。」
「王城から、お客様です。」
「王城?」
修が首をかしげる。
扉の向こうから、一人の少女が姿を現した。
年は十五歳ほど。
金色の髪を肩まで伸ばし、淡い青色のドレスを身にまとっている。
その後ろには近衛騎士セシリアの姿もあった。
「ご無沙汰しています。」
セシリアは軽く頭を下げる。
「お久しぶりです。」
修も笑顔で返した。
少女は少し緊張した様子で口を開く。
「初めまして。」
「私は王女、アリアと申します。」
リペは思わず声を上げる。
「王女様!」
慌てて敬礼する。
勢いが良すぎて、また腕がスポンと外れた。
「失礼しました!」
王女は思わず吹き出した。
「ふふっ。」
セシリアも口元を押さえて笑っている。
修は腕を拾いながら苦笑した。
「王都でも通常運転です。」
⸻
アリア王女は、大切そうに木箱を抱えていた。
ゆっくり蓋を開ける。
中には、小さな銀色のオルゴール。
蓋には星空の彫刻。
しかし、ゼンマイは折れ、音は鳴らない。
「これは?」
修が尋ねる。
王女はオルゴールを優しく撫でた。
「母の形見です。」
「私が幼い頃、毎晩この曲を聴きながら眠っていました。」
「でも五年前から、動かなくなってしまって……。」
王都中の職人に頼んだ。
魔道具師にも頼んだ。
時計職人にも頼んだ。
誰も直せなかった。
「だから……。」
王女は深く頭を下げた。
「お願いです。」
「母の歌を、もう一度聴かせてください。」
⸻
修は静かにオルゴールを受け取る。
「さて。」
「どこが痛い?」
【対象:星歌のオルゴール】
【損傷率:61%】
【修理可能】
景色が流れ込む。
若き王妃が、小さなアリアを抱いている。
夜。
窓の外には満天の星。
オルゴールが優しく鳴り響く。
『大丈夫。』
『お母様は、いつもあなたのそばにいるわ。』
幼いアリアが安心したように眠る。
景色はゆっくり消えていった。
⸻
修は静かに目を開く。
「……優しいお母さんだったんですね。」
アリアは目を丸くする。
「どうして、それを……。」
修は少し照れくさそうに笑う。
「この子が教えてくれました。」
オルゴールを見つめる。
「ずっと。」
「もう一度歌いたかったみたいです。」
⸻
修は工具を並べる。
リペが隣で工具を手渡す。
「師匠。」
「はい。」
「小さいドライバーです。」
「ありがとう。」
カチ。
カチ。
カチ。
折れたゼンマイを整える。
歯車を磨く。
細かなホコリを払い、優しく油を差す。
最後に、そっと蓋を閉じた。
「修理。」
淡い光がオルゴールを包む。
カタン。
小さくゼンマイが動く。
そして――
♪……
優しい旋律が部屋いっぱいに流れ始めた。
まるで夜空を流れる星のような、穏やかな音色。
アリアは涙をこらえきれなかった。
「……お母様。」
目を閉じる。
幼い日の記憶が蘇る。
修は静かに微笑んだ。
「おかえり。」
⸻
リペは感動して泣いていた。
「うわぁぁぁ……。」
修がハンカチを差し出す。
「はい。」
「ありがとうございます。」
鼻をかもうとして、
勢い余ってゼンマイを巻いてしまう。
オルゴールの曲が二倍速になる。
♪♪♪♪♪
「早送りです!」
部屋中が静まり返る。
一秒後。
アリアが笑い出した。
「あははは!」
セシリアも肩を震わせる。
エミリアまで笑っていた。
修は額を押さえる。
「リペ。」
「はい。」
「感動は最後まで大事にしよう。」
「申し訳ありません!」
深く頭を下げる。
また頭だけ外れた。
コロン。
アリアは涙を拭きながら笑った。
「修さん。」
「はい。」
「今日は……。」
「母だけじゃなく。」
「私も元気をもらいました。」
修は優しく頷く。
「それなら。」
「この子も喜んでますよ。」
オルゴールは、まるで答えるように。
もう一度だけ優しく音色を奏でた。
その音は、王城へ帰る王女の背中を、そっと見送っていた。




