第20話 修理とは、明日へつなぐこと
翌朝。
王立魔道具研究所。
修は静かに修復室の扉を開いた。
窓から朝日が差し込み、星導の杖を優しく照らしている。
リペがそっと顔を覗かせた。
「ご主人様。」
「おはよう。」
「今日は元気そうです。」
修も小さく笑う。
「ああ。」
「よく眠れたみたいだ。」
エミリアは不思議そうな顔をした。
「杖が……眠る?」
修は頷く。
「休むことも、生きることの一つです。」
アルバートは静かに杖を見つめる。
昨日までなら笑い飛ばしていただろう。
しかし今は違った。
百年間、一度も反応しなかった杖が、昨夜は二度も光った。
それが答えだった。
⸻
修はゆっくり杖を持ち上げる。
「さて。」
「始めようか。」
【対象:王国秘宝『星導の杖』】
【損傷率:97%】
【修理開始】
【必要時間:約三十分】
修は工具箱を開く。
研究員たちがざわついた。
「工具?」
「魔法じゃないのか?」
修は笑う。
「魔法だけじゃ足りません。」
「手を掛けることも大切です。」
一本一本。
細い筆で汚れを落とす。
細かなひびへ魔力を流す。
砕けかけた魔石を優しく磨く。
急がない。
焦らない。
まるで長年の友人と話すように。
リペは工具を手渡していく。
「師匠。」
「はい。」
「この布です。」
「ありがとう。」
ガインからもらった砥石。
ルナが作った魔力液。
町長から託された幸運のお守り。
工房のみんなの想いも、一緒にそこにあった。
⸻
三十分後。
修は最後に杖を両手で包む。
「もう大丈夫。」
「お疲れさま。」
その瞬間。
修復室いっぱいに、柔らかな光が広がった。
パァァァ……。
黒く濁っていた杖は、深い藍色へと変わる。
魔石は夜空の星のように輝いた。
【修理完了】
【品質向上】
【星導の杖・再生】
研究員たちは息をのんだ。
「美しい……。」
アルバートは震える手で杖へ触れる。
百年間。
一度も動かなかった魔力が、穏やかに流れている。
「本当に……。」
「帰ってきた。」
エミリアは涙を浮かべた。
「ありがとうございます。」
修は首を横に振る。
「私じゃありません。」
「この子が、もう一度歩こうと思っただけです。」
その時。
杖の先から小さな光が舞い上がる。
一つ。
二つ。
三つ。
まるで星のように、修の周りをゆっくり回る。
リペは目を輝かせた。
「綺麗です!」
光は最後に修の胸元へ集まり、
静かに消えた。
【新スキル獲得】
《リペア・リンク》
【修理した物と心を通わせることができます】
修は少し驚く。
「新しい力か。」
アルバートが尋ねる。
「何が起きた?」
修は微笑んだ。
「お礼を言われました。」
「……それだけです。」
⸻
その時だった。
リペが嬉しそうに拍手を始める。
「やりました!」
パンッ!
パンッ!
パンッ!
勢いが良すぎた。
壁に掛けられていた研究所の鐘が落ちる。
ゴーン!!
研究所中へ鐘の音が響き渡る。
研究員たちは大慌て。
「非常ベルだ!」
「侵入者か!?」
兵士たちが一斉に走ってくる。
修は頭を抱えた。
「違います!」
「うちのリペです!」
兵士たちは状況を見て固まる。
リペは鐘を抱えながら笑っていた。
「良い音でした!」
アルバートは数秒沈黙した後、
声を上げて笑う。
「はっはっは!」
「王国秘宝を直した日に。」
「研究所の鐘を壊すとは。」
修も苦笑する。
「相変わらずですね。」
リペは照れ笑いする。
「えへへ。」
修は鐘を受け取る。
「さて。」
「こっちも仕事だ。」
「修理。」
優しい光が鐘を包む。
ゴーン……
今度は澄んだ、美しい音色が研究所へ響いた。
アルバートは目を閉じて微笑む。
「修理とは。」
「壊れた物を元へ戻すことだと思っていた。」
修は静かに答える。
「違います。」
「修理とは。」
「これからも、一緒に歩いていくための準備です。」
修復室にいた全員が、その言葉を胸に刻んだ。
その日。
百年間止まっていた星導の杖は再び光を取り戻し、
そして――
王都中に、
『奇跡の修理屋』
の名が広まり始めた。




