拒絶の鱗片、心臓を貫く針
その街の境界、打ち捨てられた鉄屑のように冷たい雨が降る場所に、その「オーガニック・デリ」は口を開けていた。
今回、苛立ちを隠さぬ足取りでドアを蹴るようにして入ってきたのは、毒舌で名を馳せる若き批評家の男、伍代だった。
伍代の武器は、言葉だった。それも、相手の最も柔らかい部分を正確に射抜く、針のような言葉だ。彼は他人の作品を、夢を、そして人間性そのものを冷徹に解体し、切り刻むことで自分の地位を築いてきた。
「……どいつもこいつも、軟弱で反吐が出る。馴れ合いばかりの、甘ったるい世界だ。俺は、誰の手も触れられないほど、研ぎ澄まされた存在になりたい。誰も俺を傷つけられず、誰も俺の領域を汚せない……究極の『拒絶』が欲しいんだ」
伍代は、自分の言葉に酔いしれるように薄笑いを浮かべた。しかし、その内側では、絶えず「誰かに踏み込まれること」への病的な恐怖が、冷たい汗となって彼を濡らしていた。
店主の男は、伍代の針のように細い瞳をじっと見つめ、カウンターの上に「それ」を置いた。
「拒絶、ですね。触れる者すべてを傷つけ、自らの核を幾重もの鎧で守り抜く……でしたら、これをお試しください。美しき防衛本能の結晶、その極致です」
店主が差し出したのは、銀緑色に鈍く光る、巨大なアーティチョークだった。
それは野菜というよりは、中世の騎士が纏う籠手、あるいは精巧に作られた手榴弾のようにも見えた。重なり合う鱗片の先端は、驚くほど鋭く尖り、不用意に触れれば指先を容易く切り裂きそうな殺気を放っていた。
「『アイアン・ハート』。これを、一枚ずつ剥がし、その根元のわずかな果肉を噛み締めてください。剥がせば剥がすほど、あなたの言葉は鋭さを増し、あなたの身体は、誰にも侵されない聖域となるでしょう」
伍代は、勝ち誇ったような笑みを浮かべてそのアーティチョークを自室へ持ち帰った。
深夜、彼は机に向かい、ペンを置いた。代わりに手に取ったのは、店主から渡されたその「鎧」だった。
彼は一枚、鱗片を剥がした。
パキッ。
乾いた、硬質な音が静かな部屋に響く。
剥がした鱗片の根元にある、わずかな白い肉を前歯でこそげ落とす。
……苦い。
それは毒草を煮詰めたような、しかしどこか中毒性のある、冷たい苦味だった。
飲み込んだ瞬間、喉の奥がチリチリと焼け付くような感覚が走り、彼の脳内には、これまで以上に「鋭利な言葉」が次々と溢れ出してきた。
「素晴らしい。これだ、この感覚だ。世界を切り裂くための力が湧いてくる……!」
変化は、まず彼の「肌」に現れた。
翌朝、伍代が顔を洗おうとしたとき、手のひらにちくりとした痛みが走った。
鏡を見ると、彼の指先や関節の皮膚が、異常に硬質化していた。それは角質というよりは、半透明の緑がかった「鱗」のようだった。
三日目。
彼の身体は、急速に武装を開始した。
背骨に沿って、そして肋骨のラインに合わせて、アーティチョークの鱗片と同じ形の、硬い装甲が皮膚を突き破って生えてきた。
それは呼吸をするたびにカチ、カチと重なり合い、彼の肉体を外部の衝撃から守る、完璧な「外骨格」を作り上げていく。
しかし、その代償は「孤独」という名の激痛だった。
五日目。
伍代は、誰とも接触することができなくなった。
電話に出ようとすれば、指の先から生えた鋭い鱗片がスマホの画面を粉々に砕いてしまう。
食事を摂ろうとすれば、口の周りを覆った硬い皮が邪魔をして、わずかな水分を啜ることしかできない。
そして何より、彼の「心臓」が、異常な変化を遂げていた。
胸の奥で、チク、チクと、何かが内側から突き刺してくる感覚。
それは、彼が食べ続けてきたアーティチョークの「中心部」が、彼の心臓を土台にして芽吹いた結果だった。
アーティチョークの核には、無数の鋭い針状の「産毛」が詰まっている。それが彼の鼓動に合わせて、彼の肺を、血管を、内側から執拗に刺し続けているのだ。
「……っ、が……あ……っ」
痛みを訴えようとしても、声は出ない。
彼の喉はすでに、硬い繊維によって塞がれていた。
七日目。
伍代は、書斎の椅子に座ったまま、動かなくなった。
彼の身体は、もはや一つの巨大なアーティチョークそのものだった。
何百、何千という銀緑色の硬い鱗片が、頭から足先までを完全に包み込み、外界との接触を一切拒絶した。
その隙間からは、黄金色に輝くが、触れれば命を奪うほど鋭い「針」が、無数に突き出している。
彼は、自分が望んだ通りの存在になった。
誰の手も届かない。誰の言葉も通じない。
完璧なまでの「拒絶」の城。
しかし、その城の最深部で。
彼の「心臓」だけは、生き続けていた。
自分の内側から生えてきた無数の針に、一拍ごとに貫かれ、血を流し、絶叫を上げる心臓。
誰も助けに来ることはできない。
彼が自ら作り上げた鱗片の鎧は、外からの攻撃を跳ね返すだけでなく、内側の苦痛を外に漏らすことさえ、許さなかったのだ。
数週間後。
伍代の失踪を不審に思った家主が、警察と共に部屋に踏み込んだ。
しかし、彼らは一歩も部屋の奥へ進むことができなかった。
部屋の主が座っていたはずの場所には、銀色に光る、巨大で禍々しい「植物の塊」が鎮座していた。
それは、周囲の空気を切り裂くような鋭さを放ち、一目見るだけで吐き気がするほどの「拒絶」の意思を撒き散らしていた。
家主が思わず近づこうとしたとき、その塊の底から、シュ……シュ……という、空気が漏れるような音がした。
それは、鎧の中に閉じ込められたまま、死ぬことも許されず、自分の毒に蝕まれ続ける伍代の、かすかな、そして永遠に続く咽び泣きだった。
店主は、今日もエプロンの上に飛び散った、緑色の苦い汁を静かに拭き取る。
「拒絶は、自分自身さえも追い詰める檻となります。さて、次は……ただ、甘やかされたい。何も考えず、温かい『塊』の中に溶けてしまいたい……そんな、自立を忘れた幼き魂に。幾重にも柔らかい層を重ね、甘みを凝縮させた『カボチャ』などは、いかがでしょうか」




