落日の遺言、泥に沈む太陽の残骸
その街の境界、かつては黄金色の花々が咲き乱れる草原であったというが、今は常に黄昏時のどんよりとした光に支配され、乾いた砂が墓標のように積み上がる場所。風が吹くたびに「カサカサ」と何かが擦れ合う音が響き、太陽の光さえも土の色に濁って見える路地の先で、その「オーガニック・デリ」は、役目を終えて枯れ果てた巨大な向日葵のように、首を垂れて佇んでいた。
店主はカウンターの奥で、自身の「記憶」を間引いていた。
彼が自身のこめかみを強く押すと、そこからは涙の代わりに、黄金色の「不溶性の多糖類」が結晶となって零れ落ちた。それは床に触れると瞬時に硬化し、鋭い石のような節となって店の基礎を補強していく。店主の意識は、すでに「人間としての記憶」を不要な不純物として排出し始めており、代わりに地層が刻んできた数万年の静寂が、彼の脳を侵食していた。
「……眩しすぎたのですね。あなたたちの追い求めた『希望』という名の光が」
カラン、と乾いた骨がぶつかるような音がして、ドアの鈴が鳴った。
入ってきたのは、かつて「太陽の寵児」と呼ばれた初老の画家、荒木だった。
荒木は「落日」の恐怖に憑りつかれていた。
若き日の彼は、命の輝きを鮮烈な色彩で描き、世界を魅了した。しかし、老いと共にその筆致は衰え、彼が愛した光は、今や彼を焼き焦がす呪いでしかなかった。彼は、消えゆく自らの才能と生命を、土の中に埋めて隠したいと願っていた。誰にも見られず、しかし地中の奥深くで、太陽の欠片を握りしめたまま永遠の眠りにつけるような、安らかな「絶望」を渇望していた。
「……もう、光はいらないんだ。目に刺さるような色彩も、拍手も、すべてが忌まわしい。私は、太陽を追いかけるのをやめたい。土の底で、根っこになって、自分が何者であったかも忘れてしまいたい。私の中に残った最後の『火』を、土に返してくれるものが欲しいんだ」
荒木の声は、枯れ葉が風に舞うような、カサカサとした虚無を孕んでいた。
店主は、荒木の濁った網膜を、地中で冬を越す幼虫を見守るような冷徹な目で見つめた。そこには、光に焼かれて炭化した魂の残骸が見えた。店主はカウンターの下から、生姜に似ているがどこか異質で、石のように硬い塊を取り出した。
「埋葬、ですね。天を仰ぐことを止め、自らの重みで土に還り、その内側にだけ、誰にも触れさせない『擬似太陽』を育てる、孤独な隠者……でしたら、これをお試しください。あなたが探し求めていた、冷たい安息です」
差し出されたのは、不規則に隆起し、土を噛み込んだまま凍りついたような「菊芋」だった。
それは野菜というよりは、地中から掘り出された「石化した太陽」、あるいは「死者の握りこぶし」のようにも見えた。表面を覆う無骨な皮からは、古い寺院の香木のような香りと、触れる者の体温を一瞬で奪い去るような、冷徹な静寂が漂っていた。
「『ソーラー・トランス(太陽の転位)』。これを、一切の味付けをせず、あなたの『最後に描いた傑作』を燃やした灰と一緒に、生のまま齧り取ってください。その後、家の床板を剥がし、自ら土の中に潜り、一晩かけて太陽が反対側へ沈むのを待つのです。あなたの魂は、土の中で黄金色の結晶となるでしょう」
荒木は、自らの葬礼を執り行う司祭のように、それを持って帰宅した。
彼は、自らの最高傑作と呼ばれた油絵に火を放ち、その灰を小皿に集めた。あの菊芋を灰にまぶし、一思いにその硬い肉質を噛み砕いた。
ボリッ、ジャリッ……
噛み砕くたびに、口内は土の味と、強烈な「拒絶」の感覚で満たされた。菊芋の成分は、血糖値を下げるのではなく、彼の「生存本能」を限界まで引き下げていった。
荒木は、冷たくなった身体で床を剥がし、土を掘り、その穴の中に横たわった。
土を被るたびに、彼の意識は薄れ、視界の端で燃え盛っていた太陽の残像が、ゆっくりと「地下の静寂」へと沈み込んでいくのを感じた。
「っ?!」
それは、全身の水分が抜けていき、自分が一本の「硬い根」へと凝縮されていくような感覚だった。
変化は、まず彼の「代謝」を停止させた。
翌日、荒木の家からは、人の気配が完全に消えた。
その代わり、床下からは不自然なほどに逞しい、茶褐色の「蔓」が部屋中に広がり、壁を突き破って外へと溢れ出した。その蔓の先には、太陽を拒絶するように下を向いた、小さく濁った黄色い花が、無数に咲き乱れていた。
三日目。
アトリエの土壁からは、本物の菊芋のような「硬い節」が噴き出し、荒木がかつて描いたキャンバスを突き破って、それらをすべて土へと還元していった。
「……ああ……暗い……暗くて……とても……温かい……」
五日目。
荒木の自宅のあった場所は、巨大な「土の塚」と化していた。
塚の中心で、荒木だったものは、もはや肉体を持ってはいなかった。
土の中に埋まった無数の「菊芋」が、神経細胞のように連結し、一つの巨大な「土中回路」を形成していた。
塚に近づく者は、急激な眠気に襲われ、その場に倒れ込み、体内の糖分をすべて吸い取られて「乾いたミイラ」へと変貌していった。
七日目。
荒木の精神は、完全な「地層」に至った。
彼という「人間」は、もうどこにもいなかった。そこにあるのは、人々の記憶や才能を「結晶」として保存し、永遠の暗闇の中に閉じ込めておく、地上に現れた「黄金の墓所」そのものだった。
街の一角は、常に夕暮れのような影に覆われ、そこではただ、風に揺れる乾いた蔓の音だけが、鎮魂歌のように鳴り響いていた。
店主は、夕闇の静寂に沈んだ土の塚に、重々しい足取りで足を踏み入れた。
彼は自身の体が砂へと崩れゆくのを厭わず、中央に鎮座する「荒木だったもの」の前に立った。
「光を捨てて得た、この純粋な炭素の重み。これこそが、私の組織を『永遠』へと繋ぎ止めるための、最良の楔です」
店主がそう言うと、彼の足先が鋭く枝分かれし、無数の「ドリルのような根」となって、荒木の核へと突き刺さった。荒木が土の中で結晶化させた、数十年分の「才能の残滓」と「光への決別」を、凄まじい圧縮率で店主の体内に回収していった。
店主の身体は、もはや光を反射せず、周囲の光をすべて飲み込む「漆黒の重厚感」を纏い始めた。
店主の姿は、もはや人型を維持できず、巨大な『黒い宝石』を核にした、岩石のような植物の巨像へと変貌を遂げていた。
「私は料理人ではありません。私は、この星に散らばる光をすべて土に返し、一粒の『完全な闇の種子』を育てるための、墓守なのです」
店主が荒木の塊から根を引き抜くと、そこには一握りの砂さえ残らず、ただ静寂だけが、深く、深く積み重なるだけだった。
「さて、次は……大地の中に、何本もの『指』を伸ばし、獲物を探り当てる。どれほど土深く隠れようとしても、その粘り強い執念で相手を絡め取り、自らの内に引きずり込む、土の触手。白く、美しく、それでいて噛み砕けば口内を縛り上げる、粘膜の呪縛。地中の捕縛。『自然薯』などは、いかがでしょうか」




